日本の動物保護活動
2006 / 12 / 01 ( Fri ) たまたま先日夜のニュース番組をぼーっと見ていたところ、ベンジーの新作映画のプロモーションでベンジーシリーズを撮っているジョー・キャンプ監督がインタビューを受けていた。
管理人は知らなかったのだが、ベンジーの映画に出ている主役の犬たちは、代々シェルターから引きとられた保護犬だということを皆さんご存じだろうか? 監督のジョー・キャンプという人は、保護犬譲渡推進派で、レスキューされた犬の宣伝のために、ベンジーシリーズの主役はシェルターから引きとった犬に限定しているのだそうだ。またその方針を貫くために、ヒット作のシリーズであるにもかかわらず、ハリウッドの大手映画会社と契約を結ぶのではなく自主製作で映画を作り続けているのだという。 ちなみに、ネットの情報によると、今回のベンジー役に決まったコは何年か前にミシシッピーで徘徊しているところを地域のシェルターに保護された捨て犬で、主役犬候補を探して米国中のシェルターをまわっていたキャンプ監督の目に留まり、数ヶ月後に彼のもとに引きとられて演技のトレーニングを受けることになったのだそうだ。 アメリカでは、レスキューされた犬が映画やドラマや舞台で活躍する話は珍しくない。少し前に日本でも公開されたディズニー版「南極物語」の主役のハスキー犬たちもすべてシェルターから引きとられた犬たちだし、有名なブロードウェイミュージカルの「アニー」に登場する準主役サンディーを演じる犬も、代々その多くが各地のアニマルシェルターに収容されていた捨て犬や放棄犬だ。 先日紹介した捨て犬に関する本に、たまたまこのサンディーのトレーニングを担当した舞台専門のアニマルトレーナーの話も載っていたのだが、いまや彼はニューヨーク近辺のシェルターではちょっとした有名人で、舞台向きのコが保護されると「良いコが来たのでちょっと見に来て」とシェルターのほうから連絡が来るのだそうだ。 なぜ、わざわざ保護犬を映画や舞台の主役として使うのか? それは、アメリカでもいまだに、捨てられる犬の数に対して保護犬を引きとってくれる人の数が極端に少ないからだ。欧米ではノーキルが実現されていると勘違いしている人が多いのだが、じっさいほんとうの意味でノーキルを実践している国は、管理人の知るかぎりドイツだけだ。それも犬の飼い主に課税することでなんとかシェルターの維持費をまかなっているのが現状で、動物愛護の先進国であるイギリスですら、いまだにノーキールは夢物語だし、ましてやアメリカなどは日本と五十歩百歩の状況なのだ。 ケーブルテレビの普及で、日本でもアニマルプラネットなどのアメリカの番組が身近になった。とくにアニマルポリスの名で有名なSPCAの活動は大々的に宣伝されているせいか日本にもアニマルポリスを!という運動が国内でも盛んに行われるようになった。 管理人は別にこの国にアニマルポリスを、という運動に反対しているわけではない。動物虐待を専門的に取り締まり、放棄犬などを一時保護してくれる団体があるのに越したことはないと思っている。だが、日本にSPCAのような団体ができたとしても、社会が何も変わらなければ、何の効果もないと管理人は思うのだ。 たとえばきちんとしたシェルターがないために、救えるはずの命が救えないという保護団体関係者の話をよく聞くが、じゃあシェルターがあればすべての命を救えるのかというと、決してそんな甘いものじゃない。じっさい各地に公営私営を含む複数の動物シェルターがあるアメリカでは、現在も毎年300万頭以上の犬が飼い主を見つけられずにシェルターで殺処分になっている。むろん、日本のようにガス室送りではなく注射による安楽死であるぶん多少はいいとしても、年間300万頭という数は、国土の広さや人口を考慮しても、日本の160万頭と比較して決して少ない数字とはいえないだろう。 日本に比べて、成犬も含め保護犬譲渡の知識が一般に普及しているアメリカでも、初めて犬を飼う家庭のうちシェルターから犬を引きとる人の割合は20%以下というのが現状だ。マスコミを通じて活動家がせっせと宣伝してまわってもこのありさまだ。いわゆるアニマルポリスの活動以外は知らない人も多いかもしれないが、SPCAは小学校などを通じて地域の子どもたちへの啓蒙活動にも力を入れている。SPCAだけではなく、アメリカにはAHSなどの全国規模の動物愛護団体が精力的に活動している。にもかかわらず殺処分数は決してゼロにはならないのだ。 ましてや子犬崇拝、純血種崇拝、妙な迷信が残るペットブームの日本でノーキルを唱えている人たちはこの現実をほんとうに判っているのだろうか、と管理人は思うのだ。たとえば保護した犬を、たとえ安楽死であっても殺処分にしたなどといったら、日本中から抗議の電話やメールが殺到するだろう。だが、皆さんが大好きなアニマルポリスのSPCAのシェルターでも殺処分は行われている。高齢だったり、病気や障害を負っていたり、矯正が難しい問題行動(攻撃性など)を抱えていたりで新しい飼い主が見つけられないと判断された犬の多くは、シェルターに入って数日で安楽死させられる。それをひどい、非人道的だと騒ぐのは勝手だが、ならば現実問題として毎日次々と入ってくる放棄犬を受けいれるのに限られたスペースと人員しかない状況で、他に選択肢がありますか? 先着順で、どんな犬でも助ける代わりに明らかにすぐに飼い主が見つかるであろう犬たちを見殺しにするのですか? べつに管理人だって安楽死を推奨しているわけではない。だが、現状を見れば是認しなくてはならないと思っているだけだ。ノーキルが実現されるなら、それはそれで喜ばしいことだが、少なくとも管理人が生きているあいだにそうなることはありえないと思っているのだ。 なぜまた管理人がこうして吠えているかというと、広島の一件が妙な方向に向かっていくのを眺めていて、ほとほと嫌気がさしているからだ。以前の記事に書いたように管理人はべつにアークエンジェルスという団体とはなんの縁もゆかりもない人間だし、それがどういう団体であろうが、実態がどうであろうが、個人的にはまったく興味はない。ネット上で噂されるこの団体の悪行についても、それが真実なのかどうか判断する材料を持たないし、そんなことより、いまでも広島の現場に残っている犬たちの将来が心配なだけだ。 非常に厳しい話をするが、たとえばアメリカのSPCAの基準ならば、あそこにいる犬は、おそらくほぼ全頭が見つかった時点で安楽死処分になっていた。人に飼われたことのない犬をふつうの家庭犬にするためには、プロの手を借りてもそうとうの時間がかかるのだ。家庭で飼うことのできるレベルにまで持っていってから譲渡をしようとしたならば、数年単位の時間がかかる。 だが、この国では、その犬たちを何とか生かしてやろうと決めたのだ。いったん助けると決めたのに、なぜ2ヶ月後には、こんな騒ぎが起こるのだろうか? 日本人はほんとうに短気な国民なのだと、今回の広島の件を見ていて思った。ほんの2ヶ月前には猫も杓子も広島、広島と騒いでいたくせに、いまはAAバッシングに皆が心血を注いでいる。最初から犬など嫌い、動物保護活動の撲滅を訴えていた人ばかりならいざ知らず、ほんの少し前には「広島のコを救え!」とコブシを振りあげていた人たちまでバッシングの輪に加わっているのを見ると、なんだかなぁ〜と思うのだ。 メルヘンを信じていた人たちには申し訳ないが、もともと500頭もの犬の処理が問題なくできる保護団体など、いまのこの国には最初から存在しないのだよ。マザーテレサのように犬のレスキューに人生を捧げる人もおそらく存在しない。たとえいたとしても、きちんとした組織を持たない個人がいくら頑張っても、500頭もの犬に新しい飼い主を見つけるなんてことは数ヶ月でできることではないはずだ。 それでもじっさい数百頭の犬に新しい飼い主が見つかった。その点に関しては、AAの功績としてきちんと認めるべきだと思う。それが可能になったのは、まだまだふつうの家で飼うにはたいへんな犬たち(室内で飼うトレーニングをまったく受けていない犬を飼うのは決して楽なことではない)を引きとって、必死で頑張っている多くの新しい飼い主さんたちのおかげなのだ。 AAをバッシングするのは勝手だが、その結果、広島の現場から犬を引きとっていったほんとうの善意の人々が、肩身の狭い思いをするのはおかしいと管理人は思っている。いまでも、寒いなか、あの現場に通って、犬たちの世話をしている多くのボランティアさんがこそこそしなくてはならないのは、ぜったいにおかしいと管理人は思っている。 そしてAAバッシングの結果として、あそこにまだ残っている犬たちのチャンスの芽を摘むことは決してあってはならないことだと思っている。だって、いったんは助けるって決めたんでしょ? だったら、最後まで責任持ってやるべきでしょう? システムがあっても、組織ができても、社会が変わらなければ何も変わらない。 アメリカのSPCAは今年創立140周年を迎えた。AHSができたのも100年以上前のことだ。多くの資金や人員を持つSPCAやAHSのような全米規模の組織力のある団体が一世紀以上も心血注いで活動して来た成果が毎年300万頭の殺処分という現実をいいかげんきちんと認識しませんか? ましてや日本の動物レスキューなんて始まってまだ半世紀にも満たないのだから。 テーマ:【緊急」広島ドッグパークレスキュー450頭 - ジャンル:ペット |
|
| ホーム |
|

