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エコの時代をつれづれなるままに思ふ

温暖化のせいで絶滅しそうな動物がどうの、っていうテレビ番組を観た。

管理人はまたもや農繁期なので、観たと言っても休憩時間にちらっと観ただけなんだが、最近、この手の番組、多いよね。去年ぐらいからだろうか、温暖化だ、たいへんだ、さあどうしましょう系のマスコミ報道がやたらと多い。エコが時代のキーワードなんだろうし、みんなでエコバッグ下げてお買い物がトレンドだから、それはそれで良いんだがね。ついでに言うと、管理人はいちおうこれでもエコな人なのだ。ただね、マスコミに煽られてエコだ温暖化対策だ果ては動物愛護だって風潮がね、へそ曲がりの管理人としては「なんだかなぁ~」って思ってしまうのだ。

たとえばきのうの番組だ。森林破壊はたしかにいけない。だが、そういう主張をしているあなたたち、もちろん、その番組をつくる際に必要だったロケ弁に割り箸は使わなかっただろうね? と訊きたくなる。ロケに行った人たち全員分のカーボンオフセットはしましたか? 地球温暖化が云々と言っている番組で、いろいろ使っているフリップや大道具。もちろん、全部再生利用してるよね? まさかそれ、1回使ったらあと廃棄じゃないだろうね?

こういう報道をするのが悪いとは思わない。ただ表面的にさらっと流してただ騒ぐ、みたいな風潮がやっぱり好きにはなれないのだ。だってエコってさ、一時の流行でなんとかなるもんじゃないでしょう? 何万年単位で変わっていく地球という星の環境というとてつもなく大きなものを変えようとしてるんだから。

管理人は室町時代から生きているので、日本が高度成長期とかいって便利なことはすばらしいてな具合に変わっていった時代を知っている。この半世紀でこの国は驚くほど変わったのだ。ほんとうに何もかもが便利になった。だが、高度成長期で行け行けドンドンの時代には、誰もが便利になることはすばらしいと信じこんでいた。

便利になることで、あとでツケがまわってくるなんて、あの時誰も思わなかったじゃん?

いちおうここは犬ブログなので、無理やり犬の話に持っていくが、管理人が大問題だなと思っている犬猫などのペットの大量生産体制も、いわば便利な時代の縮図なのだ。いまの世の中、スーパーに行けば何でも欲しいものが手に入る。それは、世界中の産地からみんなが欲しがる物を集めてきて並べているからだ。熱帯の国でしか採れない珍しい果物も、日本の近海にはいない魚も、みんな商品棚にきれいに並べられている。それは我々にとってごく当たり前の風景だが、その当たり前の風景を見て、この商品、売れなかったらどうなるんだろう? ここまでどうやって運ばれてきたんだろう? という素朴な疑問を持ちますか?

たぶん、誰も持たないよね。だって、それは当たり前の風景だから。当たり前の風景だから、それがちょっとでもちがうとストレスを感じる。トマトを買いに行ったのに、トマトが店頭に並んでないと、とたんに不機嫌になってしまうのだ。

だがね、冬にトマトがあることじたい、じつは不思議なことなのだ。真夏にミカンが食べられることじたい、100年前にはありえなかったことなのだ。

チワワが欲しい人が「もしかするといるかもしれない」から、チワワを店頭に並べるために、日本中の繁殖所で年間何万頭というチワワが作られる。ほんらい、犬猫などの繁殖期は春と秋と決まっているのに、なぜかペットショップの店頭には通年可愛い子犬や子猫がいるのだよ。店に行けば欲しい物が手に入るという暮らしに慣れている現代人は、その不思議さに疑問も持たない。

管理人は思うのだ。疑問を持たないっていうそこのところが、一番問題なんじゃないかなって。

せっかくチワワを作っても、欲しい人はいないかもしれない。きょうはトマトをたくさん並べたが、半分しか売れないかもしれない。その余った商品はどうなるか? それは廃棄されるのだ。使える物、食べられる物を「もう売れない」という理由だけで廃棄するほどもったいなことが他にあるだろうか? だがそういう無駄は必ず出る。行ったときに欲しい物が店に並んでいないと嫌という客がいる限り、廃棄処分される商品はなくならないのだ。

キャベツがなければ白菜で代用する。それより、店に行ってその時店にあったもので何が作れるか考える。たぶんそれがほんとうに無駄をなくすということなのだ。我慢なんかしなくとも、暮らしかたを変えなくともエコに貢献できるなんてえのは単なるお題目だと管理人は思う。無駄をなくそうと思ったら、無駄を生みだすライフスタイルを変えなければダメなのだ。それが嫌なら、地球と一緒に滅んでいけば良いだろう。

いま絶滅しつつある多くの動物。だが、彼らを絶滅に追い込んだのは他でもない人間なのだ。乱獲や森林伐採を続けていたらどうなるか考える頭を持たなかった愚かな人間たちなのだ。自分たちで絶滅に追い込んでおいて、数が減ったと大騒ぎして、こんどは慌てて保護活動に勤しんでいる。

エコの時代を考えるということは、人間の愚かさを考えるということだ。過去の失敗を教訓にしてどうすれば良いかを考える。考える頭を持つ人間の数が多ければ、おそらく環境は少しずつ改善されていくのだろう。
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テーマ : わんことの生活
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ローマは1日にしてならず

このブログ、じつは何を隠そう飼い主バカによる愛犬自慢サイトである。

だってうちの犬たちって、世界で一番可愛いだけじゃなく、優秀で賢い名犬なんですもの♪(←飼い主バカは死ななきゃ治らない) フセがやっとじゃん、なんていう突っ込みは一切受け付けませんので念のため。

で、何を自慢したいかと言うとだね、以前、鼻高々で吹聴しまくっていた(関連記事はこちら)犬とすれ違うときオスワリしてやり過ごすっていう新しい技のその後なのだが、先日、天敵である例のフラットとまさに1mの距離ですれ違ったのだよ。それもコマンドなんてぜんぜん効かないヒート中のこの時期に。

にもかかわらず、姫ったらちゃんとオスワリしてフラットをやり過ごしたのね。おぉぉぉ~ブラボー(^_^)v

その日、公園の入り口付近で姫がいきなりうんPをした。いつものように大事なうんPを拾いあげ、管理人がそれを愛でているとき、妹の口から警戒警報が発令されたのだ。

「来た、フラット! ヤバイ、即避難!!!」

顔を上げるとすでにフラットが危険水域まで近づいてきていた。ウ~ウ~ウ~ウ~ウ~ウ~

危険水域とは、姫が吠えだすギリギリの距離のことである。それ以上近づくと姫の絶叫が始まってしまう。一度吠えだしたら最後、姫は吠えてる自分の声に興奮していくらNoとこちらが叫んでも吠えるのを止められない。だから、吠えさせてはいけないのね。吠えさせてしまったら、あとは、引きずってその場から逃げるしかないのは長年の経験からよくわかっている。

ところが、その時点ではまだ、管理人の手にうんPが載っていた。

まだ袋に入れてない。せっかく色や形や臭いを楽しんでたとこなのに(T_T)

明らかにうんP処理の途中だというのに、フラットと飼い主はお構いなしにずんずん進んでくる。

どーしてそこで立ち止まって30秒待てないかなぁ~? この狭いところですれ違うんだから、体勢を立て直すまで待ってくれても良いじゃんよ!

この配慮のなさが、管理人がこのフラットの飼い主を苦手とする原因なのだ。できないけど、一生懸命いろいろやって、ようやく犬に吠えさせない方法を編み出したダメ飼い主の気持ちなんてぜんぜんわかってくれないのだ。ようやく成功の道を歩みだしたばかりのペアにとっては、ここで姫が歌い踊ってしまってはいままでの苦労が水の泡なのだ。だからうんPを袋に入れる10秒間だけ待ってくれれば良いのだよ。一瞬立ち止まってくれても良いじゃんか。

だがフラットペアはそれをしない。

ふん、どうせアンタたちは一発目からちゃんとできてたんでしょうよ。「犬がすれ違いざまに他の犬に吠えてしまって困ってます」ってお悩み相談に対して、「スワレ、マテをさせれば良いじゃない? なんでそんなこともできないの?」と上から目線で答えちゃうタイプの飼い主なんだよね。「そんなことも」できないから、こっちは悩んでるわけだ。「そんなこと」が簡単にできるなら、悩みなんて最初からないだろが!(←逆ギレ)

管理人が大慌てでうんPを袋に突っ込むのをあざ笑うかのように、ペアはずんずん近づいてくる。それも道のど真ん中を。せめてどっちかに避けろよ!  大型犬どうしなんだから、お互い道を譲らないとすれ違えないだろうが? でもこの飼い主はそれすらしようとしないのだ。あぁ~ホントに嫌な奴! カラスにつっつかれろ、まったくε-( ̄ヘ ̄)

無事うんPを収納して、管理人は周りを見回した。どの待避場所を選ぶべきか? 1m先の雑木林に飛び込むか、または1m後退して小川のほとりに避難するか?

雑木林に無事入れれば、そこにはかなりのスペースがある。2m以上の距離をとってフラットやり過ごすことはできるのだが、1m前進するということは、完全に危険水域に飛び込むことを意味する。その点、小川のほとりのほうが安全だが、そこには50cmほどの幅しかない。道の真ん中を我が物顔で歩いてくる相手との距離は1m弱。さあ、どうする管理人?! 進むか、退くか?

けっきょく、管理人は後退する道を選んだ。間の距離が1mは完璧に姫の安全範囲を超えているが、それでもオスワリさえさせられれば、やり過ごすことはできるかもしれない。

うんP袋の口を締めるのもそこそこに、管理人は姫を引きずって小川のほとりに駆け込んだ。姫の大好物のブタのハツを塊のまま手に持って。ふだんは小指の先ほどしかもらえないブタのハツの干物だが、その時は10cm角の大きな物を、丸ごと姫に見せつけた。

「ほれ、スワレ。おとなしくできたら、これ全部ゲットだよぉ~」

その時点で、フラットはすでに3mぐらいの距離まで近づいてきていたので、姫はやはり気もそぞろだった。「Sit」のコマンドが一度では効かず、ああ、これまでか!? また歌い踊って赤っ恥をかくのだろうか? と覚悟したその瞬間……

ハツを見つめてうっとりした表情になった姫が、その場に腰をおろした。

やったぁ~(^_^)v

至近距離を通りすぎるフラットを横目でちらちら確認しつつも、姫はそのままじっとオスワリしたままでがんばった。

あと1m、あと50cm、あと30cm……

おっし、危険水域脱出! やったね、姫ちゃん♪

姫を盛大に誉めてやったあと、デッカイおやつを丸ごと口に放りこんでやった。その時、管理人が反っくり返りそうなくらい胸を張っていたのは言うまでもないだろう。

どうだ、参ったかフラット飼い主! ダメ飼い主だって、がんばればこれくらはやらせられるんだ!

こんな偉業を成し遂げた世界一優秀な我が子を、管理人は誇りに思う。ねっ、うちのコってすごいでしょう?

ローマは1日してならず。姫は成犬だし、こういうもんだと諦めていたらば、いまでも姫はギャン吠え犬のままだったろう。だが少しずつ地道な稽古を続けていけば、いつかはできるようになる日が来るのだよ。まさに千里の道も一歩からだ。最初の一歩を踏みださなければ、じつは何も変わらない。
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おあ゛だび

久しぶりに風邪をひいた。

何とかは風邪をひかないという言い伝え(?)どおり、めったに風邪もひかない元気な管理人がここ数日熱を出して寝込んだりしていた。まぁ~珍しい! これぞ文字通り鬼の霍乱。で、いまはすっかり熱も下がり鼻が詰まっているだけなのだが、この鼻づまりってやつがさ、なかなかくせ者でさ。思考回路は完全停止だし、何を食べても美味しくないし、だいたい口を開けないと呼吸ができないのだ(←当たり前)

らめら……もひかすると、このままあらひ、しむかもひれない(。_ _)

この時期、花粉症のせいで年中鼻づまりの妹に言わせると、人間鼻づまりぐらいじゃ死なないのだそうだが。この不快感。脳みそが溶け出したようにかんでもかんでも出てくる鼻汁。らめら……やっぱりしむ(。_ _)

とか言いつつも、鼻づまり程度で日常業務を休むわけにはいかないので、けさはカメラを持ってお花見かたがた近所の公園を歩きまわってきた。犬猫屋敷の御用達お散歩コースでは現在桜が満開である。
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わ~い゛、おあ゛だび、おあ゛だび♪

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春は命が生まれる季節だね

近づいてみるとだ……
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きゃぁぁぁぁ~オタマジャクシが鬼のように群れているぅぅぅぅ~

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おあ゛だ……ぎれひ……

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おあ゛だ? なにそれ? 美味しい?
↑桜なんぞにゃぁ、まるっきし関心がないこいつ

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関心はないが、とりあえずご褒美目当てでモデルに徹するこいつ↑


いやはや、良い時期だねぇ~

やっぱり管理人は桜が好きだ。これで鼻さえ詰まってなけりゃねぇ~言うことないんだが(^_^;)
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犬と私の10の約束

最近話題のこの映画、皆さんは、もうご覧になっただろうか?

管理人はまだ観てない。というか、たぶん映画館には観に行かない。どんなにがんばっても、まちがいなく最後で号泣するのは目に見えているからだ。一瞬、犬好き友を誘って、みんなで観に行こうかとも思ったのだが、洋服にやたらと毛がついたオバサンが集団で、映画を観ておいおい泣いている図というのはそうとう怖い。

だからDVDになったら借りてきて観ようかなとか思っているわけだが、最近、やたらとこの映画のポスターが街で目についてさ、どうしようもなく可愛いゴールデンのパピーの写真を眺めては思わずため息をついてしまうのだよ。

はぁ~こりゃ、やられるね。めっちゃくちゃ可愛いもんね。

かつての管理人ならば、こういう映画の存在を知っても「犬の映画なんだ、ふ~ん」で済んでいたとは思うのだ。だが、華々しいペットブームの裏の汚い世界を嫌ってほど見てしまったいまとなっては、また3年後にセンターのケージがゴールデンだらけになるかと思うと気が重い。

たぶんね、繁殖屋業界では現在ゴールデン増産体制がとられてると思うのだ。映画公開に合わせて、おそらく最初のロットが出てくるよ。作るバカと飛びつくバカ。需要と供給が相まってペット業界は花盛りだ。あぁ~めでたいね、あぁ~めでたい。

誤解を受けるといけないので最初に言っておくが、ゴールデンレトリバーは管理人の大好きな犬種である。何しろ、ツチノコ兄弟はゴールデン雑種なのでね。穏やかでフレンドリーで遊び好きで従順なゴールデンの良い性質は身をもって知っている。ゴールデンってほんとうに文句のつけようのない完璧な犬種だと管理人は思うのだ。初心者でも飼いやすい犬ではあるし、トレーニングも楽にできる。ただそれは、犬を飼うという最低限のラインをクリアしたあとの話だ。

前回のゴールデンブームのときには「誰でも飼える犬ゴールデン」と言われて、犬を飼うのに必要な最低限のことすら知らない人間たちが飛びついた。結果、吠え癖のあるゴールデンや咬み癖のあるゴールデンなんていう不思議な動物が大量に飼いきれないと放出された。管理人に言わせればだ、吠え癖とか咬み癖って言葉はゴールデンの形容詞としてつくわけがないのだよ。だって元もと咬んだり吠えたりはしない犬種なんだから。同じことはラブにも言える。あと一般的な犬種だとプードルもね。こういう犬種で咬み癖や吠え癖がつくということは、よっぽどストレスがたまる状況で飼っている証拠なのだ。犬を飼うということがどういうことか、わかっていない、アロマ代わりに飼っちゃう人がこういう犬を作るのだ。

ゴルのパピーはほんとうに可愛い。コロコロしてて、愛嬌があって、遊び好きで人間が大好きで。だが裏を返せば遊び好きの人間好きな犬というのは人がそばにいてくれないと、それだけでストレスがたまるのだ。これはラブも一緒だが、ゴルのパピーと言うのはね、下手な二足歩行の子どもよりずっと手がかかるのだ。大型犬の子犬は体力もあるし力も強い。室内で暴れると家具は傷だらけになるし、うちの奴らは壁やドアもぶち抜いた。週に1kgずつ体重が増えていき、半年も経たずして暴れん坊将軍ができあがる。たとえば横について一緒に歩く「ツケ」の訓練。これをやる根気がない人は大型犬なんか最初から飼わないほうが良い。なぜなら奴らはあっという間に飼い主を引きずって歩くようになるからだ。

止めろと言ったら何が何でも止めさせる。来いと言ったらそばに来る。マテと言ったらその場で待てる、そういう基本的な服従訓練ができない人が大型犬を飼ってしまうと、冗談ぬきでたいへんなことになる。ゴルはやっぱり大型犬なのだ。犬を飼っている人に言わせれば、たしかに飼いやすい犬種ではあるが、それは犬の中では飼いやすいというだけで、誰でも飼えるというのとはちとちがう。

純血種には必ずといって良いほど、犬種に多い遺伝病というのがあるのだが、ゴルの場合は下手な繁殖屋から購入すると股関節に障害があるコが非常に多い。あと癌もすごく多いのだ。若いうちから定期的に健康診断をしておかないと、ディーのように思いがけないほど早くさよならを言わなければならないことになる。

ゴルの成犬は♂だと30kg前後、♀でも20~25kgになるのはふつうだ。ラブのように食い意地が張った犬種ではないにしろ(ゴルの場合は餌より遊びのほうが躾のご褒美になる)やっぱり給餌量は半端じゃない。フィラリアの予防薬やノミ取り薬の金額も半端じゃない。服やベッドを買おうと思ったら万単位は覚悟したほうが良い。大型犬のわりには運動量はさほど必要ではないにしろ、1日最低2回はある程度長い散歩も必要だ。ストレス解消のためにボール遊びをしようと思ったら、腕が上がらなくなるほどボールを何度も投げなければならない。その他に引っぱりっこをしたり、おもちゃで一緒に転げ回って遊んだり、体力がないとゴルのパピーの飼い主なんてぜったいにやってられないのだ。

でも管理人はゴールデンってすごく好きなんだがね。ほんとうに素晴らしい犬種なのだ。怒濤のような幼年期を巧くクリアできたなら、あとはバラ色の犬飼い生活が待っている。怒濤のような幼年期を巧くクリアできたらね……

まっ、管理人が弱小個人ブログで吠えたところで世の中の趨勢が変わるとは思わないが、それでもやっぱり一言言いたくなるのだよ。

ゴルのパピーは死ぬほど可愛い。だが、あの愛らしさに騙されちゃいかんぜよ。悪徳繁殖屋の口車に乗っちゃいかんぜよ、とね。
20080327a
この可愛さに、管理人はやられました、ハイ
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犬猫という物の立場

この国の法律では、犬猫はタンスと同じ扱いである。

法律上は、飼い主の所有物なのね。だからたとえ犬猫を誘拐して身代金を要求しても、犯人は誘拐罪には問われない。単なる窃盗罪にしかならないのだ。他人の犬猫を殺しても、器物破損罪が適用されるだけで殺人罪にはならないわけだ。だってね、犬猫は人じゃないから。人間以外のすべての物は、物という一つのくくりでしかないからだ。

ところが、犬や猫やウサギやらフェレットというのは単なるタンスとは微妙にちがう。タンスを引きずって毎日近所を歩きまわる人はあまり見ないが、犬飼いは常時犬を引き連れて近所を徘徊している。ケータイ電話はどこに連れて行ってもうんPやシッコはしないものだが、犬などのペットはさ、もよおせば、ところかまわず排泄する。ストレスがたまると、大声で吠えるソファというのは聞いたことがないし、外出から帰ってきたら、冷蔵庫が暴れて部屋が荒らされていたなんてこともふつうはないが、ハッピーでない犬や猫は、自分の置かれた不遇な状況をあらゆる形で表現する。

つまり法律上「物」というくくりに入っているペットというのは、彼らと暮らしている我々にしてみれば、現実的にはぜんぜん物ではないわけだ。

それでは飼ってない人間にとってはどうだろうか?

すごく珍しい、飛びきり可愛いうちの犬たちのような愛らしいワンコ(←飼い主バカですが、それが何か?)を連れて散歩していると、いきなり可愛いぃ~と言って抱きついてくるガキお子さまに出会うことがある。「あら可愛い」といきなり撫でるオジサンやオバサンも多い。だがこれ、よく考えるとすごく不気味な状況なのだ。可愛いバッグを提げて歩いてたら、いきなり赤の他人が近づいてきて、有無を言わさずバッグを撫でまわし、「ねえ、可愛いわねこれ。何のブランド? いつ買ったの?」って訊かれたら、誰だって面食らう。というより、他人が持っているバッグや靴をいきなり触る奴はまずいないのだ。ところが多くの人は、犬猫に関してはこれをやっても良いと思っている。

管理人の知り合いで、純血種の非常に絵になる犬を飼っている人がいる。で、話によると、度々街中で写真を無断で撮られているらしいのだ。いきなり無言で近づいてきて、カシャカシャ犬の写真を撮った挙げ句、また無言で離れていくという。あまりにも目に余るときは、さすがに注意をするらしいが、そういう状況は日常茶飯事でもう最近は慣れっこになってしまっているのだそうだ。 

これもさ、はっきり言うと不気味なのだ。どんなに珍しい可愛い服を着ている人を見かけても、ふつうの人はいきなりレンズを向けたりしないよね。まず「写真撮らせてもらっても良いですか?」って訊くのが礼儀だろう。ところが、ペットに関しては飼い主の許可を得ずに写真を撮っても別に失礼には当たらないと多くの人が思っている。ただ一言許可を得れば良いだけなのだ。「可愛いですね、写真撮らせてもらって良いですか?」と訊いてくれれば、ダメだという飼い主はまずいない。管理人なんて、可愛く撮れてたら送ってくださいと言いたくなる。

百歩譲って、犬を正しく理解する子どもを増やすために、いきなり触られても写真を撮られてもまあ我慢はしてやろう。だがね、勝手に近づいてきて、他人の「物」をいじくり回した挙げ句、「さあ手を洗わなきゃ」はないだろう。「可愛いケータイですね、見せて」と言われて電話を手渡したら、さんざんいじった挙げ句にそれを返した直後に「さあ手を洗わなきゃ」と言われたら不機嫌にならない人はいないだろう。犬に興味津々でじっと見つめている子どもに「危ないから近づいちゃダメ!」と叫ぶ親にも辟易する。うちの犬はアンタんちとちがって、ちゃんとリードつけてるからさ。それにNoと言えば止めるようちゃんと躾もしてあるんでね。別に危険なことはないんだがね。

他人を尊重するということはいわば大人社会の礼儀である。尊重すべき他人が持っている物もまた、他人の一部として扱われる。たとえば、どんな妙なかっこをして歩いている人がいたとしても、それを指さして笑うのはやっぱり礼儀に反するし、ふつう、まともな人ならそんなことはしない。だがね、それが犬ならばやっても良いと人は思うのだ。なぜなら犬はね、横を歩いているからね。飼い主が身につけているものとはちがうから。だから、それを指さして「ちょっと見て、すごく脚の短い太った犬!」とか言っちゃっても許されると思うわけだ。

だがね、法律上ペットは飼い主の所有物なのだよ。管理人が身につけている服やバッグやアクセサリーと同じように管理人の一部なのだ。それを勝手に触ったり、写真撮ったり、汚いとか危ないとか言うのはやっぱり失礼でしょう? それがバッグや服ならそういう行いが失礼なことなんだって、誰にだってわかるでしょう?

犬や猫は法律上はタンスと同じ扱いだ。だが動く物はやっぱりただの物とはわけがちがう。所有者である飼い主にとっても、飼っていない人にとっても……
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深いぜ、迷子札

きのうの記事で、迷子札についてご意見をお聞かせください、とお願いしたら、さっそくいろいろ出てきて、まさに「たかが迷子札、されど迷子札」だなと深いため息をつく管理人である。

迷子札もさ、それぞれのワンコに合わせてこれがベストって奴があるんだね。

たとえばうちのコたちみたいに、デカくて、もうおとなであまり動きのないコだと、ボールチェーン+ダブルリング+迷子札のネックレス形式が一番安価で耐久性があってベストだが、ボールチェーンは切れにくいので、何かに引っかけてしまったときは、窒息事故の原因になって却って危険だ。そういうコには、力をかけると切れる(または咬みきることができる)布製や革製の細い紐を使うほうが良いのだろう。それに何かに引っかけるという事故が起こらないよう、首にぴったりつけることも重要だ。ところが、短毛の犬なら良いのだが、カイのような長毛のワンコだと、首にぴったりつける迷子札だと、何も見えなくなってしまう。ついでに言えば、耐久性のない紐を使うと、こんどは散歩の途中でガウガウごっこをするような若いワンコだと、しょっちゅう落としてしまうっていう難点がある。

難しいね、迷子札。深いね、迷子札……

ただね、おそらくこれだって迷子札の付け方って、たぶんどんなワンコにもそれぞれの個体に合ったものがあるのだよ。小さいコ、大きいコ、毛の長いコ、短いコ、動きの激しいコ、悪戯なコ、それぞれに合ったベストの素材や付け方や長さやが必ずあると思うのだ。だってそれぞれに個性があるんだから。生活環境もちがうわけだしね。

たかが迷子札も突きつめれば犬のトレーニングと一緒だね。それぞれに合ったベストのものがどこかにある。ところが、うちのコには迷子札は合わないって飼い主が諦めてしまったら、それで終わってしまうわけだ。

深いぞ、迷子札……

で、迷子札と言えば、笑う犬の王国(仮称)で迷子撲滅キャンペーンを始めましょって決めた時点で、管理人の古くからの友人みぃがすごくステキな迷子札(っつうか迷子札入りチョーク?)を作っているのでサイトで紹介させてくださいなってお願いした。もちろん快く許可していただいたんだが、そればかりか、実物も見たいだろうから、ついでがあるんで姫の分も作ってあげる!というありがたすぎる申し出。

マジっすか? らっきぃ~♪

で、作ってもらったのがこれ↓
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チューブになっててね、中に小さな字で住所とか電話番号が入ってるですよ。つけるとこんな感じ↓
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短毛のワンコにはオサレでしょ? さり気なくて、でもよく見るとちゃんと必要な情報は入ってて(注:老眼が進んでいる人は、虫眼鏡がないと読めません、悪しからず)おまけに軽くて犬の身体にも負担にならない。チューブの色はいろいろ選べるらしいので、いくつか作ってリードや首輪とおソロでお出かけも良いかもしれない。こんなん、手作りでできるってすごいよね。ちなみに作り方はこちらから。

で、すっかり気に入って、姫用には現在これを愛用させてもらってるんだが、作ってもらう際の会話がおかしかった。

「で、何、書く?」

「住所と名前と電話番号」

「……あまる」

「何が?」

「40cmだと他にもいろいろ書ける」

みぃの愛犬たちは片手で持てるミニピンだ。首のサイズはおそらくカイの脚の太さと同じぐらいだ。それに対して姫はさ……
20080324c
当社比

ミニピンサイズだと住所と名前と電話番号でぴったりなのだが、約4倍の長さのチョーカーとなると、他にも趣味とか特技とかひと言メッセージまで書けてしまうのだ。

思わず、お守り代わりに使うから般若心経でも書いてよと言いそうになったのだが……

その後、完成品が送られてきたとき、添えられていた手紙にこう書いてあった。

「3回繰りかえしたけど、まだ余った」

姫の新しい迷子札は、とてもオサレでステキだが、目を凝らしてよく見るとしつこい気がするのは、一重に奴の首が太すぎるせいなのである。
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たかが迷子札、されど迷子札

笑う犬の王国(仮称)の今年の重点プロジェクト(←なのか?)である迷子撲滅運動なんだが、現在探している迷子になったワンコたち、いなくなって日が経ってしまったせいか、最近、とても目撃情報が少ないのだ。新情報がないと、ブログも更新できない。更新できないとアクセスも増えない。このままだとブログの宇宙の中で漂っている放置ブログになっちまうぞ、という危機感から、最近、スペースを埋めるために、地道に「迷子札キャンペーン」なるものをやっている。

地味にやってるからさ、誰も見てないかもしれないけどさ(-。-) ぼそっ

迷子札をつけましょう、てなお願いというか提案みたいなものは、まああっちこっちのサイトでやってるわけだが、ひと味変わったことをしたいという笑う犬の王国(仮称)の方針としては、ただ「迷子札をつけましょう」と喚いてみたところで、つけない人は、やっぱりつけないんだろうな、という一般的な摂理に基づいて、視点を変えたキャンペーンを実施してみようかなと思ったのだ。

具体的に何をやってるかって言うとね、「迷子札をつけない理由撲滅運動」だ。

迷子札をつけてない飼い主さんって意外に多い。とくに、散歩のときは首輪につけてるけど……ってパターンは非常に多い。我が家もかつてはそうだった。首輪にはね、名前と電話番号がでっかく刺繍されていたから、散歩のときはOKなんだが、室内にいるときは、首の周りの毛が痛むので首輪は外していたのだ。つまり、室内から直接飛びだしてそのまま迷子になってしまった場合、うちのコたちは身元を証明するものを何も身につけてなかったことになる。

これ、非常に危険なのだ。だって、犬がいなくなるケースの多くは、不用意に開けたドアや窓から、何かを見つけたワンコが飛びだしていってしまったってパターンだから。じっさい、いまは室内飼いが多くなったせいで、センターに収容されるワンコの多くが迷子札も首輪もつけてないという例が多いのだ。たとえば、センターに行く前に誰かに拾われたとしても、首輪も迷子札もつけてない、ということはきっと捨て犬だからうちで飼っちゃいましょうって安易に思われてしまう場合もあるのだ。小さな迷子札を一つ身につけているだけで、迷子の確率は極端に減る。

保護してもらえるかどうかも、じつは首輪と迷子札にかかっている。うろうろしている独り歩きの犬を見たとき、まず最初に首輪と迷子札、確認しませんか? 管理人はする。迷子札を下げていれば迷うことなく保護する。だが、首輪も迷子札もつけていないと、やっぱり躊躇してしまうのだ。むろん、余裕があれば助けてやりたいが、もし万が一捨て犬で、拾ったら最後、うちで飼わねばならぬとしたら……

うちのコたちと相性が合わなかったらどうする? 手に負えない問題犬だったらどうする? だいたい、これ以上犬増やすのは無理じゃん!? 頭の中で色んなことがグルグル回ってしまうのだ。

迷子札をつけた方が良いのは、たぶんみんなわかっているのだと思うのだ。ただ、つけない人にはつけない人なりの理由がある。たとえば一番良く聞くのは、

「せっかく買った迷子札を犬が壊した」

「せっかく買った迷子札を落とした」

っていうパターンだね。そこでまず「せっかく買った」って部分に着目した。せっかく買った=高かったのに、というのが飼い主の本音だろう。うちのコたちがつけているのは500円ぐらいの安い樹脂製の迷子札だが、それでも落としたら管理人は目を皿のようにして探しまくる。壊したりしたら泣いちゃうよ。だって500円もしたんだもん!

その結果「せっかく買った」のに使えなくなったから、もう迷子札はつけない、ってなってしまってる人が多いのだ。だが、これって本末転倒だと思うのだよ。落としたり壊したりしたとき涙が出ちゃう「せっかく買った」迷子札は止めて、だったら、なくなっても屁とも思わない手作り迷子札(製作コスト2円~110円)を代わりに使ってみてはどうだろうか?

たしかに買ったものほどオサレじゃないけどね。ちょっとカッチョ悪いかもしれないけどね。でも、迷子札をつけないリスクを負うよりはずっとマシだと思うのだ。

落とす、ことに関してはこれといって対策は思い浮かばないが、「壊す」ケースについては、じつは「壊さない」コにするトレーニング方法がある。他のあらゆる問題行動の直し方と一緒でね、「壊さないことを誉める」というやり方で迷子札を囓らないコに育てることはできるのだ。ただステップバイステップでやらねばならぬので、最初はちょっと時間がかかる。いまはその方法を書き始めたところなんだが、これを見て、もう一度迷子札をつけることを考えてくれる人が増えると良いなと思っているのだ。

というわけで、屋敷にお越しの皆さまにお願いです。落とす、壊す以外に「うちはこういう理由で迷子札をつけていない」という事例があったら、教えてもらえないだろうか? むろん、管理人はカリスマ訓練士じゃありませんから、どんなことでもこれで直るってオールマイティーな方法は知らないよ。でも、ちょっとしたヒントや解決策は提案できるかもしれないし、探しまわれば何か良いアイデアが出てくるかもしれない。あと、うちはこんな手作り迷子札を使ってますなんていうアイデアも、どんどん教えて欲しいのだ。100均の素材を使ったものとか、うちにあるもので代用なんていうあれこれは、現在いろいろ作ってみて、耐久性や使い勝手をテストしてみているのだが(近日公開予定)、他にも「こんなものが使えるよ」っていうアイデアがあったら、お知らせいただければ、すごくありがたい。

この屋敷またはうろうろブログのメールフォームからでも、ここのコメント欄でも(鍵コメでもOK)またはワラ犬の迷子ページについてる掲示板からでもけっこうです。教えてもらった情報をもとに、少しずつ迷子札をつける人を増やしていく運動を続けていきたいのだ。

たかが迷子札、されど迷子札。小さな迷子札がじつは、大切な家族の命を左右する。だからね、なるべくたくさんの人が、自分の飼い犬飼い猫に迷子札をつけることを考えてくれると良いなと思うのだよ。
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一人っ子と大家族

管理人の愛読書はペット用カタログである。

買えないんだけどね。でも、動物病院なんかに置いてあるグッズのカタログをもらってきては、暇なときにパラパラ見るのが趣味なのだ。で、欲しいなぁ~とヨダレをたらしながらカタログを見ていると、ペットビジネスが一大産業ってあながち嘘じゃないなとつくづく思う。だって、ペット用品ってやたらと高くないっすか? いや、うちの○○ちゃんのためなら、この程度は当たり前ってお大尽さまはそうは思わないんだろうが、管理人はやっぱり高いと思うのだよ。

服もベッドもおやつも餌も、下手な人間用より高いんだもん。

ペット飼い人口が増えていると言っても、けっきょくのところ1匹飼いの家がほとんどなんだろうな、グッズの値段を見ていると思うのだ。それも10kg以下の小型が基本ね。だってそうじゃないと納得いかんのだよ。40g入りで400円なんておやつを見てるとさ。

40gなんて量はだな、うちのデカ犬たちの前に置いたら、0.1秒でこの世から消える。

金をかけるべき犬や猫が1匹しかいなければ、貧乏人の管理人でもきっといろいろ買ってやれる。可愛いベッドとかさ、首輪とかさ、迷子札とかさ、1匹分ならばたいした負担にはならない。ところが頭数分用意するとなると、めまいがしてきてしまうのだ。だから多頭飼いの貧乏飼い主はついつい代用品を探してしまう。

いま流行の手作り食なんてえのもやってみたいとは思うのだが、この頭数でおまけに大食漢が2頭いると材料費だけ計算して即断念だ。奴らにたんと喰わせてやろうなんて思ったら、我が家の家計は火の車になる。

我が家の末っ子天ちゃんも、もし1頭飼いの家に拾われてたら、いまごろ、こんなファンシーなベッドで王子さま生活ができたかもしれない。

だが大家族の末っ子はしょせん大家族の末っ子としての扱いしか受けない。結果、彼はこれがベッドだと言い含められて、管理人のお仕事用のレッグウォーマー(別名寝袋)にくるまって寝ている。
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物心ついたときからこれだからさ、天は猫用ベッドとは寝袋に潜り込むことだと信じているわけだ。

不憫だね。涙がチョチョ切れチャうね。

だが大家族には大家族の良さもある。小さな頃から他の動物たちと一緒に暮らすことで、社会性なんてものも自然に身につく。何でも思い通りになるわけじゃないとか、世の中には理不尽なことも多いなんてことを、当たり前にふだんの生活の中でちゃんと学習していくのである。まっ、天ちゃんの場合は何しろ末っ子なんで、思いきり甘やかされてはいるのだが、それでもペットの道に外れたことをやったときは、寮長センセイがバシッと教育的指導を入れてくれる。飼い主としては楽なのだよ。言葉が通じない人間があれこれ躾するよりも、先輩のご指導のもとに、先輩を見習って学習してもらったほうが早道だ。じっさいは、覚えんでも良いことまで覚えるのが、頭痛の種ではあるのだが……

けっきょくのところ、管理人としては多頭飼いが好きなので、我が家には常時犬猫がゴロゴロ複数いることになる。そしていつも嘆いているのだ。

ステキなペットグッズ、欲しいけど買えない(T_T)

グッズに関しても、2個目からは半額みたいな多頭飼い割引ってないもんだろうか……
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喰ってけよ!

棒ダラ(特大)にはほろ苦い思い出がある。
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2年前の春、我が家で棒ダラ(特大)を初めて購入したとき、見たこともないほど巨大な干し魚に、ツチノコ兄弟は狂喜乱舞した。ディーは魚が大好きだったので、もちろん彼にもさっそくやったのだが、当時、ディーは下痢を頻繁に繰りかえしていた。その原因が体内にできた腫瘍だということに、飼い主もまだ気づいていなかったころの話だ。

大好きな棒ダラをやるたびに、ディーはその後下痢を繰りかえす。原因が判らぬままに、それでもタンパク質の摂りすぎは弱った胃腸に良くないと医者に言われ、けっきょくディーには棒ダラ(特大)を食べさせるのを止めてしまった。

とりあえずお腹が治ればまた食べれるし。また来年買ってやれば良いさ、と飼い主は甘く考えていたのだが、けっきょくディーに来年はなかった。それから2ヶ月も経たないうちに、奴はとっとと虹の橋を渡っていってしまった。

下痢をしようが何だろうが、最後にお腹一杯棒ダラ(特大)を食べさせてやれば良かった、といまになるとつくづく思う。くだらないことだが、逝ってしまった愛犬を思うたびに、そういう後悔がたくさん残るのだ。

ディーはグリーニーズも大好きで、だんだんと痛みが増してきて食餌がなかなか咽を通らなくなっても、グリーニーズとレバーだけはぜったいに断らなかった。痛み止めを飲む回数が増えてきて、食べられるものが極端に減ってきたとき、管理人は一念発起してディーのために特大のグリーニーズジャンボサイズを買ってやった。それも箱入りで。1ヶ月分近くをまとめ買いして、それを全部食べきるまでは生きていて欲しいと願ったのだ。

だが、ようやくジャンボグリーニーズが届いたとき、ディーの病気は、すでに何も食べられないくらいまで悪化していた。目の前で命の光が消える瞬間を目の当たりにしたとき、不思議なことに管理人はまず思ったのだ。

「せっかく買ったんだから、せめて1コぐらいは喰ってけよ、ジャンボグリーニーズ!」

人間、悲劇のどん底に突き落とされた瞬間には、意外なほどに妙なことばかりが頭に浮かぶものなのだ。

けっきょく納得がいかなかった管理人は、せめてもという思いで、ディーを火葬にするときにジャンボグリーニーズを一緒に持たせてやった。お骨を拾う段になり、真っ白なはずのお骨に緑の染みがついていることに気づいた。

グリーニーズをお棺に入れるのは止めておいたほうが良い。お骨にカビが生えたようになって美しくない。

それはさておき、犬猫を見送るたびに、管理人は山ほど後悔してしまうのだ。ああしてやれば良かった、こうしてやれば良かったと後悔のネタには事欠かない。一代目のDukeの時は、ケーキだのせんべいだの、人間と同じものを食べさせたために、腎臓を悪くして死なせてしまったことに後悔が残った。ディーの場合はDukeのときと同じ失敗を繰りかえさないようにと、身体に良いと言われる餌やおやつばかりを選んで与えていたにもかかわらず、やっぱりいまになると山ほど後悔が残るのだ。まだ来年があると思っていたのに、犬にとって来年は人間のそれよりずっと先にある。そこまで行き着けないこともありえるのだ。とくに老犬になるとね。これが最後かも、と思わずにはいられなくなる。

そろそろ桜も咲き始めたことだし、棒ダラ(特大)を持って、Dukeとディーのお墓参りに行くことにしようかね。人は死ぬときあの世に何も持っていけないらしいが、もし何かを携えて三途の川を渡れるのなら、ディーのために、棒ダラ(特大)とジャンボグリーニーズを虹の橋の向こうまで持っていってやりたい。
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今年もアレの季節です

桜のつぼみが膨らむこの時期といえば、やっぱりアレの季節である。
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棒ダラ(特大)ド~ン!

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3箱まとめ買い、一気に75本ド~ン!

こんなに山ほど犬用のデカ干し魚を買うあたり、管理人は自分のお大尽ぶりに我ながら惚れ惚れする。だって、3箱までは送料一緒だったんだもん♪ 季節限定、いまだけ、数量限定の言葉にめちゃくちゃ弱いのは、生まれ持った性である。

むろん、箱を嗅いだだけでデカ犬たちは狂喜乱舞。
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箱を開けたとたんに銜え取りモードと化す。

これ、好きなだけもらってって良いっすか?

ダーメー! 大枚はたいて買ってやったんだから、管理人から恭しく授からないとダーメー!
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見たこともない巨大な干し魚にチビ天も絶句

天ちゃんは見るだけね。いくら何でも天にはデカすぎるから、アンタにはいつもの極小をあげるからさ。

そしてお約束なので、デカ犬たちはマテをさせられる。
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それ、いただけるのなら、何でもします

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あぁ~おヨダが垂れちゃう。直視できないわ

そして奴らは、さんざんもったいぶって待たされたあと、無事ご馳走にありつくのであった。
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旨かぁ~

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やっぱり棒ダラ(特大)はサイコー♪

良かったね。たんとお食べ。円高だから、新しい服買おうと思ってたけど、管理人は着古した服で我慢するからさ。春用の靴も欲しかったんだけど、靴流通センターで我慢するからさ。

だって、この季節限定の大ご馳走だからね。アンタらがそこまで喜んでくれるのなら、管理人は何だってしちゃうよ。

現在我が家の冷蔵庫は巨大棒ダラでいっぱいである。
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飼い犬に手を咬まれる

チベットでの暴動騒ぎのニュースを見て、「飼い犬に手を咬まれる」ということわざを思いだしたのは、管理人だけだろうか?

いやね、この手の独立運動の騒ぎを見るたびに、じつは、いつもこのことわざが思い浮かぶのだ。ちなみに、チベット人を犬にたとえるなんて失礼な、と怒るのはご遠慮くださいね。だって管理人、別に犬より人間のほうが優れた動物だなんて小指の先ほども信じちゃいないし、それどころか、犬も人間もすべての哺乳類は突き詰めれば同じモチベーションをベースに生きていると思っているのでね。ただ人間は、二足歩行のせいで自由に使える手が2本あるせいで、所有物を口でしかくわえられない他の動物に比べると、極端に欲深いってだけの話だから。

で、「飼い犬に手を咬まれる」ってことわざの話なんだが、これ、管理人はおかしいと昔から思っている。端的に言えばだ、飼い犬が飼い主の手を咬むわけがないからだ。「飼い犬に手を咬まれる」ということわざは、辞書によると「恩顧を与えた者から思いがけず害を受ける」「面倒を見ていた者から思いもかけない裏切り行為を受ける」という意味なのだそうだが、長年犬と一緒に暮らしている管理人にいわせれば、ここで重要なのは、「面倒をみていた」「恩顧を与えた」と咬まれた人間が勝手に思いこんでたっつう点だと思うのだ。

ほんとうに可愛がって面倒みていた犬は、ぜったい飼い主に牙を剥いたりしないからね。なぜなら犬のほうが可愛がられてる、面倒みてもらってると思えば、彼らはその相手に従順になる動物だから。ちなみに人間も同じなのだ。元来群で生きる習性がある動物は、幸せに生きていかれる群から離れようとはしないものだ。

飼い犬に手を咬まれる飼い主は、犬をハッピーな状態に保つことに失敗した飼い主だ。満足している、幸せな犬は、わざわざ飼い主を咬んだりはしないのだ。ところが、飼い主の視点から見るとそう見えないのがミソなのだ。

こんなに一生懸命世話をしてやってるのに! こんなに可愛がってやってるのに!

そして飼い主は怒り狂う。恩知らずな奴めとばかりに犬を罵倒し力ずくで自分に従わせようとするのである。これ、ありがちな失敗ね。結果、犬はますます自称飼い主のことを嫌いになって、咬まれる回数が増えるのだ。

世話をしてやっている、可愛がっていると飼い主がたとえ思っていたとしても、それが犬にとってハッピーな状態でないのなら、じつは恩恵を与えていることにはならない。たとえば、犬が撫でて欲しいと思ったときに、耳のうしろをグリグリしてやる飼い主は犬を100%ハッピーな気持ちにしてやれる。ところが、撫でて欲しいと寄ってきた犬におやつを与える飼い主はどうだろう? たしかに美味しいものをもらって犬は嬉しいかもしれないが、撫でてもらいたいという欲求の部分は満たされない。つまりハッピー度は100%にはならないのだ。そういことが度々続くと、だんだんと不満が募ってくる。不満がたまると苛立ちが募る。苛立ちが募ると、そのストレスの矛先を向ける相手が必要となる。犬の場合はそれが家具だったり、吠え癖として出たり、そうして問題犬ができあがる。

相手を100%ハッピーな気持ちにしてやるには、相手のニーズを知らなければならない。ニーズを知って、それを100%満たしてやれば、相手をハッピーな気持ちさせられる。ところがニーズを理解せずに、「○○してやるのが良いはずだ」という勘違いの元に行った行動では、相手をハッピーにさせる効果はないのだよ。そしてそういう飼い主は、飼い犬に手を咬まれて叫ぶのだ。

こんなに一生懸命世話してやったのに、恩知らずめ!とね。

満ち足りているハッピーな犬は、飼い主に牙を剥くなどいうことは考えもしない。なぜならハッピーな状態を持続させたいと思うのは動物の本能だからだ。逆に力ずくで押さえられて服従させられている犬は、チャンスがあれば何度でも飼い主に挑戦してくる。群を出ることや、群の主権を奪うことで寄り明るい未来があると信じこんでしまうからだ。そう思わせた時点で、じつは大失敗なんだな。それがわからない人間は、世界中にたくさんいる。

世界中で起こる独立運動やら紛争は、けっきょくハッピーじゃない人がいるのが原因なのだよ。全員が満ち足りていて、幸せならば、じつは紛争なんて起こらない。むろん、波風を立てるのが趣味みたいなネジの外れた人間はいつの時代にもいるものだが、満ち足りた人間ばかりの社会では、誰もその扇動にはのらないのね。ところが力ずくで紛争を押しとどめたりしちゃうとさ、けっきょく火種はくすぶって、また煽る奴が出てきたとたんに、より大きなパワーで爆発することになるわけだ。

要は人間も犬も陽性強化が長い目で見れば一番なんだがね。むろん、政治家とかいう頭の固い人間にはそんなことは判らない。だからいまでも世界のあちこちで、紛争やら戦争やら、資源の無駄遣いが続いていく。あぁ~もったいないね、もったいない。
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ぱっつん前髪

週末、天気がよかったのでカイを洗った。

仕事があまりに忙しく、たまに暇になるとこんどは天気が悪かったりでずっと延び延びになっていた久しぶりのシャンプーだ。あいかわらず忙しいのは一緒なのだが、敢えていま洗ったのは、ここ数日、急に気温が上がってきて、カイが全身に蓄えている抜けたアンダーコートを洗い流しておかないと、今後暑くて可哀想だなと思ったからだ。

案の定、チワワ5頭分ぐらいある大量の毛が抜けた。

これを全部背負って歩いてたんだから暑くてバテるのもうなずける。(←こまめにブラッシングしろという噂もある(^_^;))

犬もこの時期は衣替えだ。大量のアンダーコートを脱いで、代わりに夏毛が出てくる。我が家の場合は、シャンプーのついてでカットもするので、伸び放題になっていた前髪や顎の毛も全部すっきり刈ってやった。
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目の周りがすっきりして、若返ったんじゃない、カイちゃん?

いまは、ぱっつん前髪がオサレなのだそうだ。前髪をぱっつんと短く切ると、若く見えるんだってさ。管理人がうら若き乙女だった弥生時代には、そういう髪型は「オン・ザ・眉毛」と言って、ダサダサの子だけがするものって決まってたんだがね(遠い目)

ついでに耳や脚の飾り毛もバシッと全部刈ってしまった。
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あちらこちらにふわふわしているゴージャスな飾り毛は、父ちゃん母ちゃんから引き継いだ犬種の特徴なんだがね。飾り毛なんてもんは、あくまでも飾りであって実用的な点はなにもない。だから、管理人は刈っちゃうのだ。飾りのないシンプルライフが管理人の信条である。

カイをごしごし洗い(姫ちゃんは現在ヒート中なので、蒸しタオルで身体を拭いただけ)、ついで部屋に掃除機もかけていたら、家人から質問された。

「明日、お客さん?」

なぜ犬を洗って部屋に掃除機をかけただけで、客が来ると思うのか?

ふだんの生活態度を改めなきゃいかんな、と実感する瞬間である。
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アタシは女優

いつものように昼近くに起きだして、犬どもを連れて公園を歩きまわっていたところ、近所のオバサンに話しかけられた。

「そのワンちゃん、映画に出てる犬ですか?」

はぁ~?

管理人は聞き違いかと、思わず聞き返してしまったのだ。「あいべーぐゆあぱーどん?」

「そのワンちゃん、映画に出てる犬ですよね?」

オバサンの視線の先にいたのは姫だった。こんなオリジナリティー溢れる不機嫌そうな顔をした雑種が出ている映画なんてあっただろうか?

うちのバァバと同世代のオバサンが考える「映画に出てる犬」の定義がよくわからない。たとえば映画に出ている犬=高そうな犬=純血種という思考回路かと思ったので、「これ、ただの雑種ですよ」と曖昧に答えておいたのだが、もしかすると、その時姫を思いっきり横につかせて、しっかりヒールで歩かせていたのが誤解の原因かもしれない。

訓練された犬=映画に出てる犬というありがちな誤解。

ちなみに、姫がヒールを強要されていた理由は、数メートル先でペットのウサギを遊ばせている家族がいたからだ。走りまわるウサギなんて目にしたら、姫のハウンドとして本能にたちまち火がつく。狩りモードに突入して、もう1頭のハウンドと一緒に暴れ出したりしたら、飼い主は今後1ヶ月は恥ずかしくて近所を歩きまわることができなくなる。

姫が映画に出ている犬だという誤解の理由がなにかは、けっきょくよくわからなかったのだが、少なくとも注目を浴びた姫ちゃんはすこぶるご機嫌である。無事、ウサギ危険地帯を通りすぎた後、さっそく相棒にそのことを報告していた。
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「ちょっと、デブ聞いて! 姫、いま女優さんですか? って訊かれちゃった♪」

ニュアンスがそうとう変わっている気がするのだが?

「姫、いま世界一可愛いし、やっぱり見る人が見ると、わかるのねぇ~」

遅まきながらヒートが始まり、現在絶好調の姫ちゃんは、すっかり有頂天になっている。その後は、ファンに追いかけられてサインを求められることもなく、ウサギやキツネを発見することもなく、ただしつこいくらいに近所の掲示板に書きこみをしまくり、無事朝の散歩を終えたのだが、姫としては、きょうあったできごとを吹聴せずにはいられなかったらしい。
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「姐さん、姐さん、聞いて! 姫、いま散歩の途中でメリル・ストリープとまちがわれたの!」

そんな事実はどこにもない。

だが、都合の良いことだけはやたらと聞こえて、そのうえ話を無理やり膨らませるのは、オバサンという種の性である。
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四足歩行と二足歩行

きょうは婆ちゃんの誕生日パーティーだった。

管理人はまたしても現在納期に追われる身なのだが、なにせ1世紀近く元気にしている婆ちゃんの誕生日である。仕事が忙しいなどという(他人にとっては)大したことのない理由での欠席は許されない。と言うわけで、きょうは親戚の家で宴会だったのだが、管理人的にちょっとばかし気にくわないのは、この家へお邪魔する際には我が子(四足歩行動物)の同伴が許されないという点だ。

他の親戚が飼って育てている二足歩行動物の場合は、無条件に出席が許される。たとえ気に入らないことがあると言っては、超音波のような嬌声を挙げて喚き散らそうが、他人が食事をしている横を埃を巻き上げて駆けぬけようが、奴らは2足歩行だというだけですべてが許されてしまうのだ。

テーブルのうえに並んだご馳走を、おそらく手当たり次第試食するであろう姫は別として、こいつらに比べれば、うちのカイちゃんのほうがずっとちゃんとしつけがされている。ここでおとなしくしていなさいと教えれば、決められた場所でじっとしていることができるし、欲しいものが目の前にあったとしても、管理人がどうぞと言うまでちゃんと待っていられる。食事中の部屋のなかをかけずり回るなんてことは論外だし、ましてや要求が通らないからと言って吠えるなんてことはありえない。

だが、うちのコたちの場合は、何があっても宴会に同席することは許されない。なぜなら彼らは犬だからだ。犬は人間とちがって獣であって、いくらしつけをちゃんとしていると言っても、やっぱり咬むし吠えるし危険だと多くの人が信じているからだ。

哀しい誤解だな、と管理人は思うのだ。欧米の犬先進国だと、二足歩行はお断りだが犬は無条件に入れる店なんていうのもざらにあるんだがね。

まっ、じっさい、この国ではまだまだ、頼むからもう少し何とかせいやと言いたくなる四足歩行も多く見かける。犬全体の評判が下がるから、そういう犬は人混みに連れて出るなと言いたくなるケースも少なくはないのだ。逆に四足と二足を両方いっぺんに育てている人のケースを見ると、四足歩行がきちんとしつけされている場合は、二足歩行動物のほうも、お行儀がとても良いのがおもしろいなと思うのだ。

けっきょくのところ四足歩行でも二足歩行でも、教えるべきことは一緒なのね。少なくとも、二足歩行が「子ども」レベルでいるうちは、たぶんやるべきことは、さしてちがいがないのだよ。

自分の思い通りにならないからと、要求吠えを繰りかえす二足歩行とその飼い主親の対応を見ていると、要求吠えの癖をつけてしまう飼い主と同じことをやっている。吠えるとうるさいからと望みどおりにしてやるのだ。そのおかげで、彼らは要求を通すために要求吠えをすることを覚えてしまう。

犬のしつけページの「これだけはやってはいけません」の部分を一度熟読した方が良いんじゃないかな?

超音波の要求吠え攻撃のせいで頭が痛くなりながら、ようやく我が家に戻ると、おとなしくて、穏やかで、(奴らに比べれば)ずっとしつけの行き届いた四足歩行の我が子たちが、無言でにこにこ笑いながら管理人の帰りを待っていた。あぁ~なんて静かで心地よい空間なんだろうか? もしあの二足歩行動物たちと丸1日一緒に過ごせと言われたら、管理人はまちがいなく発狂する。

「うちの子なんて、犬と一緒よ。サルと同じレベルなの」

謙遜しているつもりかそう言う飼い主親に愛想笑いを向けながら、内心「そいつとうちの子たちを一緒にするなんて失礼な! ましてやサルと同レベルだなんて、サルが気を悪くする」と思っていたなどとは、口が裂けても言えない。
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道の先には何がある?

最近話題の道路なんだが、よく論点が見えないのは管理人だけだろうか?

いやね、管理人はご存じのとおり東京在住なわけで、「便利な東京に住んでいる人間には、道路が必要な地方の人間の気持ちはわからない!!!」ってヒステリックに叫ばれちゃうと、最初からお話にもならんのだが、いま話題の「道路特定財源」という奴が「一般財源」に変わった場合、それで道路を造っちゃいけないとは誰も言ってないんだよね? なのにどうしてここまで揉めるのか、管理人にはよくわからない。いや、余ったお金でマッサージチェアを買ってもらったり、ただで旅行に行ってた人は、そりゃ大騒ぎするだろうが、それ以外の人も叫んでない? なんででしょうね? 管理人としてはよくわからない。

道が必要な場所には造りゃいい。ただ国の補助金をもらうためには立派な道を造らなきゃいけない。なかには立派じゃなくても良い道もあるわけじゃん? たとえば、交通量が少ないのなら最初は細い道でも良いわけだ。ならば最初は安く道を造っておいて、あとで必要に応じて拡張すりゃいい。それで余ったお金を教育や医療や福祉に使おうっていうのは、別にまちがってないと思うんだがね。

管理人は以前、田舎で暮らしていたことがある。会社が引っ越しちゃったために、否応なしに地方に移ったのだが、東京生まれ東京育ちの管理人にとって、意外にも田舎暮らしは楽しかった。とれたての魚や野菜が驚くほど安価で手に入るし、新鮮な食材はめちゃくちゃ旨い(←これ、管理人的には重要ポイントね)。朝思いたってすぐ海や山に遊びに行けるし、渋滞はないし、人はのんびりしてて親切だし。まっ、管理人はあくまでも単身赴任で暮らしていたので、じっさいその地域に根づいて暮らすとそれなりに面倒なこともあるらしいが、ともかく、東京もんにとって、地方暮らしは悪くなかった。ついでに言えば、地方の生活って豊かだなとも思ったのだ。

豊かの定義にはいろいろある。たしかに、金銭的な豊かさを求めるのなら都会で暮らすのが一番だろう。収入も増えるし、金を出せば何だって買える。そういう点から言うと、地方はたしかに豊かではないがその分空間的な豊かさを持っている。なんて言ったら良いんですかね。近ごろの東京で感じる圧迫感みたいなもんがないのよね。ついでに言えば時間もゆったりと流れていく。都会にありがちなあくせくした感じがないのだよ。言葉に出して説明するのは難しいが、ともかく、地方でしばらく暮らしてみて管理人は思ったのだ。「こういう豊かな人間らしい暮らしができるのなら、地方生活も悪くない」

その後、生まれ故郷東京に戻った管理人は、なぜかあまりの人の多さに逆カルチャーショックを受け、けっきょく人混みに出ないでも暮らしていける自宅でできる自営業の道を選んだわけだが、管理人の人生を変えるような素晴らしい地方暮らしをしている人たちが、なぜかその生活を悲惨なものだと思っているという事実が管理人としては非常に不思議だったのだ。あちらに引っ越してすぐ、会う人会う人にこう言われた。

「こんな田舎に来ちゃって、つまらないでしょう? 東京に帰りたいでしょう?」

たしかに東京に帰りたいと思う瞬間もあったのだが、それは、昔からの友だちが家族が全員東京にいたからだ。そういうしがらみさえなければ、管理人は一生あの田舎で暮らしていってもかまわないと思っていた。だってのんびり暮らせるんだもの。とれたての野菜や魚が巧いんだもん(←けっきょく、重要なのはこの点)。こんなに良い暮らしをしているのに、どうしてみんな東京のほうが良いって思いこんでるんだろうか?

ちなみに管理人にとって東京はふるさとなので、むろん東京という街は大好きだ。管理人が子どものころは東京だっていまよりずっとのんびりしていたし、空間的な豊かさもあったのだ。だがいまの東京は、はっきり言って人が多すぎる。どこに行っても「きょうは祭りか!?」と思うほど人が群をなして歩いているし、物価や家賃もどんどん上がって、再開発でおもしろい町並みがどんどん消えていってしまい、正直暮らしにくい街になった。たしかに交通網は発達しているので、呼べば救急車が10分以内に来てくれるが、病院は山ほどあるにもかかわらず、受けいれてくれる病院を見つけるまでに1時間近く救急車のなかで過ごさなければならないらしい。お役所仕事で作った潰れそうな銀行を助けるために大切な税金を400億円も使うなんて話もある。東京だって決してパラダイスではないのだよ。にもかかわらず、地方の人は、みんな都会に憧れる。都会に住んでいないことが不幸の始まりだと思っている。そこらへんが、管理人的にはずっと不思議でならなかった。

道路を造れという議論で必ず出てくるのが「道路を造れば人が戻ってくる。町の活性化になる」という話なのだが、果たして道路が繋がりさえすれば、ほんとうに人が戻ってくるのか? 道路の先に行きたい場所がなければ、誰もその道は使わない。逆に道が繋がれば、おもしろいことがある方へ、楽しそうな場所へと人はどんどん流れていく。だから、やたらと道を造ったとしても寂れた場所はどんどん寂れるだけなのだよ。道路の先のその場所に、人を惹きつけるなにかがなければ地方の活性化なんてありえない。

都会もんの目から見ると素晴らしく魅力的なさまざまなものを持ちながら、それを活かして産業に転換できない地方行政の発想の貧しさや、自由にさせないさまざまな規制が悪いんだと管理人は思うのだ。若い人が、どんどん田舎を捨てて都会に出て行ってしまう原因は、いつまで経っても変わることができない、変わろうともしない、地方特有の閉塞感だと思うのだ。若者に嫌われるのはね、道路さえ造れば町が活性化するなんていう半世紀前の発想を声高に叫んでる、その時代錯誤のウザさなのだよ。

国会とか言う国立の集会所で居眠りこいてる爺さんたちは、そこら辺のところ、ちゃんとわかっているのかね?

地方の活性化というのは、日本全国東京化計画ではないのだと管理人は思うのだ。それぞれの場所で、地の利を活かして地元特有の産業を振興すればそれで良いはずだ。日本中の津々浦々に似たような店が軒を連ねるショッピングセンターや駅ビルができることなど、誰も望んじゃいないんだから。

でもきっとお役所は変わらんね。国のお触れに従って、横並びの対応すること以外何も考えていないんだから。最近、相次いで発表された各県の「動物愛護推進計画」とやらを見ていて管理人は思ったのだ。また同じ言葉のコピペかい? 少しは新しい発想が出てこないもんかいね?

まっ、そんなことはどうだって良いんだがね。誰が何と言おうと管理人にとって地方暮らしは魅力的だから。出稼ぎに行かなくても喰えるぐらいのお大尽になった暁には、管理人はぜったい田舎に山買って、犬猫たちを引き連れて移住するって決めてるんだから♪
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猫の不思議

犬猫屋敷の管理人を自認しているものの、じつは管理人、猫に関してはまったくもって初心者だ。もう四半世紀近く猫どもと暮らしてはいるものの、猫担当の責任者は妹であり、管理人は餌をやったりトイレを掃除したり、遊んだり撫でたり、その程度のことしかやってない。ゆえに、天が犬部屋で暮らすようになってからというもの、目から鱗の新事実が次から次へとわかってくる。

そして犬飼いは毎回思うのだ。猫ってやっぱり不思議だわ。

先日、天のためにハーネスを買った。天ちゃんはお外には出ない我が家の大事な箱入り息子なのだが、陽に当てないのは良くないので、ベランダや庭やできれば散歩にも連れて行きたいと思っている。最近、室内飼いが推奨される猫社会では、猫も犬のようにハーネスとリードをつけて飼い主と共にお散歩に行くのがトレンドなのだ。なので我が家もさっそくハーネスを買った。ところが、グッズは揃ったし、これで明日から天ちゃんとお散歩♪という犬飼いの安易な目論見は絵に描いた餅で終わったのである。

なぜなら、犬とはちがって猫という動物は、ハーネスをつけるだけでたいへんなのだ。むろん、犬だって慣れていないと最初は首輪やハーネスをつけるだけでも難儀だが、それでも、ここまでたいへんな騒ぎにはならない。ちなみに、子犬に初めて首輪をつけてお散歩デビューしたときのことを思い返した管理人は、猫責任者の妹に、陽性強化のトレーニング方法を提案した。

「ハーネスをつけると良いことが起こるって覚えさせるために、最初はハーネスをつけた時だけ、おやつをやるのが良いと思ふ」

ところが、この提案は猫飼いの失笑を買った。

「猫は犬とはちがうの! おやつをもらえるから何かやろうなんてことは、猫は考えないんだから」

なるほど。で、けっきょくどうやってハーネスを装着させたかというと……2人がかりで力づくで押さえつけ無理やりハーネスをはめたのだ。

猫飼いしか知らない秘策があるのかと思いきや、力業かい?!

ご想像どおり、天は鳴いて喚いて、引っ掻いて咬みついて、力一杯抵抗し、ようやくハーネスをカチッとはめたとたん、恐怖と不快感と怒りのあまりその場でうずくまって動かなくなった。さらに火に油を注ぐように、見慣れないものを装着した猫に興奮した犬どもが、一斉に突進してきたからさあたいへん。

天はパニック、飼い主は絶叫、阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことだった。

天ちゃんにとって、ハーネスの第一印象、さ・い・あ・く (。_ _)

何とか天を犬どもの魔の手から救い出し、高いところにある天の安全地帯に避難させた。ところが、何だか身体がふらふら揺れて、巧く歩けないようなのだ。ただのひも状のハーネスのしておけば良かったのに、このほうが抜けにくいからとベストタイプのものを買ったのが失敗だった。

「そういえば、猫って服とか着せるとバランス感覚が狂ってふらふらしちゃうって聞いたことあるかも」

そー言うことは、大枚はたいてベストタイプのハーネスを買う前に言って欲しいo(;△;)o

ちなみに、天だけの特有の現象かを確認するために、他のオバサン猫たちでも全員実験してみたところ(←鬼のような飼い主)このハーネスを装着すると、全員同じようにふらふらになった。やっぱ、ダメなんじゃん、ベスト型のハーネス! だが、近ごろ世間では猫服なるものも売っておるぞ? と言うことは、慣らせば猫だって服を着れるようになるんじゃないの?

ここらあたりで、我が家の猫のエキスパートはあまりあてにならないことが証明されたので、方針を犬方向に転換させることにした。犬のみならず会社のオヤジにも効く陽性強化である。哺乳類なら何だってこのやり方でできるはずだ! てなわけで、ベストハーネスをつけたままよろよろと不機嫌そうに揺れている天に大好きな棒だら(極小)を差しだしてみた。さすが、犬と一緒に育った猫である。彼は大好きなおやつのオファーは何があっても断らない。その後、大好きなミルクも飲ませてみた。これまた、何もなかったように飲み干した。ただし……その後バランス感覚が狂って船酔い状態の天が、わざわざ管理人に頭上からミルクを戻して管理人を嘆かせたのは言うまでもないだろう。ったく、猫って奴は3D攻撃があるから侮れん( ̄‥ ̄)=3 フン

ともかく、今後は少しずつ慣らしていくことだね。毎日おやつをやる前にベストを見せて、ベストに好印象を持ってもらおう。ついでに糸のように細いたすきをかけるところから始めて、だんだんと布の幅を広くしていって、身体に布を身につけるということに慣れさせるほかないだろう。いったい、いつになったら天を犬たちと一緒の散歩に連れて行けるのやら……

こうして、猫を飼ってる犬飼いのチャレンジは続いていくのであった。 to be continue……
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てんちゃん、へんなものまかれて、とらぬま
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お買い得品

たまたま立ちよった店で、良いもんを見っけた。
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犬用のリュックが、破格値で売られていたのだよ。欲しかったんだ、犬用リュック♪

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これで次回からお出かけの時は自分の物は自分で背負うようにすれば管理人の荷物が減る。

犬とのお出かけって、けっこう荷物が嵩む物なのだ。うんP処理グッズにカメラにタオルにおやつに水に、あれこれ、あれこれ。いままでは、管理人がすべて背負って歩いていた。だが、これさえあれば、荷物の一部は犬どもに背負わせることができる。

せっかく大きく育てたんだから、荷物持ちぐらいはしてもらわないとね。

ちなみにこのリュック、犬用としてペットコーナーで売られていたのだが、人間でもじゅうぶん背負える。
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飼い主と犬がお揃いのリュックっていうのも、なかなか乙なもんである。

きょうのお散歩には、我が家を代表してカイちゃんが背負って行った。
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嫌がるかと思いきや、けっこう気に入って背負っている。リュックの中身はうんP処理グッズ一式だ。

で、いつものごとく犬たちがブリブリっとした健康なアレを拾いあげ、袋に入れて消臭袋に入れたものを、またカイのリュックに戻そうとしたら、妹に怒鳴られた。

「ダメ! カイちゃんのリュックにうんPは入れちゃダメ!!!!」

「なんで?」

「リュックが臭くなるじゃん!」

「じゃあ、このうんPはどこにしまえば良いのじゃ?」

「アンタのウエストポーチ(←きっぱり)」

管理人のウエストポーチは臭くなっても良いのか? せっかくうんPをそれぞれに背負わせようと思ったのに(T_T)

次回の競技会には、2頭にこれを背負わせて連れて行こう。そして買ってやったおやつを全部奴らに背負わせるのだ。そして管理人は、2頭分のうんPだけをぶら下げて歩くのである。
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トイレを失敗する犬がいる理由

我が子の成長に、思わず目を細める瞬間がある。

我が子って言っても、うちは毛むくじゃらの四足歩行動物だが。それでも一生懸命いろいろ教えて手塩にかけて育てた以上、我が子は我が子なんだわさ。誰が何と言おうと我が子なの!

で、それはどーだって良いんだが、最近、管理人が我が子の成長に目を細めたのは、ほんとうに、真剣に、姫のトイレの失敗がほぼ0になったからなのだ。きのうも、姫とカイのデカ犬コンビは、管理人が皿洗いをしているあいだ、一緒についてきて、キッチンでうろうろしていた。食後すぐ、それも管理人と一緒でないと入れないキッチンに入れるというイベント性、おまけに、部屋に比べると気温が低いと来ている。最近、姫ちゃんのトイレの失敗がなくなったわね、と気を許してキッチンに入れるとジャーっというのは、じつは失敗パターンの定番だったのだ。ところが、近ごろの姫は、ほんとうに失敗をしないのだ。あれ、キッチンからいなくなったぞと部屋を覗いてみると、ちゃんと自分のトイレに戻ってシッコをしている。以前はさ、出たくなったらその場で悪びれもせずにジャーだったのにね。

もちろん、管理人はノーベル賞を受賞したかと思うくらい派手に姫を誉めてやったさ。いまやった行いは非常に良いことで、今後もがんばって続けるようにときちんと伝えることこそ、しつけの大切な基本だからね。

姫は5歳くらいで我が家に来た。5歳まで垂れ流し状態で育った犬に果たしてトイレトレーニングができるのか? 管理人は「できるはず」と信じていたが、「そのまま諦めて飼ったほうが身のためだ」てな感じで言われたこともある。でもけっきょくはできたのだよ。時間はかかったがね。でも、できた。トイレでできたら誉めてやる、他のところで失敗したら不機嫌な顔で無視。ただひたすら、それを毎日繰りかえしただけだ。

管理人は、トイレの場所を覚えられない犬には会ったことがない。だが、トイレの場所を犬に教えられない飼い主はよく見かける。管理人の目から見ると、しつけに失敗する飼い主というのは、じつは褒め方が下手なのだ。誉めてるのか叱ってるのか、はしゃいでるのか、怒ってるのか、その境目が曖昧で端から見るとすごくわかりにくい。ましてや犬は言っている言葉の意味はわからない。そうすると自分がやった行いが正しかったのかまちがっていたのかがわからず、混乱してしまうのだ。

犬を混乱させる不可解な飼い主の行動は他にもある。たとえば、ワンコを連れて、他のワンコ飼いの家に遊びに行ったとしよう。自分の愛犬が、そこの家のワンコ用トイレで排泄した場合、飼い主はどういう行動をとるだろうか?

犬猫屋敷は言わずとしれたワンコフリーの空間なので、デカ犬だろうがチビ犬だろうが、多頭飼いだろうがすべてのワンコは室内に入れる。そこで、自分の愛犬がうちのトイレで排泄したとき、多くの飼い主さんは慌てて「ごめんね、すみません、あーどうしよう!」と言い出すのだ。

中には「いま外でしてきたばかりなのに、何でまたするのぉ~」とワンコに非難の目を向けてしまう人もいる。他人様の家でトイレを汚し、うちの犬の排泄物を片づけさせるのは申し訳ないという立派な大人的なリアクションなのだ。

だが、犬の目から見たらどうだろうか? どうしてもトイレに行きたくなった。臭いを嗅いでいたら、他のワンコの書き込みの残り香がある。この紙は、うちのトイレと同じ奴だし、じゃあここならしても良いのかなとシャーッとやったら、飼い主さんがとたんに不機嫌な顔になった。何を言っているかはわからないが、どうやら困っているようだ。もしかして、自分はまちがったところにシッコしてしまったのだろうか? ここがトイレだと思ったのは勘違いか?! どーしたら良いんだ!!! 飼い主さんをがっかりさせてしまったのか!?

もうこうなると、ワンコの頭のなかは混乱状態でグチャグチャだ。何が何だかわからない。もしこのワンコがようやくトイレトレーニングを終えたばかりの子犬だったりしたら、その混乱が尾を引いて、家でもトイレの失敗を繰りかえすようになるかもしれない。

奥ゆかしい日本人にはあるまじき行為だが、正しい犬飼いのリアクションは、ここでワンコを誉めることなのだ。たとえそれが他人の家であろうとも、トイレと決められた場所に排泄した場合はきちんと犬を誉めてやる。むろん、行った先の相手が犬飼い道を理解していない場合、友だちをなくすかもしれんがね(笑)

トイレの話は単なる一例だが、周りの目を気にして、飼い主が犬にとって不可解なリアクションをとるというのはじつによくある話なのだ。正しい犬飼い道を歩もうと思ったら、犬にとってはわかりやすいが、他人にとっては不可解な行動をとることが必要になるケースもままあるのだ。だが幸い、人間どうしの場合は、あとからその行動の意味を説明することができるのだ。ならば後からの説明が難しい犬に対して、まずわかりやすいリアクションをとったほうが、合理的ではないですか?

むろん、後から言い訳ができない通りすがりの他人には目を剥かれることもままある。だが、二度と会わない他人に変人と思われても、まっ、管理人的にはぜんぜんOKなのさ。

犬にどうして欲しいかをわかりやすく伝えること。その通りにしたならば、これまた、周りの人に唖然とされようが、犬にわかりやすく誉めてやること。犬のしつけの基本とは、それだけなのだと管理人は思う。むろん、その方法を管理人にしっかり教えてくれたのは、我が家のオバサン犬であることは、言うまでもないだろう。
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テーマ : わんことの生活
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だからやっぱりYes, we can!

どうですか? 誰にだってできることって意外にたくさんあるでしょう? だから「わたしには何もできない」ってことはないのだよ。「何もできない」のと「何もしない」のでは大違いだ。

センターの処分犬の記事を読めば、誰だって無力感に襲われる。見殺しにせざるを得ない命が多すぎて空しいだけだし、ならば見ない振りをしようという人が増えてもしかたない。だがね、見ない振り、なかった振りが一番悪いと管理人は思うわけだ。見ない振りをしていて、そのうち消えてなくなるのならそれでも良い。だが、見ない振りをすればするほど、状況はどんどん悪くなる。

4年前に姫をもらったころに比べると、譲渡活動やセンターの姿勢が大きく変わってきている。ちょっと前までは、センター内の写真を撮ってブログに公開するなんてことはぜったいに許されなかった。いまは、センターに登録したボランティアさんが、写真を撮ってきてそれを自由に公開しても問題にはならない。以前は隠していた闇の部分を敢えて公開しようという姿勢が出てきているのだよ。それでも頑なに見ない振りを続けたいのならそうすれば良いが、それよりもできることをやって、少しずつでも状況を良くしていったほうが建設的じゃないですか?

保護犬猫の譲渡活動というのは、犬猫をもらった人だけの問題じゃない。すでに犬猫をもらった人よりも、他人事だと思っている、ふつうにペットを買っている人にとって身近な問題になるべきなのだ。いつでも里親募集中の犬のラインナップを見ているとわかるが、いまや半分以上が純血種だ。あそこにいる犬猫の多くは、安易に繁殖された販売用のペットたちや、そのコたちを生みだすために酷使されて用なしになったら捨てられるその親犬猫たちなのだ。うちはちゃんと可愛がってるし、関係ないでしょうと思うかもしれないが、もしかすると、いまセンターに収容されて死を待っている犬猫の中に、あなたの愛犬愛猫の親やきょうだいが混じっているかもしれないのだ。極端な話、運が悪ければあそこにいるのは、他でもないあなたの愛犬愛猫だったかもしれないのだ。

悪徳ペットショップでグッズを買うこと。安いんだから良いでしょう、それと捨てられるペットが多いのは何の関係もないわよ、と思うかもしれないが、犬猫を非人道的に物扱いする好ましくない店が繁盛すれば、どうようのやり方をとる業者がどんどん増えるのだ。だって安ければ売れるのであれば、もっともコストをかけない手段を誰だって選ぶでしょう? おもちゃや餌やおやつとどうように、大量購入して、余剰品は廃棄するのがふつうじゃないですか? 仕入れ価格を抑えるために、犬猫たちを買いたたくことになるでしょう? 買いたたかれる繁殖屋は、これまた犬猫生産にかかるコストを極限まで下げようとすると思いませんか? 

そうして、ふつうの犬猫飼いが、何も考えずに続けている行いが、回り回って不幸な犬猫を増やす結果になるのだよ。けっきょく全部繋がっているのだ。ペットと暮らしはじめた時点で、誰もが責任の一端を担うことになるのだ。そんな風には考えたくない、わたしは関係ないと思いたいというのが人情だろう。だが、ごく一部の、血も涙もない酷い人間が次々飼い犬を捨てるだけで、ほんとうに年間16万頭もの殺処分犬が出ると思いますか? この国には、ほんとうにそんな酷い人間がたくさんいるのですか?

保護活動、譲渡活動が特殊な一部の人々の活動であってはいけないと思う。犬猫を飼っているすべての人々が関心を持つべき事柄だと思う。人海戦術をとりたくとも、一部の保護活動、譲渡活動サポーターだけではたいしたことはできないのだよ。だが、子どもよりも犬猫の数のほうが多いペットブームのこの国で、犬猫と暮らしているすべての人が行動を起こしたら、それはとてつもない力になる。

だからYes, we can!なのだ。「何もできないから、あなたががんばって」ではないのだよ。犬猫を飼っているすべての人が、できることを見つけて、少しずつでも何かやっていく。そうすれば、いつか、きっとなにかが変わっていくのだから。

Yes, we can!
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What can we do?

サイトを持っている人にできること、の話のつづきだが……

管理人のように、すでに保護犬猫をもらっている場合は、彼らとの生活をブログで紹介するのも有効だ、と管理人は思うのだ。日本人というのは「みんながやってることをわたしもしたい」という習性がある国民だ。じっさい、ネットで楽しそうな犬猫飼いの生活を見て、わたしもペットが欲しくなったと言う人は少なくない。ところが、いま流行の「犬猫ブログ」でメジャーなのはいずれも「買った」犬猫(純血種が圧倒的に多い)だ。そうなるとペットを飼う=ペットを買うという以外のオプションが浮かばなくなる。じっさいは「買った」犬猫だろうが「もらった」犬猫だろうが「拾った」犬猫だろうが、ペットとの暮らしにさしてちがいはないのだし、大金を払わなくても、最高の相棒にはいくらだって巡り会える。家がなくなって困ってる犬猫を救うことで、ちょっと良いことをした気分になれるし、おまけに動物虐待をしている忌むべき繁殖屋を儲けさせずに済むんだから、保護犬猫をもらうってけっこう美味しい話じゃない? だから保護犬猫をもらった人は、ガンガンサイトで宣伝すると良いと思うのだよ。動物の保護活動というものがあるという現実。その対象となる捨てられる動物がたくさんいるという現実。それを知ってもらうには、じっさいその立場になった犬猫の姿を見てもらうのが手っ取り早い。

ただ、その場合注意しなければならないのは「上から目線」にならないことだ。これまた保護活動関係者のサイトでよく見かけるのが「保護活動を応援しているワタシタチって心優しくてすごくステキ。それに対して犬猫を買ったアンタたちって最悪よ」臭がプンプンするコメントだ。「上から目線」って感じが悪い。結果、保護活動をしてる人のサイトから、犬猫を「買った」人を遠ざけてしまう。

人は群れることを好む動物だ。ダックスクラブ、やチワワフレンズと同じように、いまは里親探し同好会がネット上でできている。自分と同じような人たちが集っているのはそりゃ気楽だし楽しいだろうが、少なくとも保護活動を推進しようと思うのなら、排他的な集団になってはいけないと管理人は思うのだ。たとえば、うちのような雑種を飼っている人間は、純血種のサークルなんかには入れてもらえない。そういうのって寂しくないっすか? 同じことを、犬を「買った」人たちにしていて、それに気づいていない人間がけっこう多いと管理人は思うのだ。

別にさ、犬猫の入手先がどこだって良いじゃありませんか。どこから来た犬猫にせよ、飼い主にとっては、うちのコが世界一可愛いもんなのね。そのコを、どんな形であれ否定されたら、やっぱり気分は悪いのだよ。保護犬猫を今後もらって欲しい相手、そういう活動の存在を知って理解してもらいたい相手は、じつは「上から目線」の「心優しいワタクシたち」が見下している相手なのだ。そこんところをぜったいに忘れてはいけないと思うのだ。

サイトを持っていない人の場合も、じつはできることはたくさんある。まず手っ取り早いのは、用がなくとも毎日いつでも里親募集中にアクセスして、そこに表示されたワンコやニャンコの詳細を時間の許す限りチェックすることだ。それで何が起こるかというと、単純にアクセス数が増えるだけでGoogleのサイト評価があがるのだ。一人二人がやったところで、大して効果はないのだが、毎日数百人単位がこれをやったら、あっという間に順位は上がる。

クリック一つで応援ができると言えば、最近は保護活動の関係者がブログランキングに登録しているケースが多くなった。犬猫屋敷の拍手ボタンは、まあ押してもらっても管理人が喜ぶだけなんだが、彼らのランキングボタンの場合はもっとちがう意味がある。ランキングがあがれば、紹介ページの上位に来る、たとえばランキングのトップに上がっているだけで、そこから見に来る人が増えて、結果的にアクセス数が上昇するのだ。これは広報活動という点で絶大な効果がある。だから、おもしろかろうがつまらない記事だろうが、無条件にボタンを押すことでじつは陰ながら保護活動の応援ができるのだよ。積極的に応援するなら、新着記事が上がってなくとも、日参してポチッとをするのが効果的だ。

たぶん、ブログからランキングに飛ぶことは多くの人がやっているだろうが、じつはそこからまたブログに戻ると2度美味しいって知ってました? ブログのランキングというのはinとoutのトータルで評価が決まる。ブログからポチッとしてもじつはinの部分しかカウントされない。そこで、ランキングのリンクから同じブログをポチッとするとこんどはoutもカウントされる。一人で2回貢献できるのだよ。これを使わないってほうはないと管理人は思うのだ。

たとえば買い物をする場合、どうせ同じ物を買うのなら、保護活動の関係者のサイト経由で購入するとブログの管理人にマージンが入る。楽天の場合は、そこで紹介された物を買わないとダメなのだが、たとえばAmazonだとそのリンクから入って買った物は、すべてサイトの運営者の売り上げになる。その代わり楽天の場合は、クリックしただけでもポイントになるので、これも意外に塵も積もれば山となる。販売のマージンと言っても本1冊で100円にも満たない少額だが、たくさんの人がこれをやれば、そこからの上がりで保護活動に必要な費用の一部は賄えるようになるのだよ。別に無理して買う必要はないのだが、どうせ買うなら、応援しているサイトのリンクからというのを覚えていると、知らず知らずのうちに保護活動のプチスポンサーぐらいにはなれるのだ。

ネットには疎いし、ポチッとするのは面倒だし、ネットショッピングは怖いからやらないという人でも、もちろんできることはちゃんとある。たとえばおやつやフードやトイレシートなど、犬猫飼いの必需品を購入する際に、できる限り悪徳ペットショップでは買わないことを心がける。これまた悪徳ペットショップで買う奴は悪魔ってわけではないのだよ。じっさい、そういう店は安くグッズを売っているし、便利さの点から言ってもついついというのは小市民としてはとうぜんだ。だから、できるだけで良いのだ。もし、同じ物が同じ値段で犬猫の扱いがずいぶんマシなペットショップで売られているとしたら、そちらに脚を伸ばしてみる。ネットで生体販売をしていないサイトから買えるのなら、代わりにそっちを利用してみる。ボイコット運動まではいかなくとも、たくさんの人がちょっとした心がけをすることで、悪徳ペットショップは売り上げ減少だ。動物たちに非人道的な扱いをしているペットショップは、物を買ってもらえない。売っている連中にそれをわからせるだけで、じつは動物たちの扱いが良くなっていくのだ。

そして何より効果的なのは、とにかく人に話すことだ。このサイトの愛読者の多くは、おそらく管理人と同じオバサンが多いだろうし、オバサンにとって「言いふらす」というのは姫のオスワリ以上の得意技のはずだ。せっかくだったらその得意技を100%生かすのだよ。散歩の途中の立ち話、ご近所さんの寄り合い、PTAの集会から親戚の集まりまで、布教活動のチャンスはいくらだってある。

その際、やっぱり大切なのは「上から目線」にならないことだ。ついでに言えば、しつこい宗教の勧誘風な物言いも嫌われる。単なるおしゃべりではなく戦略が必要なのだ。何気ない会話の端々に保護活動というものがあることをこっそり忍ばせる。もし譲渡を受けている人であれば、飼い主バカを装って、もらった犬猫がどれほど当たりだったかを自慢してみる。ポイントは興味を持ってもらうことだ。別に犬猫をもらってくれる人を増やすのが目的ではないのだよ。意外に思われるかもしれないが、里親になりたい人を増やすのはほんらい譲渡活動の目的ではない。譲渡活動の究極の目的は、もらってもらわねばならない犬猫の数を減らすことなのだ。

そこんところを勘違いして目先の利益に走ると、新興宗教にハマッタいかれた奴と毛嫌いされ、挙げ句の果てには保護活動は不気味という悪評判を産むことになるので、そこら辺は十分な注意が必要だ。

またまた、明日につづく……
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オバサンパワーを侮っちゃいかんぜよ
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Yes, we can!

現在、管理人の一押しアメリカ大統領選挙予備選だが、ここに来てまたもやヒラリーの巻き返しに、わおぉ~状態な管理人である。いやはや、今週で決着がつくと思ってたんだけどね。以前、四国で見つかったあの「崖っぷち犬」には、ヒラリーという名をつけるべきだったとつくづく思うきょうこの頃だ。

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経験が物を言うのよ
オバサン強し

で、犬ブログなのになぜ米大統領選かというと、善戦中のオバマ陣営のキャッチフレーズが、けっこう気になってしまっているからだ。

Yes, we can!

マスコミはわりと直訳で「わたしたちはできる」てな妙な日本語にしているが、管理人が感じるニュアンスだと「おお、みんなでやったるぜ!」なのである。YOU can(がんばって)じゃなくてWE can(がんばるのは、ワタクシ)なところが、管理人的にはツボである。

これ、管理人の個人的趣味なのだが、保護活動をしている人のサイトのコメント欄にこういう書き込みがあるとちょっとイラッとする。

「わたしには何もできないですが、応援してます。がんばってください!」

書いている本人は何の悪気もないのだろうし、「がんばってください」はいまや日本語の挨拶みたいなもんなので、ほんとうに深い意味はないのだろう。だが、すでに保護活動の現場でレスキューやってる人たちは、もう十分すぎるほどがんばっちゃってると管理人は思うのだ。だから、すでに死ぬほどがんばってる人に、いまさらこれ以上がんばれと、管理人は言いたくない。逆にTake it easy(気楽に行こうよ)と言ってあげたいと思うのだ。もしくは「でかした」か、どっちかだね。ともかく、すでに十分がんばってる人たちが、何もできないわたしの分までますますがんばる必要はないと管理人は思うのだ。

「わたしには何もできない」って部分もちょっと管理人的には退くところだ。ほんとうに何もできないのか? 「何も」が放棄された犬を保護して新しい飼い主を見つけてやるという直接的な活動ならば、たしかにできる人は一握りだろう。管理人だっていまはできない。だからと言って、それをやっている人たちに向かって「ますますがんばれ、見てるから」と言うつもりはないのだ。じっさいの預かりや金品の提供や保護活動に関わる諸業務(運搬、事務や経理、里親会などの手伝い)のような直接的な手伝いはできなくとも、間接的に捨てられる犬猫を減らすための活動はいくらだってできると管理人は思うのだ。

たとえば、ブログやサイトを運営しているのなら、サイドバーにいつでも里親募集中のブログパーツを貼ってみる。ことあるごとに、いつでも里親募集中のリンクを本文中に貼ってみる。そんなことして何がいったい助けになるのか、とふつうの人は思うだろう。だがね、リンクを貼ることでGoogleの検索エンジンのサイトランクが上がるのだ。サイトランクが上がることで、検索したときにそのサイトが上位に表示される確率が上がる。毎日用がなくともそのサイトにアクセスすれば、これまたアクセス数があがって、検索したときにサイトの表示位置が前に来る。

たとえば、いまGoogleの検索エンジンで「里親」をキーワードに検索をかけると、いつでも里親募集中は常に1位に表示される。ところが「犬」や「犬猫」で検索をかけた場合、10ページ目になってもいつでも里親募集中のサイトは出てこない。表示されるのは「格安、人気犬種の子犬」とか「ブリーダー直販、格安子犬」みたいな忌むべき繁殖屋のサイトである。彼らは金儲けのためにやっているのでとうぜん金を使ってサイトが上位に表示されるようあれこれ画策しているのだ。

単純に考えて、犬を飼おうと思ったとき検索エンジンのキーワードに何を入れますか? ふつうは「犬」とか「子犬」からスタートするだろう。そこで「里親」と入れる人は、もともと保護犬譲渡という活動があって、そういう中から選びたいと考えている人たちだ。管理人自身、姫を保護団体から譲渡してもらったわけだし、その流れで管理人の周りでは、犬猫の保護活動というのが常識になっているが、そういう活動があることじたい、犬猫を飼っている人の中でも知らない人のほうがじつは多いのだ。犬を飼いたいと思ったときに、何も考えずにペットショップに行ったり、ネットの通販に走る人が多いのは、当たり前なのだよ。「犬猫」をキーワードに検索したら、まずトップに上がってくるのは「ブリーダー直販、格安子犬」のサイトなんだから。

たとえば、ある保護団体を応援したい、保護活動をしている個人を気に入って応援したいと思うのなら、そのサイトに対して同じことをやればいい。いまやビジネスの世界ではGoogleで上位に来るか否かが成功と失敗の分かれ目だ。それほど意味があることで、そのために企業は大金を投資している。投資する金がないボランティアである以上、同じことを人海戦術でやればいいのだ。「犬」「子犬」で検索をかけて、里親募集サイトがまっ先に検索に引っかかってくる時代になれば、譲渡活動もいまより進むし、安易に犬猫を飼って捨てる人間も減ってくる。

長くなったんで、つづきは明日……
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門限

年にほんとうに数回だけ、管理人は犬たちを置いて友だちと夕飯を食べに行くことがある。もともと極度の出不精で、もし許されるのなら、一生家でじっとしていたい筋金入りの引きこもり人間なので、家に閉じこもって犬猫とじゃれていることは管理人にとってはまったくストレスにならないのだが、それでも、たまに街に繰りだして、友人と美味しいものを食べて、美味しい酒を堪能し、思いきり喋るのも悪くない。

きのうは、たまたまそんな日だった。友人が地方から出てきたので、終電を待つあいだ一杯飲むかいってな企画があって、出稼ぎがえりに約10年ぶりに恵比寿駅に降りたち、駅ビルを見上げてため息をつく管理人である。

この街も、すっかり様変わりしてて、わ~けわかんないわ(-。-) ぼそっ

最近、街の変化についていけない。昔は目をつぶっても歩き回れた縄張りがどんどん再開発されていってどこに行っても「わたしは誰、ここはどこ?」状態の引きこもり人間なのだ。って言うより、あんたどこから出てきたの?って自分で自分に突っ込みを入れたくなる。念のため言っておくが、犬猫屋敷が建っているのは腐っても東京23区内である。

とりあえず改札口は発見できたので、無事友人たちとは合流できた。いまでも現役の友人の薦めで、都会の大人の隠れ家的ダイニングバーなるものに連れて行ってもらい、旨い酒を堪能した。ソファなどが置いてあって、まるで誰かの家のリビングルームにお邪魔したような心地よい空間ではあったのだが、難を言えばいきなり目の前を駆けぬける子猫や、テーブルの端に置いたチーズを虎視眈々と狙う犬がいないのが残念だった。自分の餌を死守しなければならない、という緊張感がないだけで人はわりと簡単に酔いが回るものである。

出稼ぎがえりにそのまま遊びに行ったため、犬猫の世話は家人に全部頼んであった。なので慌てて帰る必要もなく、けっきょく家に着いたら午前様だった。

犬たちは、玄関に座って管理人の帰りを待っていた。ふだんならば、部屋でゴロゴロしているのだが、きのうはずっと玄関に居座ってじっとドアを見つめていたらしい。犬という動物は、時間の流れの感覚が人間とはちがうのだという。5分でも5時間でも、彼らには大きなちがいがないのだそうだ。だから、管理人の帰りがいつもより遅いということは、彼らにはわからないはずなのだが、ふだんのルーティンのなかにいるべき奴がいないというのはちゃんと犬にもわかるのだ。

管理人が出稼ぎの日は、朝の散歩とご飯が終わると、コングを置いて管理人が出かけていく。暗くなると管理人が戻ってきて、一緒に散歩に行って、その後夕飯がもらえる。ところが、暗くなって散歩と夕飯の時間になってもそこにいるべき管理人の姿が見えなかった。これは犬たちにとっては由々しき状況である。

「このまま管理人が戻ってこなかったら、我々はいったいどうなるのだろうか?!」

と言うわけで、管理人が必ずそこから戻ってくるはずの玄関前で張り込みをしていたわけだ。まったくなんて可愛い奴らなのか。

ほろ酔いかげんでご機嫌さんの管理人は、すでに午前1時近く、小雨が降っていたにもかかわらず、けっきょく犬たちを連れて深夜の短い散歩に出かけることにした。別に用事は夕方に済ましてるから、行かなくても良かったんだけどね。でも、1日2回デカ犬たちを引き連れて近所をまわらないと何か1日が終わった気がしないのさ。

引きこもりの犬猫飼いは、都心の変化にはついていけない。だが、近所の公園でつぼみが膨らんでいるとか、小ガモが卵から孵ったとか、そういうしょうもない変化には必要以上に詳しくなる。そうして動物たちと暮らすことで、ますます地域密着型の生活に溺れていくことになる。

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曲芸乗り

昨日ニュースで不思議な話題をやっていた。

子どもを前後に乗せる、あの曲芸乗りみたいな自転車走行が禁止されるとか何とかという、あの話題だ。妙だなっと思ったのは、それに反発するお母さん方のコメントというやつを聞いたからだ。

「これを禁止されたら、幼稚園に行けない!」

幼稚園が、いきなり入園後に遠くに引っ越ししたのだろうか? それはたいへんお気の毒だが、転園という手段があるのをご存じないのか?

「子どもを産むなっていうことですね!」

誰もそんなことは言ってない。

管理人が妙だなと思うのは、アンタの子どもが自転車から落ちて大けがしても、誰もたいして気には留めないっていう点だ。子どもが怪我をしたり死んだりしたら哀しいのは、たぶん親自身なのだ。そのわりには、まるで被害者のようにわめき立てている人たちに思いっきり退いている管理人である。

はっきり言って、どうしてもやりたいのなら2人でも3人でも5人でも自転車に乗せて走りゃ良いと思うのだ。子どもの命を危険にさらしてまでも、行くだけの価値があるスーパーがあるのなら、遠慮なく行けばいい。命がけで買い物に行かねばならぬ子どもは気の毒だが、そういう親の元に生まれてきた運命なのだからそれはしかたがないだろう。

ちなみに管理人は二足歩行の扶養家族はいないので、じっさいにそうしなければならない理由というのがイマイチ理解できないが、万が一必要に駆られたとしても、そして我が家の四足歩行の子どもたちは、むろん管理人がこけても擦り傷ひとつなく自分を守る術を知っている運動神経が発達した奴らであっても、やっぱり前後に犬猫を積んで自転車で疾走したいとは思わない。単に、命を賭ける価値があるほど重要なお出かけの用事があるとはやっぱり思えないからだ。

いまどきの子どもというのは、管理人が子どもだった平安時代に比べるととっても大切にされている。管理人たちの時代には、子どもなんてものは、餌を与えて陽に当てておけば育つという観葉植物なみの扱いだったし、きょうだいも多かったので一人一人にあれこれ手を掛けるなんてことはしてもらえなかった。オルガニックなんて言葉は聞いたこともなかったので、とりあえずその辺で安く買えるものを餌として与えられていた。いま思うと、すごい物を食べていたと思うのだよ。産地がどうのどころか、食べ物であったかどうかも怪しいもんだ。とうぜん、現代に比べれば子どものころの死亡率も高かったが、それでもほとんどの子どもはちゃんとそこそこ成長した。

いまの子どもは食事にもちゃんと気を使い、身体に良いものを食べさせられて、泥なんて触ったこともないぐらい清潔で、きれいな洋服を着せてもらってとても幸せな子たちなのだ。そこまで気を使って育てているわりには、子どもの命を賭けて買い物に行くあたりが、現代の親のステキさである。

これね、ときどきいるオルガニックな教育ママ系飼い主を見ても思うことなのだ。我が家の○○ちゃんが病気をせずに長生きしますようにって、目の飛び出るような値段のフードを買ったり、手作り食に勤しんだり、サプリをせっせと飲ませたり、色々やっているわりには、呼び戻しの効かない犬を平気で公園で放している。せっかく長生きさせようとあれこれ手を掛けているそばから、交通事故やら迷子の危険が山積みのノーリード、なんでわざわざやるかなぁ?

まっ、冷たいようだが管理人には関係ない。命がけでやりたいのなら、好きにすればいいと思う。ただ、万が一の事故が起こったときは、他人のせいにはしないことだ。大切な我が子の命を賭ける価値があると自分自身で決めたのだから、その結末も自分自身で受けとめなさいね。
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優先順位に疑問を感じる

管理人はまたもやちょっと忙しい。

で、そういう時に限って、お約束のようにジィジ・バァバのPCの具合が悪くなる。昨晩からどうしてもネットに繋がらないのだ。しかたがないので、きょうは仕事帰りにLanケーブルを買いに行く羽目になった。

そういえば、ちょっと前にもやはりメールが繋がらないと大騒ぎになった。プロバイダー側の設定が変わっていて、どうのこうのという小難しい話だったのだが、いくら説明したところで、うちのジィジ・バァバのような電脳レベルの人間に理解できるはずもない。

「パソコンが壊れちゃったわ! 買い換えないとダメね!!!」

以前、管理人の知りあいで、ウィルスに感染したからと買ったばかりのパソコンを捨てた奴がいたのだが(その話を聞いて管理人はもったいなくて涙が出た)世の中の人の認識なんて、けっこうそんなもんなのだ。

パソコンもテレビも要は一緒。映らなくなったら買い換えないとダメね。

おそらく日本人の多くはとても裕福なのだと思う。管理人のような貧乏人は、買い換えるまえに何とか復旧させようと死に物狂いで試みる。理由はさておき、管理人は究極のエコ人間なのである。

で、納期前で死ぬほど忙しいにもかかわらず、メールが送信できないとバァバに呼びつけられた。

「このメールをきょうじゅうに送らないと困るの! ジィジが帰ってきたとき(ジィジは山に芝刈りに行っていた)パソコンが壊れてたら、たいへんよ。だって、連絡は、最近ぜんぶメールなんだから! 直して!」

直して! といえば簡単に直してもらえると思う辺りも素人のすごいところだ。PC側の設定を変えていない以上、おそらくプロバイダーサイドの問題だ、と口を酸っぱくしていったのだが、

「きょうじゅうに送れないと困るの。直して!」

の一点張りでなんとも埒があかなかった。

わかったよ、送りゃいいんでしょ、送りゃ……

とりあえず、裏技を使ってなんとかメールは送ったのだが、数日後、芝刈りから帰ってきたジィジに、バァバがことの次第を説明しているところにたまたま居あわせた。

「たいへんだったのよ! パソコンが壊れちゃってね(←やっぱりパソコンのせいになってる)○○さんへメールの返事が送れなくて、管理人にやってもらったんだけど、やっぱり巧くいかなくてね。最後はインターネットで送ってもらったんだけど、でもまたその返事が来てないの。もしかして着いてないといけないから、電話して確認した方がいいと思うの」

「パソコン、壊れたら困る。どうして壊したんだ!」(←論点をまったく理解していないジィジ)

「管理人も判らないって(←そんなことは言っていない)でも、とにかく電話して確認したほうがいいと思うの。着いてないと困るから」

「で、○○さんにはどう答えたんだ?」

「うちの分も、シュウマイ弁当2個お願いしますって言っておいたわ」





………………あの大騒ぎの原因はシュウマイ弁当だったというのか!?


ジィジとバァバの優先順位がまったくもってわからない。どうしてもきょう送らないとダメだと言うから、忙しいときにわざわざあれこれやってやったのに……

納期前の貴重な1時間をシュウマイ弁当に費やしたと思うだけで、頭のなかに諸行無常の鐘の音が鳴り響く管理人である。

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共同便所

最近、用務員さんが忙しそうだ。
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用務員さんのカイちゃんです

我が家には、みんなが使う共同便所がある。

もともとは、ディーとカイがパピーの頃にトイレトレーニング用に買ったものなのだが、2頭が無事お散歩デビューを果たし、排泄は外でするようになってからも、そのまま部屋に置いてあった。トイレに行きたいと言うたびに、庭に出してやっても良かったのだが、庭に出ればそのあと足を拭かなくてはならないし、天気が悪い日には、家の中でも排泄できる場所を作っておくとやっぱり飼い主的には便利なのだ。

で、その後姫がやってきて、この共同便所は威力を発揮した。ツチノコ兄弟に比べると排泄の頻度が多い姫にとっては室内トイレの存在はとてもありがたい。

ただ、姫がトイレを共有するようになって、ツチノコ兄弟にとってはちょっと困った問題が持ち上がった。共同便所だというのに、使ったあとに流さない奴が出てきたからである。

飼い主が教えたわけではないのだが、なぜかツチノコ兄弟は、排泄したあとにちゃんとトイレを掃除する。掃除、と言っても前脚と顔を使って汚れたシートを丸めるだけなので、果たして掃除になっているかは疑問なのだが。もしかすると、彼らがパピーの頃、頼んでもいないのに教育係を買って出たチビ姐さんが、トイレを使ったあとは砂をかけるようにと教えたせいなのかもしれない。とにかく、2頭は昔から、使い終わったあと、次の人のためにトイレを流してきれいにしておくのはとうぜんだと思って暮らしてきた。

そこにやってきたのが、独り暮らしの長い姫さんである。彼女には、トイレを使ったあとに次の人のために掃除するなどという発想はまったくない。なので、しかたなく用務員さんが他犬のシッコの後かたづけまでやっているのである。
20080302b
まったく、寮長センセイってどうしてトイレを流さないんですか!
寮生に悪い手本を示しています( ̄‥ ̄)=3 フン

だが、幸いなことに寮生のほうは、さすが猫だけあって、ちゃんとトイレを掃除するのだ。そう、この共同便所は犬用であるにもかかわらず、なぜか天ちゃんのトイレにもなっているのだ。天ちゃん用に、わざわざ砂の入った猫トイレを2箇所も用意してやっているにもかかわらず、天はなぜかこの犬用トイレの隅にしっかりシッコをしている。そして、シッコが終わったあとには、せっせと砂を掛けるしぐさをする。だが、砂はもちろん入っていないので、結果的にビリビリになったトイレシートの残骸が残るのだ。

できれば、流さないでおいてくれたほうが、飼い主的にはあとの処理が楽かも(-。-) ぼそっ

自分がしたわけでもないのに、定期的に見回りをしてトイレ掃除に忙しい。我が家の用務員さんは、じつに優秀なスタッフである。
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折り合いをつけて生きていくこと

最近、仕事で地球温暖化がらみの本を読んでいる。内容自体は、まあ可もなく不可もなしって感じなのだが、自分もそのなかの一人でありながら、思い上がった人間に喝を入れてやりたい気分になった。

二足歩行でちょっと前脚が器用だからって、アタシらって何様?

昔の日本人は、自然と共存するのが巧い国民だった。自然と折り合いをつけ、自然を巧く利用して、快適な暮らしをする知恵に長けていた。物や動物にも魂が宿ると信じていて、人間以外のものを大切にすることを知っていた。そういうライフスタイルって、おそらく古代人と一緒なのだ。自然をねじ伏せるのではなく、折り合いをつけて巧く一緒に生きていく。

管理人は元ダイバーなので、かつては、しょっちゅう海に潜っていた。海に入ると、人間がいかに傲慢でそのうえ無力な存在であるかがよく判る。人間は機材がなければ水中で10分間も生きてはいられない。水温が一気に下がると、身体が麻痺して動かなくなる。ちょっと潮の流れが強くなると、前に進むことすらできないのだ。海のご機嫌が悪いときは、人はいつ死んでもおかしくない。自然というのは恐ろしい力を持っているのだ。何しろ地球が生まれてもう46億年も経ってるわけで、それだけ長く生きていたものをねじ伏せようなんて思うことじたいが大まちがいだ。

たとえば身近なところでは、犬や猫という動物もいる。彼らの身体や行動をよく観察してみると、進化ってすごいなとつくづく思うのだ。寒さをしのぎ、暑すぎる日の光を遮るために立派に進化したステキな毛皮、速く走るための脚の造り、人間とは比べものにならないほどの動体視力や聴覚、臭覚。彼らは、生き延びるためのさまざまな能力をちゃんと兼ね備えている。過酷な環境のなかで、どっちがより長く生きられるかと言えば、道具がなければ何もできない人間などより彼らのほうがよっぽど優秀だ。

ふだんは目も留めない、風景の一部だと思っている草木がなかったら、じつは人間は生きられない。彼らが光合成をすることで、酸素を作ってくれているからだ。植物や動物を食べることで、人は栄養を体内に取り込む。単純に、人間以外の動植物がこの世に存在しなければ、人は生きていくことさえできないのだ。

そのわりには、人間以外のものをすべて足蹴にして生きてる人間ってどうよ? 服という物の力を借りなければ一冬越せない動物が、万物の長だなんてお笑いぐさだね。

そんな暮らしを続けていたら、きっといつか罰が当たるね。人間以外の自然や動物を尊重することを忘れたら、そのうち大きなしっぺ返しが来るはずだ。少なくとも、管理人はそう思う。

人間以外のものすべてと、巧く折り合いをつけて生きていく。考えてみれば、これって犬猫屋敷の管理人のペット飼いの哲学だ。飼い主と一緒に暮らす動物たちが妥協点を見つけて、お互いに気持ちよく一緒に生活していく。うちの四本脚の毛むくじゃらたちは、むろん、管理人にとってはそんじょそこらの二足歩行のガキどもお子さまよりもずっと大切だし可愛いが、だからといって、奴らを人間だとは思わない。人間ではないけれど、だから粗末にして良い物だとも思わない。

人間は特別な生き物で、それ以外の自然も動物もすべて下等な物だというのは、とんでもない勘違いだね。そういう狭義な思考回路しかない人間には、そのうち天罰が下るっしょ。人間は優秀だ、素晴らしい、すべての動物の上に立つ万物の長だって言い張るのなら、その前に地球を一個作ってみてからにしなさいな。科学的に酸素を作って、何もないところから命を作って、水も食べ物も作れるようになってからにしなさいな。それができない間は、自分が万物の長だなんて勘違いはしないほうが身のためだ。

かつての日本人は、自然と折り合いをつけて生きるのが巧かった。いまの日本人は、果たしてどうなんだろうかね? 人はこの国を文明国と呼ぶけれど、文明って果たして良いものなのかどうか、小ぎれいな欲深い二足歩行動物を見ていると、ちょっと首を傾げたくなる。
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盗み食い

あとで食べようと、とっておいたチーズケーキを盗み食いされた。

とは言っても、今回の犯人は姫ではない。我が家に巣くう二足歩行動物の仕業である。なぜなら、チーズケーキは冷蔵庫にしっかりしまってあったからだ。むろん、賢い姫ちゃんのことだ、管理人の留守中にこっそり台所に忍び込み、冷蔵庫を開けて、チーズケーキを取りだして食べ、また冷蔵庫とキッチンのドアを閉めて証拠を残さないという大それた犯行を犯したとしても管理人は驚かない。

だが、いくら姫ちゃんでも、ケーキが包まれていたセロファンを、燃えないゴミの中に捨てるまではしないと思うのね。いや、むろん、独り暮らしの長い姫ちゃんは、家のお手伝いをしないオジサンたちよりは、燃えるゴミと燃えないゴミの分別方法に詳しいとは思うがね。だが、そこまでやるとは思えない。

何より、セロファンにケーキの残りかすが付着したままで捨てられていたのだ。姫が犯犬ならば、洗ったようにきれいに全部嘗めとるのは言うまでもないだろう。

というわけで、犯人は二足歩行だという結論に達した。妹に訊いてみたところ、妹がとっておいたスイートポテトもなくなっていたらしい。

ということは、犯人は奴らだ!

チーズケーキにもスイートポテトにも、ちゃんと所有権を主張するために名前が書いてあった。ふつうの家では、冷蔵庫の中身に名前は書かないらしいが、我が家では昔から「これは喰うな」という印に、自分のものには名前を書く習わしになっている。名前が書いていない場合は、誰かに食べられても文句は言えないのである。だが、最近は老眼が進んだという言い訳のもとに、名前が書いてあっても無視されることが多いのだ。

「名前書くだけじゃもう無理。これからは、自分のものは袋に入れて別にしまっておかなくちゃ」

チーズケーキもスイートポテトも、先日来たお客さんのおみやげである。他に、我が家ではまったく人気がないフルーツケーキもいただいたのだが、フルーツケーキは丸ごと手つかずで残っているのが口惜しい。くそぉ~美味しいものから、先にやりやがったε-( ̄ヘ ̄)

盗み食いの犯人が姫だけだった時代は良かった。姫の届かない高い場所に置いておけば、盗み食いのリスクは回避できた。だが、いまは3Dで移動するチビ天がいるおかげで、棚の上も安全地帯ではなくなった。このうえ、冷蔵庫の中身も油断ならないとなると、いったいどうすれば良いのだろうか?

チビ天といえば、飼い主の頭を悩ませていたスプレー行動はすっかりなりを潜めた。手術から帰ってきてすぐに、布団の上で抗議シッコを一度したのを最後に、管理人の部屋ではその後被害は出ていない。とうぜん、悪癖がなくなったものと思って、妹に訊いてみたところ、どうやら妹の部屋では、いまでもたまにやっているらしい。

「えぇぇぇ? でもアンタぜんぜん騒いでないじゃん?」

「防御策万全だから。いくらされてもへっちゃらさ♪」

防御策はこれ→
20080301a

ベッドの上にはレジャーシートを敷き詰め、カーテンには一面トイレシートを貼りつけて、そのうえにはさっと洗えて乾きも早いアクリル毛布を敷き詰めている。お漏らし、それが何か? の万全な体制をとっているのである。

いくら叱ってもなかなか直らない問題行動はたしかにある。自分用の冷蔵庫を買った方がいいだろうか、とついついカタログをめくってしまう管理人なのである。
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