地域密着型生活
2006 / 11 / 08 ( Wed )
昼近くに、のんべんだらりと犬たちを連れて散歩をしていたところ、車で道に迷っていたオバサンに話しかけられた。

「この辺に○○さんって家、ありませんか?」

聞いたことのない名前だったので、知らないと答えるとオバサンはとっても困った顔でこういった。

「おかしいわね。ぜったいこの辺りのはずなんだけど……」

ふつう、「○○さんのお宅知りませんか」「知りません」で話は終わるはずなのだ。だが、オバサンは知らないと答えても許してはくれなかった。

「ぜったいこの辺だと思うのよ。来たらわかるって思ったんだけど」

「住所とかわからないんですか?」

「わからないのよ。でも来ればわかるって思っていたから」

「どういううちか、とか何か他にわかることはないんですか?」

「養鶏場やっているんだけど……」

このオバサン、何年前の話をしとるんじゃい!?

犬猫屋敷の周辺は腐っても東京23区である。たしかにいまだに無人野菜販売所があるし、そこここに畑が残っていたりするが、養鶏場があったのはさすがに四半世紀ほど前の話である。バブル以降土地の値段が高騰したせいで、この辺りでも農家はたいてい土地を売って、いまは小ぎれいなマンションや建て売り住宅に変わっている。おそらく道を歩いている人のほとんどは、高級住宅地の名前に騙されてもとの畑に建ったおしゃれな建て売り住宅に引っ越してきた人ばかりだ。このあたりに養鶏所があったことを知っている人などほとんどいないはずなのだ。

「農家で鶏飼ってたのは、もう20年以上前の話ですけど」

「そうそう、それくらい前なのよ」

25年前の記憶をたよりに、行けばわかると信じている時点で、恐ろしくいい根性をしたオバサンである。少なくともこの10年ほどで、この辺りの景色は一変している。20年以上経てば、家も建て替えるということをこのオバサンは知らないのだろうか?

たまたま一軒、近所で昔鶏を飼っていた農家がいまも残っているのを思いだし、とりあえずその場所を教えると、オバサンは、ようやく許してくれた。それが探していた○○さんの家だったかどうかは知らないが、あそこまで曖昧な情報をもとに探している以上、これで見つかればめっけもんといったところだろう。

道に迷ったときに犬連れの人に道を訊くというのは、管理人もよく使う手だ。犬を連れて歩きまわっているということは、地元民である確率が高いし、何より犬飼いというのは、毎日愛犬を伴って無駄に近所を徘徊しているせいでやたらと地元のことに詳しいのだ。住所や名前は知らないことも多いのだが、家の形や色や庭の感じなどはたいてい頭の中に入っている。ついでにゴールデンを飼っている家などの追加情報をもらえれば、管理人なら我が家の近所、半径1km圏内の家ならばたいていそこを言いあてることができる。

ツチノコ兄弟をひきとる前、DUKEが死んでから犬なしだった10年ほどのあいだ、管理人は自分の家の近所のことにまったくもって疎かった。朝会社に行って、夜遅く帰ってくるような暮らしをしていると、家はただ寝に帰るだけの場所になってしまう。子どもも犬もいなければ、休みの日にも近所を歩きまわることなどないし、近所に誰が住んでいるかまったく知らない状態で暮らしていたものだ。

だが、犬を飼うようになってからそんな生活が一変した。ツチノコ兄弟が人間大好き、ちょっとでも目が合うと撫でておくれと積極的に近づいていく愛想のいい犬だったこともあって、犬を飼っている人だけに限らず近所に知りあいがたくさんできた。

犬を飼うと飼い主の生活も変わる。まったく予想していなかった人間関係が広がるのもまた、犬を飼う楽しみのひとつかもしれない。

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テーマ:わんことの生活 - ジャンル:ペット

15:20:35 | 管理人の独り言 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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