突っ込みどころ満載
2008 / 04 / 22 ( Tue )
最近ニュースを見てて、やたらと思うのだが、近ごろってよくよく考えると妙なことが、すんごく多くないっすか?

たとえば、聖火を持って走ることと、それを応援することをすごく楽しみにしてる人たちの人権を、平気で侵害してる「人権擁護団体」の人々とか、暫定税率なはずなのに、それがなくなったとたんに予算が足りなくなってあたふたしてる某国のお上の皆さんとか、生き物の権利を守らなきゃならないって、人間に向かって攻撃する「動物保護団体」とか。

いまや、お笑い番組観るよりも、ニュース見てるほうがよっぽど笑えると思うのだよ。何せ、突っ込みどころ満載だし(^_^;)

でも一番突っ込みたくなるのは、そのおかしさに気づいてるんだかいないんだか、ともかく、にこりともせずに、真剣にそれを論じている四角い箱の中の人々だ。よく笑わないでいられるよね。いや、むろんあそこで笑ったら、苦情の電話やメールが殺到しちゃうんだろうけど(-。-) ぼそっ

聖火リレーの騒動なんて、いまやドリフの爆笑コントなみに滑稽だと管理人は思う。だって、聖火がバスに乗っちゃうんだよ? これが笑わずにいられるかい?

タイトルは忘れたが、笑いの起源みたいな内容の本を読んだことがある。もともと「お笑い」芸が生まれたのは、面と向かって文句を言えない庶民が、権力者のやることを風刺して笑い飛ばすことで体制批判をしたことに由来する。だがいまの世の中では、政治家とか、某大国とか、強いものを笑い飛ばすと、とたんに苦情が来るのだそうだ。物まねしただけで、クレームが来ちゃうっていうんだから、ダメだね。いまどきの政治家は人間がちっこくて、いけないね。政治家なんて笑われてなんぼの商売なんだから。話題になって喜ぶくらいの懐の深さが欲しいところだ。

自虐ネタで笑いをとるジョージ・ブッシュを見習って欲しいもんだよ、ホント。

イラクの反戦運動で、管理人が一番好きだったのは、この話だ(このサイトは日本語訳がついてて、お薦め♪)。今回の聖火リレー版でもこういうのが早く出てこないかなってちょっとワクワクしてしまう。

どうせ誰にも聖火は見えないのなら、何のために一般道を走るのか。最初から、妨害されないように室内でルームランナーの上を走りゃ良いわけだ。誰にも見つからないように、こそこそやるのなら、聖火リレーをやる意味なんてないはずだ。それでも国の威信をかけてあくまでもやると言い張る中国政府の頑なさを笑ってやれば良いと思う。それなのに、聖火を持って走っている一般市民に襲いかかったり、逆にチベット擁護を唱える人間を叩きのめしたり、どちらもやってることが、とても野蛮だと思うのだ。

犬や猫と暮らしてると、彼らはとても穏やかで、争いを好まない平和的な動物だとつくづく思うのだが、人間と同じようにかなり高度な知能を持つ奴らにも決して真似できない人間だけが持つ特技がある。それは相手を笑い飛ばすことで、それはおかしいぞと相手に知らせてやることだ。それができずに、真っ向勝負で武力だけを使うんじゃ、犬や猫と一緒なのね。笑う余裕がない人間は、万物の長とか言っちゃいけないわけよ。

少なくとも、管理人はそう思うんだがね。
20080422a
暴力はいけません、暴力は

テーマ:わんことの生活 - ジャンル:ペット

12:22:44 | 管理人の独り言 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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