ドッグパーク
2006 / 09 / 30 ( Sat ) この国には、ドッグパークと呼ばれる不思議な施設がある。ふつう英語でdog parkといったら、犬が自由に駆け回れる、いわゆる日本でいうドッグランのことを指すのだが、ここでいうドッグパークとは、さまざまな犬種を展示してそれを人が見て楽しむ、いわゆる犬に特化した動物園のことである。だからドッグとついてはいても、ドッグパークじたいはとくに犬が行って楽しい場所ではないような気がする。
だが、考えてみれば、日本では犬つきで楽しく飼い主がお茶を飲む場所もドッグカフェと呼んでいるので(犬は足下にフセをさせられ待たされるだけなので、とくに犬にとって楽しい場所ではなかろう)この国ではドッグとついたら、犬には楽しくない場所という定義があるのかもしれない。 この際だから、ドッグランも、飼い主が駆け回るのを犬がフセをして眺める場所にしたら、それはそれなりに楽しい気がする。犬を尻目に、大の大人が手つなぎ鬼やら、缶蹴りをして走りまわっていい場所というのもまた一興ではないか。 それはともかく…… 管理人はかつて一度だけドッグパークと呼ばれる犬動物園に行ったことがある。ツチノコ兄弟が我が家に来た直後、友人が犬を飼いたいというので、さまざまな犬種の成犬を直に見られる近所のドッグパークに行ったのである。 そこは割と都会の真ん中にある小さなドッグパークだった。犬種も比較的小型犬が多く、狭い敷地内にガラス張りの犬舎があって、入場者はそのなかにいる犬たちを見てまわるだけだった。 たくさんの犬をグリグリできると思って張り切って行ったのに、管理人的にはまったく期待はずれの場所だった。おまけにそこにいる犬たちの顔が何とも言えず変なのだ。ちなみに、その時点では何がおかしいのか、管理人には判らなかった。ただ、大好きな犬たちがたくさんいるにもかかわらず、管理人はとても気分が落ち込んだのを覚えている。 その後、お散歩コーナーといって、好きな犬種を選んで敷地内を散歩してまわるというイベントの時間があり、友人の付き添いで行った手前、管理人はブルドッグ(フレンチではなくほんまもんの大型犬のブルドッグだ)とか、あまり一般人に人気のないちょっとごつめの顔をした犬を次々選んで散歩をし、いちおうグリグリもしたのだが、それでも管理人の沈んだ気持ちはまったく晴れなかった。 どうして大好きな犬たちに囲まれているのに、あんなに気分が落ち込んだのか、家に帰ってツチノコ兄弟の天真爛漫な笑顔を見た瞬間にその理由がわかった。 犬とはほんらい人と一緒に生きていくよう改良された動物である。四つ脚で尻尾がついていて、イヌ科の生き物だから犬なのではなく、人と一緒に暮らし、人と一緒に作業し、人のそばで生きるからこそ犬は犬となりえるのだ。ドッグパークにいた犬たちは、犬の顔をしていなかった。人を見ても目を輝かせることもなく、信頼することもない目をしていたのだ。 皮肉なことに、それから数年後、姫を引き取ったことが縁となり、多くの保護犬と会う機会を得て、管理人は数年ぶりにまたあの目をした犬たちに再会することとなった。人に捨てられ、虐待され、悲惨な過去を持つ犬たち。ほとんど人間と接する機会のないシェルターなどに長くいる犬たちは、皆あのドッグパークの犬たちと同じ表情をしていたのだ。 そういう犬たちが、良い里親さんに巡り会い、数ヶ月後に近況報告をしに、笑顔で里親会に遊びに来てくれるたびに、ああ、犬というのはほんらい人間と共に生きるべき動物なのだ、とつくづく思ったものだ。 犬は、象やキリンやライオンのように、檻に入れて展示すべき動物ではない(管理人は象やキリンやライオンも動物園にいるべきではないと思っているが)。犬を知らない人には、そのちがいは判らないかもしれないが、ほんとうの犬を見たことのある人の目から見ると、そこにいるのは犬に見かけが似ているだけのまったく別の生き物なのだ。だから犬の動物園などほんらいあるべきものではないはずだ。にもかかわらず、世間にはドッグパークと呼ばれる犬の動物園があいかわらず存在する。 そこそこ経営が成り立ってしまうので、それを見て自分にもできると勘違いする人間もいるようだ。象やキリンを買い集めるのには資金もいるし、飼うための餌代や施設建設維持のための費用もいる。その点、犬なら簡単だしと安直に経営に手を出して、案の定失敗する。その結果、行き場のなくなった犬たちがレスキュー団体の保護の対象になっていく。 こういう愚かで浅はかな人間を非難したり罵倒するのは簡単だ。だが、金に目がくらみ、安直な儲け話に飛びつき、犬や猫などの動物の命を道具として扱う人間は決していなくなることはないだろう。日本は自由経済の国なのだ。金儲けの手段を封じ込める手だてなどないのである。 ドッグパークの経営失敗も、悪徳ブリーダーの繁殖所の崩壊も、この先、ペットブームが続くかぎり決してなくなることはない。 安いからといってペットミルで製造された純血種に飛びつく人がいなくならないかぎり、そういう犬猫を安価で売っている大型ペットショップで、自分のうちのコのための餌や備品を買う人がゼロにならないかぎり、金儲けになると知れば、無知な素人が一攫千金を夢見てペット業界に参入してくることを止めることはできないのだ。 広島で、また経営破綻したドッグパークの後処理が始まっている(詳細はこちら)今回は想像を絶する500頭以上の大量レスキューだ。何でこんなになるまでとか悪徳業者が許せないとかいろいろ意見はあるだろうが、ともかくいまは死にかけているたくさんの犬たちの命を救うことが先決だろう。治療費やさまざまな備品が不足している。とくに現場から動かせないほど衰弱した犬たちのために毛布、バスタオルなどの敷物は、使い古しで捨てようと思っていたものでも寄付してもらえれば犬たちの助けになる。正直、かなり大規模な団体であっても、この頭数をひとつの団体が処理するのは至難の技だ。一般からの援助がなければ、とても全員を救うことなどできないだろう。また一時的な預かり先も募集しているので(1ヶ月単位の短期で関東でも可)検討してもらえれば幸いだ。とりあえず移動可能なレベルまで回復したコたちを他に移して空きを作らないかぎり、現場に取りのこされた犬たちを引きだして十分な治療を施してやることはできない。 寄付やボランティアなどの直接的な援助ができなくとも、犬を飼っている人もいない人も、できれば多くの一般の人にこそ、この実態は知ってもらいたい、と管理人は思っている。これこそまさに華やかなペットブームの裏に潜む闇の部分なのだ。 いつでも、犠牲になるのは物言えぬ動物たちだ。業者が悪い、行政が悪いと人を非難するだけではなく、どうしたらこういった悲劇をなくしていけるのか、今後も考えていきたいと思っている。 ![]() テーマ:【緊急」広島ドッグパークレスキュー450頭 - ジャンル:ペット |
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はじめまして。 私も小さい頃にドッグパークに行ったことがあります。 その時にヘンな違和感を感じたのを覚えていますが 今になって思えば、そこのワンコたちの目には希望がなかったからじゃないかと、私も思います。 生きがいの見出せない生活を強いられているんでしょうね。 その時は、こんな広い場所に住んでて何が不満なんだろう…と思っていましたが 実際に自分がワンを飼うようになり、ブログを始めたりして情報を得るうちに あのドッグパークのワンコたちの気持ちが分かるようになりました。 本当、どうしたらこんな悲劇をなくしていけるのか… 私も考えます! そして、いつかワンと人間が共に楽しめる施設ができるといいですね。
by: あやか * 2006/09/30 05:28 * URL [ 編集] | page top↑
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あやかさん、はじめましてm(_ _)m 犬(を含め動物)は、人間の言葉を話さないぶん、表情や態度でちゃんと気持ちを伝えてくれるんですよね。それを見逃さずにいてやることが、まずはこういう悲劇を繰りかえさない第一歩なのかな、とも思います。 金儲けに使おうとしても、止めてって目をされたらできない。捨てようとしたって、置いてかないで、って目を見たら放棄なんてできない。 難しいですけどね。でも理想を持つのはいいことだし。人間も動物も同じようにニコニコしていられるのが何より一番、ですよね(^o^) |
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