ピントのずれた愛情
2007 / 10 / 27 ( Sat ) ![]() 詳細はカボチャをポチッとな♪ 仕事の合間にニュースぐらいは観ているのだが、最近話題の亀田家のみなさんって、なんか典型的ないまどきの変な親子で笑えるなって思っているのは管理人だけだろうか? あっ、ちなみに管理人はボクシングにはぜんぜん興味ございません。試合を観たこともないし、ルールも知らないし、ただテレビで亀田なんとかという兄弟が話題になってるらしい、程度の知識しかないし、この人たちが良い人なのか悪い人なのか、そんなこと判断できるような情報は一切持ちあわせておりませぬ。 だから、一連の騒ぎの記者会見を観ただけの印象なんですけどね。まあ、もともと、小生意気な、口の利き方を知らないガキどもだ程度の予備知識はあったわけですが。今回、記者会見を観ていて、なるほどね、子は親の鏡とはよく言ったもんだとつくづく思った。ちなみに親のほうはおそらく管理人と同世代だと思うのだが、ああ、いい歳してガキのまんまじゃん、こいつって、そんな印象を受けたのだ。おとなになりきれない子どもが、人の親をやってる。考えてみれば怖い時代だが、それをホイホイおだてていい気にさせるマスコミもじつに浅ましい。もともと、管理人どうよう、なんだかなぁ〜こいつらって思っていた人も多かったのだろう。いったんバッシングが始まったら最後、まあ出るわ出るわで、正直観ていて気分が悪くなった。 亀田父は、きっと彼なりに子どもたちを愛して一生懸命育ててきたんだろうとは思うのだ。だが、何だかやってることのピントがずれていた。息子たちがいくつかは知らないが、おそらく10代の後半から20代前半だろうと推察すると、いい歳して、人前に出てまともに話もできないような大人を作ってしまった時点で、こいつぜんぜんアウトじゃん、と管理人などは思ってしまう。 妙な言い方だが、愛情を持って、一生懸命育ててるわりには、やってることがありゃりゃ?という犬猫の飼い主も、最近すごく目につくのだ。だから、これって時代の流れなのかなとも思うのだが、これは犬(猫)飼い目線の見方であって、世間の一般ピープルに言わせれば、人間と犬猫を一緒にするな!って話なのかもしれないが…… 愛情のかけ方のピントがずれてる飼い主は、基本的に動物を叱らない。いや、もちろん喚いていることはあるのだが、その叱りポイントのピントが思いきりずれている。たとえば、愛犬が落ちていたうんPを拾い食いしたとしよう。こう言うとき、ピントがずれている飼い主は死ぬほどわめき散らす。むろん、管理人だって犬がうんPを食べたら嫌だが、かといって、これがしつけのプライオリティーナンバー1かというとそうでもない。うんPを拾い食いしたからといって、病気になるかもしれないし、不衛生だし、嫌ではあるが、世間の皆さんにご迷惑になるかっていうと、それは別にぜんぜんなっていないからだ。 だが万が一、うちの犬が他人様の手に牙を当てたとしたら、管理人は怒髪天を衝くような叱り方をする。鋭い牙を持つ犬という動物にとって、人間社会に受けいれられて幸せに暮らしていくためには、人を咬んではならないというのはなにより先にきちんと刷り込んでおかねばならない大切なことだと思うからだ。ところが、ピントがずれた飼い主だと「犬なんだから咬むのは当たり前でしょう! 変なところに手を出したそっちが悪い」てな具合に逆ギレする。犬を叱るのは可哀想だと言い出す。だが、どっちが可哀想なのか。人を咬むことを覚えたために、人に愛されず、結果的に悲惨な末路を辿ることがほんとうに犬にとって幸せなのか、考えたことがあるのだろうか? これは人間の話だが、知りあいの親が、子どもに向かって大声でわめき散らしていた。理由は、せっかく着せた一張羅のワイシャツにスパゲティーの染みがついたからだ。3歳ぐらいの野生児に、汚されたくない服を着せる時点でまちがっていると管理人などは思うのだが、ともかく、その親は「高かったのに、七五三にも着せようと思ったのに!」とめちゃくちゃ激怒していたのだ。ところが、この子がテーブルに土足で上がり、踊っていてもなにも言わない。いちおう「○○ちゃ〜ん、止めなさぁ〜い」程度のことは言うのだが、そのやる気のなさから「子どもなんだからこれくらいのイタズラは大目に見てくれてもあたりまえ」という甘えた根性が見え隠れする。 ワイシャツに染みをつけることと、土足でテーブルに上がること。子どもの将来を考えたら、どちらを先に止めさせるべきかは誰の目にも明らかだろう。だが、ピントのずれた愛し方をする親にはその違いがわからない。 犬猫の子育てを見ていると、ほんらい、動物の親がすべきことが如実にわかる。食べさせ、排泄をさせ、健康管理をして子どもが健やかに成長することを助けると同時に、生きるためのノウハウを遊びながら教えていく。他者ともめ事を起こさずに巧くやっていくやり方や、どうやって餌を確保するかの方法を教え、その他にも、危ない物には近づいてはいけないとか、緊急の際にはどう対処するかなど親犬、親猫はじつに巧く子どもに教えて育てていく。そして、数ヶ月後、乳離れをしたら最後、こんどは驚くほどあっさり子離れするのだ。その瞬間が来たとたん、子どもはいっぱしのおとなとして扱われる。野生の世界では、親離れした子どもは、少ない餌を巡って争うライバルになるのだ。 人間の親も動物の飼い主も、ほんらいやらねばならぬことは、じつはこれだけなのだと思う。自分の子ども(飼い犬、飼い猫)が生き延びられるように、最低限のノウハウと社会のルールを教えてやる。それが広い世間だろうが、小さな動物たちの群であろうが、自分の所属する社会で周りに受けいれられ、愛されて幸せに過ごせるよう、立ち回り方を教えてやる。それがたぶん、しつけという言葉のほんらいの意味なのだ。だが、そのシンプルな事実がわかっていない人は意外に多い。 英語で話す幼稚園生や難解な数式が解ける小学生もけっこうだが、いい歳して、人前で自分の親を「お父さん、お母さん」と呼ぶような大人はやっぱり恥ずかしいんじゃないかえ? ばれなければ、なにをやっても良いと思っているような大人は、やっぱりアウトなんじゃないかね? 一生懸命、亀田家を代表して頭を下げていた長男の姿を見て、ピントのずれた親に育てられた子どもの不幸をつくづく感じた。 ![]() ******************************* さいたま市大宮区・北区・見沼区・岩槻区・中央区、上尾市・伊奈町あたりにお住まいの皆さま、こんな犬、見かけませんでしたか? このコをどこかで見かけたら、こちらにご一報ください! |
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