戦うべき相手はだれ?
2007 / 12 / 01 ( Sat ) また近所に住む友人の家に遊びに行ってきた。去年からトイプードルを飼っているというあのうちである。
先日、初めてお邪魔したとき、玄関から一歩出たとたん吠え癖がひどくて困っているという相談を受けて、吠える原因はお出かけができて興奮しているせいだから、こうすれば直せるはずという簡単なアドバイスをしたのだが、その成果がどうなったかようすを見に行ったのだ。 幸い、興奮吠えのほうは前に比べるとかなりよくなっていたのだが、なんと、この家では犬と飼い主がボスの座を巡って闘争を繰りひろげている最中だった。 「わがままに育てすぎちゃったから、いま覇権争いで戦ってる最中なの!」 おやまあ、それは(^_^;) 一頭飼いで初めて小型犬を飼う場合は、まあこれくらいはふつうかな、という程度のお嬢さま度だったのだが、最近わがままがとくに目につくようになったのだそうだ。飼い主自身が、おや? と思いはじめたのに合わせるように、獣医さん(それともトリマーさんだったかな?)からも、ちょっと最近わがままが過ぎるので、少し厳しくしたほうがいいですよ、てなことを言われてしまったらしい。 というわけで、アルファの座を巡って闘争とあいなったわけだが、そのようすを見ていて、「あらたいへんね」と他人事として思うのではなく、犬の訓練ってなんだろうと深く考えさせられてしまった。 ちなみに、覇権争いのメインは、基本的な服従訓練である。呼んだら来るとか、スワレと言ったらオスワリするとか、そういう一般的な方法だ。もし言うことを聞かなかったら、犬を無視するというごくごくありきたりの方法で、それはもちろんまちがいじゃないし、人間大好きのワンコなので、たぶんこのやり方が正解なのだと管理人も思う。 ただ、端で見ていて思ったのは、犬も人間も、その新しいルールに戸惑っているなということだ。犬にしてみれば、いままでは好き勝手にできたのに、とつぜんあれこれ要求をつきつけられて苛立っている。一方、飼い主のほうも犬が思い通りに動かないのでストレスを溜めている。ある意味ダウンスパイラルに入っているのだが、端から見ていると明らかにわかることが、当人たちには見えないことがよくある。 ちなみに管理人にも経験がある。なにをやっても姫の問題が改善しなかったとき、やっぱり同じようなダウンスパイラルにはまった。とにかくなにを言っても犬が言うことを聞かないせいで、どんどん苛立ちが募っていって、当然のことながら誉めたりご褒美をあげるより、無視する時間が長くなるし、こちらの口調もきつくなる。犬の目から見ると管理人は常に怒っている状況で、楽しくないから、とうぜん姫のほうはますます言うことを聞かなくなる。 たとえば、現在その友人宅のワンコは、飼い主が呼んでもぜんぜん近寄ってきやしない。ところが管理人が呼ぶと目を輝かせてぶっ飛んで来るのだ。そのようすを見て、飼い主は深いため息をついていた。 「どうして管理人さんのことは、会ったばかりなのにボスとして認めるんだろう?」 管理人が呼ぶとワンコがぶっ飛んでくる理由は、犬にとって管理人がただの良い人以外の何物でもないからだ。管理人はワンコに会いたいから遊びに行く。とうぜん呼んで近寄ってきたら犬が喜ぶことしかしないのだ。遊んでやったり、グリグリしてやったり、人間のほうも楽しくてしょうがないので、そのあいだじゅう「良いコ、良いコ」を連発する。ワンコにとって、管理人に呼ばれるということは、その結果楽しいことしか起こらない。だから、犬は管理人が呼ぶとかならず寄ってくるのだ。ところが、現在闘争中の飼い主のほうは、一度呼んで犬が近寄ってこないと頭にくる。とうぜん、二度、三度と呼ぶうちに自然と口調がきつくなってくる。結果、犬は「ママはいま機嫌が悪そうだ」と思って飼い主のそばによるのを躊躇する、そうするとますますママは苛立って、口調がきつくなって……というダウンスパイラルにはまるのだ。 世間一般の犬のしつけのノウハウからは外れる意見かもしれないが、人が家族という群のなかで犬の上に立つための秘訣というのは、じつはちょっとしたことなんじゃないか、と管理人は思っている。楽しい遊びを考えだしてくれるとか、美味しいものをくれるとか、ともかく犬がこの人のうしろをついて回ると、嬉しいことが起こると思いさえすれば、犬は自然に人間に従うようになる。もともと、犬というのは群の第二位以下にいたい動物なのだ。だから、家族の群のなかで犬の上に立つこと自体、じつはそれほど難しいことではない。 てなことを言うと、犬に飼われている飼い主さんたちはきっと目をつり上げて怒るだろう。 「んなことはわかってるわよ! だから、どうしろっていうのよ!!!」 こうすれば一発で犬の問題行動が直りますなんていうどこの家にもあてはまる絶対的な方法なんて、この世の中にはないと管理人は思うのだ。飼い主と犬の性格や環境や色んなものを考慮して、ベストの方法は見つけられるが、それはあくまでそのペアにあったやり方であって、他のペアに使えるかというとそうじゃない。そこが、犬の訓練の難しさでもありおもしろさでもある。すべての飼い主がオレ流のベストの方法を見つけださねばならないのだ。 ただ、一つだけ、管理人が実体験として言えるのは、人間が犬の上に立つという状況は、リーダーという言葉から連想されるような上下関係、絶対的な主従関係ではなく、仲間のなかで、たまたま群を引っぱっていくのが人間であって、それにくっついて歩くのが犬という、比較的曖昧なものなんじゃないかなということだけだ。競技会に出るような犬や、いわゆる使役犬の場合はちがうのかもしれないが、少なくともペットとして飼う分にはそれで良いんじゃないかと管理人は思っている。 具体的に言うと、飼い主と犬の関係というのは、親子関係や上司と部下の関係ではなく、仲間うちで、たとえば、「これからどこに行く?」となったときに「きょうは、カラオケ行っちゃう?」と言い出す人間と「いいね、いいね、行きましょ♪」とのる人間みたいなもんなんじゃないかな、と思うのだ。人間だって、何人か集まると、かならず○○しようぜ!って集団を引っぱっていく立場になる人間が出てくるでしょう? ようはアルファってあれなんだと思うのだ。 ちょっと待ってよ、だって、時には犬が嫌がることをさせなくちゃならないこともあるじゃない、と賢い犬飼いの皆さんは、きっとここで思うだろう。たしかに、犬にとっては嬉しくないことだってときに飼い主はやらせなければいけない。たとえば耳掃除とか、ブラッシングとか、爪切り、シャンプーなど嫌いなコは嫌いだしね。あとは薬をのませるとか、散歩自体が修行なんてコだって世の中にはいる。たしかに、仲間うちのリーダーでは、相手の嫌がることを無理やりさせることはできない。だが、それじたいは嫌だけど、一緒にいるのが楽しいからそこは我慢しようって思わせることはできるのだ。「わたしはオンチだからカラオケは嫌い」って人だって歌うことを強要されずに、その場の雰囲気で楽しめるのなら、好きじゃないカラオケにだってホイホイついてくる。 で、けっきょくなにが言いたいのかと言うと、犬の群におけるアルファというのは、集団のなかで自然発生的に生まれるものだということだ。強制的に、尊敬しろ、服従しろ、無条件にわたしの言うことを聞け!といってアルファになるものではないし、そんなことをしても形だけのボスにはなれても、けっきょく仲間に信頼してはもらえない。要は、犬の群のアルファというのは、民主主義の究極の産物なのだ。群の仲間に信頼され、愛され、尊敬されて初めて、その群のアルファとして君臨することができる。 そう考えると、犬と群の覇権争いをしているときに、戦うべき相手は犬ではないのだ。アルファになりたい飼い主が戦って打ち勝たなくてはならない相手は、自分のなかの苛立ちだったり、このくらいはいいかな、と許してしまう甘さだったり、そういう自分自身なのだと思うのだ。 犬と戦う状況は、決して楽しいもんじゃない。負けちゃいけないと意地の張り合いになるのも気苦労が多い。そうなると、だんだんと犬と一緒にいることじたいが楽しくなくなってきてしまう。楽しくなければ仲間ではいられないし、楽しくなければ犬を飼っている意味もない。 「あまりお互いにストレスがたまるようなら、無理しないでテキトーにやったほうがいいよん♪」 これってあまり良いアドバイスじゃないかもね、と思いつつ今回は最後にそう言い残して帰ってきた。 犬の訓練ってやっぱり難しい。だが、だからこそ、おもしろくて病みつきになってしまうのだ。 ![]() 次の選挙では、夜中におやつを投げてくれる 天ちゃんに、ぼくは一票投じようと思います。 おい! |
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