スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Compassion

ペットの救済にも手を貸しましょうと名乗りを上げたある自治体の行動がちょっとした議論を呼んでいる(こんな話)。管理人に言わせれば、やっぱり来たなって感じだ。こんな大変なときに畜生の話なんて!と騒ぐ連中は必ずいる。んでもって、それに対して「人命も動物の命も平等だ」と反論する人たちが必ずいて、だったら、牛や豚を殺して食べてるおまえらは何なんだっていう堂々巡りの議論が始まるのだ。もう、いつものお決まりのパターン(ため息)。

今って大変な時期じゃん? だから無駄なエネルギーは使いたくないし、内輪もめしている場合じゃないから、こういう結論の出ない議論はあさっての方にうっちゃっといて、純粋に管理人はこの武雄市の取り組み、凄く良いと思うのだよね。是非とも同じような自治体がどんどん出てきてくれれば良いと思う。まっ、今回多少なりとも叩かれたから、怖くて言い出せなくなる自治体の方が多いと思うけど(-。-) ぼそっ ほら、お役所仕事の基本は、誰にも突っ込まれないように、とにかく目立たないように行動することだから。

上のページをよく読んでもらうとわかるが、じっさい武雄市がやろうとしていることは、うちの市では積極的に動物も受けいれますよと宣言しているだけで、じっさい動くのは市内の愛護団体なのだ。別に税金使ってシェルター作って市の職員が運営すると言っているわけじゃない。なのに、どうして「人間だって命が危ういのに動物助けてる場合じゃない」ってクレームがついちゃうのか、まったくもって理解不能だ。そりゃ確かにね、二足歩行の被災者には一切住居も避難場所も提供しないが、犬だけには公営住宅を斡旋しますというのなら、ブンブン怒ってもらってかまわない。でも人間に対する支援もちゃんとやってるわけじゃん? たまたま他の自治体がやってないことをしたからこの部分だけがニュースで取りあげられちゃったというだけで、犬の受けいれ=人はおざなりって思い込むことじたい、単純思考すぎると思う。

人間をホームステイさせるには、やっぱりそれなりの覚悟とスペースがいる。他人と一緒に暮らすわけだから、快適に過ごしてもらうためには、自由に使えるような部屋を少なくとも1部屋以上確保して、プライバシーを尊重してとか色々考えると、被災者のかた、どうぞ我が家にお越しくださいって言える家庭はそれほど多くないだろう。だが犬だったら庭にもう1頭繋いで飼えますよとか、室内でもケージ1つ用意すれば受けいれられますよという家は多いのだ。そういう家庭と、じっさいペットと一緒に暮らすことができなくなって困ってしまっている人たちのあいだを繋ぐコーディネーター役として、自治体が広報の窓口になることじたいクレームつけることじゃないっしょ?

ちなみにこの議論の発端となった記事に対しても、管理人は一理あるなと思っているのだ。誰彼かまわずいい顔しようとするから、こんな事態になってしまっていて、「捨てる勇気」を持つべきだという議論にはなるほどなと思うのだ。「野犬化する犬は処分すべき」って議論は極論だけどね(-。-) ぼそっ じっさい、この人被災ペットが抱えている問題をまったく理解してないし。

「野犬化する犬」っていうのは、おそらく原発の避難地域で放し飼いになっている犬たちのことを言っているのだと思う。それとは別に津波の被害を受けた地域では避難所にペットが入れないから、飼い主さんと一緒に暮らし続けることができないっていうもう1つの問題が起きている。武雄市が手を差し伸べようとしているのは、どちらかというと後者のほうの話で、野犬化云々の話は福島の話でさ、それを一括りにしちゃうと、話がややっこしくなるわけだ。まっ、福島の犬についても人間がよけいなことしなきゃ、元もと犬たちが放し飼いになることもなかったわけで、その罪滅ぼしとして一部の人間がそこに手を差し伸べること自体、悪いことではないと思うのだ。だいたい、放し飼い=野犬と思いこむのは素人考えで、イエイヌだった個体を外に放したって、1カ月程度じゃ野犬になるわけないし。もしほんとうに野犬化しているのなら、現地に入っているボランティアが簡単に捕まえられるわけないし(-。-) ぼそっ

っていう細かい部分は犬バカゆえにわかることで、これをいちいち一般ピープルに説明する必要もないとは思うが、要は管理人が言いたいのは犬に助けの手を差し伸べると言ったとたん、人間だって困ってるのに犬の話じゃないだろうっていう議論が出てくること自体、すご~く物事を単純化しすぎてるんじゃないのってことなのだよね。

じっさい、いまは多くの保護団体が現地で活動を続けている(全部じゃないけどその一覧)が、この人たちが助けているのは四つ脚だけなんだろうか? 確かに物理的に助かってるのは四つ脚だけだが、そのうしろに、この動物たちを飼っていた大勢の飼い主の姿が管理人には見える。津波で生き別れになったうちのコを探そうと、必死で歩きまわっている飼い主さん。すぐ帰れると思って置いてきてしまったペットの安否を気づかう飼い主さん。家や家族や友人を失って失意のどん底にいる人々にとって、たとえ法律上はタンスと同じ扱いの畜生であっても、その無事がわかっただけでほんの少しでも慰めになるなら、そしてそのために力を貸せる人がいるのなら、その行動に文句をつけるのは筋違いだ。

こういうときに、「人命も動物の命も平等だ」なんて議論は無意味だと思うのだ。平等だと思うか思わないかは人それぞれの考え方で、そんなことを言い争っても結論が出るわけはない。だが、とりあえず今行動すれば助けられる命があるなら、それは助けたほうが良い。なぜなら野生以外の動物には必ず飼っていた人がいて、飼っていた人にとっては、単なる畜生もタンス以上の意味を持つのだから。

この記事を書こうと思いついたとき、最初に頭に浮かんだ言葉はCompassionだった。ええっと、日本語にすると何だ? わざわざ辞書までひいちゃったんだが、Compassionの持つ意味を一言で言い表せる日本語はたぶんない(色々な意味はここを参照)。こんなときに犬猫なんて、と憤っている人にとっては苦々しい現象だろうが、じっさい現場で活動して人たち以外にも、多くの人が被災ペットの救済に手を貸している。物資をせっせと送ったり、一時的な避難所を提供したり、迷子ペットの情報を拡散させたり。そういう人たちは全員、管理人と同じようにCompassionを感じているのだ。人は、自分がやってもらったら嬉しいと思うことを、人に対してしてあげたいと思うものだから。

なぜ今動物? だって人間だって困ってるのにと単純に考える人にその理由を説いたところで、たぶん理解はされないと思う。動物と一緒に暮らしたことがない人や、元もと動物嫌いの人、チワワが死んだらまたチワワを買えば同じじゃん? としか思わない人にとって四つ脚はしょせん畜生でタンス以上の価値などない。だがCompassionを感じてしまうと、やっぱり放ってはおけないのだ。たとえば被災地に物資がまったく届いていないのなら、人間用の米や水をまず先に届けるべきだというのはちゃんとわかっているのだ。でもペットフードやグッズを送ったからといって人間用の支援物資の流通の邪魔にはもうならないでしょう? 逆にそうなる時期をちゃんと待ってペットの支援は始まったのだから。

だから、そういう活動を止めろというのはお門違いだし、そのためにあっちこっちのサイトにクレームつけて回ってる暇があったら、大切な人間様のために自分が何かすれば良い。ペットもどうぞ、一緒に受けいれ枠をご用意しますよと言ってくれる自治体や、どうせ誰もいない町に入って放浪している動物たちを保護して回っている人々はとくに人間のレスキューの邪魔になってるわけじゃないじゃん? それより写メ撮りに被災地に出かけていって渋滞引き起こしてる馬鹿者どもたちのほうが、よっぽど人命を救う邪魔をしている。

それでもクレームつけて回る人間は、けっきょくのところ暇なのだ。だから、そんな奴らは放っときゃ良い。反論するのも時間の無駄だし、そんな暇があるなら誰かを助けるために動いたほうがよっぽどマシだ。

日本人ってほんらいは生き物すべてに対して敬意を抱いている国民だったのだと管理人は思うのだ。だって狐とか神さまにしてるじゃん? ヘビも祀ったりしてるじゃん? これって西洋的な考え方だと想像を絶することなのだよ。すべての命あるものを敬い尊ぶ文化って決して悪いものじゃない。そういう文化が根づいているからこそ、日本人は自然と巧くつき合ってこれまで生きてきたのだから。ちょんまげ切って、洋服着て歩くのはけっこうだが、そういう良い文化をわざわざ捨てることもないと思う。人に対してと同じように、すべての生き物に対してもCompassionを抱くような鷹揚な日本人の良さは世界に誇って良いものだと思う。

なのでね、まあ堅いこと言わずにさ、できる人ができることすれば良いじゃん?

だって今は大変な時期で、みんなとっても困ってるんだもの。だったら、できる人が、できる範囲で助けの手を差し伸べれば、それで良いんじゃないですか?

こういう思いをする人が1人でも減るように、署名活動に御協力を!

よろしければ、押してくだされm(_ _)m→ にほんブログ村 犬ブログ 元捨て犬へ にほんブログ村 犬ブログ MIX大型犬へ
関連記事

テーマ : わんことの生活
ジャンル : ペット

Comment

武雄市の記者会見を生で見た私としては、反論があるのにびっくり。
ほんとに暇な人というか、クレームつけるのが趣味の人、多すぎ。
別にどっちかしか助けないと言ってるわけじゃないから、なんで比較論になるのか不思議。
まあ、お説通り、ほっておくしかありませんね。
いろんな人が、いろんな分野で、手助けできることをするのが一番じゃないでしょうか。
全員が同じ所に殺到してもダメなわけで。
サッカーでゴールするのと同じで、全員がボールに群がるのは幼稚園児ぐらいでさ、
知恵がつけば、まわりこんだり、バックに入ったり、ゴール前で待ったり、それぞれの役割を臨機応変に果たして、初めて美しいゴールができるんだから。
と、私は思います。
(人命をサッカーにたとえるんじゃない!とか怒る人がいるのか?)

コメントありがとうございましたm(_ _)m

面白いなって思うのは、犬猫はちょっとメジャーだからクレーム対象にもなるんですが、実は馬のレスキューも始まっていて、牛に牧草届けてるボラさんもいるのですよ。たぶん地味にウサギとかフェレットのレスキューに入ってる人もいると思う。イチゴの栽培している農家の人は、放置されて腐っていくイチゴを見て胸を痛めてると思うし、けっきょくそういうもんなんじゃないですかね。Compassionなのですよ。自分に近い立場の人を見ると、相手の辛さがよくわかる。

だからどこで線引きをするかって話なんでしょうけどね。ただペットの場合は国の機関とまではいかないけど、準公式団体的なものがあるわけで、せっかくお金や物資を集めてるわけだから、もう少しきめ細かく動いてくれても良いんじゃない? とは思いますけどね。たとえば獣医師会とかさ、ふだんペットで金儲けさせてもらってるんだから、こういうときに動かないでどうするよ? とつくづく思いますわ。
非公開コメント

プロフィール

犬猫屋敷の管理人


Author:犬猫屋敷の管理人
スーパードッグにはほど遠い、おとぼけワンコたちと暮らすフツーの飼い主


Lc.ツリーカテゴリー
管理人のマーキング先
最近の記事
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最近のコメント
管理人にひと言いいたい!

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
最近のトラックバック
QRコード
QRコード
ブログ内検索
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。