時代は変わる、犬のしつけも……
2007 / 09 / 22 ( Sat )
最近、欧米の犬関連のしつけ本やサイトを見てて気づいたことなんだが……

犬の訓練と言ったら服従訓練命、みたいな風潮がちょっとずつ変わってきてるのかなと管理人は思うのだ。いや、スワレと言われたら座る、フセと言われたら伏せるという点は今も昔も変わらないのだが、飼い主は王さまで犬は絶対服従の家来みたいな主従関係を強調する内容よりも、犬がどうやったら思い通りに動いてくれるか、王さまのほうも汗水たらして色々考えましょうというような、そんな内容のものが増えてきているなという気がするのだ。

最近英語のしつけ本を読んでいて気づくのは、犬にコマンドを出すことを「命令する」という動詞を使わず「ask」と表現しているケースが多いということだ。askってどういう意味の動詞かはご存じのように、頼むとかお願いするとか、いずれにせよ強制的に何かをさせるという意味はまったくない動詞なのだ。それを、犬に対して使っている本やサイトをけっこう見かけるようになった。

これ、管理人はおもしろいなって思うですよ。だって、犬に座ってってお願いするなんて、従来の犬の訓練の常識から言ったらぜったいアウトだと思いませんか?

これは単なる管理人の好みなのだが、軍隊の訓練みたいな犬のトレーニングって好きじゃない。いかめしい顔をして、野太い声で「スワレ!」って命令しなくたって、別に良いんじゃないかなって思うのだ。その代わりに、にっこり笑って「座って」と言ったときに、犬が100%腰をおろすなら、それはそれでかまわない。競技会に出るような犬や、働く犬の場合はそうはいかないのかもしれないが、少なくともペットとしてふつうの家庭で飼う場合には、それで良いんじゃないのって管理人は思うのだ。

もうひとつ、これも最近のトレンドだなと思うのは、犬のしつけを「teach manner」と表現することだ。teach mannerとは日本語で言えば、行儀作法を教えるって感じね。これも、管理人としてはけっこう気に入っている言い方なのだ。これまた、ある一部の犬たちを除いては、単なる家庭犬として飼う場合は行儀作法をちゃんと教えさえすれば、基本的に頭を抱えるような問題行動は起こらない。たとえば、お客さんが来たときに吠えたり咬みついたりしないとか、人に飛びついたり、盗み食いをしてはいけないとか、最低限、人間と暮らしていくうえで守らなくてはいけないルールを犬に教える。これが行儀作法を教えるって言葉の意味なんだと思う。

犬のトレーニングと聞いたとたん、眉間に皺を寄せて嫌がる飼い主さんがいまでも多い。可哀想だからしつけをしたくないという話もよく聞く。犬のトレーニングと聞くと、一昔前のチョーク首輪で犬を引きずり回し、鬼軍曹みたいな声でコマンドを連発し、できなかったら殴る蹴るみたいな変な印象を持ってる人が多いんだろうなって思うのだ。そういう印象をもとに、トレーニングなんてやりたくない、犬が可哀想だと思っている人が多いんだとしたら、それって残念なことだなと管理人は思うのだ。

犬のトレーニング方法ってじつはたくさんやり方がある。飼い主と犬の組み合わせによって、自分たちに一番合う方法を見つければ良いだけなのだ。たとえば、これからトレーニングをするぞって気合いを入れてやる必要もない。毎日の生活のなかで、オスワリだとかマテだとか、たまにフセなんかもさせてみて、そうやって色々続けていくうちに、何となく気づいたらうちのコちゃんとできてんじゃんって、そんな感じのものでも良いんじゃないかって管理人は思うのだよ。

犬のトレーニングってけっきょくは、飼い主と犬が仲良く楽しく暮らしていくためのルール作りであって、唯一忘れてはいけないのは、ルールを作るのは飼い主でそれに従うのが犬という基本的な部分だけだ。じっさい、この国では犬が飼い主を飼ってる家ってけっこうあるしね。それをやっちゃうと、やっぱりどんな犬でもそうとうたいへんなことにはなっちゃうと思うのだ。だから、その点はね、注意しないとダメだけど、それさえ守ればあとは難しく考えることはないと思うのだよ。

犬が手に負えないからって手放す飼い主さんが多い現状を見るたびに、管理人は心の底から思うのだ。犬のトレーニングって決して難しいものではないし、犬にとって可哀想なものでもないのになって。ただ、犬の訓練ってこういうものだってまちがった思いこみをしてる人がきっと多すぎるのだろうなって。そのせいで、けっきょく飼いきれないって捨てられる犬が多いというのがほんとうに哀しいなと管理人は思うのだよ。

テーマ:わんことの生活 - ジャンル:ペット

20:52:59 | 管理人の独り言 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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