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うちの犬は雑種ですけど、それが何か?

先日、誓いを破って近所のホームセンターに行ったところ、妙なものが売られていた。この国でも一般的な小型の純血種どうしのMix犬だという。その子犬が、8万円ほどで売られていたのである。

オバサンは、思ったことを考えなしに声に出してしまう人種なので「だって、これ雑種じゃん? なんで雑種がこんな値段で売られてるわけ?」と大声で叫んでしまった。従業員に、思いきり睨まれたのは言うまでもないだろう。

最近は、純血種どうしの一代Mixが大流行だ。そういう犬がわざわざ作られて売られているといういうことは、たぶん需要があるからなのだろう。それにしても、管理人が不思議に思うのは、なんでわざわざそういう組み合わせで掛けるかな?と首を傾げたくなるような妙な組み合わせが多いことだ。今回見たMix犬も、訓練性能を極限まで下げようという目論見以外は思いつかないとんでもない組み合わせだった。

いまの販売用一代Mixの多くは、攻撃性を高めたいのか? 吠え癖を出したいのか? と首を傾げたくなるよう組み合わせが非常に多い。けっきょく、作っているほうが犬種に対するなんの知識もないからなのだ。いま流行の10kg未満の小型犬になればいい。そのことだけを目的にやたらめったらかけ合わせるために、とんでもない組み合わせのMix犬が増えていくのだ。それを、犬種の特徴など何も知らない人間がありがたがって買っていく。まったくいやな世の中である。筋金入りの犬飼いとしては、血圧が上がってしかたない。

以前、我が家に居候していたすみれさんは、たぶん、コーギーとチワワをかけたコギワワだ。体型は明らかにコーギーだが、頭蓋骨の形がチワワにそうとう近いのだ。チワワもコーギーも吠え癖が出やすい犬種である。おかげですみれは筋金入りのギャン吠え犬に成長して、案の定飼い主に持て余された。この組み合わせだと吠え癖が出やすいぞ、ということを知識として知っていれば、それが出ないように重点的にトレーニングすることはできるのだ。だが、何も知らない人にとっては、すみれはやたら吠えるバカ犬になる。

純血種の犬というのは、ある仕事に特化するために極端なくらい特定の性能を進化させられた動物だ。敢えて言うならば、人工的に作った専門バカなのだ。だから、言い方を変えればいびつな部分がたくさんある。環境によっては出やすい問題行動も多くあるし、それを直すのが非常に難しいというケースも多いのだ。純血種を飼うということは、専門バカを飼うことだ。だから、その犬種に対する知識がないと怪我をする。ましてや、何も知らない素人が、売らんがためだけに、犬種の特徴も知らずに純血種同志をかけ合わせるのは、まちがいのもとなのだ。だが、ペットブームのこの国では、そんなことがまかり通る。

なぜそれがまかり通るのか? それは、買う人間がいるからだ。何も知らずに、何も考えず、可愛いから、珍しいからと飛びつく輩がいるからだ。

管理人はMixという言い方は好きじゃない。雑種というちゃんとした日本語があるのに、わざわざ英語に言い換える必要もなかんべ、と思っているからだ。素性のわからない姫はともかく、カイはれっきとした一代Mixだ。だが、「珍しい犬ですね、なんの犬種ですか?」と訊かれたら、管理人はすかさず「雑種です」と応えることにしている。

「ええ?! 雑種なんですか? こんなに可愛いのに?」

雑種が可愛くて悪いか!? 色んな血が混じった雑種のほうが可愛いに決まっとるわい! 管理人は積極的雑種愛好家なので、内心こう思っているのだ。管理人が積極的に雑種を欲しがる理由は、極端な専門バカより、ジェネラリストの雑種のほうがフツーの飼い主には飼いやすいと思うからだ。ついでにいえば、血が混じることで、純血種特有の遺伝病も出る確率が低くなる。

だから、管理人は雑種のほうが好きなのね。これは単なる管理人の趣味だから、ほっといてって感じだけど。

雑種と純血種に果たしてちがいがあるのかと言うと、別にちがいはないと管理人は思うわけだ。使役犬として、なにかの仕事に特化させようと思うのなら、そりゃそれに向いた血統の純血種のほうが手っ取り早くトレーニングしやすいので良いとは思うが、少なくともペットとして飼う分には大差はないのだよ。ましてや純血種は雑種より上みたいな考え方って大きな勘違いだと思うわけだ。

純血種以外は全部雑種なのね。Mixと言われると聞こえが良いのは、便所よりトイレのほうが聞こえが良い風の勘違いなんだから。ところが世間はそうは思わない。だから、妙なMix犬がどんどん作られて売られていく。

この前、ネットで見かけたMix犬はもっとすごかった。純血種どうしの一代Mixをかけ合わせたとかいう犬で、1頭で4度美味しいみたいに書いてあったが、両親ともが雑種ならば、生まれてくるコはド雑種なのね。どうしても犬で商売したいのなら、作って売っても良いけどさ。それなら堂々と「ド雑種、5万円!」って書いて売りなさいよ。Mixなんていう妙な外来語でオブラートに包まずに、堂々と雑種って言ったんさいよ。

ただでさえ、いまの日本は犬余りの状態だ。心ある人が、全員無理してキャパ以上の犬を引きとっても、やっぱり殺処分になる犬はゼロにはならない。それは、どんどん作って売ろうという人間がいるからだ。蛇口を閉めないと、すくっても、すくっても堂々巡りは終わらない。たとえばMix犬と名をつけて雑種を高価に販売するという行為も、蛇口から流れでる水流の一環だ。それがとくに、災いのもとになりそうな組み合わせの雑種だと、管理人はいきり立つ。

管理人は雑種が好きなので、今後も堂々と雑種を雑種と呼んで飼っていく。雑種だろうが、純血種だろうが、小さかろうがデカかろうが、問題犬だろうが、おとなしい良いコだろうが、うちの犬がやっぱり世界一可愛いのね。それが犬飼いという人種なのだよ。だから、管理人は堂々と言う。

うちの犬は雑種ですけど、それが何か?
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そこのけ、そこのけ、俺さまが通る

デカ犬たちを引き連れ近所を歩きまわっていて思ったのだが、最近、道を譲らない子どもがすごく多い。

うちの近所の道は狭い。狭いところを大きな犬を2頭もつれて歩いているので、独りでも場所をとる管理人としては、肩パットが入っていなくても広い肩を目一杯すぼめて、犬たちをできるだけ横につかせて一生懸命場所を空けようとしているのだ。ところが、正面からやってくる子どもは、道の反対側に寄ろうともしない。たとえば、そのコがワンコ好きで、世界一カワユイうちの犬たちをそばで見たいから寄ってくるのなら許そう。だが、どうもそうではないらしい。ほんの一歩、避けてくれればお互い気持ちよくすれ違えるのに、相手がそれをしないために、管理人はデカ犬を壁に押しつけて必死で回避行動を取らなくてはならなくなる。

道を譲らないのは子どもだけではない。こっちが狭い道でうんP回収という作業をしているのに、お構いなしで近づいてくる飼い主がじつは最近多いのだ。長年の苦労の甲斐あって、うちの2頭は管理人がうんPを拾っているあいだ、いちおうオスワリして待っていられるが、鼻先を犬が通りすぎたらもちろんオスワリのコマンドはその時点で忘れ去られる。だから、ちょっと待ってて欲しいのだ。うんPを拾って袋をポーチに入れる30秒で良いのだから。ところが、それをしない人がすごく多いのだ。おかげで、こっちはいったんうんPを放置して、安全なところまで逃げなくてはならなくなる。

前を歩いているワンコ連れが、うんPを回収しているときは、安全な距離で止まって待つのは管理人に言わせれば犬飼いの常識である。無事うんPを回収し終わって、お互い安全な状態ですれ違うとき「ありがとうございました」「いいえ、お互いさまですもの」とほほえみあって無事やり過ごす、これが美しき犬飼いのありかたである。んなこたぁ、どこの躾本にも書いてないが、それは暗黙のルールなのだ。ところが、最近は声に出して注意されないとそれに気づかない人間が多い。

ぜったいに引き下がらないと言えば、うちに近所には「バックができないベンツオバサン」という人種もいる。狭い道を我が物顔で直進してきて、対向車が来ても決して退かないのだ。ほんの5mうしろに待避所があったとしても、ベンツオバサンはただひたすら直進する。おかげで、こちらが100mぐらいバックして路地や駐車場に待避せざるを得なくなる。最近はベンツオバサンだけではなく、土日限定で出没するパジェロオヤジやエスティマパパなどの新人種も参入した。頼むから、バックのしかたを覚えてから車に乗ってくれ。こういう奴らに会うたびに、管理人は思うのだ。

世間には、周りの人と巧くやっていくための暗黙のルールというものがある。ルールブックには書いてないが、みんなが当たり前のように守っている一般常識という奴だ。たとえば刃物を渡すときは、相手に刃の部分を向けてはいけないとか、子どものころ、親に当たり前のように教えられたことというのは、大人になってもちゃんと覚えているものなのだ。そういうシチュエーションになったら、迷わず教えられた行動をとる。学校や塾で教えてもらうものではなく、親から子へ代々引き継がれていくものだ。それはある意味、周りと巧くやっていくための生きていくために最低限必要なノウハウなのだ。

犬猫は、自分の子どもに最低限このルールをきちんと教える。目を合わせると喧嘩になるとか、他犬他猫のテリトリーを犯してはいけないとか、他犬他猫のものを盗ってはいけないとか、半年足らずの子育て期間に危険を回避する手段や生きていくノウハウを親はきちんと子どもに叩き込む。それが「しつけ」というものなのだ。少なくとも管理人はそう思っている。

毛むくじゃらの四つ足は、いまでもちゃんとそれを実践しているが、果たして二足歩行動物のほうはどうなんだろうね? ただひたすら直進しかできないイージス艦のような人間に会うたびに管理人は首を傾げたくなってしまう。

一般常識を共有できない人間が多い社会は、まったく暮らしにくい世の中である。
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反面教師

管理人は決して優秀な、理想的な犬飼いではない。

我が家の犬たちは、いまだ問題行動のオンパレードだし、過去に飼っていた犬のリストを見ても、「愛犬お悩み相談室」の相談事ベストテンに並んでいるような行動を、ことごとくやらせてしまったダメ飼い主だ。

にもかかわず、なぜブログにわざわざ「しつけ」なるカテゴリーを作って、鎮静剤を打たれた亀より鈍い歩みのトレーニングの成果を公表しているかというと、ダメ飼い主の地道な成長記録なんてものも、もしかするといまのペットブームのなかでは、少しは需要があるんじゃないなかと、こんなふうに思っているからだ。

「犬のしつけ」をタイトルに掲げている本やサイトを見れば、ふつう、そこには正しいしつけの方法が書いてある。犬猫屋敷の管理人日記を読んでも、ダメ飼い主の悪戦苦闘ぶりを見て笑えるだけで、正しいしつけの方法は書いてない。むろん、姫やカイとそっくりの行動パターンの犬を飼っている、管理人と同じくらいずぼらな飼い主さんがこの世にいたとしたら、たぶんこのブログはバイブルになるだろうが、単純に考えてそんなことはありえないのだ。あなたの犬はこの世でたった1頭しかいない動物だし、あなたという人間も、この世に一人しかいない人間だ。正しいしつけのやり方というのは、その組み合わせにとってベストな方法を探ることなのだ。一般論として、こうすれば良いというのはたしかにあるが、それはあくまでも一般論であって、すべての飼い主と犬のペアに100%あてはまるものではない。

いまの世の中は、本当に便利な時代だ。何にでもマニュアルがあって、それどおりにやれば、すべてが巧くいくと現代人は信じこんでいる。マニュアルどおりにやったのに、巧く扱えないものは、もともと不良品だったのだと思いこんでしまう人が多いのだ。不良品のレッテルを貼られたものは、使われずにそのまま家に置いておくか、邪魔だからと捨てられてしまう。

その結果が、年間16万頭の処分犬だ。これは由々しき事態だと管理人は思うのだ。

たとえば、この国には1歳までにしつけをしないと犬は何も覚えないと信じている人がまだ多くいる。たしかに、最初の1年間で悪い行いをとことん教えられた犬を良い方向に導くには、かなりの時間がかかるケースもあるが、基本的に犬という動物はいくつになっても新しいことを覚えるのだ。10歳の犬に、新しいコマンドを教えることはちゃんとできる。ましてや、2歳3歳の犬なんて学習意欲の塊のようなものだ。ところが、犬が半年を過ぎて、いわゆる成犬の形になってしまった時点で、飼い主のほうが諦めてしまう。理由は子犬じゃないから。これ自体が変だ、と管理人は思うのだ。

躾なおし、という考え方がいい加減、一般的になっても良いと管理人は思うのだ。一度失敗してしまった犬のしつけを、もう一度、一からやりなおす。その考え方が定着しない限り、しつけに失敗したからと放棄される犬はあとを絶たないし、成犬譲渡も進まない。

パピーのしつけ方がわかるノウハウ本やしつけのサイトはいくらだってある。成犬の躾なおしも、まあやること自体は同じなのだが、そこに「半年までに○○をやっておきましょう」なんて書いてあった日にゃ、8ヶ月の問題犬を飼っている人はとたんに暗い気持ちになる。

「あぁ~うちのコはもう6ヶ月のタイムリミットが過ぎちゃったし、もうだめだわ(涙)」

本当は、そんなことはないんだがね。6ヶ月までに教えるべきことを7歳になって教えることだってできるのだ。ただ、6ヶ月のときは10日で済んだことに、半年かかるかもしれないってだけで。

いま流行の陽性強化は「失敗させないこと」が重要だ。成功する経験を積ませることで、良い行いを定着させるというのがキーだからだ。だから、躾本やサイトを見ると、しつこいくらいに「失敗させるな」と書いてある。ところが、失敗したときのリカバリー方法が書いてあるものはほとんどないのだ。問題は、こういう本やサイトに、藁にでもすがりたい気分で飛びつくのは、じつは「すでに失敗してしまった」人々だという点だ。自分が「失敗したこと」をわかっていて、なんとかリカバリーしようとマニュアルを見てみたら、「失敗させるな」と書いてあったら、お先真っ暗な気分になるだろう。

管理人は、一度や二度、失敗しても良いと思うのだ。ただ、同じ失敗を「繰りかえさない」ことが重要なのだ。失敗を繰りかえしてしまうと、その結果、良くない行動が定着してしまう。定着してしまった行動を止めさせるのは面倒だ。だから、良くない結果を導くような失敗はできるだけ避けたほうが良いというそれだけだ。

犬猫屋敷の管理人は、何度も失敗を繰りかえす。しょっちゅう「やられた!」と叫んでいる。だが、何度失敗しても数日後にはあっさり立ち直って、また新しいことを試してみる。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるで、1年経って正解を見つけられることもあるし、ときにはまぐれ当たりで3発目で成功して有頂天になっていることもある。それは、ごくごくふつうの犬飼いの、ごくごくふつうの日常風景だ。じつはたくさんの犬飼いが同じようなことを無意識にやっているのだ。だが、わざわざ自分の恥を公衆の面前にさらして笑いものになりたいと思う人はいないというだけだ。

犬猫屋敷の管理人は、決して何があってもめげない。巧くいかないことが続いて壁にぶちあたったときには、気分直しに他の路線に切り換えることはあっても、完全に諦めることはしない。成功すると、嬉しくなってもっとがんばろうと思うのは犬だけではないのだ。いつまで経っても巧くいかないことを延々続けているうちに、飼い主のほうもだんだんとやる気が失せてくる。だったら、一度は止めてみれば良いのだ。巧くいかないことは止めにして、成功が約束されていることを先にやってみる。それでまたやる気が起こったら、その時に改めてはじめてみればいい。

犬と暮らすのは楽しい。犬の一生をかけてずっと楽しめる趣味なのだ。それは、犬という動物が死ぬまで新しいことを学んでいく能力がある生き物だからだ。犬が新しいことを覚え、きのうまでは頭が痛かった問題行動をしなくなり、そんな彼らの進歩に一喜一憂するのが犬飼いというものだ。そういうごくふつうの犬飼いの日常風景を、のぞき見て、ときに笑いころげ、ときに自分の身に置き換えて反省し、ときにヒントを持って帰ってもらえるのなら、管理人としては本望だ。
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ダメ飼い主の自慢話

最近、姫は犬とすれ違うとき、歌って踊るのを完全に止めた。

これ↑管理人にとっては長年悩みの種だったのだ。なにせ、一時姫は遠くに犬がいるのを見つけただけで、吠えて暴れて大騒ぎだったのだから。町内中に響き渡る声で絶叫している大型犬を引きずってその場から逃げるのはとても恥ずかしい。一瞬、こいつ絞めたろかい、と思ってしまう(←管理人は犬を誉めてしつける陽性強化の信奉者です、念のため)。これは犬飼いとしては由々しき事態である。なのでこの3年間、あれこれ試行錯誤を続けてきたのである。

犬とすれ違うときときに吠えてしまうコの矯正方法は、オスワリをさせて、相手の犬が視界から消えるまでマテををさせることだと、しつけ関連のサイトや躾本にはかならず書いてあるものだ。だが、再三書いているように、犬とすれ違っただけで愛犬が吠えだしてしまうような飼い主の場合、いくら「スワレ!」と叫んでも、犬は言うことを聞いてはくれない。そこで「スワレ」と言ってオスワリしてもらえるような優秀な飼い主は、最初からこんなことでは悩んだりしないのである。

では、どうやってそれを克服したのか?

管理人はあいかわらずダメ飼い主道まっしぐらなので、もし姫が吠えはじめてしまったら、そそくさとその場から逃げだすしか方法はない。だが、吠えはじめる前ならば、姫はオスワリのコマンドが効くのだ。姫が近づいてくる犬に気づく前に、ベイトで釣って姫の意識を管理人に集中させればいい。そんな単純なことに気づいたのが上昇気流に乗るきっかけだった。

以前の記事書いたように、最初は姫の鼻におやつを突っ込むという妙な技を使うことからはじめた。同時に、おやつのグレードを変えるというこれまたどこの躾本にも書いてある方法を試したのだ。ただ、グレードを変えると言っても、数種類のおやつを毎日持って歩くのは面倒だ。管理人のようなおマヌケ飼い主の場合、忘れて出かけることも多々ある。そこで、内容を良くする代わりに、量を増やすという方法を思いついたのだ。姫が吠えてしまう苦手なタイプの犬が近づいてきたときは、それこそ手一杯におやつを握りしめて「どうだ、これが全部欲しけりゃ座りやがれ」とやってみたのだ。

これは姫には効果的だった。ふだんならほんの一かけしかもらえないおやつが、山ほどもらえるというのは姫にとっては非常に魅力的なベイトになる。そうやって次第に、嫌いな犬が来る=山盛りのおやつ進呈という構図を作りあげていった。これまたどんな躾本にも書いてあることだが、犬に成功した経験を積ませてやることで、良い行いを刷り込んでいく。そして、管理人が今回実体験として学んだのは、飼い主のほうもまた、成功した経験を積むことで、どの程度の距離までなら姫の意識をこちらに向けさせることができるのか、タイミングや声のかけかたを次第に身体で覚えていくということだ。

なぁ~んだ、こんな簡単なことだったのね!

一度できるようになると、なんだ、と思うほど単純なことなのだ。そしてタイミングを巧く計れるようになると、たしかにベイトを持っていなくてもちゃんとできるようになる。いまや、ギャン吠えする犬を引きずって通りすぎる飼い主さんに「きちんとしつけしてあって、良いワンコちゃんですね」と誉められて鼻高々な管理人なのだ。

半年前まではうちも似たり寄ったりだったんですけどね(^_^;)

むろん、この程度ならいけるかな、と思った距離が近すぎて惨敗することもまだあるし、管理人が気を抜いていて、うしろから自転車に伴走している犬に気づかず、赤っ恥を掻くなんてことも未だある。だが、姫の中に、犬が来る=吠えなければ嬉しいことが起こるという公式は、たしかにできあがったと管理人は思うのだ。同時に、犬が来る=巧くやれば鼻高々という公式も管理人の中に成立した。

失敗を繰りかえさせない。成功した経験を積ませてやる。これは陽性強化のしつけの基本だが、失敗ばかりで成功したことのない飼い主と犬のペアにとっては、最初の成功を掴むまでがじつは一番難しい。だから、たいていの飼い主は、最初の一歩を踏みだす前に、何もやらずに諦めてしまうのだ。うちの犬はバカだから。小さな頃にちゃんとしつけをしなかったから。思いつく言い訳はいくらだってある。だが、せっかく犬と一緒に暮らしはじめたのなら、諦めちゃうのはもったいないよ。なぜなら、どんなにゆっくりのペースでも、周りに呆れられるような妙な方法であっても、いろいろ工夫して、試行錯誤を続けていくうちに、どんな犬と飼い主であっても、いつかはちゃんとできるようになるのだから。ある程度できるようになれば、犬も飼い主も成功の味を覚えれば、また次の一歩をちゃんと踏みだせるようになるのだから。
20080224a
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歌を忘れたカナリア

ある朝目が覚めたら、犬猫屋敷に大問題が起こっていた。まるでとつぜん春になったような、こんなにバカ陽気の日が続くちょっと前の話である。

通常どおり、管理人が寝ぼけ眼でトイレに行って、ふらふらと部屋に戻ってきたときのことだ。これまたいつものように、5分ぶりに愛する飼い主に再会して、嬉しさのあまりついつい朝の発声練習をしてしまう姫の声が何かいつもとちがっていた。

おかしい、姫ちゃん、声が小さくなってるo(;△;)o

声が枯れているわけではないのだ。ただ、いつもなら腹の底から朗々と歌うのに、その日は咽だけで歌っていた。

おかしい、なにかがすごくおかしい!

あいにくその日はいつも行く動物病院の休診日で、しかたがないのでその日は1日様子を見ることにした。食べ過ぎの腹下しぐらいでは病院に連れて行かない管理人だが、姫の声が出なくなったなどという大問題が起こったときは、もちろんすぐに病院に駆け込むのだ。

だって、姫が歌えなくなったらどうするよ? 歌を歌わない姫なんて、姫じゃないっしょ?

ちなみに、声がおかしいとはいえ、ふつうの犬ぐらいのボリュームでは鳴いているのだ。姫を知らない人ならば、たぶん変だとは気づかないだろう。向こう三軒両隣ぐらいに鳴り響く声では鳴いている。だが、町内会全部に響き渡るような声で鳴かないなんて、姫としては変なのだ。本犬としては、別におかしいとは思っていないようだった。声を出すと咽が痛むとか、そういうそぶりも見せなかった。いつものようにふつうに歌っているのだが、ただ声がいつものように出ていないというそれだけなのだ。

結果的に良かったのか悪かったのかはわからないが、姫のこの変な声はけっきょく翌日には治ってしまった。翌朝の姫の発声練習は、またいつもの朗々とした歌声に戻っていたのだ。症状が出ていない以上、医者に診せてもあまり意味はないのだが、チビ姐さんの薬をもらいに行くついでにいちおう姫も連れて行って診てもらった。

姫はああ見えて内弁慶なところがあるので、医者に連れて行くとじつに神妙でおとなしい良いコに変身する。だから、病院で吠えたことがないので、かかりつけのお医者さんはじつは姫の声を知らない。まあ腹の底から声を出すのはビーグルの特性だし、それはわかってもらえたのだが、それがどうおかしかったのか説明するのが難儀だった。

「ふだんは『千の風』を歌ってる人みたいな声が、その日だけ青江美奈になっちゃったみたいな感じなんですよ」

「なるほど、わかりました」

こんな説明でわかってくれる医者もすごいな、と管理人は思っていた。だが、症状はわかったものの、結局それに該当するような病名はわからなかった。犬も猫も風邪をひくと咽が枯れてガラガラ声になることはあるのだが、それとはちょっとちがうのだ。咽になにかが詰まったときは、変な声になるより先に異物を押し出そうと盛んに咳をするようになる。咳はぜんぜん出ていなかったし、声がおかしいという以外は至ってふつうだったのだ。元気で食欲もあったし、熱があるようにも見えなかった。咽にポリープなどができている場合は、1日でころっと治ることはありえない。だいたい、姫は8時間絶叫し続けても声が枯れることのない強靱な咽の持ち主だ。前の晩はふつうに歌っていたのに、翌朝起きたら声が枯れてたなんてまずふつうでは考えられない。

結局その時は原因が判らずじまいで、また同じ状態になったら動画を撮っておいてくださいと言われて病院をあとにした。

声が出なくなったとはいえ、ふつうの犬程度の声では鳴いているわけだし、ふだんから声がやたらと大きいのが悩みなのだから、これ幸いと思っても良いのかもしれないが、やはり姫はあの声で鳴くからこそ姫なのだ。歌を忘れたカナリアはやっぱりカナリアじゃないのだ。

幸いなことに、その後は同じ症状が出ない姫ちゃんは、きょうも元気に町内中に響き渡る朗々とした声で発声練習を続けている。

20071227C
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不妊去勢手術をすべきか否か

管理人は、ペットの不妊去勢手術肯定派である。なので、うちのコになった動物たちには、特別の事情がない限り、かならず不妊去勢手術を受けさせる。だから、手術は何度も経験しているのだが、毎回、獣医さんから「無事終わりました」の連絡を受けるまでは生きた心地がしない。

傷口はもう完全にふさがっているのだが、天の生々しい手術跡を見るたびに、ほんの少し、やっぱり可哀想なことをしたと感じる瞬間もある。病気でもないのに、わざわざ手術を受けさせることに抵抗を感じる飼い主さんは多いだろう。それは、手術肯定派の管理人だって同じなのだ。もし、じっさいに身体にメスを入れる以外に、同じ効果が得られる方法があるのなら、管理人は迷わずそちらを選ぶだろう。

保護活動を熱心に応援している人にしては珍しのかもしれないが、管理人はあくまでも手術肯定派であって、不妊去勢手術推進派ではない。それぞれの飼い主が知識を持って、よく考えたうえで、やっぱりうちのコには手術はしないって決めたのなら、それはそれで良いんじゃない? と思うからだ。

不妊去勢手術は、健康な若い犬猫にとっては、成功率が限りなく100%に近い簡単な手術だが、それでもやはり全身麻酔をかける以上リスクはある。にもかかわらず、なぜ管理人が手術をするという道を選ぶかというと、手術をしない場合の病気の発生率のほうがよっぽどリスクが高いからだ。

いまは餌も良いし医療も進歩したせいで、犬猫も昔に比べるとずっと長生きになった。比較的寿命が短い大型犬でも10歳ぐらいまで生きるのは当たり前だし、猫だと20年以上長生きできるコもいる。そうなると、人間と同じで癌のリスクがあがるのだ。前立腺癌や子宮癌、乳ガンといった生殖器系の癌の発生率は非常に高い。癌になった時点で摘出手術を受けるという手もあるのだが、これまた人間と同じで歳をとって体力が衰えると、とうぜん手術の成功率が極端に下がるのだ。

手術には他のメリットもある。♂だと早い時期に手術をすればマーキング行動が出ないし、♀の場合は子宮蓄膿症にかかるリスクが限りなくゼロに近くなる。それらの予防できる病気、飼いやすくなるというメリットなどを総合的に判断して、管理人は敢えて手術という方法を選択する。

これらの病気の話、手術のメリットデメリットについては、動物病院で相談すれば、ちゃんと丁寧に説明してくれる。インターネットでもいくらでも情報は手に入る。それらをきちんと踏まえたうえで、飼い主自身が判断すればいいことだ。だが、残念なことに多くの飼い主は、それすらしようとしないのだ。そこが問題だと管理人は思うのだ。

売らんがなのペットショップだと、「一度子どもを産ませないと病気になる」などという何の根拠もない嘘を平気で客に吹き込む店も多い。それを真に受けて、律儀に一度は出産させるなんていう飼い主がいまだに多いのだ。ちなみに、一度子犬子猫を産ませておいても、子宮蓄膿症には罹るコは罹るのだ。それより、出産の際の母胎のリスクのほうがよっぽど高い。嘘だと思うのなら、かかりつけの獣医さんに訊いてみると良い。一度出産させないと病気になるなんて言うのは、何の科学的根拠もデータもない迷信だ。

動物の生殖能力を奪うこと、病気でもないのに身体にメスを入れること、それが正しいのかまちがっているのか、それは善悪ですぱっと判断できるような単純な話ではない。管理人は、手術をするほうが犬猫たちのためになると思うからしているが、それをまちがっていると思う人もいるだろう。それはそれでかまわないと管理人は思うのだ。それぞれの、生殖に関する考え方もあるだろうし、きちんと調べて、納得して、責任とリスクをちゃんと受けとめた上で手術をしないという判断をするのなら、管理人はそれを尊重する。

だが、最低限、調べて納得して、正しい知識を持って欲しいのだ。犬猫は人間よりずっと早く、半年足らずでおとなになる。可愛い子猫、子犬が家に来てすぐに、飼い主は全員この問題に直面する。犬猫を飼うということは、命に責任を持つということだ。そのなかには、飼い犬飼い猫が将来この世に産み落とすことになるかもしれない命も全部含まれると、管理人は思っている。
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テーマ : わんことの生活
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やはりあと20年なのか?

無事去勢手術を終え、ついでに目の癒着していた部分もきれいに切ってもらって、まるでプチ整形をしたように、お目々ぱっちりのハンサムボーイとなって天ちゃんが戻ってきた。

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片目が充分開ききらなくても、むろん天は世界一可愛かったが(←飼い主バカです、何か文句あっか?)両目がぱっちり開いて、可愛さ500倍増しである。

問題のスプレー行動のほうも、少なくとも昨晩の時点では完全になりを潜めていた。管理人の部屋では、天ちゃん、ちゃんとトイレでシッコして、まあ、なんて良いコなんざんしょ♪

ところが、管理人が出稼ぎから帰ってみると、妹が呆然とした顔で風呂場でカーテンを洗っていた。なぜわざわざ夜にカーテンを洗う?

ま・さ・か……

天はまたもや、妹の顔を見ながら、悠然とカーテンにシッコをかけたのだそうだ。「もう、誰も信じられない! 布団丸洗い洗濯機っていくらするんだろう(-。-) ぼそっ」これは、妹がうわごとのようにカーテンを洗いながらつぶやいていた言葉だ。

おあいにく様。管理人みたいにこの3日間で部屋中のシッコ跡を完全に消しておけば良かったのにね。と余裕綽々な管理人なのだが、果たして手術をすると即座にスプレー行動は止むものなのか、はたまただんだんと減ってくるものなのか、とりあえず、次回姐さんの薬をもらいに行くときに、かかりつけのお医者さんに訊いてみないとね。

同時に、いちおう大型洗濯機の購入代金、貯めておいたほうが良いかも……

シッコまみれの20年、気が遠くなるほど長いよね。最悪、シッコ臭い部屋で還暦を祝うことを覚悟して、深いため息をつく管理人である。
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洗濯日和の春休み?

天は去勢と目の手術の術後経過を見るため、現在、入院中である。管理人は、天を病院に連れて行ったその日に、シッコだらけになった布団やクッションをすべて洗いまくった。

久しぶりにシッコフリーの生活だ。あぁ~快適♪

生徒がいないせいだろうか、寮長センセイも用務員のオッサンも、いたって暇そうにしている。

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いきなり弾丸のように落下してくる奴がいないと、いやはや、平和だわねぇ~

基本的に我が家は高齢化社会なので、平均年齢をひとりで下げている天の存在はやはり異色だ。紙くずを追っかけ回して遊んでいる子猫はやっぱり可愛いが、同時にすごく疲れるのだ。体力が落ちた人間には、中高年犬猫がやっぱりお似合いなのかもしれない。

天がいないととても静かで穏やかだが、ムササビのように目の前を駆けぬけるチビスケがいないのはやはり寂しい。

シッコフリーのふかふかの布団で眠りながらも、いつも布団に潜り込んでくる可動式のアンカがいないせいで、管理人は久しぶりに風邪をひいた。
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ジャンル : ペット

姫の辞書に、不可能という文字はない

天を病院に預けるので、管理人にしては珍しく早朝(でもふつうの人はすでに会社に行っている時間)に起きだして、犬たちをさっと散歩に連れて行った。出すもの出して、朝ご飯もちゃんと食べて、おまけにお留守番用の骨ガムまでもらったにもかかわらず、管理人が出かけようとしたら、やっぱり姫が騒いでいる。

はぁ~けっきょく何をやっても騒ぐのね、アンタってコは(-。-) ぼそっ

ちなみに、管理人が会社に行くときは、姫は決して騒がない。おやつをもらっておとなしく玄関で管理人をお見送りできるのだ。だが、散歩と同じようなジーンズ姿で、おまけに車のエンジンがかかる音がした途端、やっぱり奴は喚くのだ。姫の思考回路から推察するに、あのかっこで、おまけに車で出かけるのなら自分が置いて行かれる道理がない、とたぶんこんなふうに考えているのだ。

管理人なりに色んなパターンを試してみてはいるのだ。クレートにおやつと一緒に入れてみたり、逆に廊下を自由にさせたり、気づかれないように出てみたり、逆に説得してみたり、おやつの配合もいろいろ変えてみた。これならぜったいに騒がない、というやり方がわからないわけではないのだ。たとえ徒歩2分の郵便局に行くだけでも、会社に行くようにビシッと化粧をしてストッキングを履き、出かけたことがばれないように、こそ泥のように茶の間の窓から庭に出て(姫は玄関のドアが閉まる音をちゃんと聞き分ける)、門も開けると出かけることがばれるので、塀を乗り越え、車のエンジン音にも反応するので、車は角まで押していって、そこでエンジンをかけて出発する。

これならたぶん姫は騒がない。だが、ふつうこんなことはやらんでしょう? 管理人は目一杯ふつうの人なので、それに変わるもっと楽な方法を模索して、日々実験を続けている。

で、きょうの実験なのだが、短時間で帰ってくることがわかっていたので、部屋の入り口のバリケードを強化して、カイと姫におやつをやって部屋の中に置いていった。

現在、管理人一押しのバリケードは衣装ケースを使ったものだ。服が入った衣装ケース(重量約10kg)をブロックのように巧い具合に並べると、ちょうど入り口のところにぴったりとはまる。このバリケードを考案して以来、犬主催の深夜のキッチンパーティーは行われなくなって非常に具合が良いのだが、唯一の欠点は服の出し入れが非常にしにくいことである。まっ、そんなことは些細な点だがね(←そうだろうか?)。

ともかく、管理人は出かけるときにこんな風に衣装ケースで入り口を塞いで出かけたのだ。
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ビフォー

で、天を預けて30分後に戻ってみたら……

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アフター

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おかえんなさい、待ってたわ

姫ちゃん、アンタってほんとうにすごいわ(^_^;)

姫ぐらいの大型犬だとかなりの力があるので、10kgぐらいあるものでも、押して動かすことは誰にでもできる。だが、姫の場合は10kgのものを引きだすという技を使うのだ。ブロックを1個ずつ引きだして、邪魔にならないように並べ替えるなどいうことを考えだす動物を、犬畜生と呼んで果たして良いのだろうか?

ちなみにちょっと前には、やはりブロックを動かして(今回の形は改良版で、その時はもう少し動かしやすい配置になっていた)巧くドアまで辿りついたのは良いが、障害物がなくなったのに気づいたカイまでそこに入ってきて、ブロックとドアの隙間に2頭が挟まれて身動きできなくなってもがいているという妙な事件も起こっている。今回は、そんなことが起こらないよう、ちゃんと通路を確保しているあたりが、姫のものすごい点である。

姫のような犬は、おそらく世間一般では問題犬と呼ばれるのだろうが、呆れるほど頭の良い犬と暮らすのは、犬飼いとしてはまさに至福の喜びだ。それにしても、この頭の良さをイマイチ生かし切れないのが、ダメ飼い主としては口惜しい。
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テーマ : わんことの生活
ジャンル : ペット

3D攻撃

管理人は床に座りこみ、寮長センセイがシッコされたトイレシートをせっせと片づけていた。その時、ふと額にポツンと冷たいものが……

雨? 家の中で雨?

頭上はるか高いところで、積み上げられたトイレシートとトイレットペーパーの包みの上に、天がせっせとシッコをかけていた。

何しやがんだ、テメエ!!!!(怒)

そこそこ犬飼い歴が長い管理人は、あらゆるタイプの糞尿攻撃を経験している。動物を飼っていない人だと、朝起きて寝ぼけてうんPを踏んじまったなどと聞くと、きっと顔をしかめるだろうが、そんなことはもれなく付いてくるグリコのおまけみたいなもんで、長く動物と一緒に暮らしていれば、一度や二度は誰もが経験することだ。

だが天が繰りだす3D攻撃は、管理人にとっても未知の世界だ。四方八方から飛んでくるとなると、こりゃ油断ならないぞ。

天のスプレー行動は半端じゃなくひどいので、いまや管理人は部屋のどの部分が臭いのかがわからなくなっている。入り口も、布団も、デスク周りも、すべてが臭い気がするのだ。ん、臭いと思って、色んなものに鼻を近づけてみるのだが、どこも確信が持てないのだ。

「もしかして、アンタが臭いの元なんじゃないの?」

その疑いはじゅうぶんにある。だが「ねえ、アタシ臭い?」と妹に尋ねてみても、すでに管理人どうよう鼻がいかれている妹にはわからない。

「銀座通りを歩いてても、天のシッコ臭い気がするのよぉぉぉ~(涙)」

臭いの記憶というのは、人間の奥深くに刻みつけられるものである。でも、こんな苦しみからもあと少しで解放される。あと1日の我慢だ。あと1日……

「もしくは、あと20年と1日か(-。-) ぼそっ」

決して否定できない可能性を考えて、ど~んと暗くなるお気楽姉妹である。万が一、ふつうならありえない事態が起こったときには、布団を丸洗いできる巨大洗濯機の購入がすでに決まっている。今後、天が頭上にいるときは、家の中でも傘をさすことにしよう。

こうして犬猫飼いは、しだいに賢くなっていく。

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テーマ : 猫のいる生活
ジャンル : ペット

いまは不要の公共サービス

ものすごく考えさせられる本を読んでしまった(これ↓)

たぶん日本人にはぜったい、ぜったい受けいれられない話なんで、おそらく翻訳本が出ることはないし、だから敢えてネタ晴らしをしてしまうが、この本で著者は、犬の安楽死を扱っている。

安楽死の考え方は、日本と欧米で大きくちがう。管理人の考えでは、日本人はペットの安楽死に関してアレルギーに近い極端な拒否反応を示すし、逆に欧米人はあまりに安易に安楽死を行う。この中間がちょうど良いんじゃないかな、と管理人はかねがね思っているのだが、この記事を読む人のほぼ100%が日本人であることを考えて素朴な疑問を呈したい。

安楽死と聞いただけで、可哀想だ、ひどい奴だと口から泡を飛ばして非難するわりに、この国ではもう半世紀ものあいだ、注射による安楽死よりもずっと残酷な方法で犬猫を殺処分にしているのはおかしくないかえ? それもわたしたちの税金で、自治体がそういう公共サービスをしてるんだよ? なぜ誰もそれに不満を唱えない? その方が妙だと管理人は思うのだ。

ペットの安楽死に関して論じると、かならず出てくるのが命を奪う権利があるのかという議論だ。飼い主とはいえ、動物の命を勝手に終えて良いわけはない。だが、そのわりに、一昔前まで日本では親が子どもを道連れにする一家心中は、ある程度しかたがないものと受けいれられていた節がある。ちなみに欧米の感覚では一家心中は第一級殺人だ。

管理人はここで、安楽死の是非について論じるつもりは毛頭ない。短いブログの記事程度で結論が出る問題ではないし、たぶん、安楽死というのはどちらが正しいという正解がでる話ではないのだ。だから、安楽死を肯定するわけではないが、敢えて、ペットの安楽死というオプションがあるという前提で話をしているだけだ。

先日、知り合いの友人が飼い犬を保健所に引きとってもらったという話を聞いた。咬み癖がひどくて、家族じゅうが被害者になっている。最後の一人が咬まれて、もう限界と手放したそうなのだが、管理人が心底憤ったのは、処分方法として保健所に引きとってもらうという選択をしたことだ。

どうしても飼いきれないのなら、なぜ自分の手で命を終えてやらない? なぜ独りぼっちで不安の中で、苦しみながら死なせるという最悪の方法とるのだろうか?

欧米人は、ペットの処分を考えるとき「put it down(安楽死させる)」という言葉を使う。それに対して日本では「保健所に送る」という言い方が一般的だ。どちらも結果は同じなのだ。動物の行きつく先は死だ。だが、その工程に大きなちがいがあるのだ。安楽死をさせる場合、通常は最後まで飼い主がつきそう。じっさい、注射をするのは獣医師だが、その場に立ち会うことで飼い主は自分の決断がもたらした結果から目を背けることはできないのだ。保健所での処分は他人事だが、安楽死の場合には飼い主が最後まで責任を負う。そこに大きなちがいがあると管理人は思うのだ。

50年前の日本では野犬を捕らえて処分するというサービスを自治体が行うメリットはたしかにあったろう。だが、いまは時代が違う。いま保健所で処分される犬猫はほぼすべて、無責任な飼い主が放棄したコや無計画な繁殖で増えてしまったコばかりだ。つまり、税金を使ってそういう無責任な一部の人間の尻ぬぐいをしてやっているのだ。それが変だと管理人は思う。

いまでも、「持ち込み」と言って飼い主自身が犬猫を連れてくるケースは非常に多い。飼い主は数千円の手数料を払って(なかには無料でサービスを提供する自治体もある)、必要書類に署名捺印しただけで、犬猫を置いて帰っていく。これがそもそもおかしいと、管理人は思うのだ。

各地の動物保護センターで、それが動物にとって非常に苦痛を伴う方法であるにもかかわらずガスによる殺処分をとっている理由は、そこに収容される犬が「狂犬病に感染しているかもしれないから」という建前があるからだ。だが、野犬狩りで捕まった犬ではなく、飼い主自身が持ちこんだ犬や猫(猫の場合は狂犬病予防法による根拠がないのですべてが持ちこみになる)の場合は、その心配は一切ないのだ。処分してくれと持ちこんできた飼い主を、その場に立ち会わせればいいだけだ。飼い主自身に保定させて、注射による安楽死を行えばいい。少なくとも動物にとっては、その方がよっぽど人道的なやり方だ。

動物行政も、いまや転換期に来ていると管理人は思うのだ。かつては有効だった手段も、時代が変われば無用の長物だ。それを前例に従って延々同じことを続けていくのは、役所の悪いところなのだ。動物行政の管理運営は、自治体の専権事項だし、地方の時代というのなら、思い切って新しいやり方を試してみる自治体が出てきても良いのではないかと管理人は思うのだ。

たとえば、昭和の時代にできた各地の処分場は、そろそろ老朽化の時期を迎える。何億もかけて新しい処分場を造るくらいなら、その金のもっと有効な使い途があるはずだ。地方税としてペット税を導入するのも良いだろう。で、集まった金で地域に住むすべての犬猫に無料でマイクロチップを挿入したり、安価でしつけ教室を開催したり、無料で不妊去勢手術を施したり、殺すためではなく捨てられた犬猫を短期間保護するためのシェルターを造って運営したり、アイデアしだいでいろいろなことができるのだ。明日の暮らしも不安なくらい貧乏な管理人だが、そんな風に使われるのなら、喜んでペット税を払うだろう。逆に安直にペットが欲しいと血迷う人間にとっては、税金が毎年かかるとなったら、考え直すチャンスにもなる。

安楽死の是非は置いておいて、注射による安楽死という、動物にとってはいまよりは人道的な処分方法がじっさいに存在するのだ。飼い主が、それを選択せざるを得ないようにすることも、やればできるのだ。なら、やれば良いじゃん。少なくとも、いまの自治体の処分方法に比べたら、注射による安楽死は動物にとっては何倍もマシな方法だと管理人は思うのだ。

天は、来週の初めに目の手術と一緒に去勢手術を受ける。最近、マーキングがひどくて、管理人と妹は常時猫のシッコ臭い部屋で暮らしているからだ。♂猫のスプレー行動は、一般的に去勢をするとほとんどが直ると言われているのだが、むろん、世の中には例外もある。

「このまま、一生スプレー行動が続いたらどうする? シッコまみれの20年は、長いよぉ~」

妹と二人して深いため息をついてしまうのだが、たとえそうだとしても、天はやっぱり一生うちのコとして生きていく。単純に、それ以外のオプションがないからだ。唯一のオプション、安楽死を選択するくらいなら、どんなことでも可能だと管理人が信じているからだ。いったんペットを家に迎え入れたら、何があっても最期までちゃんと面倒をみる。最期のなかには、どうしても飼いきれないという理由で安楽死も含まれる。それは、どんな形であっても、一つの命に最後まで責任を持つということだ。

保健所に犬猫の処分を依頼する人間は、やっぱり安易だと管理人は思う。同じ理由で、犬や猫を捨てる人間も同罪だ。そういう、安易な選択肢を税金を使って提供してやる必要などないと思う。だから、自治体による不要ペットの処分サービスなんてものは、もはや不要な公共サービスなのだ。
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ジャンル : ペット

自虐ネタ……だろうか?

きょうはバレンタインデーなのだそうだ。だから何か?ε-( ̄ヘ ̄)

言うまでもないことだが、犬や猫などの生き物は、バレンタインデーだろうが、正月だろうが毎日食べて排泄をする。そして、そういう生き物と暮らしている人間は、これまたバレンタインデーだろうが正月だろうが通常営業。1年365日、ただひたすら犬猫に喰わせ、トイレを掃除し、近所を歩きまわってフンを拾って歩くのである。

とくに、クリスマスだのバレンタインデーだの、家人にイベントがあって出かけてしまう機会が多い日は、出遅れて最後に残った1人がうちじゅうの全員の面倒を見なけりゃならないのでチョー忙しい。きょうも、管理人は出稼ぎ先からの帰り道、いかにもラブラブでございます風にノタノタ歩いているつがいの二足歩行動物たちを思いっきり蹴散らして家路を急いだ。

ちょっとごめんなさいよ。はい、どいてちょうだいね。管理人、忙しいんだから。早く帰らないと、家でお腹を空かしたコが6匹も待ってるんだから、しなだれかかってのそのそ歩くんじゃねえっつぅの!( ̄‥ ̄)=3 フン

むろん、そんな管理人もきょうはバレンタインデーらしい1日を過ごした。きょうに限ってなぜかオフィスには会社のオヤジが全員居座っていたのである。

おいおい、営業なんだから外出歩けよ。なんでよりによって、全員雁首揃えて事務所にいるかなぁ?

基本的に、管理人は会社のオヤジに義理チョコなどはやらない。そういうご褒美は、良いことをしたときだけに与えるものだと信じているからだ。だが、オジサンたちはまちがいなく、何かを期待していた。

あぁ~やんなっちゃうな。やっぱり出社日をずらしゃ良かった(-。-) ぼそっ

オジサンたちがなぜ期待しているかがわかったかと言うと、彼らは、管理人が冷蔵庫からレバーを取りだした直後の犬たちと同じ目をしていたからだ。

それ、もらえるんですか? 何をやったらもらえますか? 言ってください、なんでもします!

ものすご~く期待してるみたいだし、何も与えないのは可哀想だわね。同僚の女性とそんな話をした結果、彼女がお昼のお弁当を買いにスーパーに行ったついでに、じつに良いものを買ってきてくれた。

「ねえ、見て、見て! 今週のお買い得品で、どら焼きが1つ50円だったの!」

管理人が、「でかした!」と叫んだのは言うまでもないだろう。全員の分、10個買っても世間で売られている包みだけは立派で中身はスカスカの義理チョコ1個分のお値段である。だいたい、バレンタインデーに女性が男性にチョコを贈らなきゃならないなんてえのは、日本だけの変な文化なのだ。欧米ではバレンタインデーと言ったら、カードや花や、あとはいろいろなスイーツ(チョコレートとは限らない)を交換するものと決まっている。

どら焼きだって立派なスイーツだ。どう考えても、うちの会社のオジサンたちには、真っ赤な箱に入ったチョコよりも、渋いどら焼きのほうがお似合いだ。

バレンタインデーの義理どら焼きだと気づかないと困るので、一個ずつにマジックでハートを描いてやろうかとも思ったが、きょうもいつもどおりとても忙しかったので、そんなサービスをしてやる余裕はなかった。

オジサンたちが期待するものとはちがったが、最低限、義理は果たした。義理チョコのほんらいの目的は、義理を果たすことである。1人250円の低コストで、立派に義理を果たした自分を、管理人は誉めてやりたい。そして、菓子業界の戦略にはまらなかった賢い自分も……

お三時にオジサンたちといただくどら焼きは、どうしてなかなか旨かった。あとは即行帰りで猫たちに餌をやって、トイレを掃除したら犬の散歩に行って……

こうして、管理人のバレンタインデーは平和に暮れていく。
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テーマ : わんことにゃんこ
ジャンル : ペット

萌ポイント

人には、誰にだって好みがある。○○なのがツボ、みたいないわゆる萌ポイントという奴だ。ちなみに管理人の萌ポイントは垂れ耳、毛むくじゃら、デカ顔である。だからと言ってオグちゃんに萌えるかどうかというと、そこはビミョーな点である。

きのう、ハルかーちんが教えてくれたのだが、現在いつでも里親募集中に管理人好み、もろ直球のヤバイくらいのカワユイおコが新しい飼い主を探して載っている。あぁ~萌えるわぁ~体重29kgだって、大きさもドンピシャ! おまけに5歳ぐらいだって。だらりだらりと一緒に過ごすには最適の年齢じゃない!?

いかんいかん、ついつい我を忘れてお問い合わせボタンを押してしまうところだった(-。-) ぼそっ

犬をこれ以上増やすのは、もう少し色んな意味で楽な生活ができるようになってから、そう誓っているのだからもらいに行ってはいけないのよね(T_T) おとなしくて飼いやすいよいコみたいだから、ご縁が繋がることを影ながら応援しましょっ。ちなみに5歳ぐらいのワンコってお薦めでっせ。何だかんだ言っても、やっぱり若い犬に比べると手がかからない。このコは明らかに洋犬雑種だし、子犬から飼わないとなつかないなんてことは、ぜったいにありえない。あぁ~惜しい。萌えるわぁ~o(;△;)o

だが、我が家にはすでに萌えポイント直撃のカワユイコがいるわけだし……
20080213a
萌えてください

と、ここまで読んですでにお気づきのように、我が家のもうお一方は、じつは萌えポイント的にはちょっとばかし外れている。以前も書いたことがあるのだが、姫は、外見だけで言うと管理人が飛びつくタイプの犬ではない。垂れ耳はまあ良いとして、猟犬タイプのすらっとした容姿は管理人にとってはかっこよすぎるし、お見合いで初めて会ったときの第一印象は「この犬、小さすぎる」だったのだ。

18kgの犬を見て「小さすぎる」と思うあたりがデカ犬飼いの怖いところだ。管理人の基準では、20kg以下の犬はすべて小型犬である。

その後、飼い主のおマヌケぶりと、本犬の類い希なる盗み食いの才能が合わさって、食餌の不足分は自主調達したおかげで、姫は無事20kgの大台に乗った。どうやらこれで一安心だ。「大きいことは良いことだ」の時代に育った管理人は、高度成長期の申し子である。

で、何でまた萌えポイントから外れた姫をわざわざもらいに行ったかというと、じっさい、管理人にもよく判らないのだ。ただ、5歳前後という年齢で、そのうえ心臓疾患があってオスワリもできないという絵に描いたような条件の悪さゆえに、姫は半年近くずっといつでも里親募集中に載っていた。最初は「まだ決まらないんだ、このコ」と思いながらただ見ていただけだった。それが、ある日……

これが恋なのね?!

寝ても覚めても、ペコちゃんのことが忘れられない。このコは、管理人と出会うために生まれてきたのだ。これは運命だ。いますぐ、もらいに行かねばならぬのだ!!!

この辺の心境は、ちょっと危ないストーカーと同じである。こいつを、いますぐものにしなければならない。ペコちゃんが、我が家の犬にならないなんて、ありえない!!

こうなると、外見が多少好みとちがってもまったく気にならなくなる。あばたもえくぼとは良く言ったものだ。万年スポーツ刈りだろうが、脚の長いすらっとした体型だろうが、そんなことは二の次だ。とにかく、ペコちゃんでなければだめなのだ。このコは、ぜったいに我が家に来て幸せになる。そう断言しちゃうあたり、思いこみというのは恐ろしいものである。

で、無事犬猫屋敷の一員となったペコちゃんは、姫と改名した途端に管理人の予想を遙かに上回るおもしろ犬ぶりを発揮して、ついには自分のサイトを運営するまでになったのだが、その辺りのいきさつは、まあバックナンバーを読んでもらうとして、要は何が言いたいかというと、管理人はあの時、姫が欲しかったのであって、姫じゃなければダメだったということなのだ。別に3頭目の犬が欲しかったわけではなく、とくにビーグルが好きだったわけではなく、ましてや可哀想だからうちで引きとろうと思ったわけではないのだ。

何を当たり前のことを、と思われるかもしれないが犬を飼うさいに、これって大事なことだと思うのだ。たとえば、管理人が単に犬を欲しかったのなら、姫がいろいろ問題を起こしたときに、姫は返して他の犬に替えるなんてオプションもあったかもしれない。可哀想だからと引きとってやったのなら、恩を仇で返すような姫の数々の悪戯に怒り狂っていたかもしれない。だが、管理人は姫を選んで引きとったのだ。その時点で、姫の良いところも悪いところも丸ごと受けいれる覚悟ができていた。

この国では、犬は法律上タンスと同じ扱いだが、人と同じように感情を持つ犬とタンスはやっぱりちがう。新しいタンスと相性が合わないと嘆く人はめったにいないが、動物との暮らしはやっぱり相性とかフィーリングみたいなものが重要なのだ。だから、犬を飼おうと思ったら、まず会ってみないとダメだと思う。じっさいに会って、触れて、このコだと思える相手を選ぶべきだと思うのだ。

萌えポイントから思いきり外れても、でもこいつしかいないと思える犬がいるものなのだ。それは説明のつかない感情で、第六感みたいなものかもしれない。その時の、これだと思った気持ちさえ忘れなければ、どんな問題でもいつかはきっと乗り越えられる。これは、管理人の実体験だから胸を張って断言できる。

ぜんぜん萌じゃなかった姫なのだが、いまはスポーツ刈りも何より愛しい。一緒に暮らせば、誰が何と言おうとうちのコが世界一可愛いのだ。犬飼いなんて、しょせんはそんな動物だ。
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イベント化することの是非

管理人はいま、アメリカの大統領選挙にハマッている。ヒラリーvs.オバマの戦い、マジでおもしろくないっすか?

抜きつ抜かれつのデッドヒートは選挙権を持たない異国民にとっても、ものすごぉ~く興味がある。たぶん、政治家としてはヒラリーのほうが各段に上なのだろうが、このまま勢いに乗ってオバマが逃げ切るのか? はたまた最後の最後でやっぱり保守的な勢力が盛り返すか? 各州の予備選の結果から目が離せないのだ。

それに引き替え、日の出国のセンセイがたときたら、まったく何をやってるんだか。きょうもきょうとて道路を造る造らないでもめている。過去にタイムスリップしたような気分になっているのは管理人だけではないだろう。って言うかさぁ、地方の活性化とか、とってつけたようなご託を並べ立てなくても良いのね。建設業界をヨイショしておかないと投票してもらえないし、献金ももらえないから道路を造りたいって、はっきり言ってくれれば良いのよ。みんなそんなことは重々承知してるんだから。

日本の政治がおもしろくないのは、けっきょくのところセンセイと呼ばれる爺さんたちが、仲良しグループで勝手に相談して、勝手に物事を決めてしまうからだ。選挙の制度じたいがちがうからある程度はしかたがないが、結果がわかっている首相選びほどつまらないものはない。国会自体は単なるパフォーマンスで、じっさいなにかが決まるのは、そのあとの宴会の席だったり、ホテルの密室での談合だったり、だからセンセイがたは国会の席では夜の仕事に備えてゆっくり身体を休めていらっしゃる。

どうせ国会は単なるパフォーマンスなのだから、もう少しおもしろいことをやりゃ良いのに。絵空事の議論なんかするよりも、与野党対抗カラオケ大会でもやった方が、よっぽど国民のためになる。

「ありがとうございました。内閣総理大臣福田康夫くんによる『千の風になって』でした。続いて、野党からは小沢一郎くんと有志による『喜びの歌』!」

これなら、管理人も観ちゃうけどね。ついつい座席で眠りこけちゃう爺さんたちには、マラカスとかタンバリンを持たせておけば、居眠り防止にもなると思うんだが(-。-) ぼそっ

で、大統領選挙がなぜおもしろいかと言うと、アメリカでは政治も選挙もいまやイベント化しているからだ。多くの人を巻き込むことで、誰もがそこに参加している気分になる。参加していれば興味も湧く。何かをやろうとしたときに、誰も感心を払ってくれないというのは最悪なのだ。たとえブーイングの嵐であっても、興味をひいた時点で、その目論見は90%は成功だ。

で、政治すらイベントにしてしまうアメリカではこんなこともイベントになっている。

全米不妊去勢の日記念フォトコンテスト


アメリカでは、2月26日が「不妊去勢の日」だって知ってました? 2月は不妊去勢月間なのだ。この期間、全米各地で全米動物愛護団体と関連機関が主催するさまざまな記念イベントがある。たとえば、フリマがあったり、講習会があったり、協力獣医のところに行くと、この期間だけ不妊去勢手術が無料になったり割引料金になったりもするのだ。不妊去勢手術のメリットを訴えるために、子供用の「不妊去勢ぬり絵」なるものもグッズとして売られている。で、このフォトコンテストは、不妊去勢済みのコの写真をエントリーして、可愛さを競うコンテストなのだ。いちおう応募者は、手術をしてどんなメリットがあったかをコメント欄に書く決まりになっている。

不妊去勢手術に関しては飼い主によって是非の論議があるわけだが、少なくともメリットを知ってもらおうと思うのなら、こうしてキャンペーンを張るのは正解だわね。涙ながら訴えるって言うほうが浪花節好きの日本人には合っているのかもしれないが、あまり口うるさく手術をしろしろと言われると、かえってへそを曲げて逆にやりたくないって思う人もいるだろうし。最終的な選択権は、もちろん飼い主にあるのだ。だからより多くの飼い主に手術のメリットを知ってもらうことが大切なのだと思う。

暗い顔して「不妊去勢手術の勉強会がありますから、来てください」と言っても、きっと誰も来ないわな。妙な新興宗教の集会みたいで気味が悪いから。でもゲームをやります、抽選会があります、みたいな催し物だったらどうだろう? 楽しければ人は集まってくるんじゃないかな? その場でちょっとでも、不妊去勢手術というオプションがあって、手術をすることで動物にとってもさまざまなメリットがあることを知ってもらえるのなら、それは成功なんじゃないかなと管理人は思うのだ。興味を持ってもらえないのでは、何も始まらない。興味を持って、知って、やっぱり手術はしたくないというのなら、それはそれで良いのだよ。だが、きちんとした知識を持たないと、一度お産をさせないと病気になるみたいな訳のわからない迷信を信じてせっせと望まれないコを増やす飼い主が出てくるのだ。

まっ、日本でこういうことをやると、きっと「ふざけてる!」と文句が出るのだがね。単なるパフォーマンスだとわかっていても、建前を大切にする日本人には不妊去勢の日はやっぱり受けいれられないだろうが、どうせ建て前と本音を使い分けるのなら、楽しげな建前の裏に隠れたまじめな意図のほうが良いんじゃないかなと、そんなふうに思う管理人なのだ。
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一番好きな時間

ワンコちゃんニャンコちゃんと一緒にいると癒されるわぁ~なんて黄色い声で言われるとケッε-( ̄ヘ ̄)っとばかり鼻を鳴らす管理人だが、じっさいは、毛むくじゃらの家族を見ているだけで癒される、そんな時間がたしかにある。

ある日、姫がもらったおやつを嬉しそうに管理人のベッドの上で食べていた。別に急ぎの用もないし、そんなときは、ついつい姫がおやつを頬張る姿をじっと見つめてしまう。ベッドにぼーっと座って姫を眺めている管理人のところに、カイがいそいそとやってきた。管理人が暇そうにしているのを見て、グリグリのチャンスと悟ったのだ。

姫の食べる姿を見ながら、片手でカイを撫でてやる。姫が大事なおやつを抱えているときにカイがベッドにあがってきても、姫はまったく意に介さない。これが他の犬なら吠えて威嚇してたいへんなのだが、カイに関してはまったく警戒心を持たないのだ。もう3年も一緒に暮らしているのだから当たり前といえば当たり前だが、それでも、最初のころの騒ぎを思うと、良くここまでになったと誇らしく思う。

やがて、へそ天全開のカイをグリグリしている管理人の脇の下から、天がそっと顔を出す。いつも厳しい寮長センセイはおやつに夢中になっているので大丈夫。オジサンが四つ脚を宙に浮かせて身もだえているということは、これはグリグリのチャンスだと、小さな天にもちゃんとわかるのだ。

空いている方の手で天の頭の先やのど元を撫でてやる。グルグル声を出して、天もまちがいなくご満悦だ。

犬猫たちを撫でながら、彼らのようすを眺めるのは、どんなに良く効くレメディーよりもリラックス効果が高いと管理人は思うのだ。どんなに嫌なことがあったとしても、まっ、何とかなるさという気になる。そして何年か先に、彼らが管理人を置いてとっとと旅立ってしまったあと、思いだすのはこういう何でもない日常の風景なのだ。両手だけじゃ足りなくて、足まで使って全員をグリグリしていたはずが、余った手を見てどうしようもなく哀しくなる。玄関のドアを開けた瞬間に、走ってくるカツカツという音が聞こえなくて涙が出る。

犬や猫を飼うということは、取るに足らない小さな日常生活の積み重ねだ。管理人にとっては彼らがそこにいるというだけで幸せで、犬猫にとっても、管理人がそこにいるというだけで安心できる。そんな関係を十数年ただ続けていくだけ。

だからこそ、好きでないとやってられない世界なのだ。そういう何でもない日常が嬉しいと思えるからこそ、管理人はおそらく犬や猫と暮らすことを止められないのだと思う。

20080210a
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好みのちがい

いつものごとく、犬どもを引き連れて近所を散歩していたら、造園中の公園にたい肥がうずたかく積まれていた。

たい肥なんてものは、人間の目から見ると臭くてばっちい土気色の山である。室内飼いで、犬と一緒に寝ている飼い主としては、できればわが子たちにはあまり触って欲しくないものだ。

ところが、うちの犬どもときたら、このたい肥の山を見て目を輝かせている。この瞬間の、犬たちの目に輝きは、言うなればおもちゃ売り場に子どもを連れてったときのそれと同じだ。もしくは、オタク系の彼氏がヨド○シやサク○ヤ入った瞬間と言ったほうがわかりやすいかもしれない。

ともかく、犬どもが考えていることは一目瞭然だった。
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この山に飛び込んで、グリグリしても良いっすか?

だぁ~め、ノー、ノー、ノーよ! そんなことしたらうんP臭いコになっちゃうでしょ!

だが、変わり者の管理人は一瞬思ってしまったのだ。もし、この上で自由にグリグリして良いって言ったら、きっとこのコたち狂喜乱舞するだろうなぁ~

むろん、そんな管理人の野望はいつも冷静な妹のひと言で頓挫した。

「まちがっても、グリグリして良いなんて言うんじゃないわよ! あとで、どれほどたいへんなことになるかわかってる?」

いいかげん半世紀近いつきあいなので、さすがに妹は管理人の行動パターンを読んでいる。惜しかったねカイちゃん、妹さえいなければ、身体中にたい肥の良い臭いをつけられたかもしれないのにね。

最近、動物病院に行くといろいろな種類の犬グッズのカタログが置いてあるのを見かける。たまたま先日もらってきたカタログに、犬用ネールアートなる特集が組まれていて、管理人はぶっ飛んだ。いやはや、ペットブームもここまで来たか。昔ながらの犬飼いとしてはついついため息をつきたくなる。

愛犬の爪にハートやら星マークをつけるのがご趣味のかたには申し訳ないが、管理人には犬の爪に絵を描いて何が楽しいのかよくわからない。まあ管理人という人間は、そもそも防寒目的以外には犬に服を着せることも好まない人間だし、マニキュアを塗るなんて作業はここ10年くらいはしていないので、特殊な意見かもしれないが、それにしても犬の爪にネールアート? そのうちピアスなんかもしちゃうんだろうか?

管理人が犬猫に服を着せるのを好まない理由は、彼らが服なんか必要なほど立派でステキな毛皮を着ているからだ。ついでに言えば、髪型も、自分にぴったりの最高に似合う髪型を、生まれてから死ぬまでちゃんとキープする。人間みたいに化粧や装飾は必要ないのだ。どんな動物でも、彼らは生まれたままでじゅうぶん過ぎるほど美しい。

だいたい、爪にマニキュアを塗られて犬は嬉しいのだろうか? 少なくとも、うちの犬たちならば、きっとマニキュアよりも、たい肥の上でグリグリするほうを望むだろう。

やってる本人は、そういうつもりはないのかもしれないが、犬の爪にゴテゴテ絵を描くという行為、管理人の目から見るとケータイにシールを貼って飾り立てるのと同じに見えるのだ。自分の持ち物を可愛く見せたい。だから持ち物に飾りをつける。

だが、それはちょっとばかりちがうのだ。ケータイはどんなシールを貼られても決して文句は言わないが、犬にはちゃんと感情がある。人間と同じように好きなものと嫌いなものをはっきり認識しているのだ。そして犬はケータイとちがって生き物だ。いらなくなったら、ポイと捨てて、新機種に変えて良いものではないのだよ。

いまはマニキュアをつけてきれいに着飾って連れて歩けるそのワンコも、10年も経てば老犬になる。人間と同じように白髪も出てくるし、毛も薄くなって貧相になり、目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったり、歩けなくなったり、トイレが近くなったり、挙げ句の果てには認知症になるコだって多い。そうなっても、やっぱり胸を張ってそのコを連れて歩けますか? そうなっても、それでもうちの子が世界一可愛いと言いきれますか?

犬と飼い主が同じように着飾って、お揃いっていうのは悪くない。だが、我が家の犬どもの爪に絵を描くくらいなら、管理人は一緒にたい肥の山に飛び込むほうを選ぶだろう。犬と一緒にお揃いの臭いにおいをプンプンさせて歩くのも、悪くはない。

しかしこの妙なペットブーム、いったいどこまで行くんだろうか? 犬が望んでいることってじつはもっとシンプルなのにね。毎日お腹いっぱい食べられて、暖かい場所で安心して寝られて、飼い主と一緒に、最後まで楽しく暮らしていくことだけを望んでいるだけだと思うのだがね。

爪にマニキュアを塗られる犬がいるいっぽうで、毎年十数万頭が不用犬として処分されるというこの現実。なんかおかしいと思いませんか?
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犬を通して、ご近所づきあい

きのうの夜は妹がいなかったので、散歩を2回に分けて別々に連れて行った。出がけにカイがぐずぐずしていて、なかなか玄関に出てこなかったからだ。

姫の散歩を先に終え、こんどはカイを連れて近所を歩きまわっていると、通りがかりの女性にいきなり声をかけられた。

「あら? きょうは1匹なんですか?」

暗闇のなかで、お知り合いの○○ちゃんや、××ちゃんのママかと、思わず相手の顔を覗きこんでしまった。だが、近所の犬友だちの飼い主さんじゃないようだ。

「ええ、このコがもたもたしてたんで、きょうは1匹ずつ散歩なんです」

答えながらも管理人、内心「あんた誰や?」と思っていた。おそらくそれが思いきり表情にも出ていたのだろう。オバサンになると、頭のなかで考えていることが、すぐに言葉や表情に出てしまう。これは由々しき問題だ。

話しかけてきた女性は、慌てて自分の身分を明らかにした。

「いつもうちの犬が吠えちゃってすみません。ほら、あの大きな犬」

ああ! ロミオのママだ! ご近所でよくすれちがう大型犬の飼い主さんだった。すれちがうたびに姫と絶叫大合戦を繰りひろげることになるので、めったにそばまで行くことはなくて、おまけにきょうはきちんと化粧をしてお出かけルックでいたために、まったく気がつかなかったのだ。

ちなみに、彼の名前はロミオではない。ただ、毎回姫が彼を見つけるたびに大騒ぎするので、我が家ではロミオと呼ばれているのだ。ちなみにそれまで話したことはほとんどなかったが、どこに住んでいるかは知っている。家の前を通るたびに、ロミオが窓から顔を覗かせて、窓越しに大絶叫するからだ。

きょうはお互いに絶叫マシンを連れていなかったので、ついつい道端で長話になってしまった。なんの犬種なんですか? いくつなんですか?から始まって、近所の犬たちの話題から獣医さんのうわさ話まで犬を飼っていない人にはまったく訳のわからない、犬飼い特有の日常会話を楽しんだのだ。ロミオくんは、最近良くいる「人間は誰でも大好き、でも見知らぬ犬はまったくダメ」というワンコで、そのせいでうちの奴らを見かけると、ついつい絶叫してしまうらしい。それでも、すごく興味はあるようで、もしかすると少しずつ慣れさせていけば、そのうちちゃんとご挨拶できるようになるかもしれない。

ただ、そういう話もちゃんと聞いておかないと、大型犬どうしだと相手の素性がわからなければ恐ろしくてとても近づけたりはできないし、絶叫マシンがガオガオ吠えているときは、ゆっくりそんな話もできないものなのだ。

犬飼いというのは不思議な人種だ。管理人もときどき出稼ぎの帰りなどに顔見知りのワンコを見つけて、うちの奴らがいないのを良いことに思わずグリグリしてしまいたい衝動に駆られる。犬友の世界では、犬は飼い主のIDタグだ。お互いのことを犬でしか認識していないので、飼い主さんには「誰や、こいつ?」という顔で見られるのだ。

まったく見知らぬ他人と、犬を介して知り合いになれる。それって、犬を飼っている一番のメリットじゃないかと管理人は思うのだ。犬を飼っていなければ、管理人のように子どものいない人間は地域社会に溶け込むことは不可能だ。だが、犬を連れて近所を歩きまわっているおかげで、地域の話題にも詳しくなるし、こうして知り合いも増えていく。

高齢化社会で孤独な老人が増えていく。近所に知り合いもいない、亡くなっても誰にも気づかれずに数日間放置されたなどという話を聞くと哀しくなるのだ。もし犬を飼っていて、毎日散歩に出ていれば、家から出てこないことに誰かが気づいてくれたかもしれないのに。犬あまりの現状で、高齢者は犬を飼うにはもってこいの人たちだ。むろん、最後まで面倒見られる保証がないのに犬を飼うのは危険なことだ。だから、安心して年老いた人たちが、人生の最後の相棒として犬を飼える時代になって欲しいなと管理人は思うのだ。

元気が有り余っている人たちには、元気が有り余っている子犬も良い。だが、のんびり犬と暮らしたい人たちには、ゆっくり近所を散歩して、あとは家のなかでまったりと過ごす5歳以上の成犬や老犬がお薦めだ。極端にもらい手が少なくなるそういうコたちと、生き甲斐が欲しい、相棒を求めている孤独な老人を巧く結びつける方法はないもんだろうか?

犬は子犬から飼わないとダメ、という根拠のない神話をまずは崩すことからだわね。成犬から飼う楽しさやメリットを、とにかくたくさんの人に知ってもらうのが手始めだ。ロミオのママと別れて、カイと一緒にノタノタ散歩を続けながら、管理人はそんなことを思っていた。
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寮長センセイ

犬と猫、よく知らないとどちらも毛むくじゃらの四つ足で、同じような動物だと思いがちだが、じつは犬と猫はまったくちがう。生態も飼い方もぜんぜん異なるものだ。だから、犬を猫のように飼ってしまうととんでもないことになる。同じように、猫を犬のように飼ってしまうと妙なことになる。そんな犬と猫が同居している場合、どういう事態が起こるか、現在犬猫屋敷では犬が子猫を育てた場合どうなるかの実験が行われている。

天ちゃんは、あいかわらず犬部屋で犬のように暮らしている。妹の部屋は、いまやカーテンからPCまでシッコまみれになっていて、ちょっと2階に遊びに行っても、すぐに返却されてくるからだ。管理人の部屋でもあいかわらずスプレー行動は止まないのだが、天が定期的にシッコをかけるものを徹底的に排除したおかげで、最近は血圧が上がることも少なくなった。

最近は咬み癖もほとんどなくなった。これは、一重に寮長センセイのご指導のたまものである。
20080206a
寮長センセイです、よろしく

犬が猫をどう見ているか、これは姫に訊いてみないとわからないが、姫の態度を見ていると、どうやら相手が猫であろうが人間であろうが、群の仲間として同居している以上、群の下位のものを指導して育てるのは自分の役目だと思っているようだ。犬というのはほんらい体育会系の動物である。良く言えば面倒見が良い、悪く言うと口うるさい、それが犬という動物だ。

天が管理人の手を咬むたびに、管理人は「痛い!」と大声を上げる。そうすると、寮長センセイがどこからともなく跳んでくるのだ。寮長センセイは管理人の手を咬んだ犯人をじろっと睨みつける。それだけで、天は自分が悪いことをしたとちゃんと認識する。夜中に、天が独りで部屋を駆けまわって大運動会を繰りひろげているときも、あまりうるさくなると、寮長センセイがバシッと注意をする。それもじろっと睨みつけるだけだ。

天はいつの間にか、寮長センセイと同じように犬用トイレでシッコをするようになった。夜は管理人とカイのあいだにはさまって、ぬくぬく暖かそうに眠っている。ふつう猫というのは気が向かなければ、呼んでも決して出てこないのだが、天の場合はおやつ入れを開ける音がすると、犬たちと一緒にすぐにぶっ飛んできて先頭に座っておやつをねだる。けっきょく天は犬の行動を見ていろいろ学んでいるのである。

猫は団体行動が不得意だ。だが、寮長センセイは群の仲間として天を立派な犬に育てようとしているのだ。その点にじゃっかんの問題はある。管理人は朝起きないので知らないが、たぶん朝のラジオ体操なんかもあるんじゃないかと管理人は思っている。

犬が群の下位のものを指導する方法を見ていると、相手に危害を与えてしつけと称する人間の行動がいかに愚かかがよく判る。姫は天に対して怒鳴ったりしない。もちろん咬んだりもしないのだ。ただ睨みつけるだけで、その行いはいけないことだとちゃんと天にわからせる。むろん、天がそれでも止めない場合は首筋を咬んで実力行使に及ぶのだが、その時も、決して怪我をさせたりはしないのだ。犬と猫を一緒に飼っていると血を見る騒ぎになるのではと恐れる人が多いのだが、まともに育った犬ならば、猫を咬んだりは決してしない。猫のほうも子犬を叩くときはちゃんと爪を引っ込める。

子どもが言うことを聞かなかったから、しつけをしたら死んでしまったなどと宣う馬鹿な二足歩行動物のニュースを目にするたびに、子どもを育てることに関しては四つ足のほうがよっぽど優秀だなとつくづく思う管理人なのだ。
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里親探しをしている犬猫は、じつは不幸ではないんだが

内職仕事が暇なので、ネットの大海をうろつきまわっているせいだろうか、またこんなサイトを見つけた。

これ、なんのサイトかわかります? じつはアメリカの犬猫里親募集サイトなのね。ちょっと可愛くないっすか?

里親探しのサイトって言っても、どこかの保護団体がやっているわけじゃない。あちらこちらのレスキューグループやシェルターから提供された最新の保護犬保護猫情報を、保護されている地域や犬種や性別、年齢などの情報ごとに検索できるシステムなのだ。

ちなみに書いてある内容は、日本の保護団体のそれとさしてちがいはない。不妊去勢手術をしましょうとか、ペットは最後まで責任もって飼いましょうとか、この国では年間何万匹が殺処分になってるとか、どこの保護団体のサイトを見ても書いてるようなことが載っている。

だが、ぱっと見の印象があまりにちがうのだ。アメリカの保護犬保護猫は、日本のコたちのように不幸を売りにしているわけじゃない。参考までに、よくこの国で見かける里親募集のバナーってこんな↓感じのやつ多くないっすか?
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これはあくまでも管理人の好みだが、不幸なこのコ、苦労してきた可哀想なコ、捨てられた悲惨なこのコを助けてあげましょうみたいなノリの里親募集ってものすごく嫌いなのね。

だって、犬猫もらうと、もれなく不幸を背負ってくるみたいで、怖くない?

じっさい、可哀想な犬猫をフィーチャーしたほうが好きという、一部の需要はあるとは思う。可哀想なワンコちゃんニャンコちゃんを助けてあげた心優しいわたしが好きって人だって、もちろんなかにはいるのだから。でも、里親探しはそういうものでなければならないっていうのは、やっぱりステレオタイプだと思うのだよ。だって、なかには管理人のように、どうせ犬猫を飼うのなら保護されたコを引きとりたいとは思っても、可哀想なワンコちゃんニャンコちゃんを救った心優しい人って思われるのはヤバイと躊躇する人だっていると思うからだ。

捨てられた犬猫が不幸な奴らだというのは、人間が勝手に犬猫に貼ったレッテルだ。里親募集に出てくるコたちは、じつは宝くじに当たるより低い確率の幸運を掴んだ、類い希なるラッキーな犬猫たちなのだ。だから、保護された犬猫をもらうとか、放浪している奴を拾って飼うことで、奴らは、新しい飼い主にじつは幸運を運んでくる。保護犬保護猫は、じつは幸運をもたらすラッキーチャームみたいなもんなのね。なのに、なぜわざわざそれを不幸の塊みたいに言うかな?

姫を保護団体から引き取ったというたびに、あらゆる人から「まあ、苦労してきたのね、よかったわね良い家にもらわれて! 幸せになったのね!」みたいに言われて管理人はそのたび不機嫌になるのだ。うちの犬を不幸を背負った犬みたいに言うのは止めてもらいたい。暗に、不幸な犬を救ったあなたは心優しい良い人、と誉めてくれてるつもりなんだろうが、それって管理人にとっては困ることなのね。そういうことを言われるたびに、やっぱ次はペットショップで買うかなとマジで思ってしまうのだよ。不思議なことに、ペットショップで買った犬を見て「まあ、可哀想に、苦労したのね」という人はいない。だが、考えてみれば、ペットショップで売られている犬猫のほうが、よっぽど生命のリスクは高いのだ。

一部の良心的な店以外のペットショップで売られているコたちは、売れる時期を過ぎれば、あっさり処分される。たとえ生きられるとしても、繁殖犬として狭い檻に閉じこめられて一生をそこで過ごすのだ。小さければ小さいほど良いという妙な神話があるせいで、生まれてほどなく母親やきょうだいから引き離されて、ペットショップのガラスケースに入れられる。そっちのほうがよっぽど不幸じゃないですか? それに対して、姫のように保護されたコたちは、拾われた時点で一生生きられるという保証があるのだ。たとえ新しい飼い主が見つからなくても、保護された家で一生大切に飼ってもらえる。なのに、なぜか保護犬保護猫は不幸なコたちと呼ばれるのだ。それってなんかおかしくないかえ?

不幸を売りにして、もらってくれる人を探したいなら勝手にやれば良いだろう。だが、どうせ飼うなら保護された犬猫をもらおうという人を増やしたいなら、可哀想なワンコちゃんニャンコちゃん戦略はもう止めたほうが無難だと思う。なぜなら、マーケティング戦略としてそれは時代遅れだからだ。悲惨さを売り物にしたサイトを、延々何年も見つづける人はいない。でも、おもしろおかしいサイトなら、人は毎日見に来るのだ。押すと祟りがありそうな呪いのバナーを押す人はいない。だが、何だか楽しそうだと思えば、人はポチッと押してみる。宗教団体の集会みたいな暗い里親会に人は来ない。だが、ゲームをやったり、無料しつけ教室があったり、楽しそうなイベントなら、人は自然と集まってくる。

頭を使うべきだと思うのだよ。譲渡活動は金銭の授受がないだけで、じつは立派なビジネスだ。ビジネスならば、顧客のニーズがどこにあるか、マーケティングすべきなのだ。この場合の顧客は潜在的な里親さんだ。彼らのニーズを満たせば、自然と犬猫をもらいに来る人の数は増える。もらいに来てくれる人の数が増えれば、保護された犬猫をもらうというオプションが一部の人の特殊な行動ではなく、ペットショップに行くのと同じように当たり前の選択肢になっていく。そういう人が周りに増えれば、人は自然に殺処分の問題点にも気づくようになる。

明るく楽しい保護活動。最近は少しずつそういう団体や個人も増えてはいるが、まだまだ少数派だわな。だが、いいかげん、それがマジョリティーになっても良いと思うのだ。セカンドハンドの犬猫を飼うことが、カッコイイこと、ステキなことになって欲しいのだ。カッコイイこと、ステキなことは、頼まれなくても多くの人がやるようになる。

そのためにも、保護犬、保護猫に不幸のレッテルを貼るのを止めて欲しいのだよ。そうでないと、そういう犬猫を好んで飼っている管理人としては肩身が狭くてしかたがない。
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生活防水と完全防水

またもや東京に雪が積もった。
20080202a

雪国にお住まいのかたから見れば、なにを騒いでいるかと思われるだろうが、年に数回しか雪が降らない東京っ子にとっては、ちょっとでも雪が積もれば立派なブログネタである。

今回も、めったに雪を見られない東京っ犬たちは大はしゃぎである。ついでにジィジバァバもはしゃいでいたので、やはり雪は東京の老若男女すべてにとってイベントのようだ。

20080202b

ただ、今回の雪はべちゃべちゃで、公園を一周して帰ってきた犬たちは悲惨なことになっていた。ありゃま、どうしましょう?

とくに被害が大きいのは車高の低いカイちゃんだ。服でカバーされている部分は別にして、足のつけ根からお腹のあたりが泥だらけになっていた。ふだんなら、妹と手分けして犬を洗うのだが、きょうは、妹がもしかすると出かけなければならないとかで、あっさり協力要請を拒否された。こういうときは、管理人独りですべてをこなさなければならない。玄関で待てを教えておいてよかったとつくづく思う瞬間だ。

2頭とも洗うと時間がかかりすぎるので、こういうときは姫だけまず先に足を拭いて入れてやる。全身をカバーするレインコートを着ているし、もともと完全防水の超高級毛皮を着用しているので、この程度の雪ならぞうきんで足を拭いて、そのあと乾いたタオルで一拭きすれば、あとは暖房の効いた部屋に置いておけば5分もすればみごとに乾く。姫のコートは、ほんとうに水滴をはじくのだ。脚についた泥も、拭き取るだけでOKだ。ビーグルのコートは藪のなかに入っての作業に適したようにできているとどこかで読んだことがあるが、ほんとうに優れものだと毎回思う。

それに対して生活防水のカイのコートはじつに悲惨なことになっている。風呂場に連れて行って、脚とお腹の汚れを洗い流してやったあと、タオルでよく拭いて、その後ドライヤーまでかけなければならない。皮膚までぐっしょり濡れてしまっているので、きちんと乾かしておかないと皮膚病になってしまうのだ。ディーがまだ元気だったころは、毎回2頭を洗ってドライヤーをかけるのでたいそうな時間がかかっていた。いまはカイ1頭だけなので、時間は半分で済む。

同じ2頭飼いでも、犬種によってかかる手間はずいぶんちがう。だが、その他の部分で姫はたっぷり管理人の時間をとっているので、トータルで考えてみれば、どっこいどっこいなのかもしれない。
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楽しくしつけをする方法

ネットサーフィンしていたら、こんなニュースをみつけたわ。あっ、いえいえここは犬声人語じゃございませんよ、飼い主のブログでございます。

で、ほんとにネットサーフィンしてて、たまたま見つけたサイトなんだが、これ、犬のいろはっていうお行儀の良いワンコを増やすための啓蒙活動をしているサイトなのだ。管理人が、ちょっとおもしろい試みだなと思ったのは、このグループ、複数(4人)のドッグトレーナーがコラボして定期的に各地でトレーニング教室というか企画ものをやっているからだ。

犬のトレーニングって、はっきり言ってこの国ではすごく敷居が高いものだ。値段もかなりするし、たいていのふつうの飼い主は、管理人どうようついつい気後れして「まっ、良いか、自分でやりゃ」となってしまう。結果、需要がないから値段が上がって、ますます敷居が高くなる。敷居が高いからトレーナーさんについてきちんと勉強する人が増えない。これって悪循環だと思うのだ。

いつも言っていることだが、アメリカではほぼすべての飼い主が最初に犬を飼うときに、基本的な服従訓練の教室に通う。なぜなら値段はただみたいなもんで、おまけに近所でたいてい数カ所、基本的な服従訓練の教室が常時開催されているからだ。つまり、行きやすい環境が整っているのだ。そうすると多くの人が最初からきちんとした方法でしつけを学ぶようになる。これは、犬にとっても飼い主にとっても良いことだと思うのだ。それに対して日本の飼い主のなかには、いまだに犬をしつけるのは可哀想と真剣に思いこんでいる人が多い。

基本的な服従訓練の方法を知っていれば、直せる些細な問題が原因で「問題犬」と呼ばれて捨てられる犬がまだまだ多いのだ。吠え癖、引っぱり癖、咬みつき癖、トイレの問題、破壊行動、どれも飼い主が犬にまちがったことを教えてしまった結果だ。あとから直すことももちろんできるのだが、一番楽なのは最初からそういう悪癖をつけないように育てることだ。管理人のように、知識としては知っていても、けっきょくダメじゃんという飼い主もいる。だが、知っていることとまったく知らないのでは、じつは大きなちがいがあるのだよ。だから、管理人としては少なくとも知る努力をして欲しいなと思うのだ。最初から「しつけなんて犬に可哀想」と思う人をできるだけ減らしたいと思うのだ。

で、このサイトを見ておもしろいなと思ったのは、プロのドッグトレーナーが、そういう一般人に犬のしつけとは何ぞやと知るとっかかりを、安価に、気楽に行ける環境で提供している点なのだ。管理人もじっさい行ってみたわけではないので、雰囲気まではわからないが、少なくとも内容を見た限り、これは楽しそうだなと思えるイベントだ。犬を連れてドッグランに遊びに行って、ついでに基本的な服従訓練を応用したゲームを楽しみ、そのうえプロのドッグトレーナーの講演も聴ける。参加資格は特にないし、先着順で申し込みを受け付け、値段は2000円というのはとてもお得なイベントだと管理人としては思うわけだ。

庶民の代表である管理人はお得なものはなんでも好きだ。

はっきり言って2000円なら、つまらなければ途中で帰りゃいいのだ。そして二度と行かなければいい。捨てても惜しくはない金額だ。逆に楽しければ、また次回も参加してみれば良いわけだし、来ているトレーナーが自分に合うなと思ったら、ちょっとがんばって費用を捻出し、そのトレーナーさんについて真剣に勉強してみるのも良いだろう。要はとっかかりなのだ。とっかかりがなければ、なにも始まらない。

ドッグトレーナーというのはいまや山ほどいるのだが、自分に合うトレーナーさんを見つけられるかどうかと言うのはじつはすごく難しい問題だ。犬の訓練方法なんてえのは、はっきり言って星の数ほどある。トレーナー個人の考え方や癖や好みが強く反映される世界なのだ。だが、しつけ教室というのはけっこうコストがかかるものだ。たいていはワンクルーいくらで先に費用を払い込み、その金額が馬鹿にならない。万が一、頼んでしまったあとで、これは自分には合わないと思ったらどうする? 年間100万円ぐらいは犬の教育費に費やすという一部のセレブな人たちなら別なら、管理人のようなふつうの人々は、数万単位の金を無駄にするかもしれないと思うと、躊躇するのはとうぜんだろう。最近のCMで、保険は試して買えないから難しいみたいな奴を見かけるが、犬のしつけ教室も同じなのだ。そう考えると、これは犬のトレーニングのフリートライアルのチャンスみたいなものだ。試してみて、自分に合うと思えばフルバージョンを購入すればいい。合わなければ止めれば良いだけの話なのだ。複数のトレーナーさんがいるということは、それだけ多くのパターンがある。その選択肢のなかから選べるって良いことだと思いませんか?

ほんとうは管理人も行ってみたいのだが、3月のはじめということは、姫のヒートが終わるか終わらないかの微妙な時期で、いまは申し込みをするか否か、正直迷っている。どうせ1頭しか連れて行けないし、姫がだめなら、カイを連れて行けば良いのだが、また姫が一日中絶叫すると思うと頭が痛いしね。だから、こんなんあるけど、みんなで行かない? といういつものお誘いモードにはなれないのだが、もし興味があるようなら、ぜひ皆さん行ってみたくださいマシね。それで、おもしろかったら管理人のも教えておくれ。よろしくね♪
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エンドレスな攻防戦

姫の腹下しの原因は、やはり食い過ぎだった模様だ。朝の下痢騒動を皮切りに、けっきょくあの日は一日中下痢下痢な1日だった。ちなみに、夜には血便を伴う水下痢だったにもかかわらず、けっきょく医者には連れて行かなかった。考えてみればひでえ飼い主である。だが、食べ過ぎから来る腹下しは、通常食餌を抜いて整腸剤を飲ませておけば、ふつう24時間もすれば治ることを、飼い主歴が長い管理人は知っている。だから、その程度のことではいちいち医者に駆け込んだりはしないのだ。あまりに下痢がひどいときは、医者に行って下痢止めの注射を打ってもらうが、この程度で医者に行っても、ビオフェルミンと同じ効力の高い薬をもらって終わりになる。そしてまた諭吉に別れを告げなければならなくなるのだ。だから、食い過ぎぐらいでは医者には行かない。

ちなみにウィルス性腸炎などから来る下痢の場合は、症状が明らかにちがう。それこそ30分おきにもよおして夜も寝られない騒ぎになるのだ。そのうえ、症状は時間が経つごとにどんどんひどくなっていく。この手の伝染性の腸炎の場合は、医者に行ってきちんと治療を受けないと治らない。

食べ過ぎの場合は、食餌を完全に抜くのが一番良いのだが、姫の場合は胃酸過多で食餌を抜くとこんどはゲロゲロ胃液を吐く。結果、胃を荒らしてよけいに面倒なことになるので、こういうとき我が家では、おかゆを少しずつ何度か与える。ふだん食べているフードをお湯でふやかして、少量ずつを1日に何度も分けて与えるとそこそこ満足感もあるし、水分をとるので脱水症状の防止にもなる。

案の定、翌日にはケロッと全快していた。そして、治ったとたん、ものすごくお腹が空いたようだ。なにしろ、下痢状態でお腹のなかのものがほとんど出てしまったわけだから無理もない。いちおう念のため、その日も1日整腸剤入りのおかゆ生活だったのだが、夜には、空腹のあまり、情けない顔で飼い主の顔を見上げていた。

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ちょっと、お腹空いたんだけど、お食餌まだかしら?

まったく、懲りない奴である。喉元過ぎれば熱さを忘れるどころか、口に入った瞬間に食べたことすら忘れるあたりが、姫の姫たるところなのだ。これに懲りて、自分で餌を採って食べるなどという行動は慎んでいただきたいものだが、でも奴はきっとまたやるだろう。飼い主のガードが緩んだ瞬間に、野生の血がよみがえるのだ。

ハウンドは狩りをして獲物を捕るために造られた犬だ。だが、追いかけるべきキツネのいない都会に住むハウンドは、代わりに飼い主の食料庫を漁って餌を採る。管理人の油断した瞬間を彼女は決して見逃さない。グルメなハウンドと飼い主の攻防戦は、これからも続いていくのである。
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