エコの時代をつれづれなるままに思ふ
2008 / 03 / 31 ( Mon )
温暖化のせいで絶滅しそうな動物がどうの、っていうテレビ番組を観た。

管理人はまたもや農繁期なので、観たと言っても休憩時間にちらっと観ただけなんだが、最近、この手の番組、多いよね。去年ぐらいからだろうか、温暖化だ、たいへんだ、さあどうしましょう系のマスコミ報道がやたらと多い。エコが時代のキーワードなんだろうし、みんなでエコバッグ下げてお買い物がトレンドだから、それはそれで良いんだがね。ついでに言うと、管理人はいちおうこれでもエコな人なのだ。ただね、マスコミに煽られてエコだ温暖化対策だ果ては動物愛護だって風潮がね、へそ曲がりの管理人としては「なんだかなぁ〜」って思ってしまうのだ。

たとえばきのうの番組だ。森林破壊はたしかにいけない。だが、そういう主張をしているあなたたち、もちろん、その番組をつくる際に必要だったロケ弁に割り箸は使わなかっただろうね? と訊きたくなる。ロケに行った人たち全員分のカーボンオフセットはしましたか? 地球温暖化が云々と言っている番組で、いろいろ使っているフリップや大道具。もちろん、全部再生利用してるよね? まさかそれ、1回使ったらあと廃棄じゃないだろうね?

こういう報道をするのが悪いとは思わない。ただ表面的にさらっと流してただ騒ぐ、みたいな風潮がやっぱり好きにはなれないのだ。だってエコってさ、一時の流行でなんとかなるもんじゃないでしょう? 何万年単位で変わっていく地球という星の環境というとてつもなく大きなものを変えようとしてるんだから。

管理人は室町時代から生きているので、日本が高度成長期とかいって便利なことはすばらしいてな具合に変わっていった時代を知っている。この半世紀でこの国は驚くほど変わったのだ。ほんとうに何もかもが便利になった。だが、高度成長期で行け行けドンドンの時代には、誰もが便利になることはすばらしいと信じこんでいた。

便利になることで、あとでツケがまわってくるなんて、あの時誰も思わなかったじゃん?

いちおうここは犬ブログなので、無理やり犬の話に持っていくが、管理人が大問題だなと思っている犬猫などのペットの大量生産体制も、いわば便利な時代の縮図なのだ。いまの世の中、スーパーに行けば何でも欲しいものが手に入る。それは、世界中の産地からみんなが欲しがる物を集めてきて並べているからだ。熱帯の国でしか採れない珍しい果物も、日本の近海にはいない魚も、みんな商品棚にきれいに並べられている。それは我々にとってごく当たり前の風景だが、その当たり前の風景を見て、この商品、売れなかったらどうなるんだろう? ここまでどうやって運ばれてきたんだろう? という素朴な疑問を持ちますか?

たぶん、誰も持たないよね。だって、それは当たり前の風景だから。当たり前の風景だから、それがちょっとでもちがうとストレスを感じる。トマトを買いに行ったのに、トマトが店頭に並んでないと、とたんに不機嫌になってしまうのだ。

だがね、冬にトマトがあることじたい、じつは不思議なことなのだ。真夏にミカンが食べられることじたい、100年前にはありえなかったことなのだ。

チワワが欲しい人が「もしかするといるかもしれない」から、チワワを店頭に並べるために、日本中の繁殖所で年間何万頭というチワワが作られる。ほんらい、犬猫などの繁殖期は春と秋と決まっているのに、なぜかペットショップの店頭には通年可愛い子犬や子猫がいるのだよ。店に行けば欲しい物が手に入るという暮らしに慣れている現代人は、その不思議さに疑問も持たない。

管理人は思うのだ。疑問を持たないっていうそこのところが、一番問題なんじゃないかなって。

せっかくチワワを作っても、欲しい人はいないかもしれない。きょうはトマトをたくさん並べたが、半分しか売れないかもしれない。その余った商品はどうなるか? それは廃棄されるのだ。使える物、食べられる物を「もう売れない」という理由だけで廃棄するほどもったいなことが他にあるだろうか? だがそういう無駄は必ず出る。行ったときに欲しい物が店に並んでいないと嫌という客がいる限り、廃棄処分される商品はなくならないのだ。

キャベツがなければ白菜で代用する。それより、店に行ってその時店にあったもので何が作れるか考える。たぶんそれがほんとうに無駄をなくすということなのだ。我慢なんかしなくとも、暮らしかたを変えなくともエコに貢献できるなんてえのは単なるお題目だと管理人は思う。無駄をなくそうと思ったら、無駄を生みだすライフスタイルを変えなければダメなのだ。それが嫌なら、地球と一緒に滅んでいけば良いだろう。

いま絶滅しつつある多くの動物。だが、彼らを絶滅に追い込んだのは他でもない人間なのだ。乱獲や森林伐採を続けていたらどうなるか考える頭を持たなかった愚かな人間たちなのだ。自分たちで絶滅に追い込んでおいて、数が減ったと大騒ぎして、こんどは慌てて保護活動に勤しんでいる。

エコの時代を考えるということは、人間の愚かさを考えるということだ。過去の失敗を教訓にしてどうすれば良いかを考える。考える頭を持つ人間の数が多ければ、おそらく環境は少しずつ改善されていくのだろう。

テーマ:わんことの生活 - ジャンル:ペット

14:20:28 | 管理人の独り言 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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