敬老の日に思うこと
2007 / 09 / 16 ( Sun )
ちょっと前に、動物病院で見た光景。

1歳半から3歳ぐらいとおぼしき元気な黒ラブを連れた老夫婦とたまたま会った。この老夫婦、どう見てもうちの親よりずっと年上なので、おそらく70代後半か、もしかするとおじいちゃんのほうはすでに80を超えていたかもしれない。ご夫婦とも、足腰はしっかりしているのだが、それでも30kg前後あるラブラドールの、それもやんちゃな盛りの犬を飼うにはずいぶん無理があるように見えた。

本気で暴れたら、まずまちがいなく引きずられるな。一目見た瞬間にそう思ったし、妹もどうやら同じことを考えたらしい。

「何で、子犬……それも黒ラブなんか飼っちゃったんだろう?」

帰りの車のなかで思わずため息が出てしまった。

日本の65歳以上は2744万人、総人口の22%(読売新聞)

こんなきょうの新聞の見出しを見て、つくづく思うのだ。人口のほぼ1/4が老人からなるこの国で、ペットを飼おうと思いたったら、いるのは子犬や子猫ばかりってその時点で何かが変だ。だって、歳をとって子どもの相手をするのってすごくたいへんじゃないですか? 管理人なんてまだ65歳にはほど遠いが、それでも子犬、子猫、子どもよりも落ちついた成犬、成猫、おとなとつきあう方がよっぽど楽だって思うもの。

最後まで面倒がみられないかもしれないんだから、年寄りは犬猫を飼うなって言う人もいるかもしれないが、管理人としては年寄りこそペットと暮らすのは良いと思う。基本的に家にいる時間が長い人たちだし、世話をしなければならない生き物がいると思えば、それが生き甲斐になって生活に張り合いが出てくる。

ちょっと前にうちの近所で18歳まで生きた犬がいたのだが、老衰で逝く直前まで、飼い主の老夫婦と近所を毎日散歩していた。うちが散歩に出かけるとき、公園の入り口で出会い、挨拶をして、うちが一周回って戻ってくると、なぜかまだ公園の入り口付近をウロウロしている。杖をついたおじいちゃんが、よたよた歩く老犬を連れて、半日かけて散歩している姿は、ほんとうに微笑ましいものだった。

犬が逝って半年ぐらいして、おじいちゃんが亡くなった。すごく元気で、雨の日も散歩を欠かさなかったおばあちゃんの姿も、最近はほとんど見かけなくなってしまった。

あの老夫婦にとっては、犬が生き甲斐だったのだろうな、と管理人は思うのだ。毎日文句を言いながらも、犬につきあって散歩に出かけることが、きっと長生きの秘訣だったのだ。

団塊の世代が一斉に定年退職するとかで、ペット業界はこれ幸いとビジネスチャンスに大盛りあがりだ。結果、どうしようもなく手のかかる子犬を抱えて顔に線がついている老夫婦をよく見かけるようになった。

何でわざわざ苦労を背負い込むかなぁ?

のんびりまったり、一緒のペースで生きていけるような、5歳以上の成犬が山ほど飼い主を探してるというのに……

譲渡活動をしている人の多くは、残念ながら老人だけの家庭を毛嫌いする。最後まで責任が持てるという保証がないのはたしかだからだ。だが、なかには老夫婦だけの家庭であっても譲渡してくれるケースはけっこうある。老夫婦だけだって、じゅうぶん飼える犬はたくさんいる。ただそれを結びつける手段がないのが残念だと思うのだ。

管理人自身、保護犬の里親になっているわけだし、周りに保護活動をしている人も多いので、犬を手に入れる手段はペットショップだけじゃないということを当たり前のように知っている。だが、こういう活動があることを、知らない人って多いのだ。姫を見て「いくつですか?」と訊く相手に「さあ、成犬になってからもらったから、7歳ぐらいだと思います」と答えるたびに、すごく驚いた顔をされてしまうのだ。

家を失った犬を引きとって育てること。とくに成犬を引きとって、うちのコにするということが、この国ではまだまだ珍しいことなんだよな、とそういう体験をするたびにつくづく思う。そして、それじゃいけないんだよな、とも思うのだ。

みんなが飼ってるから、逆に珍しい犬だから、顔が好きだから、体型が好きだから、犬を飼う理由って人それぞれなんだろう。だが、一番大切なことは、自分に合った犬なのか、けっきょくはそこのところなんじゃないのかな?

だから、犬を飼いたいという人に会うたびに、その相手が管理人より年上だったりしたときは、ついついひと言いいたくなるのだ。あなたにまさにぴったりの、のんびり楽に暮らせる犬が、たくさんお迎えを待ってるんですよ。断られるかもしれないけど、それでもダメもとで、そういう犬を引きとりたいって手を挙げてみたらいかがですか?

テーマ:わんことの生活 - ジャンル:ペット

23:55:57 | 管理人の独り言 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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