教育の目的
2007 / 02 / 24 ( Sat ) 人間界の教育の最高峰がたとえば東大だとしたら、犬の世界で最高峰といえばJKCが発行するCDXのタイトルだろう。犬のトレーニングに詳しい人ならば、CDXを持っている犬といったら、もうそれだけで羨望のまなざしで見られるのだ。まっ、うちの犬たちがどこにでもいるフツーの犬だとしたら、CDXを持っている犬はスーパードッグみたいなもの、そんな感じに思ってもらえばいいだろう。
で、このCDX、ほんらいはトレーニングを頑張ったご褒美に与えられるものだと管理人は思うのだが、じっさい世間にはCDXをとるためにトレーニングする人がいる。なかにはCDXをとるために犬を吟味して選ぶ人もいる。なんだか本末転倒と管理人は思うのだが、犬の世界もいろいろあって難しい。 日本では最近褒めてしつける「陽性強化」トレーニングが花盛りである。叱るより褒めろ、とにかく犬の良いところを探して褒めまくれというのが「陽性強化」トレーニングの骨子なのだが、同時にこの方法は「犬が自らこうしたい」という判断力を尊重するという一面も持っている。どの状況で自分の犬がそういう判断を下すかを見極めるには、自分の犬を知らなくてはならない。つまり、「陽性強化」トレーニングは自分の犬の性格、嗜好、個性を理解しない飼い主には使えない方法なのだと管理人は思うのだ。 犬にはそれぞれ個性がある。うちの3頭だけ見ても、それぞれに得意なこと苦手なことはまちまちだ。たとえば、学習能力が極めて高い優等生犬だったDJだが、じつは落ちつきがなくてマテが何より苦手だった。逆に頑固でマイペースなカイザーは、新しいことを覚えるのは不得手だが(たいてディーの3倍くらいの時間がかかった)、一度覚えたことは確実に実行する安定性の高さが自慢のコだ。姫の場合は、もしパピーの頃からきちんとやっていれば、おそらくディーと同じくらい新しいことをどんどん吸収するであろう高い学習能力を持っているが、一番の売りはやはり勘の良さ、深い思考力に基づいた状況判断の確かさだ。 だから、同じトレーニングでも3頭それぞれのやりかたがある。一番喜ぶご褒美も犬によってちがってくるし、褒め方、叱り方もそれぞれの性格によって変えていかねばならない。たとえば、ディーで成功したやりかたをそのままカイに応用しても望むような最高の結果は得られない。逆にカイに教えるようなやりかたで、ディーの訓練をしてしまったら、おそらく想像を絶するような結果が待っているだろう。 それぞれの犬に一番あったやりかたがある。ゆえに一般飼い主が行う「陽性強化」トレーニングはどうしても時間がかかってしまうのだ。なぜなら、まず最初にその犬に一番あった方法を探しだすことから始めなくてはならないからだ。 で、最初に書いたCDXの話だが、CDXの受験突破をトレーニングの目標にした場合、果たして陽性強化が最高の方策なのか、じつは専門家のなかにも疑問視する人はいる。たしかに、3歳までに、それも一発合格を狙ってCDXをとりたいと思ったら、犬によってはともかく力ずくでも科目のコマンドを教え込んだほうが近道なのかもしれない。もし、トレーニングの目的がCDXをとることならば、たしかにそういう方法もあるのだろう。だが、ほんらい犬にコマンドを教えるというのは飼い主と犬が一緒に暮らしていくためのツールであって、それが目的ではないはずだ。うちの犬は50コのコマンドを知っていますと自慢したいがために犬を飼うなら別なのだが、ふつうの飼い主は、犬とコミュニケーションをとる手段として犬にコマンド(共通言語)を教えていくものだ。 以前、一度だけうちの犬たちの具合を専門家に見てもらう機会があった。トレーニングというよりは、うちのコたちのようすを見てもらって、改善できる点があればやりかたを教えてもらうのが目的だったのだが、そのとき管理人は非常におもしろい体験をした。カイの呼び戻しを見てもらうとき、カイにスワレ、マテをさせて管理人が少し離れたところから名前を呼んだところ、カイが走ってくるようすを見て「もっと楽しそうに張り切って走らせないと! もう一回!」とダメ出しを受けてしまった。 たしかに、カイの走るようすはふつうの人の目から見るとノタノタやる気がなさそうに見えるのだ。だが、ふだんの奴を知っている飼い主の目から見ると、そのときのカイはものすごく張り切ってふだんの何倍ものやる気を出して走っていた(管理人が手に持ったレバーを振り回したのは言うまでもない)。ところが、ジャッジの視点を通した専門家の目から見ると、ふだんの数倍やる気があるカイの姿も、減点対象になってしまうのだ。 (しつこいけど、つづきはまた明日) |
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