けっきょくのところ人間……なのだ
2008 / 05 / 31 ( Sat )
きのう、休憩時間にぼーっとテレビを観ていたら、お困りご近所なんたらという番組で地域猫の話題を取りあげていた。

ひとり、ものすごく頑ななオバサンが出ていて、その人の強烈なキャラにすっかり魅せられて、けっきょく最後まで観てしまったのだが、野良猫問題でもめてる地区の調整係を務めているという役所の人の言っていたことがすごく印象的だった。

糞尿の不始末やらシーズン中の泣き声などの野良猫問題が起こるたびに、人は猫が悪い、野良猫に餌をやってる人間が悪いと大騒ぎする。だが、それは怒りをぶつける先としてそういう身近な相手を選んでいるだけで、実際の問題の根はそこにあるんじゃない。

てなことを言っていたのだが……

たしかにな、と管理人も思ったのだ。猫がそこら辺を走りまわっていたら、あっちこっちに排泄するのは当たり前で、それを片づける飼い主がいないのだから、排泄物が放置されて迷惑する人間が増えるのは当然だ。そこで人は、単純に猫がいるから悪いと思いこむ。だがね、問題は猫がそこにいることじゃなくて、なぜ飼い主のいない猫が増えてしまうかってところにあると思うのだよ。

極端な話をしよう。たとえば、野良猫が多いからと言って、その地域にいる猫を端から捕まえて全滅させれば野良猫問題は解決するか? 動物好きの、心優しい人たちの目から見ると悪魔のようなやり方だが、もしそれでほんとうに問題がなくなるのなら、やれば良いと思うのだ。だがね、実際はそんなことをしても何も解決されないのだ。なぜなら、猫は縄張りを持つ動物で、ある地域の野良猫が全滅してその縄張りが空いたら、すぐに他の地域から、他の猫が移り住んできて、そこでまた繁殖を繰りかえすからだ。

犬には、狂犬病予防法という法律が適用されるので、とくにいま都会では野良犬を見かけることはほとんどなくなった。犬が独りでうろうろしていれば、すぐに保健所が捕まえにくるからだ。野良猫に関しても、同じようにしてくれれば良いという人もいるだろう。たしかに、野良猫を見つけるたびに、保健所が連れに来て処分してくれたらば、目障りな野良猫はとりあえずはいなくなるだろう。だが、その便利なサービスも無料でやってもらってるわけじゃない。犬猫を捕まえる人件費も、処分する場所の維持費も、コストはすべて税金でまかなわれているのだ。財政難で、福祉費用も工面できずに困っているこの国で、犬猫を捕まえては殺すという実に非生産的な活動のために、年間億単位の税金が使われている。そして、とりあえず野良猫を捕まえてみたところで、すぐにまた新たな野良猫が現れるのだ。こんな堂々巡りに貴重な税金を使うって、無駄なことじゃないっすか?

世の中には犬猫が嫌いって人はたくさんいる。興味のない人もたくさんいるが、積極的に嫌いって人もじつは多い。ところが、嫌いという人に、なぜ嫌いかを訊いてみると、実に興味深い答えが返ってくる。

「公園にフンが放置されてるから」

「鳴き声が近所迷惑だから」

「綱をつけてない犬に追っかけられたことがあるから」

どれもごもっともな理由だが、じつはこれ、つきつめて考えてみると、彼らが嫌っているのは犬や猫ではないのだよ。彼らが嫌っているのは犬や猫ではなくて、ほんとうは、自分の飼っている犬や猫をきちんと管理できない無責任な飼い主なのね。

けっきょくは、最後は人間どうしの問題なのだよ。

野良猫問題が、なぜ永遠に解決できないか。それは、いくら今いる猫を処分しても、次々猫を捨てていく人や、不妊去勢手術もせずに猫を勝手に徘徊させる無責任な人間が世の中にはたくさんいるからだ。不妊去勢手術をしたり、排泄物の掃除をせずに、可哀想だという一時の感情だけで、無計画に野良猫に餌をやり、繁殖を助ける餌やりババアがいるからだ。けっきょくのところ、やっぱり問題の根は人間にあるのだよ。犬や猫はそのあおりを食っているだけだ。

たとえば、動物愛護の活動をしている人は、基本理念に動物が好き、という感情があるだろう。逆にペットがらみの問題で頭を悩ませている人の多くは、もともと犬猫なんてどうだって良いと思っている。もともとスタート時点で考え方がちがうのだから、話し合いにもならないのだ。だが、両者が合意できる接点はある。無駄なイタチごっこを続けていても意味はないという点だ。蛇口を閉めずに、いくら溢れかえった水を汲んで捨ててみたところで、そんなことは、時間の無駄だという点だ。だから、地域猫の活動というのは成功すれば成果が上がる。それはもっとも合理的で、動物が好きな人も嫌いな人も、共に納得できる方法だからだ。

数十年にわたって、常時、犬や猫を5〜6匹飼っているなんて言うと、こいつ頭がおかしいんじゃないの?てな顔で見られることがよくある。管理人に言わせれば、犬猫を飼うことは管理人の趣味なわけで、フィギアを100体持ってる人や、ゴルフに全財産つぎ込む連中と同じなのだ。いわば、ヘビーな犬猫マニアなわけで、どこの世界も同じだが、ヘビーなマニアにはヘビーなマニアなりの暗黙のルールというものが存在する。ヘビーなペットマニアの暗黙のルールは、自分の飼っている動物をきちんと管理して、最後までちゃんと責任持って面倒を見るということだ。

ところが、一部の人だけのマニアックな趣味だったものが、マスコミなどに煽られて○○ブームなんて騒がれると、ぜったいに流行にのって参入してくる「なんちゃって○○マニア」が増えてくるのだ。ヘビーな、昔ながらのマニアは、そういう「なんちゃってな奴ら」を心の底から嫌うものだ。動物に興味のない人が、無責任な飼い主を嫌うよりもっと激しくそういう中途半端な奴らを毛嫌いする。アンタらのせいで、アタシたちまで妙な目でみられるじゃんかよぉ〜ε-( ̄ヘ ̄)

犬や猫をもともと嫌っている人間は、決して彼らを不幸にはしない。もともと、なんの接点もないのだから不幸にしようにも何もできない。だが、自称も含めて犬猫好きという人間は、常に彼らを不幸にする可能性を持っている。たとえば、中途半端な気持ちで飼いはじめて、けっきょく途中で飼育放棄するだとか、きちんと管理せずに飼ったために、飼いきれる頭数以上に動物の数が増えてしまうとか。自分のペットをきちんと飼っていないために、世間の人に迷惑をかけるだけでも、間接的に犬嫌い、猫嫌いを増やすことで、彼らの不幸に貢献する。

けっきょくのところはね、最後はやっぱり人間なのだよ。

そのことをね、ペットを飼う人間は、少なくとも犬好き猫好きを自認するなら、きちんと自覚すべきだと管理人は思うのだ。

妙なペットブーム花盛りのこの国で、管理人が「ナンチャッテペット飼い」に怒っているのと同じように、たぶん、昔からアキバに日参していたヲタクな人たちも、いまごろ歯ぎしりしているにちがいない。

テーマ:野良猫と地域猫 - ジャンル:ペット

15:48:05 | 管理人の独り言 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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