そこのけ、そこのけ、俺さまが通る
2008 / 02 / 27 ( Wed ) デカ犬たちを引き連れ近所を歩きまわっていて思ったのだが、最近、道を譲らない子どもがすごく多い。
うちの近所の道は狭い。狭いところを大きな犬を2頭もつれて歩いているので、独りでも場所をとる管理人としては、肩パットが入っていなくても広い肩を目一杯すぼめて、犬たちをできるだけ横につかせて一生懸命場所を空けようとしているのだ。ところが、正面からやってくる子どもは、道の反対側に寄ろうともしない。たとえば、そのコがワンコ好きで、世界一カワユイうちの犬たちをそばで見たいから寄ってくるのなら許そう。だが、どうもそうではないらしい。ほんの一歩、避けてくれればお互い気持ちよくすれ違えるのに、相手がそれをしないために、管理人はデカ犬を壁に押しつけて必死で回避行動を取らなくてはならなくなる。 道を譲らないのは子どもだけではない。こっちが狭い道でうんP回収という作業をしているのに、お構いなしで近づいてくる飼い主がじつは最近多いのだ。長年の苦労の甲斐あって、うちの2頭は管理人がうんPを拾っているあいだ、いちおうオスワリして待っていられるが、鼻先を犬が通りすぎたらもちろんオスワリのコマンドはその時点で忘れ去られる。だから、ちょっと待ってて欲しいのだ。うんPを拾って袋をポーチに入れる30秒で良いのだから。ところが、それをしない人がすごく多いのだ。おかげで、こっちはいったんうんPを放置して、安全なところまで逃げなくてはならなくなる。 前を歩いているワンコ連れが、うんPを回収しているときは、安全な距離で止まって待つのは管理人に言わせれば犬飼いの常識である。無事うんPを回収し終わって、お互い安全な状態ですれ違うとき「ありがとうございました」「いいえ、お互いさまですもの」とほほえみあって無事やり過ごす、これが美しき犬飼いのありかたである。んなこたぁ、どこの躾本にも書いてないが、それは暗黙のルールなのだ。ところが、最近は声に出して注意されないとそれに気づかない人間が多い。 ぜったいに引き下がらないと言えば、うちに近所には「バックができないベンツオバサン」という人種もいる。狭い道を我が物顔で直進してきて、対向車が来ても決して退かないのだ。ほんの5mうしろに待避所があったとしても、ベンツオバサンはただひたすら直進する。おかげで、こちらが100mぐらいバックして路地や駐車場に待避せざるを得なくなる。最近はベンツオバサンだけではなく、土日限定で出没するパジェロオヤジやエスティマパパなどの新人種も参入した。頼むから、バックのしかたを覚えてから車に乗ってくれ。こういう奴らに会うたびに、管理人は思うのだ。 世間には、周りの人と巧くやっていくための暗黙のルールというものがある。ルールブックには書いてないが、みんなが当たり前のように守っている一般常識という奴だ。たとえば刃物を渡すときは、相手に刃の部分を向けてはいけないとか、子どものころ、親に当たり前のように教えられたことというのは、大人になってもちゃんと覚えているものなのだ。そういうシチュエーションになったら、迷わず教えられた行動をとる。学校や塾で教えてもらうものではなく、親から子へ代々引き継がれていくものだ。それはある意味、周りと巧くやっていくための生きていくために最低限必要なノウハウなのだ。 犬猫は、自分の子どもに最低限このルールをきちんと教える。目を合わせると喧嘩になるとか、他犬他猫のテリトリーを犯してはいけないとか、他犬他猫のものを盗ってはいけないとか、半年足らずの子育て期間に危険を回避する手段や生きていくノウハウを親はきちんと子どもに叩き込む。それが「しつけ」というものなのだ。少なくとも管理人はそう思っている。 毛むくじゃらの四つ足は、いまでもちゃんとそれを実践しているが、果たして二足歩行動物のほうはどうなんだろうね? ただひたすら直進しかできないイージス艦のような人間に会うたびに管理人は首を傾げたくなってしまう。 一般常識を共有できない人間が多い社会は、まったく暮らしにくい世の中である。 |
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