クリスマスって……
2007 / 12 / 23 ( Sun )
どうやら世間はクリスマスらしい。シャンシャン、シャンシャン、まったくうるさくて腹が立つ。おまけに、どうやら連休でもあるらしい。だから、なんだっちゅうの

( ̄‥ ̄)=3 フン

特大のフンをぶちかましてしまうほど、管理人はいま忙しい。来年もまた、独り旧正月を祝う羽目になりそうだ。だが、考えてみれば、ここ3年間連続で、毎年正月にぶつぶつ言いながら仕事をしていたのだ。仕事が来ているときは、それがクリスマスだろうが正月だろうがふつうに仕事をしなければならないのが、自営業の哀しさだ。だが、逆に暇なときはとことん暇なので、ならしてみればチャラなのだろう。

それでも世間が盛り上がっているときに、独りPCの前でカタカタやっているとついつい愚痴も言いたくなる。クリスマスがなんぼのもんじゃい。

ε-( ̄ヘ ̄)ケッ

忙しい、忙しいとぶつくさ言いつつも、寝る前のひととき、好きな本を読むのは止められない。で、最近読んでおもしろかったのがこちら↓

残念ながら翻訳はされていないので、紹介しても原書で読める人はほとんどいないとは思うのだが、まっ、読んだ直後に書いておかないと、管理人が忘れるからね。単なる読書感想文ってことで(^_^;)

この本は、アメリカで災害時の動物レスキューを専門でやっている女性の自叙伝だ。10年ほどまえに書かれた本なのだが、10年前といまと、動物を取り巻く状況はあまり変わっていないのだなとつくづく思う。ちなみに、専門といっても、彼女がやっているのはあくまでもボランティア活動だ。ふだんはふつうに仕事をしているが、森林火災、ハリケーン、洪水などの災害が起こったときは、貯めていた有給などを一気に使い数週間単位で休みを取って現場に急行するのだ。

まずこの時点で、アメリカのボランティアっつうのは日本のそれとは桁が違うなと驚かされる。災害救助のボランティアに行くんで1ヶ月休みますといって、ハイハイ、行ってらっしゃいと笑って送りだしてくれる企業など、この国にはまず存在しない。

そのうえ、さすがボランティア大国アメリカでは、たかがボランティアであっても組織力がものすごい。災害現場という混乱状態のなかであっても、ボランティアどうしが連携してあっという間にきちんとした組織ができあがる。通常、アメリカでは災害時には現地の州兵(National Guard)が警備や救助活動に当たるのだが、個人単位のボランティアと、いわゆる役所側の人間が実に巧く連係プレイをとっていくのだ。アメリカはボランティアがいなければ成り立たないと言われるほど、ボランティア活動が盛んな国だ。どんな人でも、ほぼ全員が、何らかのボランティアに関わっている。そういう長い歴史ときちんとした基礎があるからなのだろうが、ボランティアが発揮する力のすごさを、まざまざと見せつけられる。

この本を読んでいて、昨年大騒ぎになった広島の騒動とのちがいをつくづく感じた。大きな町が丸ごと一つ消えてしまうような自然災害の脅威に比べたら、広島の騒動は実に小さいなものだったが、それでもあれだけの大騒動になった。あれこれ横やりが入り、妙な説を唱える自称評論家が山ほど登場し、けっきょくのところ関わった人たちにとっては嫌な思い出がたくさん残った。ちなみに、あの事件に関わった保護団体とそれに対抗する人たちと、どちらが言っていることが正しいのか、管理人はわからない。どちらの当事者も知らないし、だから判断する気もない。ただ、一つたしかに言えることは、この国にはボランティアという言葉の意味がまったく理解できていない人間がやたらと多いなということだけだ。

ボランティアというのは、究極の自己責任の世界だ。誰に強制されるでもなく、自分の意志と判断だけで自分の力が必要とされるところで労働力や物資を提供する。それに対する報酬もなければ、ほとんどの場合はその活動を人に認めてもらうことすらないのだ。助けてあげたい、少しでも力になりたいと無償で労働力を含めたさまざまなものを提供する。それに対する報酬は、できることはやったという自分の満足感だけなのだ。

広島の騒動が起こったあと、保護団体に騙された、寄付金を返せだの送った物資を返せだのと喚いている人をあちらこちらで見かけたが、正直こいつらバカじゃねえか、と管理人は鼻息が荒くなった。ついでに言えば、あなたの呼びかけでいろいろ送ってひどい目に遭った、どうしていくれるんだ!と人に文句をつけて回ってる奴らもいたが、そういう輩は全員ナイアガラの滝にでも突き落として、頭を冷やせと言ってやりたくなった。

ボランティアは『自己責任』の世界なのだ。もし騙されて労働力として提供した時間や、支援物資や寄付金を盗られたのだとしても、それは騙されたあんたが悪い。きちんとした判断力を持たなかった自分のミスなのだ。それを他人のせいにするのはお門違いだし、そんなことを喚き散らす時点で、正直みっともないと管理人は思う。

宗教というのは、まちがった方向に進んでいくと人を狂わせる悪魔にもなるが、正しい方向さえ見誤らなければ人を救うためのものだ。欧米でボランティア活動が盛んなのは、やはり根底にキリスト教の愛の精神が根づいているせいだろう。クリスマスというのはほんらいキリスト教の根本的な理念を再確認するための日であって、ピカピカ電飾を飾ったり、ものを買ったり、パーティーでバカ騒ぎするためにあるのではない。

クリスマスもボランティアも、カタカナのまま日本に入ってきた言葉は、なんだか途中で意味が変わったまま、この国にどんどん根づいていく。それで良いんだろうか? と首を傾げたくなる管理人なのである。

20071223a

テーマ:動物愛護 - ジャンル:ペット

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