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「ありがとう」を期待する人々

他のボランティアの世界でも、おそらく内紛、もめ事、中傷合戦なんてものは日常茶飯事なのだと思うのだが(管理人はボランティアに関わったことがあまりないので知らない)動物保護の活動にも、やはりこの手のごたごたはつきものだ。まっ、人が多数群れてなにかをやろうとすれば、もめ事はいつでもどこでも起こるのだが、ただ動物保護に関してだけの特殊性というのはあると思う。

それは、受益者が誰かという点に起因する問題だ。

動物保護の運動の受益者はいったい誰だろう? 言うまでもないが、このボランティア活動において利益を得るのは、犬や猫などの動物だ。で、言うまでもないことだが、犬や猫は「ありがとう」って口に出しては言えない。人間の言葉を喋らないのだから「ありがとう」と言いたくても「ありがとう」とは言えないのだ。

むろん動物だってちゃんと「ありがとう」とは伝えるよ。言葉に出して言わないだけで、身振りや顔の表情でちゃんと感謝の気持ちは表現する。ただ「ありがとう」という言葉は聞けないのだ。そこに、この活動特有のごたごたの根が潜んでると管理人は思うのだ。

ボランティア活動って自発的に無償でやる活動だ。その報酬として得られるのは「良いことをした」「世間のお役に立てた」という満足感だと管理人は思うのだ。他にも「社会を変えたぞ」とか「人類を救った」とか思うことはなんだって良いんだが、要は得られるものは自身の満足感だけなのね。

で、ボランティアというのは通常良いことをするのが常なわけで、当然、誰だって満足感という報酬の裏書きとして、誉められる、感謝されるということを期待する。まあ中には、ほんとうに自分を犠牲にして良いことをして何も期待しませんって徳の高い人もいるんだろうが、少なくとも管理人みたいな煩悩が全身に詰まっているような凡人はさ、やっぱり誉められたいし感謝されたいとか、いやらしい下心があるわけだ。

で、その結果「ありがとう」と言われることを期待する。ところがだ、動物の保護活動においては少なくとも言葉にした「ありがとう」は聞けないわけね。だってさ、受益者が人間の言葉を話せないんだから「ありがとう」が聞けるわけはないっしょ?

そこにじつは動物保護活動のもめ事の根があるわけよ。

たとえば、保護された犬猫をもらいに行ってあっさり断られた里親候補者が怒るのは、「せっかくもらってやろうと思ったのに、断られるなんてムカツク」と思うからだ。じつは、この「せっかくもらってやろう」が出てきた時点で、論点が完全にずれているのだが、本人はむろんそんなことには気づかない。「せっかく~してやろう」と思った時点で、人は感謝されることを期待する。可哀想な犬猫をもらってやるんだから、ありがとうと言われて当たり前だと思いこむ。だから「ありがとう」以外の返事が来ると腹が立つわけだ。

んでもって、その怒りのはけ口としてバッシングサイトを立ちあげたり、巨大掲示板に書き込みをしたりするわけだ。ついでに周囲の人間に、保護活動の悪口を言いふらすのも忘れない。

で、そういうことをやるとだ、それで迷惑を被るのは誰かと言うと、じつはほんらい受益者だったはずの犬猫が最大の被害者になるわけね。なぜなら、保護活動の悪口を言うことで、もらいに来てくれるはずだった里親候補者を遠ざけることになって、ますます新しい飼い主を見つけるのが難しくなるからだ。

本末転倒とはまさにこのことだ。

犬猫を救いたいという善意の行いから始まったことが、結果的にその犬猫を苦しめるってところがさ、奇妙だなと管理人は思うわけ。

じゃあ逆の立場の連中はどうだろうか? 動物を保護して、そのコたちに新しい飼い主を探そうとするほうも、じつは長年やっているうちに、人に褒められることに慣れきってしまう。自分はこんなに良い活動をしているのだから「すごい、優しい」と言われることが当たり前だと思うようになる。そうなると一切批判を聞かなくなる。「こんなに良いことをしているわたしに対して意見するって、どーいうこと!?」って感じになるわけだ。お断りの連絡をして、相手から罵倒されれば逆に言い返す。仲間うちで悪口を言いふらしたりもしちゃうかもしれない。「アタシはこんなにたくさんの動物を抱えて、ただでさえ疲れてんのよ! それなのにあれしろ、これしろって、やったことのない人間に言われたかないわよ! 人の気も知らないで!!!」

確かにアンタのたいへんさは、他人にはわからない。だが、けんもほろろに断られたり、無視される里親候補の人たちの気持ちも、じつはアンタたち、わかってないっしょ?

そういう他人の立場がわからない人間どうしが醜い争いを繰りひろげる。これがさ、動物保護の活動でよく起こるもめ事の原因だと管理人は思うわけだ。そして、その結果被害を受けるのは誰かと言うと、文句も言えない動物たちが一番の被害者になるわけね。

ほんらい、保護活動なんてものは、もらってくれる人がいなければ成り立たない。いくらせっせと犬を保護したとしても、誰ももらいに来てくれなければ単に不適切多頭飼い現場を増やすだけだ。にもかかわらず、長年保護活動に携わっていくうちに、人は犬をもらってくれる人に対して「ありがとう」と言うことより「ありがとう」と言われることに慣れてしまうのだ。だけど、たとえそれが絵文字だらけのしょーもないケータイメールだったとしても、やっぱり保護した犬に興味を持ってくれたことに対して「ありがとう」の気持ちは忘れてはいけないと思う。毎日応援しにブログを見に来てくれる人、ポチッとなをしてくれる人、自分のブログで紹介してくれる人、リンクを貼ってくれる人。ムカツクようなコメントを書いていく人にだって、やっぱり感謝の気持ちを忘れてはいけないと思うわけ。なぜなら、そういう人の小さな応援がなければさ、保護された動物を新しい家に送り出すという活動は成り立たないものなのだから。

逆に「今回は残念ですが」と言われた里親候補も、断られるという想像もしなかった悪夢を前にしても、じつは得るものがあるのだよ。希望していた犬猫は手に入らなかったが、保護活動とはどういうものか、犬を飼う場合に何が必要なのか新たな知識を授けてもらったことに対して、やっぱり感謝の気持ちは持つべきなんじゃないかって思うのだ。断られたのに感謝なんかできねーよε-( ̄ヘ ̄)と思うかもしれないが、その動物があなたの家ではなく、もっとそのコにあった家にもらわれていくことで、ほんとうに幸せになれればそれで良いんじゃないですか? もしほんとうに、そのコのことが気に入って、幸せになって欲しいと思っているのだとしたら、自分もそれに貢献できたことに満足するのだって悪くない。少なくとも、180度立場を変えて保護活動バッシングに精を出すよりはずっとマシだ。少なくとも、一瞬の怒りにまかせて犬猫を被害者にするような行いをせずに済んだなら、そのほうがなんぼかマシだと思いませんか?

動物保護がらみの醜い争いの原因は、「ありがとう」と言われることを期待する人間たちの心の有り様だと管理人は思うわけだ。もし「ありがとう」と言われたいなら、最初から「ありがとう」と言ってくれる人間が受益者になるボランティアをやりゃ良いんだよ。動物の福祉を考えて行動するボランティアでは、最初から「ありがとう」なんて聞けないものなんだから。だって恩恵を受ける動物は「ありがとう」って言えないんだもの。周りにいる人間が「ありがとう」って言ってくれるのはさ、それはおまけみたいなもので、おまけがつけば超ラッキー。おまけがついてこなかったからって文句を言うのは、ちがわねぇ?って管理人としては思うわけよ。

ところが動物保護のボランティアに関わる人間の多くは、保護して譲渡する側の人間も、もらいに来る人間も、ついでに言えば周りで騒いでるだけのサポーターも、その基本的な事実を忘れがちになる。んでもって、「ありがとう」と言われることを期待している人間って、やっぱり立場の違う端から見ると鼻につく。でけっきょくは「ありがとう」を言った、言わないで保護する側と、保護活動バッシングに精を出す側が、醜い争いを繰りひろげることになるわけだ。

んでもって唯一の被害者は文句を言えない犬猫だ。いかんね、こんなことじゃ。

動物たちは「ありがとう」とは言わないが、飼い主さんのもとでにっこり笑う笑顔が、楽しそうに生きてるその姿が、「ありがとう」の代わりになる。それを見て満足感を得られないのなら、おまけがいつもついてくるものだと、もし期待しているのであれば、最初から動物愛護の活動なんかに関わらないほうが身のためだ。少なくとも最初から関わり合いにならなければ、犬猫の足を引っぱる立場になることもありえない。主役が誰かを、どんなときでも忘れてはいけないと思うのだよ。動物愛護の活動の主役はね、決して「ありがとう」と言わないことも、忘れてはいけない。

で、けっきょくなにが言いたいかって言うと……

バッシングサイトを作りたいなら勝手にやって憂さ晴らしは良いんだが、あくまでも自分が憂さ晴らしの個人攻撃をしているという事実は忘れずにやることだ。んでもって、気が晴れたら、ちゃんと消してってちょうだいね。一瞬の怒りにまかせた暴言が、いつまでもサイバースペースに残ってると、まじめにやってる人たちが迷惑することになるんだよ。もっと迷惑するのはね、飼い主を探しているなんの罪もない動物たちだ。

んでもってそういうサイトも見る人もさ、それがあくまでも一個人が、別の一個人に対して文句を言ってる個人サイトだという事実はちゃんと見極めて欲しいわけ。自分が会ったこともない人間に対する評価をさ、これまた見ず知らずの他人の感情的な一言で決めつけないで欲しいなって思うのよ。

そしてなにより忘れずにいて欲しいのはさ、主役は誰かってことなのだ。自分がやってる行いが、主役の利益になってるか否か、判断基準はこれだけだと、管理人は思うんだがね。
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テーマ : わんことの生活
ジャンル : ペット

Comment

はじめまして!
いつも楽しく、ときには深く考えさせられながら拝見しておりやすっ!
私もひと月ほど前に、某保護団体からワンコを譲り受けたのですよ。
犬はわかりませんけれど、少なくとも私は毎日、試行錯誤ながら幸福にしてもらってます。

確かに「可哀相な犬猫を貰ってやる」ってな意識の方々にゃ、見当ハズレも起ころうし、
団体さん側にしてもね、あんまりにも里親の振り分けとかに拘ってしまうと、ギスギスしますしなぁ。
結局、どちらの善意も一方通行である、通じ合わないってぇのが問題なんでしょなー。
伝わらない善意ってのは、あからさまな悪意より始末に悪いですもんね。
「この子たちのために」が一番である筈なのに、肝心なこの子たちの意見がじかに
聞けないのがもどかしーとこです。

管理人さんとこのブログは、
街を歩いていたら偶然、居心地のいー喫茶店を見つけたようなもんです。
ソファにゆっくり収まって、スポーツ新聞広げられるよーな(オヤジか)。
閉店しないでくださいましねっ!





そ・の・と・お・りぃー!

・・・・・はじめまして。
いつもながら立て板に水のご意見楽しく興味深く読ませて頂いております。

わたしは預かりボラを始めて日が浅いので組織のことはまだ良くわかりません。
ただ、日々に忙殺されることなくひとつひとつの出会いを大事に、感謝しながら過ごせればな~と思っています。

それが幸せの連鎖になると信じて・・・・。

★★きなこさま江★★
はじめましてm(_ _)m オヤジ御用達の喫茶店のマスターです(爆)

おっ、ワンコが来て1ヶ月目! 一番おもろい時期ですねぇ~これからどんどん楽しくなるよぉ~♪ 思いっきり楽しんでくださいね。

>伝わらない善意ってのは、あからさまな悪意より始末に悪いですもんね。
まさにその通り! どちらも悪気はないんですが、かみ合ってないなぁ~って端から見ると思うことが多くて。ついついイライラしてしまうのですよ。管理人、里親になったこともあるし、出すほうの立場も経験してるんで、お互いあと3mm歩みよれば?ってついつい思っちゃうことが……まっ、人間ってぇのが一番面倒な動物なんだなとつくづく思いますけどね。

★★モナ仮母さま江★★
はじめましてm(_ _)m さっそくサイト拝見しました(←見たならコメント残してこいよ!)早くご縁が繋がると良いですね。まっ、早くなくても良いんですけどね。なにより良いご縁が来るときは来る!

保護活動をしていると、まっこれはなんだって一緒なんですが、色んな人と出会うので、まあ楽しいこともたくさんあって、同時に嫌なこともたまにはある。そう思ってるとけっこう平気なものなのですよ。ただボランティア=良い人の集団みたいな勘違いしてると、ショックで変な世界に飛んでっちゃう人もたまにはいる(笑) 要は何のためにやってるんじゃいっていう芯がぶれなきゃ良いんじゃないかって管理人は思うんですけどね。

でも管理人は、やっぱり保護犬がらみで楽しい出会いのほうが断然多かったなぁ~幸せの連鎖、うんうん、良い表現♪
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スーパードッグにはほど遠い、おとぼけワンコたちと暮らすフツーの飼い主


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