生きる
2007 / 07 / 23 ( Mon )
以前記事にした横内さんの訃報を聞いた。

ずっと忙しくて、他人のサイト周りを怠っていたため、ずいぶん経って知ったのだが、苦しまず、まるで眠るような最期だったそうだ。小学生になったばかりの小さなお子さんを残して逝くのは、さぞや無念だっただろうが、たくさんの仲間に囲まれて一生懸命生きた人生は、短かったけれどすごい生き方だったのだと、管理人は思っている。それでもやはり、同世代の人の訃報を聞くと心が痛む。

横内さんが訴え続けてきたことって、人としてごく当たり前の権利なんじゃないかとつくづく思う。病気になっても、子どもいっしょにいたい。そのために病院内に育児ルームを作って欲しいというのは、病気になった親ならば誰でも普通に望むことだ。さしずめ、管理人ならば、病院内にケンネルを作れって大騒ぎするようなものだ。大切な家族のそばで病気と精一杯闘いたい。それを望むことは、贅沢でも何でもないはずだ。

参議院選まっさかりで、連日候補者やら政党の党首がマスコミに登場してはせっせと政策を訴えている。年金問題も大事だし、憲法9条の話もけっこうだが、ほんとうに今すぐ助けを必要としている人に、国がまず手をさしのべるのが先決なんじゃないかなと管理人は思っている。

格差社会をなくせ! と叫んでいる人も多いが、格差はあって当たり前なのだ。この国は自由主義経済の政策をとっているのだから。富める者と貧しい者が同居しているのは当然だが、ほんとうに底辺にいる人たちが最低限のニーズも満たされないというのは文明国としてはやっぱり恥ずかしいことだと管理人は思うのだよ。最低限の食べ物とか、住むところとか、医療とか、そういうものが手に入らない人がたくさんいるというのはやはりおかしい。逆に金がありあまって困っている人たちは、下らない物を買ってそれを見せびらかすのに心血を注いでいる。そんな国は決して美しい国ではないと思う。

病気治療をしながらも、家族といつもいっしょにいたい。これは親なら誰だって望む基本的なニーズだ。そのニーズが満たされていないことを、知っている人はそれほどいない。きっとそういうニーズがあることじたい、自分が病気になってみないとわからないからなのだろう。

たまたま横内さんという人の存在を知って、そういうニーズがあると知ることができたことを、管理人は嬉しく思う。だから、より多くの人に、そういう満たされないニーズがあるのだということを知ってもらいたいと思う。

横内さんは、もうこの世にはいないが、その思いは受け継いでいきたいなと思うのだ。

生き物である以上、命には必ず終わりがくる。どういう風に生きるか、何を遺せるか、たぶん人生の価値ってそういうところで決まってくるんだろうなと横内さんの一生を見ていてつくづく思う。

たくさんのものを遺してくれた横内さんのご冥福をお祈りします。そして、大切なママをこんなに早く亡くしてしまった永遠くんが元気に成長してくれることを願ってやまない。

合掌

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