曲芸乗り
2008 / 03 / 05 ( Wed )
昨日ニュースで不思議な話題をやっていた。

子どもを前後に乗せる、あの曲芸乗りみたいな自転車走行が禁止されるとか何とかという、あの話題だ。妙だなっと思ったのは、それに反発するお母さん方のコメントというやつを聞いたからだ。

「これを禁止されたら、幼稚園に行けない!」

幼稚園が、いきなり入園後に遠くに引っ越ししたのだろうか? それはたいへんお気の毒だが、転園という手段があるのをご存じないのか?

「子どもを産むなっていうことですね!」

誰もそんなことは言ってない。

管理人が妙だなと思うのは、アンタの子どもが自転車から落ちて大けがしても、誰もたいして気には留めないっていう点だ。子どもが怪我をしたり死んだりしたら哀しいのは、たぶん親自身なのだ。そのわりには、まるで被害者のようにわめき立てている人たちに思いっきり退いている管理人である。

はっきり言って、どうしてもやりたいのなら2人でも3人でも5人でも自転車に乗せて走りゃ良いと思うのだ。子どもの命を危険にさらしてまでも、行くだけの価値があるスーパーがあるのなら、遠慮なく行けばいい。命がけで買い物に行かねばならぬ子どもは気の毒だが、そういう親の元に生まれてきた運命なのだからそれはしかたがないだろう。

ちなみに管理人は二足歩行の扶養家族はいないので、じっさいにそうしなければならない理由というのがイマイチ理解できないが、万が一必要に駆られたとしても、そして我が家の四足歩行の子どもたちは、むろん管理人がこけても擦り傷ひとつなく自分を守る術を知っている運動神経が発達した奴らであっても、やっぱり前後に犬猫を積んで自転車で疾走したいとは思わない。単に、命を賭ける価値があるほど重要なお出かけの用事があるとはやっぱり思えないからだ。

いまどきの子どもというのは、管理人が子どもだった平安時代に比べるととっても大切にされている。管理人たちの時代には、子どもなんてものは、餌を与えて陽に当てておけば育つという観葉植物なみの扱いだったし、きょうだいも多かったので一人一人にあれこれ手を掛けるなんてことはしてもらえなかった。オルガニックなんて言葉は聞いたこともなかったので、とりあえずその辺で安く買えるものを餌として与えられていた。いま思うと、すごい物を食べていたと思うのだよ。産地がどうのどころか、食べ物であったかどうかも怪しいもんだ。とうぜん、現代に比べれば子どものころの死亡率も高かったが、それでもほとんどの子どもはちゃんとそこそこ成長した。

いまの子どもは食事にもちゃんと気を使い、身体に良いものを食べさせられて、泥なんて触ったこともないぐらい清潔で、きれいな洋服を着せてもらってとても幸せな子たちなのだ。そこまで気を使って育てているわりには、子どもの命を賭けて買い物に行くあたりが、現代の親のステキさである。

これね、ときどきいるオルガニックな教育ママ系飼い主を見ても思うことなのだ。我が家の○○ちゃんが病気をせずに長生きしますようにって、目の飛び出るような値段のフードを買ったり、手作り食に勤しんだり、サプリをせっせと飲ませたり、色々やっているわりには、呼び戻しの効かない犬を平気で公園で放している。せっかく長生きさせようとあれこれ手を掛けているそばから、交通事故やら迷子の危険が山積みのノーリード、なんでわざわざやるかなぁ?

まっ、冷たいようだが管理人には関係ない。命がけでやりたいのなら、好きにすればいいと思う。ただ、万が一の事故が起こったときは、他人のせいにはしないことだ。大切な我が子の命を賭ける価値があると自分自身で決めたのだから、その結末も自分自身で受けとめなさいね。

テーマ:わんことの生活 - ジャンル:ペット

21:19:46 | 管理人の独り言 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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