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ウン○についての一考察

とつぜんですが、お宅のお犬さまは、ウン○をするときくるくる回って場所探ししますか?

現在うちにいるコたちは、出たくなったらその場でブリっとのストレート方式なのだが、以前飼っていたデュークは、くるくる周りながら慎重に場所を選ぶ回転方式だった。

当時は、犬というものはすべて回ってからウン○をするもの、と管理人は思いこんでいた。だから、最初にツチノコ兄弟が我が家にやってきて、いきなりしゃがんでその場でブリっとしたときは、雷に打たれたような衝撃を受けたものだ。

なんだ、こいつら!? どうしてウン○の前に回らないのだ!?

じつは出稼ぎ帰りの電車のなかで、ぼーっと夢想状態になっているとき、ふと頭のなかがウン○で一杯になってしまったのだ(←ものすごぉ~く嫌な言い方だわね)。

なぜ、ウン○の前に回るコと回らないコがいるのだろうか? そういえば、ツチノコ兄弟や姫だけではなく、大勢いる管理人の隠し子のなかでいま、回るのはポセだけだよなぁ~ 世間一般のトレンドとして、回りウンはすでに時代遅れなのだろうか? ナウなヤングはその場ウンとか、そういう風に決まっているのか? もしかして遺伝性のものなのか? そういえば、ツチノコ兄弟の同腹犬はみんなどうなんだろう? 犬種によるちがいはあるのか? たとえば右回り、左回りとかお作法があるのだろうか? 子犬の頃はストレート、成犬になると回りウンなんていうケースも存在するのか? 

犬の回りウンについて学術的に研究したレポートなどがあるならば、ぜひ読んでみたいなと管理人などは思っている。獣医学部の学生さんのなかに、「回りウンと犬種についての一考察」みたいな卒論を書いている人はいないのだろうか? たとえば、世界を旅して犬のウン○ポーズを研究している人はいないのか!?

サイエンティスト(←じつは思いきり文系なのに?)な管理人としては、回りウンとその場ウンの科学的理由が知りたいのだよ。統計的に、現在の日本ではどちらの率が高いのか、ぜひとも検証してみたいのだ。

たとえば、管理人の周りだけを見渡すと、確実に回りウンの比率は減っている。もし、このペースで回りウン犬の数が減り続けるのなら、回りウン犬というのは、近い将来絶滅危惧種に指定されるかもしれない。

少し暇ができたら、アンケートでもとってみるかな。いきなり、あちらこちらのサイトに書き込みしに行って、「あなたのワンちゃんのウン○スタイルはどちら? ぜひアンケートにご協力くださいm(_ _)m」って言って回ったら、やっぱり嫌われちゃうだろうか?

でも、やりたいな。マジでやりたいな……

もう少し暇になったらね……

きっと、やっちゃうな(^o^)

きょうのひと言 出すなら、回れ?!


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お食事中のかた……ごめんあそばせm(_ _)m
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テーマ : 犬との生活
ジャンル : ペット

お猫さま

先週末、東京がいきなり寒くなった時期に、バァバが旅行に行ってしまった。チビ姐さんは、2Fで暮らす他の猫たちとしごく折り合いが悪いので、いつも1Fの仏間兼茶の間でひっそりひとりで暮らしている。その姐さんのお宅を温めておくのが、毎晩茶の間で夜更かししながらテレビを観ているバァバの役目である。ところが、急に寒くなったときに肝心のバァバがいないということで、我が家は一時騒然となった。

「寒くて姐さんが風邪をひいたら、たいへん!」

姐さんほどの歳(推定年齢17歳)になるとたかが風邪でも命取りである。ゆえにうちの家族は、姐さんのためなら、誰もいない部屋でガンガンにヒーターをたくような真似を平気でする。地球温暖化防止に逆行するような行為だが、数千キロ離れた南極の氷より、我が家の老猫の体調が優先されるのは、島国根性の塊の小市民としてはしかたがない。

だが、飼い主が、せっせとグリーンピースに怒鳴られそうな悪行を犯しているにもかかわらず、姐さんときたら、

「きょうは、アンタの部屋で寝ることにするわ」

とさっさと犬部屋に入ってきた。本気で、きょうは管理人の部屋にお泊まりするつもりらしい。姐さんと一緒に寝るのはかまわないのだが、ここにひとつ重大な問題がある。盗み食いの天才姫が我が家に来て以来、管理人が眠ってしまって管理の目が届かないときは犬部屋のドアを閉めている。管理人はいったん眠ってしまったら最後、隣で核爆発が起きようとも目が覚めるようなたまではないからだ。

だが、老体の姐さんはトイレが近い。夜中にトイレに起きたり、特製オンドル(別名風呂のふた)に寝場所を移動したりと、自由に動き回れないと非常に機嫌が悪いのだ。

はて、どうするか?

姐さんだけ自由に出入りさせて、姫は閉じこめておく手段があるのだろうか?

むろん、管理人の頭は飾りについているわけではないので、いつものようにお脳の筋肉を駆使したところ、とても良い考えが浮かんだ。以前姫がぶち破った自家製ペットドア(こんなことがあったのね)をまだ完全に塞いでないという話は以前も書いたが、それを利用して、犬は出入り禁止簡易猫ドアを造りあげることに成功したのである。

ただし、完成まで1時間ほどかかったけど(涙)

姐さんが、我慢してくれればいいだけのことなんだけど(滝涙)

でも、姐さんがこうしたいといったら、てこでも動かないから。姐さんの仰ることには従うように、我が家の人間は17年間トレーニングされているから。

せっかく苦労して作った、猫専用ドアだが、けっきょく週末が終わりバァバが旅行から帰ってくると、姐さんはさっさといつもの茶の間に戻っていった。

「もうアンタの部屋には、用ないから」

冷たいね、姐さん。こんなに管理人が尽くしているのに……

でも、そんな冷たいところが猫の良いところなのだ。冷たくされればされるほど、姐さんに少しでも喜んでいただこうとついついご奉仕してしまう管理人なのである。

きょうのひと言 猫が通れば、道理引っ込む


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年甲斐もなく、紐にじゃれてご満悦のチビ姐さん
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テーマ : ★ 犬と猫 ★
ジャンル : ペット

共通点

出稼ぎ先で同僚と昼食を食べながら、何となく、ヨーロッパのパンって顎が鍛えられるよね、という話になった。

彼女は2人の育ち盛りの男の子を持つ母である。で以前、海水浴に行った帰りの逸話を笑いながら話してくれた。

「車で帰る途中、子どもたちがお腹空いたって言いだして、そこにたまたまおしゃれなパン屋さんがあったのね。それで、何か買おうって入ったんだけど、けっきょくあるのはお菓子みたいな上品なパンばっかりで、そしたら主人が、『フランスパン買おう』って言いだして……」

「フランスパン?」

「そう、それも3本も」

「はぁ~?」

「こんなに美味しそうなパン屋さんに入って、なんでフランスパン3本なのよ、って思ったんだけど、子どもたちにそれ持たせておいたら、それをむしゃむしゃ食べながら、うちに帰るまでおとなしくしてられたってわけ」

似てる……

どっかで聞いたような話だ……

静かにさせておくには堅めの食物を与えておくとよろしい。柔らかいものだとすぐに食べ終わってまた騒ぎはじめる。その点、堅いものだと食べるのに時間がかかり、その間、食べることに集中していられる。

ついでに言えば、なかなか取り出せないようにゴムの入れ物などにいれて凍らせたりするとより一層……

「うちの姫ちゃん、お留守番が苦手なのね」

「へぇ~」

「分離不安の気があるから」

「そうなんだ」

「だからアタシが出かけるときなんか、そのまま置いていこうとすると大絶叫してたいへんなことになるの」

「ほぉ~」

「でね、おやつをあげて、それに夢中になっているうちにこっそり出かけちゃうんだけど……」

「もしかして?」

「長い時間集中できるように、ブタの耳を乾燥させたのとか、牛のひづめとかそういう堅いおやつを……」

「うちの子たちと一緒じゃない!?」(大爆笑)

世間には、こういうことを言うと「うちの子を犬と一緒にしないで!」とお怒りの方もいるだろうが、ここだけの話、人間も犬も子どものときはたいしてちがいはないのかもしれない。とくに、親も思わず絶句するようなやんちゃな男の子を育てている友人の話を聞くと、まるでレトリバーのパピーを飼ってるのと同じだな、と内心思う。

ちょっと目を離すと、とんでもないことをやらかす。想像を絶する悪戯を思いつく。常に好奇心の塊で、ともかく落ちつきがないと親や先生を嘆かせる。だが、そういうパピーに限って、巧く育てていければ最高の犬に成長するのだ。おそらく人間だって同じだろう。

そういえば、ラブをパピーから飼っていて「そんなに手はかからなかったわよ」と余裕の発言をかます飼い主さんに尋ねると、男の子ばかりの3人兄弟を育てあげた母なんて話はよく聞く。そういう人に言わせると、ラブの奇想天外な悪戯ですら、「うちの子たちがやったことに比べると屁のカッパ」ということになるらしい。

人にはそれぞれ向き不向きがある。レトリバーの明るすぎるぶっ飛んだ性質を「可愛い」と思うか「たいへんだ」と思うかは、飼い主さんの生まれ持った性格とそれまでの経験によって変わってくるのだろう。

純血種が大好きな日本人。せっかく純血種を飼うのなら、せめて、見かけだけではなく、その犬種の持つ特性もちゃんと調べてから買いに行ってさえくれれば……

とくに、文字通り「いつでも里親募集中」状態でいつでも里親募集中に載っている、ラブやビーグルの顔を見るたびに、買うまえにちょっと時間をとって調べてみてくれたら……このコたちはここに載ることもなかったのだろうと思うだけで空しさのあまり深いため息をつく管理人なのだ。

きょうのひと言 調査数分、犬一生



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文字通り「可愛い悪魔」だった時代のツチノコ兄弟
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テーマ : 犬との生活
ジャンル : ペット

ちがい

風邪で寝込んでいたら、いつの間にか広島のサイトがリニューアルされていた。整理されて見やすくなって、まあステキ♪

というわけで景気づけに、流れる文字横編などを作ってみた。こんな感じ↓


必見! 広島ドッグぱーくの公式サイトがリニューアルされました。緊急レスキュー 広島ドッグぱーく崩壊をご覧ください。


で、今回もコピペだけで使えるソースをご紹介↓



上下に流れるのとちがって、今回は自分で書き直すのも簡単だし、<--○○ここから-->から<--○○ここまで-->のあいだの文字を置き換えれば自由にメッセージを書き換えられるので、迷子犬の飼い主捜しとか、保護犬預かっててこのコをぜひヨロシクねとか、はたまた今夜の夕飯のおかずをネットで公開とか、まあお好きなように加工して使ってみてくんさい。

で、広島に飽きた世間では今度は崖っぷち犬なんてものが流行っているらしい(←きのう、お父さんのためのワイドショー講座を見て始めて知った世捨て人)。崖に取りのこされたから崖っぷち犬って、なんだか洒落にもならない話だが、たった1頭の犬の救出にマスコミが飛びついてそれを連日放映しているあたり、平和国家日本を象徴するような心温まる現象だ。その陰で、毎日何十匹もの犬や猫がガス室で処分されているなんて事実も同時に報道してもらえると非常にありがたいことなのだが、そのような痛すぎる現実を、心優しい一般大衆の皆さんがご覧になるワイドショーなどの時間帯に放映するのは、やはりはばかられるのだろう。

幸いテレビで有名になった崖っぷち犬に対しては80人を越す人から、ぜひ引きとりたいという申し出があったらしい。まったくマスコミの力というのは恐ろしいものだ。広島のときも思ったのだが、マスコミが報道すると、とたんに犬を引きとりたくなる人が増えるのはいったいどうしたことだろう? そういう人の一部でも、地元のセンターやレスキューグループに犬をもらいに行ってくれれば、殺処分される犬猫を数匹でも救えるのだが。ぜひこれを機会に、ペットを飼うなら、まずは保護動物のなかから探すというのが一種の流行になってくれればいいんだがね。

これまた広島のときも思ったのだが、せっかく犬を引きとろうと来てくれる人たちに対して、あなたにはあげられません、ハイさよならというのは実にもったいない話だ。少なくともその気になって来ているのだから、少し洗脳おっとちがった、広報活動してから帰すとか、そういうことってできないものか。

業界マインドの染まりきった管理人などは、何とか犬をもらってもらうために犯罪すれすれの手段とか考えついてしまうのだよ。今回、崖っぷち犬に応募してきた80人をとりあえずどこかの部屋に閉じこめて、保護された犬と暮らすすばらしさを延々説いて聞かせたあと、そのときセンターに来ている犬たちとご対面してもらうのだ。そして、「もらいたい」と言うまでそこから帰さない。いわゆる悪徳商法の手段だわな。

じっさい、ただもらってもらうだけならこれでいいのだ。法外な値段で布団を売りつける悪徳業者も、安価でパピーを売っている悪徳ペットショップも、売りさえすればそれでいい。売ったあと布団や子犬がどうなろうが、知ったことではないわけで、そこが保護活動と商売の大きなちがいだ。

もらってもらい、なおかつ一生大切に飼ってもらう。そのためには、アフターケアーもしなければならないし、そのためには相当数の人手がいる。問題行動が出たときには、それに対処できる専門知識も必要だ。

少人数の仲良しグループでやっている自称保護団体に、ほんとうにそれができるのか。あれこれ考えていると、動物の保護活動って難しい、けっきょくこの国では、レスキューじたいがまだスタートラインどころか、それ以前のところでもたもたしている状態だなと思いつつ、深くため息をつく管理人なのだ。


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テーマ : 【緊急」広島ドッグパークレスキュー450頭
ジャンル : ペット

クリスマス気分……それが何か?

Thanks Givingのホリデーもようやく終わり、犬猫屋敷もすっかりクリスマス仕様に衣替えである。

なぜかこの国では11月に入ったとたんイルミネーションがキラキラしているが、アメリカ人の友だちに言わせると「Thanks Givingの前にクリスマスツリーなんてぜったい変!」ってことになるらしい。

まっ、管理人は正月には神社に初詣、死んだらあの世で成仏する典型的な日本人なんで、んなこたぁ~どうだっていいんだが……

ともかく、このテンプレートを見たとたん、管理人は一目で気に入ったのだ。世間が赤や緑で華々しくシャンシャンやっているときに、ひとりひっそりとモノクロってあたりが、管理人のツボを刺激した。

反骨精神の人、犬猫屋敷の管理人。まっ、有り体に言えば単なるへそ曲がりなのだが、他人のことはほっといて……ホント。

で、クリスマスといえばクリスマスケーキだが(←反骨精神の人にしては安直な話の展開)、お友だちのつむぎちゃんが季節限定のケーキショップをオープンした。このショップでケーキを買うと、売り上げの一部が津波で親をなくしたスリランカの子どもたちの教育のためのゾウさん基金に寄付される(ゾウさん基金についてはこちらを)。

管理人はスリランカじたいには行ったことがないのだが、ダイビング旅行の経由地として何度か空港には降りたことがある。いまだに爆弾テロなどもある政情不安な国だが、自然が残っていて人々は素朴で、日本に比べると時間がゆったりと流れるとても穏やかで良いところだ。そして、日本に比べると信じられないくらい貧しい国のひとつでもある。

ゾウさん基金の報告を読むと判るが、こんな金額で子どもの学費がほんとうにまかなえるのか!?と思うような少額でも物価の安い国で暮らす彼らには大きな支援になるのだ。

2年前にスリランカで津波の被害が出たとき、ご多分漏れず世界中から多くの物資や義援金が集まった。その多くは当初の災害支援として使われたが、じっさい災害復興というのは時間がかかる。神戸の大地震のときもそうだったが、世間が忘れかけているときにまだ、仮設住宅で暮らしている人は山ほどいた。当時、関西に住んでいた管理人は、東京に帰ってくるたびに世間の認識の温度差を感じたものだ。

こういう長い目で見た援助活動というのは正しいやりかただな、と思うし、とくに○○の店のでなきゃ嫌っというのでなければ、どうせケーキを買うのなら、その一部でもそういった活動に回されるのならそのほうがいいな、と管理人などは思うのだ。

だから予約しちゃった、しょこらすってんてん(正式名称ショコラ・シュンッテンですって(^_^;))ほんとうはモンブランが良かったんだけど、妹にあっさり却下されたし(涙)

クリスマスイブ当日に、寒空のなか長蛇の列に並んでケーキを買うより、当日宅配便が届けに来てくれるのも嬉しいし。ぜひとも、クリスマスケーキをお求めの際は、つむぎ工房特設ケーキショップをヨロシクですm(_ _)m


チョコレートケーキじゃ、アタシ食べられないじゃないのよ、ムカツク!
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テーマ : わんことの生活
ジャンル : ペット

Are you ready?

熱で寝込んでいるあいだに、ディーの夢を見た。

とはいってもディーが元気だった頃の話ではなく、すでに夢のなかでもディーは死んでしまっていて、その遺骨を巡る冒険活劇みたいなものすごく妙な夢だった。なんでこんな奴が出てくるんだ? と思うような妙な配役で(たとえばトム・クルーズとか?)ともかく奇妙という以外感想がない夢だったのだが、最後にクローンのようにディーにそっくりな犬が10頭ぐらい出てきて、でも見た目はそっくりでもあれはディーじゃないんだ、ディーはもうこの世にいないんだ、と哀しくなったところで目が覚めた。

ディーはもともと雑種なので、ほんとうにそっくりな犬というのはこの世に存在しない。ふつうの人の目から見ると、カイはたしかにディーの色違いに見えるだろうが、飼い主の目から見ると、骨格もコートも、耳や目の形もまったくちがって、2頭はまったく似ていない。きょうだい犬のなかにはディーと見間違うほどそっくりのコもいるのだが、それでもディーという犬は死んでしまったあのコだけで、二度とディーと同じ犬に巡り会える日はもう来ないのだということを、奇妙な夢のなかで思い知ったような気がする。

ディーの死後、ゴールデンのハルちんがうちに遊びにやってきた。ハルはディーの母犬と同じ白っぽい色のコートなので遠目に見るとディーと同じ色に見えたのだろう。庭でハルとうちのコたちを遊ばせていたところ、ふだんは人見知りの激しいじぃじが乗って帰ってきた自転車を置くのもそこそこに庭にぶっ飛んでやってきた。

「ディーが戻ってきたかと思った!」

ふだんは、これ以上動物を増やすのはどうのこうのとブツブツ言うジィジだが、あの時期、もしディーによく似た毛色をしたゴールデンかゴールデンMixのコを連れてきたら、おそらく二つ返事で我が家で飼うことが決まったことだろう。ジィジもジィジなりにディーを溺愛していたのだ。

以前、保護団体のお手伝いをしているとき、愛犬を亡くした直後で(たしか1ヶ月ぐらい前と聞いたような気がする)また犬を飼いたいので、死んだコによく似た犬を探しているというお客さんと話をしたことがある。保護団体側の立場から言えば、条件に合致した理想的な飼い主さんではあったのだが、前の犬に比べると色がどうの、耳の形がどうの、と言っているのを聞いて、管理人は何となくしっくりしないものを感じてしまった。

けっきょく、これは、と思うコは見つからず彼女は肩を落として帰っていった。「これからもどんどん保護されるコは出てきますし、他にも色んなレスキューグループがありますから、ネットなどで調べて、ぜひこのコだというお気に入りの1頭を見つけてくださいね」帰り際に、そう言葉をかけたのだが、けっきょく彼女がそれからどうしたかは判らない。ただ、前の犬に似ているというだけで飼いはじめ、あとでちがった、失敗したと後悔していないことだけを祈るばかりである。

管理人が生体販売をしているペットショップ撲滅運動を繰りひろげているのは、親犬やきょうだい犬と一緒にいるべき月齢に1頭だけ引き離されてガラスケースに入れられるパピーが哀れでしかたないというのもあるのだが、衝動的に犬を手に入れられるというシステムに不安を覚えるからに他ならない。感情にまかせて犬を家族に迎え入れ、けっきょくは飼えなかったと手放す輩があまりに世間に多いのにうんざりしているせいもあるかもしれない。

管理人は、感情にまかせて犬を手に入れるのはまちがいだと思っている。それは可愛いであっても可哀想であっても同じことだ。感情というのはそのときの一瞬のものであって、ただ可愛い(可哀想)だけで飼いはじめた犬は、その後10年以上飼い主のそばで暮らしていかねばならぬのだ。衝動的に飼ったとしても、飼っているうちに愛情が湧いてずっと可愛がっていけるのならいいのだが、そうではないとけっきょく手放されて放棄犬となったり、飼ってはいるが、いるから仕方がないとおざなりに世話をされるだけになってしまう。それは、飼い主にとっても犬にとっても、非常に不幸なことだと思う。

管理人がせっせと成犬譲渡推進運動を進めているのはそのためで、可愛いいまの一瞬が勝負のパピーとちがって、成犬になると時間の単位が長くなる。ゆえにもらおうか、と検討を始めてじっさい引き取りに行くまでのあいだにその犬を飼うメリットデメリットをじゅうぶん吟味できるのだ。よく考えた末もらったコは、やはり当たりはずれが少ない。統計をとったわけではないのだが、パピーから飼った場合より成犬をもらうほうが保護団体への返却率もぜったいに少ないと管理人は思っている。

ふと思い返せば、きのうはディーの月命日だった。半年経って、ようやく管理人のなかでディーをきちんと見送る覚悟ができたのかもしれない。

管理人はディーのような性格の犬は大好きだし、ああいう長毛種のむくむくしたぬいぐるみみたいな犬が好みなので、もしかするとまたディーにそっくりのコを飼いはじめるかもしれない。だが、見た目や性格にディーとよく似たところがあったとしても、そのコはディーの代わりではなく、新しく我が家に来るまったく別の個体なのだ。

そう心の底から思えるようになったとき、次のうちに来るべきコを迎え入れる準備が整ったのかもしれないないな。奇妙な夢から覚めたあと、管理人はそんなふうに思っている。

ジィジが思わずマジダッシュしてしまったハルちん♪
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テーマ : ♪♪成犬万歳!!
ジャンル : ペット

管理人のうわごと

久しぶりに風邪を引いた。

数日前から咳が出て、夕方になると熱が出る。幸い祭日が入ったせいで二連休だったため、栄養のあるものを食べては寝腐る生活をしたせいか、少しずつ良くなってきているようだ。

人間、具合が悪いときは何時間でも寝られるのが不思議である。そういえば犬も調子が悪いときは、やたらと丸くなって寝ているが、身体を休めることで体調を健康な状態に戻して病気を跳ね返すというのはほんらい動物が持っている自然治癒力という奴なのかもしれない。

寝る前に葛根湯でも飲んでおくか、と家の薬箱をあさりにいったところ、たまたま、ばぁばが起きてきた。管理人が薬をあさっているところを見て、案の定いつもの説教が始まった。

「や~ね~、風邪引いたの? 困るわ~ なんで風邪引くのよぉ~」

べつに管理人だって好きで風邪を引いたわけじゃない。鬼の霍乱ってこともあるだろうが。

「寒くなってきたのにちゃんと布団をかけて寝ないからいけないのよ」

管理人は数日前から、ちゃんと4シーズン対応の優れもの寝袋(もちろんNASAが開発した新素材でできている)にくるまって寝ているさ。下手な布団とちがって毎晩ぬくぬくしているのに、それでも風邪を引くときゃ引くんだよ。

「それに夜更かしもするし。食事もちゃんととらないから。だいたいアンタはむかしから生活が不規則だから云々かんぬん……」

我が一族は幸いガン家系ではないのだが、万が一ガンになったらまちがいなく早期発見は無理だな、と管理人はつくづく思う。ばぁばにグジグジいわれるのが嫌さに、誰もが痛みや辛さを限界までこらえる習慣がついてしまっているからだ。病気になって熱でふらふらしているときに、なぜそういうことになったのか原因をあれこれ言われて小言を聞かされるほどウザイことはない。いまはとにかく薬を呑んで、寝袋にくるまってぬくぬく眠りたいのだ。

ちなみに、ばぁばが風邪を引いたときは、必ず正当な理由があると本人は主張する。親戚の○○おばちゃんが風邪を引いているのにうちに来たとか、電車で隣に座ったおやじがやたら咳をしていたとか。自分の場合は常に他人から遷されたにもかかわらず、他人が風邪を引くと生活習慣云々言い出す思考回路のおめでたさには、長年のつきあいながら呆れてものも言えなくなる。

管理人は医者が嫌いでめったに病院には行かないのだが、医者を敬遠するものまた同じ理由からだ。熱があってふらふらしているときに、○○したからいけないなどと延々説教を聞かされると、ただでさえ病気で辛いのにその場で天に召されたい気分になる。

だから管理人は自然治癒力に頼るのだ。幸いもともと丈夫なせいか、いままではたいていこれで治してきた。

犬の問題行動に悩んでトレーナーさんの元に駆け込む飼い主さんも、やっぱり同じ気分なんだろうな、と管理人は思っている。問題があるのは判っているし、その理由の多くが自分の飼い方に起因するというのも判っていても、それをわざわざ指摘されに行くのは気が重いという気持ちになるのだろう。他人のブログなどを読んでいると、これ、明らかにまずいっしょ? と思うことを平気でやっている人も見かけるし、そういう人に限って、その点を指摘されると、我を忘れて怒り狂う。そうとうまずい問題行動を抱える犬を飼っている人に限って、問題などない振りをしようとするのが常なのだ。

だが、残念ながら犬の問題行動だけは、虫歯と一緒で早いうちに処置しないとどんどん悪くなるだけなのだよ。もうダメだ、と医者に駆け込むときには、手のつけられない状況になっていることも多いのだ。

管理人はプロのドッグトレーナーに知りあいはいないので、こんな人がお薦めと名指しで紹介することはできないが、アメリカのドッグトレーナーの本を読んでいて、こういう人が理想だな、と思うトレーナー像みたいなものは持っている。日本のトレーナーというとまだまだ競技会用の犬や警察犬を育てる訓練士(アメリカでいうobedience instructor)が一般的だが、、ほんとうに困った多くの飼い主さんが必要としているのは、犬の問題行動専門家(dog behaviorist)のほうだろう。服従訓練というのは、たしかに犬の問題行動解決のもっとも一般的な手段ではあるが、かといって唯一の手段かというとそうではないと管理人は思っている。単純に言うと、obedience instructorは服従訓練を通して問題行動を直すのが仕事だが、dog behavioristのほうはいわばカウンセラーの役割を果たす。飼い主の話を聞き、犬と飼い主のようすを観察して、問題点を見つけだし、対処方法を決めて、必要ならばそれに対処できるobedience instructorやときには獣医(遺伝性の疾患が問題行動の原因になっていることもあるからだ)を紹介する。

日本ではdog behavioristという職業はまだ確立していないので、問題行動を専門とするドッグトレーナーさんがこの両方の役目をになっているのが実態だ。厳密に言えば、競技会やサービスドッグ専門のトレーナーさんとは別物なのだが、問題行動=トレーナーさんにつきないさいというと「うちはべつにオスワリやお手をさせたいわけじゃないから」とトレーニングに拒否反応を示す飼い主さんがわりと多いのは、残念なことだと思うのだ。

管理人自身、トレーナーさんにつかずに何とか自力で問題を解決してきたので偉そうなことは言えないが、やばいことになりそう、でも見ない振りしている飼い主さんに対しては、良いトレーナーさんを見つけて、ぜひプロに相談なさい、と管理人は勧めたい。たしかに管理人は自力で何とかしたが、けっきょく素人のやることなので何とかなったというレベルだし、やはり恐ろしく時間がかかってしまった。ほんとうに良いトレーナーさんに巡り会えていたら、きっとこの半分の時間でもっと成果が出ただろうな、というのはつくづく思うのだ。

dog behavioristは心理学カウンセラーと一緒で、相手を知り、状況を把握して、良い方向に導いていくことを仕事としている。むろん、最終的には問題点を指摘する形にはなるのだが、その犬と飼い主にあったトレーニング方法をアドバイスすることが役目なのだ。だから、いきなり「あなたは犬の群のリーダーになれていないから問題が起こるのです。強く対処しなさい」というだけではdog behavioristとしては失格なのだ。

前に読んだ本におもしろい話が書いてあった。アメリカで活躍するdog behavioristが、クライアントの家に行き、さまざまな質問をしているとき、「で、夜、犬はどこで寝ていますか?」と訊くと、ほとんどの飼い主が、申し訳なさそうに「ベッドで……わたしたちと一緒に?」と上目遣いでこちらを見る、と言うのだ。

犬をベッドやソファにあげてはいけない。これはアメリカでも一般的に言われている犬のしつけ方法である。問題犬を飼っている飼い主さんは、そんなことを言ったら怒鳴られるとでも思っているのだろう。

だが、じっさい犬と一緒に寝ている飼い主なんていくらだっている。ベッドで一緒に寝たから問題犬になるのなら、世界中が問題犬のオンパレードになってしまうはずだ。ベッドやソファに犬を上げないというのは、土足文化の国では象徴的な意味があって、飼い主が主導権を握って、ここは入ってはいけない部分、ここはOKとわけるのに判りやすいからやっているだけで、たとえば日本なら洋室はお出入り自由、ただし畳の部屋は不可なんてことでもいいはずなのだ。

ところが一般の飼い主はベッドで一緒に寝たからうちの犬はアルファになった、と思いこんでしまう。じっさい、そういうことを平気で言うベテラン飼い主やトレーナーも多いのだ。

だが、管理人は犬と一緒に寝たいのなら、みんなで一緒に寝なさいと言いたいし、ほんらい、優秀なdog behavioristであれば、一緒に寝てもかまわないから、他にけじめをつける何かを作りなさいとアドバイスするものだと管理人は思っている。

ともかく、トレーナーさんもいまや星の数ほどいるし、そのなかで、自分と愛犬にぴったりの良いトレーナーさんに巡り会えれば、ほんとうの意味でお悩み解決の糸口が見つかるだろう。だから、ひとりでこっそり悩んでないで、問題を見ない振りなどしないで、ほんとうに困ったときは、きちんとしたプロに相談しなさいと管理人は言いたいね。これはちがうと思ったら、次の人に相談して、そんなことを続けているうちに、そのうち正解はきっと見えてくる。

熱で頭がぼーっとしているので、景気づけにブタの靴下(←意味不明)
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テーマ : 飼い主の日常生活
ジャンル : ペット

墓場

我が家には犬グッズの墓場がある。

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こんなところ↑


「これひとつで、お悩み解消!」

「あんなにひどかった引っぱり癖が、嘘のように治った!」

てな広告の文句に踊らされ、ついつい購入してしまった矯正グッズの数々がひっそりと眠っている場所なのだ。

管理人は犬飼い歴十数年を誇るベテラン飼い主である。ふつう長く犬を飼っていれば、それなりに犬の扱いが巧くなるとか、何かの競技会で賞をとるとか、輝かしい功績のひとつやふたつ誇れる立場になってもいいとは思うのだが、十数年経ってもあいかわらず管理人はごくごくふつーのダメ飼い主で、唯一この長い犬飼い生活で学んだことは、グッズに頼るよりトレーニングのほうが問題行動の矯正には効果が高いということだけだ。

むろん、正しく使えば矯正グッズもたしかに即効性はあるのだが、長い目で見た場合、根本的に問題を直すにはやはり日々のトレーニングしかないのだな、とつくづく思っているわけだ。

たとえば、引っぱり癖に悩む飼い主さんの救世主として有名なジェントルリーダーはたしかに力がない人でも大型犬を扱えて楽なのだが、我が家の場合はジェントルリーダーをつけないとき、よけい引っぱりがひどくなった。おまけにジェントルリーダーをつけるたびに犬が尻尾を下げてとぼとぼ歩くので、けっきょく最後は使わなくなった。

その次に登場したのは、引っぱり癖矯正ハーネスとかいうグッズである。犬が前に出ると足の部分が絞まるという造りで、これなら絶対引っぱり癖が治ると妹が勇んで買ってきたものだが、ハーネスで擦れてしっかりハゲができ、おまけに引っぱり癖じたいはまったく治らず、こちらもあっさり墓場送りとなってしまった。

その後、引っぱりの衝撃を和らげるというリードにつけるゴムのエクステンションも買ったのだが(←すでに引っぱられることを前提にしているところにあきらめが感じられる)こちらも大型犬の強烈な引っぱりぶりに数ヶ月でゴムが伸びきって、まったく用をなさなくなった。

すっかり伸びきったゴムの図↓
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そのほかにも、ウサギの毛皮でできたおもちゃとか、いろいろ買って試してみたが(遠い目)……

ところが、すでに老犬の域に入った我が家のオッサン、オバサン犬たちだって、じつは日々進化を遂げている。苦節1年、せっせとおやつをお配りした甲斐あって(ずっとこんな感じでやっているのね)、最近では他に興味深いものがないときに限って(←ここ、重要なポイント)しっかり横について歩くようになった。もちろん、横についたときはアイコンタクトもバッチリだ。

「ほら、ちゃんと見てるわよ、早くおやつよこしなさいよ!!!!」

額に穴が開きそうな勢いで見つめられると、ついついおやつを差しあげてしまう気の弱い飼い主がここにいる。

むろん、彼らが横について歩くのもきちんとタイミングを計った上の戦略だ。20m先のマーキングポイントに到達する前に、何とかここで1コおやつをせしめておきたい。長年の経験から、犬もちゃんと学習しているのである。

犬にむざむざおやつをとられず、何とかマーキングポイントでも引っぱられずに済ませるよう、タイミングを計って褒め言葉を連発して犬との知恵比べに日々精進するふつーの飼い主なのである。

犬グッズの墓場に収納された「使えなかった便利商品」の総額はいったいいくらになるのだろうか? 

その金を貯めておいたら、牛レバーが毎食分買えたかもね。

それより、お散歩デビューのときからツケのトレーニングをちゃんとしておけばこんなに苦労することもなかったのだ。

世間には、失敗からしか学習できない人間もいる。犬グッズの墓場に収納されたものたちは、それを管理人にまざまざと見せつけてくれるのである。

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バツイチ

成犬譲渡推進活動をやろうと決めたはいいが、はてどうやるか? と考えるとなかなか考えがまとまらない。何せ、いまはまだ絶対的にパピー人気が高いのだ。そりゃ、パピーの可愛さは代え難いものがあるし、パピーと成犬を並べたら、そりゃ誰だって、いやぁ~かわいいぃ~パピーが欲しい♪ってなるのはとうぜんっちゃあとうぜんなわけだ。

生き物は子どものときが一番かわいい。かわいいと思ってもらって育ててもらわんことには生き延びられないのだから、かわいくできているのは自然の摂理なのだ。

だからさ、可愛さで売り込んだら成犬もらってくれる人が増えるわけはないわけで、いわば、お肌ピチピチのナイスバディーの二十歳のお姉ちゃんの横に管理人が並んで「わたしをもらってください」って言うようなもんでさ、最初っから勝負にもならんわけだ。

で、こう、かわいさで負けるなら、その分他の部分で売り込まねばならぬわけで、そこでアイデア勝負の管理人としてはいろいろ考えてみたわけだが……

日本の犬飼いさんの特徴として、自分の犬の父ちゃん、母ちゃんになっている人、すごく多いと思いません? ハンドルネームでもポチ母とかシロパパとか名乗ってる人ものすごく多いわけだ。これってつまり、犬は家族=世話して育てるもの=子どもっていう図式の上に成り立つ現象なわけで、それだけ見ても、犬はパピーから育てるのがとうぜんっていう日本特有の常識が見え隠れするような気がする。

ちなみに、ネットデビューを果たしたとき、管理人もHNを何にするか考えた。一番安直で判りやすいのは姫母とか姫ママと名乗ることだったわけだが、どうも姫の顔を見ていると母って感じはしなかったのだ。だってさ、姫はうちに来た時点で思いっきりオバサンだったし。管理人は飼い主ではあるけど、母じゃねぇ~よなってそんな感じがしたのだ。

この辺は、パピーの頃から育てているツチノコ兄弟に対してとはちょっとちがった感情かもしれない。ディーもカイも姫も管理人にとっては等しくかわいい我が愛犬だが、ディーやカイにとって管理人がいわば母代わりであるのに対して、姫にとっての管理人は母とはちょっと異なる存在のような気がする。

出会ったときにすでにおとなどうしだったわけだから、いわば大人の関係ってやつか?

パピーの頃から犬を育てるのは、子どもを育てるのと同じ感覚なのだと思う。餌を与え、元気なよい子に育つようしつけをして、その成長に目を細めるのはパピーから飼う楽しみだ。それとちがって姫のような成犬をもらうのは、大人になってから出会って一緒に暮らしはじめる結婚と同じ感覚なのかもしれない。それぞれにちがう背景を持った大人同士が、試行錯誤を繰りかえしながらひとつの家族になっていく。そういうおもしろさが成犬をもらう楽しさのひとつのような気がするのだ。

管理人には経験がないが、友人たちの話を総合すると、譲歩なくしては結婚生活は成り立たないらしい。一緒に暮らしはじめてみて初めてわかる「なんだ、こりゃ!?」という驚愕の事実に恐れおののき、やがてそれに慣れて、すべてがふつうのことになっていく。それが結婚生活というものらしいのだ。どちらかが一方的に相手に合わせるのではいずれ巧くいかなくなる。お互いが我慢と譲歩を繰りかえして、折衷案を見つけていくことで、やがて他人が家族になる。

成犬を引き取るのはそれと似たところがあるように思う。パピーとはちがって、すでに他の家族の一員として何年か暮らしてきたコたちは、知らず知らずのうちに前の家の流儀が染みついている。じっさい、姫が我が家に来てすぐの頃は「何やっとんじゃ、こいつは?!」と思うことが一度や二度ではなかった。そのたびに、うちではこうしなくてはいけないんだよ、こういう風にやるのが望ましいのだよ、と教えていくのが、成犬のしつけの主なものだ。

姫はその点あまり成績のよい生徒ではなかったが、前にペットとして飼われていた成犬の多くは排泄はトイレシートでしなくてはいけないとか散歩はリードをつけてするものだとか、ご飯の前にはオスワリをして待つとか、そういうことを当たり前のように知っている。それだけでもじっさいパピーから飼うよりはそうとう楽なことなのだ。むろん、成犬で新しい飼い主を待っているコのなかには、姫のように問題行動山積みで前の飼い主の手に負えなかったというコもいるだろう。だが、それでもぜんぶ一から始めなくてはならないパピーに比べれば、焦点をしぼってトレーニングできる分かなり楽だ。

トイレの失敗、盗み食いなどの悪戯、無駄吠え、散歩の引っぱり癖という問題行動のフルコースを抱えて我が家にやってきた姫を更正させたこの管理人がそういうのだからこれは信じてもらってもいいだろう。ついでに言えば、ツチノコ兄弟はやんちゃではあったが、それでもパピーとしては手がかからないほうだった。にもかかわらず、やっぱり管理人はパピーより成犬のほうがしつけは楽だと思うのだよ。

すでに大人になって我が家に来た姫に対して、管理人はしつけの方法を見直さざるを得なかった。ツチノコ兄弟に対して行った絶対君主制のトレーニング方法は、姫にはあまり効果がなかったからだ。中年のオバサンにライフスタイルを変えさせるより、10歳の犬をしつけ直すほうがよっぽど楽なのは言うまでもないか、犬も成犬になれば、彼らなりの考え方や方法論みたいなものを持っている。だから、闇雲にこれはやるな、これはダメと押しつけるだけではあまり進歩は望めない。だが、ツボにはまるぴったりのトレーニング方法を見つけられれば、成犬だってパピーとどうように砂が水を吸い込むようにどんどん新しいことを覚えていく。

姫の場合は「褒める」ということがキーだった。どうやら前の飼い主は「No No」を繰りかえして姫をしつけていたようで、姫は「No」と言われることにすっかり耐性ができてしまっていたのだ。「No」って言われたってやっちまえばこっちのもん、みたいな変な自信を持っていた。だから、管理人が用いたのは、悪いことをしたら完全無視、逆に悪いことをしていないときは褒めまくりという非常にクラシックな方法だ。これはみごとにツボにはまった。

「No」と言われ続け、最後は捨てられる、これが姫にとってのトラウマだった。逆に「Good Girl」と言われ続けているかぎり、結果的にこの家にずっといられるのだと気づいたとたん、姫はどうしたら褒めてもらえるか、一生懸命考えるようになった。結果、よい行いを自らやるようになって、自然と問題行動は減っていった。

管理人の周りにはバツイチの人がたくさんいる。バツイチと結婚した友人も多いのだが、全員が口を揃えてこう言うのだ。

「バツイチいいよ。だって、一度失敗している分、これはやっちゃいけないってこと、ちゃんと知ってるからさ」

レスキューされた成犬をもらうのって、バツイチの人と結婚するのと同じかもしれないね。

成犬は、人間と一緒に暮らしていくための最低限のルールをちゃんと心得て我が家にやってくる。あとは、お互いに仲良くやっていくための決まり事を一緒に決めていけばいい。一緒に暮らすことにだんだんとお互い慣れていけばいい。何ヶ月か経ったとき、ふと気づくと自然と家族になっている。

そういえば、パピーの頃から飼っているツチノコ兄弟と比べると、たわいもないことで大喜びする、姫にはそんな部分もたくさんある。小さなことに感謝する、そんな部分を持っているな、と姫を見ていると思うのだ。

昔は初婚にこだわった人たちも、いまはバツイチ大歓迎の時代だし、そろそろ犬の世界でもバツイチいいよぉ~って、そんな時代になってもいいんじゃないかな、と管理人は思うのだよ。

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閑話休題?

最近、広島関係……静かですね。

触らぬ「広島」に祟りなしってことですかね。まっ、いま下手なこというとバシバシ叩かれて痛いから、皆さん、そっと様子見って感じなんでしょうけど。

そんな中でも、は毎日餌を食べるわけで、シッ○もウン○もするわけで。とうぜん、世話をする人間が必要なわけだ。誰がなんと言おうと、この寒空の下、とにかくドッグぱーくの現場に行ってたちの世話をしている多くのVolunteerさんたちに、心から敬服m(_ _)m

管理人が言いたいのはそれだけ。

現場をとりしきっている保護団体がどこであろうが、いまでもじっさいの世話をしている方々に対しては90度の最敬礼するしかない。

風邪ひかないでくださいね、ホント。

んでもって、遠くにいる部外者としては、何ができるというわけではないけれど、こんなスライドショーを作ってみたわけで。いろいろ世間は騒がしいけれど、もともとなぜ広島に関わったのか、その最初の気持ちを思いだして欲しいなということで……


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が幸せになりゃいいのね、管理人は。シンプルにそれだけだから……
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皮肉

世の中には不思議な人がいるものだ。きょう、出稼ぎ先のオジサンを見ていて、そうつくづく思った。

オジサンは、とても要領が悪いので、いつも仕事に追われて忙しくてしかたがないらしい。きょうもほぼ丸1日、会う人ごとに自分がどれほど忙しいかを延々説明してまわっていた。おそらく、お口を動かす時間を減らしてそのぶんお手々を動かせば、もう少し効率よく仕事が進むのだと思うが、すでに還暦を過ぎたオジサンに仕事のやりかたを変えさせるのは、ブタが木に登るより難しいはずだ。

ついでに言えばオジサンが誰よりも忙しい原因は、ほぼ半日かけてリストを作っているからだ。管理人に言わせれば、すでにデーターベース化されている情報を一から手打ちで入れることはないと思うのだが、オジサンは自分以外の人間はどうも信用できないらしい。

「データがまちがっているかもしれないから」

って、打ち直したほうがよっぽどエラーが出るし、疲れてくるとますますすごいことになる。結果的に、その修正でオジサンがますます忙しくなっているのは実に皮肉なことだと思う。

そういえば、この国では教育をどうするかで、いま議論が戦わされているらしい。愛国心を培う教育をするとかでお偉いさんが喧々囂々やっている。だが、ゆとり教育で国語の授業時間が減った上に、今後は小学校から英語を教えるなんて話すらある。妙に巻き舌だったり、「し」を「Shi」としか発音できない日本人を量産しようと画策しつつ、一方では愛国心を持てというのも実に皮肉なことのような気がする。

愛国心を持てというわりには、日本史が高校の必修科目に入っていないのも、これまた不思議な話である。歴史について学ばずして自分たちの国に誇りを持てと言われても、皆さん逆に戸惑うだろう。もしかして、この国の歴史を学ぶと母国に誇りを持てなくなるのだろうか? これも実に皮肉な話だ。

だが、そもそもこういう方針を打ち出しているのは、お役人の皆さんで、そのほとんどが、世界史などの受験に出ない科目はすっ飛ばしてでも必死に勉強しないと入れない、某有名大学ご出身の方たちばかりというのが何より皮肉な話である。

美しい国日本には、いつも皮肉があふれている。だが、誰もそこのところを突っ込まないので、ついついテレビに向かってひとり突っ込みを入れてしまう管理人なのだ。

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皮肉? 肉ね、やっぱり姫は肉が好き♪


……ちがうんだけど(^_^;)
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お誕生日

Dearカイちゃん……

お誕生日おめでとう! もう8歳になったなんて嘘みたいだね。

ずっと昔のことだけど、うちに来たばかりのこと、覚えている? 何でも3回で覚えるディーに比べて、カイはいつでもスローペースで、トイレの場所を完全に覚えるまで1ヶ月もかかったよね。オスワリもお手もなかなか覚えられなくて、でも何度もしつこくやっているうちに、気がついたらちゃんとできるようになってたね。時間はかかるけど、一度覚えたらぜったいに忘れない。それは誰にも負けないカイのすごくいいところだよね。

ディーに勝てるのは食い意地だけで、あとはいつでもディーの後ろをついて回って。誰よりも身体が大きいくせに、臆病だしドン臭いから、河原ではいつも虐められっ子で、カイが虐められてると、ディーが血相変えて飛んできたよね。

ディーとカイ、いつでも一緒にいすぎたから、独りになっちゃったカイのことが管理人は何より一番心配だったよ。でも、あいかわらず何となくマイペースで元気に暮らしているカイを見て管理人はホッとしているよ。

は仲良しのつもりでいる同居のオバサンとも、つかず離れずで何となく巧くやっているところが、カイちゃんらしくて管理人は嬉しいよ。たぶん、本は仲良く遊んでるつもりなんだと思うんだ。いきなりジャンプしてど~んと背中に落ちてきたりするのも、狭いソファの上に無理矢理お尻をねじ込むのも。ちょっと妙だけどオバサンなりの愛情表現なんだと思うんだ。たぶん、カイとしてはすごぉ~く迷惑だとは思うけど。ほら、空気読まないオバサンだから、まあてきとうにあしらって、これからも仲良くしてやってね。

毎年、この日はディーと一緒に誕生日を祝っていたのに、今年からはひとりだなんて、まだ信じられないね。でも、来年も、再来年も、その次の年も、こうやって誕生日を祝おうね。のんびり屋でマイペースなカイだから、その調子で誰よりも長生きしちゃおうね。ディーの分まで、ずっとずっと元気でいようね。

それから……それから……


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あのぉ~、長くなるようなら、とりあえず先に、
そのジャンボグリーニーズもらえませんか?
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ボランティアって?

日本人は新しいもの好きの、好奇心旺盛な国民だ、と管理人は思っている。だから外来語もすんなり日本語になっていく。より珍しい、新しい言葉が大好きなので、牛乳がたくさん入ったコーヒーは、ある時カフェオレ(これはフランス語)になり、それがいつの間にかカフェラテ(こっちはイタリア語ね)になるなんていう奇妙な現象も起こるのだ。ものは一緒なんだからオレだってラテだっていいだろうが! と管理人などは思うのだが、いつの間にかドトールのメニューまでオレじゃなくてラテに変わっている。

出てくるもんは、一緒じゃねぇ~かよ!

まっ、それはいいのだが、目新しい外来語が好きなのはいいのだが、カタカナになったとたんにほんらいの言葉と意味が変わってしまうことに管理人などはとまどいを覚えることがある。たとえば、リストラといったら日本語では首切り、解雇などの意味に使われているが、ほんらいの語源である英語のrestructingは改革、再構築、再編であって、人員削減は会社のrestructingの一環として行われる手段のひとつであって、リストラ=首切りというのはとても妙な解釈なのだ。

で、そういうカタカナ一人歩き語というのは意外に多い気がするのだ。とくに今回の広島の一件を眺めていて、ボランティアという言葉は、もとの英語のvolunteerとはずいぶんちがうものなのかもとつくづく思うようになった。

volunteerというのはほんらい、自発的に何かをするという意味の動詞でよく使われる英語である。そこから派生して現在の奉仕活動という意味の名詞が生まれたのだが、管理人にとっては、日本語のボランティアと英語のvolunteerって何となく意味が変わっているような気がしてならないのだ。

日本語のボランティアにはとても仰々しい響きがある。心優しい、天使のような人たちがやる美しき奉仕活動みたいなニュアンスがあって管理人のようの俗人にはちょっとばかし痒すぎる。ついでにいえば時間的にも経済的にも余裕がある人がやるものだといったような印象もあって、これまた管理人のように日々の生活に追われる貧乏人には縁のない世界という感じがしてならない。

じっさい日本人の多くは「ボランティアなんて偉いはね、でもわたしはそんな余裕がないからできないわ」と思っているにちがいない。

だがね、ほんらいvolunteerというのは、余裕があるなしに関わらず誰もがふつうにやることなのだよ。自分ができる範囲で、できることを無償でやる、これがほんらいvolunteerという言葉が持つ意味なのだ。だからアメリカなどではvolunteerをしたことがないという人を見つけるほうが難しい。それほどすべての人間が子どものころから生活の一部としてふつうにやっていることなのだ。

だからvolunteerがいなくなったら、おそらく現代のアメリカの生活は成り立たなくなる。それほどvolunteerの力は大きいのだ。

以前、ボランティアは「やりたいことをやることだ」と言い切る人に会ったことがあるが、もしそれが日本のボランティアの実態だとしたら、ボランティアとvolunteerはやはり別物だといわざるを得ない。「やりたいことをやる」のは単なる趣味であって「やるべきことを、やれる範囲でやる」のがほんらいのvolunteerだと管理人は思うのだ。

だから、ボランティアに命をかけている人とか、ボランティアが生き甲斐という人の話を聞くと、頭に大きな疑問符が浮かんでしまう。ましてや一生懸命ボランティア活動をしているのに、非難されたと泣きわめく人を見ると、呆れてものも言えなくなる。

日本人のボランティアの定義って、やりたいことをやって、なおかつ褒められたいと思っている人がやる、一種の趣味なんですかね? だとしたら、それはほんらいのvolunteerとはまったく別物だと管理人は思うのがね。

たとえば道で、目の不自由な人が道に迷っているのを見つけたとしよう。行く先の住所が見つからなくて、困っていたら、あなたならどうしますか? もし時間の余裕があって助けてあげられるのなら、一緒にその住所を探してあげたりしませんか?

たとえば街で、小さな子どもが自動販売機に手が届かずに困っていたら、代わりに買ってやるくらいは誰だってしませんか?

駅で、日本語が読めない外国人がどこまで切符を買っていいか悩んでいたら、教えてあげるくらいはしませんか?

管理人はそれがvolunteerの精神だと思っている。他者に対するちょっとした思いやりや気づかいから何かを自発的にやることがvolunteerの精神なのだ。そういうとき、周りで誰かが見ていて、すばらしい! なんて優しい人なんだ! って褒められることを期待するだろうか? 誰も見ていなければやらないのかな? だとしたらやっぱりちょっと変じゃないって管理人などは思うのだ。

広島の現場には、現在もたくさんの人がお手伝いに入っている。数が減ったとはいえ、まだ100頭前後のが新しい飼い主が迎えに来る日を待っているからだ。嫌な噂も聞くだろうし、もしかすると不愉快な目に遭うこともあるのかもしれない。だが、それでも一定数の人は現場でいまも地道なvolunteerを続けている。そういう方たちのブログを読むと、支援物資もある一定数は全国から届けられているようだし、いろいろ言う人は多いだろうが、それでもたちを見捨てずにいる人がまだいるという事実を見て、日本人も捨てたもんじゃないな、と管理人などは思うのだ。

上の話に戻るのだが、たとえば目の不自由な人の住所探しを手伝おうとして見つからなかったとき、たとえば警察署に案内するとか、ちゃんと家に帰れる場所まで送り届けるとか、他に道案内ができそうな人にバトンタッチするとか、ともかくいったん助けると決めたのなら、ある程度最後まで責任を持つのが筋だと管理人は思うのだ。

AAがどうのと騒いでいる人たちの言い分はともかく、やっていることは、上の例で、あちらこちら歩きまわったあげく、こっちも時間がないから、はい、さよならと、目の不自由な人をまったく見知らぬ土地に放置して帰るのと一緒だと思うのだ。最初の場所にいたならば、その人は自力で家に帰れたかもしれない。たとえそれが善意であったとしても、やりかけたことを途中で止めるのは、ある意味、最初から助けないよりも、もっと状況を悪くすることになるのだよ。

それが日本のボランティアの実態ならば、最初からそんなことはしないほうがまだマシだと思うのは管理人だけではないだろう。

まっ、他人のことはどうだっていいんだがね。ともかく、だれがなんと言おうと管理人は、きちんと最後を見届けるまで、たちのためのvolunteerを続けていくし。だってさ、は決して人間を裏切らないのに、そのをもう一度裏切ることになるような事態は、やっぱり避けたいと思うしね。
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ドングリ

カイちゃんはドングリが大好きだ。

どれくらい大好きかというと、道にドングリが落ちていると、ひとつひとつ臭いを嗅いで確かめなくては気が済まないくらいドングリが好きだ。

だから、この時期ドングリスポットを通過する場合、1m進むのに5分ほどかかって、群のお仲間から大顰蹙を買っている。

「ちょっと、早く動いてよ!!! この先のコメント欄早く読みたいんだからぁ~!!!!!!」

「ちょっと待ってくださいね。あっ、あそこにもドングリさんが……」

「いい加減にして(怒)」

なぜひとつずつ個別に臭いを嗅がねばならぬのか。同じ樹から落ちたドングリにそれほど個性があるとは思えない。だが、カイの繊細な鼻はそのちがいを明確にかぎ分ける。ひとつひとつ丁寧に臭いを嗅いで、すべてのドングリの臭いを嗅ぎ終わって満足すると、また尻尾をフリフリ歩きだすのだ。

あるドングリでは尻尾を振り、別のドングリでは尻尾を下げる。長く嗅いでいるものもあれば、一瞬で済ませるものもある。そこに書いてあるメッセージが何なのか、臭覚が劣る管理人には知りようもないことだが、カイのようすを眺めていると、臭いからさまざまな情報を収集できるの能力のすばらしさに惚れ惚れしてしまうのだ。

人間は言葉を話すことによって、その便利さにかまけて、その他の五感がどんどん退化していったような気がする。言葉にかまけて、相手の表情や仕草を読み取る能力すら失いつつあるのかもしれない。ネットを通してコミュニケーションがとれる時代になって、ますます言葉が幅をきかせる。

だが、ほんとうに言葉だけが真実なのだろうか? そのうしろにあるべき表情や仕草や声の感じやそういうものを見ずして、ほんとうの意味を総合的に受けとることができているのだろうか?

言葉を生業とする管理人は、いつも伝えるということの難しさを身をもって体験している。異文化コミュニケーションどころか、同じ言葉や文化を持つ人相手でも。

のようにシンプルに生きたいな。のように正しく人と理解しあいたいな。ドングリからメッセージを読み取るカイを見ながら、人間であることの難しさにため息をつく管理人なのだ。

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読書の秋

内職仕事が片づいたので、立て続けに趣味の本を読んでいる。

基本的に本の虫なので、常時何らかの本が周りに転がっている状態なのだが、最近たまたまレスキューに関する本ばかり何冊か仕入れたせいで、ここ数日その関係の本ばかりを読みあさっている。

英語の本ばかりでまあ、お薦めしてもねって感じなのだが、とくに管理人がおもしろいなって思ったのは、このフォトエッセイ↓



拾ったり、もらったり、保護したり、とにかく買ったんじゃないと暮らしている人がレスキューされたと暮らすすばらしさを語っているわけだが、多くの人が共通して同じことをいっていたのが、とても印象的だと思った。

わたしがを選んだんじゃなくて、がわたしを選んだのだ

最初は、かわいそうなを救ってやるつもりだった。でもけっきょくいま思うと、自分が犬に救われたという気がするのだ

うんうん、わかるよ。管理人は大きくうなずいてしっまたのだ。だって、まさに姫との出会いはこうだったのだから。

まちがいなく、姫が管理人を選んだのだ。むろん、姫から「わたしを飼ってください」というメールがきたわけではないし、最初にいつでも里親募集中で姫を見つけて、興味を持ったのは管理人だ。だが、じっさい会って「さて、どうするか?」と迷っていた管理人の背中を押したのは、まさに姫自身だった。

以前の日記にも書いたように、姫がみずから「こいつがわたしの飼い主」と管理人を指名したのだ。そして姫は犬猫屋敷の一員となった。むろん山あり谷ありでたいへんなこともあったが、いま振りかえると姫をもらって管理人自身の周りで大きな変化が起こった。まず第一に姫が来なければ、おそらく犬猫屋敷というサイトはこの世に存在しなかった。結果的にネットを通じてたくさんの良い友人と知り合えたし、姫の問題行動を直すために調べまわったおかげで、管理人はいままで知らなかった犬についてのさまざまな知識を得ることができた。

かわいそうな姫を救ってやったつもりが、結果として姫から大きすぎるお返しをもらってしまった気がするのだ。

捨て犬を飼うという行為は、おそらくまだ日本では奇特な人の善行ぐらいにしか思われていないのだと管理人は思っている。じっさいいまでも、姫は保護団体から来たレスキューされた犬だと話すと、「まあ可哀想ね、良かったわね、良い人にもらわれて」と目を潤ませる人も多いのだ。

そういうBGMに演歌が流れるようなシチュエーションになるたびに、管理人は思うのだよ。

こいつ、ぜんぜんわかってねぇ~な。姫を手に入れた管理人が、バーゲン会場で限定3組の目玉商品をゲットしたくらい得したって思っていることに気づいてないんだね。

レスキューされた犬を飼ってみて、その良さを知った人は、また次のお買い得品が市場に出回っていないかと、鵜の目鷹の目で探すようになる。いまは犬を増やすことはできないくせに、管理人が暇さえあればいつでも里親募集中をチェックしているのはそのせいだ。

レスキューされた犬を飼うということは、まだ一般的には知られていない手作りの一点ものだけを扱う超高級ブランド品をこっそり楽しむようなものなのだ。だから、管理人としてはほんとうはあまり人に教えたくないのだよ。

だって、グッ○や○メスやルイ・ヴィ○ンのようないかにもって感じのブランドに飛びつくのと同じノリでみんながわれもわれもとレスキューされた犬をもらいに来たら、ライバルが増えちゃって、管理人にいいコがまわってこなくなるじゃんかよぉ~

でも、こんなにいいもんをもらわないってほうはないし、管理人はこう見えてもけっこういい人だから、特別に教えてやってもいいなって思う日もあるのだ。

レスキューされた犬、それも成犬はぜったいお薦め、手に入れてぜったい後悔しない、まさに最大のお買い得品だよぉ~

ちなみに管理人は読んでないから、自信持ってお薦めというわけにはいかないが、日本語でもこんな本が出ているのだよ↓

  


お子さま向けには、こんな絵本調の本もお薦め↓


読書の秋、本を読むついでに、捨てられてしまった犬たちのあれこれについても考えてもらえると嬉しいな。
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噂と真実

AAさんの公式サイトに待望の里親募集ページができたですよ。この下のほうにいるビーグルさん(A1-21)姫に極似で、すごぉ~く気になる。耳の長さといい、額のもようといい、マズルに入った黒といい、目の離れ具合といい……もしかしてご親戚? がんばれバアさん(←ほんとうにこういう名前なんだよ!)ぜったい良い飼い主さんに巡りあうのじゃ!!!!

もうお一方、管理人的に超チェックなのはがんばれ羽虎さんのところでレギュラー出演中のブルドッグのどんちゃん。うぅぅぅ~ブサカワユイ……こちらも幸せをつかむまで応援すっからね!
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で、それは置いといて、と……

最近ちょっと疲れ気味だったので、しばらくまた旅にでようかなと思っていたのだが、広島関連のブログを徘徊していて、休んでる場合じゃないな、と気を取りなおした。だって、あ~た100頭近くのを抱えて世話している人たちは、休んでる暇なんてないっしょ? を飼っている人なら誰だってわかるはずだ。飼いは年中無休、クリスマスだって正月だって、に餌やって、散歩に行って、ウン○拾って、そういうことを1年365日10数年間続けていくのだ。逆にいえば、それができない人間には、動物は飼えない。

保護活動だって同じで、助けると決めた以上、最後の1頭に家が見つかって終了宣言が出るまではやはり疲れたなんて言ってはいられない。

とはいえ管理人が自分のブログで吠えたからと言って、広島のコたちに良いことが起こるかというと、べつにそんなことはないわけで、単なる自己満足にすぎないのだが……

ともかく、情報更新が滞っているせいで、あれこれ怪情報が流れていて、今回のレスキューの指揮をとっているアークエンジェルスに対する非難中傷でネットの世界はそうとう盛り上がっているようだ。

管理人は先週、今週とけっこう忙しかったので、掲示板とか細かいところまで目を通しているわけではないのだが、どういうことが言われているかはだいたい想像がつく。

AAはレスキュー団体を装った募金詐欺をやっている。

AAの代表は以前○○していた信用ならない人物である。

前に知りあい(←本人でなくて知りあいというところがミソ)がAAから
をもらおうとしたところ○○なことがあってあそこはひどい団体だと聞いた(←聞いたというところがもうひとつのミソ)


てな話を核にしたバラエティーあふれるうわさ話がおそらく某巨大掲示板やコミュニティーサイトを発信源にまことしやかに囁かれているのだろう。そして、それを見て、募金や支援物資を送った人が思い悩むのだ。「こんな信用ならない団体を援助しちゃって良かったのかしら?」

毎度のことながらオリジナリティーがないな、と管理人などは思うのだ。どこかの保護団体がちょっと派手な動きをすると、決まってこういううわさ話が駆けめぐる。出る杭は打たれるというのはこの国では当たり前のことで、ちょっとマスコミなどに取りあげられると、さっそく保護団体バッシングが始まるのだ。

そんなうわさ話に踊らされて掲示板に書きこみしている暇があるのなら、近所の公園で放置ウン○の回収ボラでもやりゃいいのに、と管理人などは思うのだが、世間はそうは思わないようだ。日がな一日うわさ話にまみれてみんなで右往左往しているのだ。

ちなみに管理人はAAなる団体と何の関わり合いもないただの好きのオバサンだ。代表さんに会ったこともないし、知りあいにAAのボランティアをしている人もいない。こんな団体があること自体、今回の事件が起こるまで知らなかったくらいだし、だからうわさ話の真偽を確実に判断する材料は持ちあわせてはいない。

だがね、どう考えても非難中傷している人たちに言うことには納得いかないのだよ。

もしこれが募金詐欺だとしたなら、現地ボランティアに入った4千人以上の人を巻き込んだ、壮大な史上最大規模の募金詐欺事件になるはずだ。何しろ現地に入った人全員に、大して問題のない犬たちを「かわいそうだ、助けてやらないと」と思わせて、それを言ってまわるよう洗脳しなくてはならないのだから。そんなことができる人間などいるんかね?

おそらく、少し前に公開された報告ページに書いてある集まった募金額を見て目くじらを立てている人もいるだろう。だが、この金額を見て多すぎると騒ぐ人は、犬を飼ったことがないのだろうと管理人などは思うのだ。

5千万円を500頭の犬で割ると、1頭あたり10万円にしかならないのだ。病気や障害を抱えた犬なら10万円など医療費、療養食であっという間になくなってしまう金額だ。たとえば、ディーが病気になったとき、検査代と医療費だけで10万円以上が1ヶ月でなくなった。手術や抗ガン剤などのガン治療はまったくせず、対処療法と痛み止めと検査だけでこの値段だ。これに手術や抗ガン剤の治療費が加わると数十万円もあたりまえだ。ましてや広島のコのなかには、手術が必要なコもいるし、継続的な治療が必要なコたちもたくさんいる。獣医がボランティアに入ってるとはいえ、薬代などは実費で払わなくてはならないのが現実だろう。それだけでもそうとうな額になることを、詐欺だ欺瞞だと騒いでいる人たちは知っているのだろうか?

また、しばらく餌をもらっていなかったせいで、消化器系が弱っているコが多いということは、目の玉が飛び出るほど高価な療養食が必要なコがほとんどなのだ。大型犬が1ヶ月に食べる餌代がどれくらいかかるか、皆さんご存じですか? うちのコたちクラスの20kg以上の大型犬になると、ドライフードだけでも月に5000円はかかるのだよ。ましてやそれが高価な療養食となったなら、その金額がいくらになるか管理人のような貧乏人は考えるだけで胃が痛くなる(管理人の食費より高いことはまちがいない)。

ともかく、いろいろなうわさ話に踊らされて一喜一憂している人たちは、当初の目的を完全に忘れとるな、と管理人などは思うのだ。痩せこけてうつろな目をした数百頭の犬を見て、こりゃいかん、何とかしなきゃと思ったわけでしょ? だったらその犬たちが少しずつ明るさを取りもどして、新しい飼い主のもとで幸せに暮らせるようになればそれでいいじゃないか。関わっている団体がどうであろうと、代表がどんな人物であろうと、そんなことは関係ないと思うのだが、そうではないのかね?

極端な話、たとえAAの代表が前科20犯の連続殺人鬼だったとしても、親の敵だったとしても、約束どおり500頭近い犬全員にちゃんとした家を見つけてやってくれるのなら、べつに管理人はその人がどんな人間でもかまわないと思う。AAという団体にひとりやふたり、なんだこいつは!?と思うような変な人間が混じっていても、そんなことはどうでもいいと思うのだ。

AAのやりかたがどうのと騒ぐのは、すべてが解決したあとで、今後のレスキューのあり方を議論すべきことであって、まだ100頭近くの犬が残っている状態ではもっと先にやるべきことがあるんじゃないかね?

以前の記事にも書いたが、不安になったら犬たちの写真をよく見てみればいいのだよ。レスキュー開始当初といまの写真と、どれだけ表情が変わっているかじっくり見て判断すればいい。

人間はいくらだって嘘をつく。ましてや顔の見えない掲示板では好き勝手なことをいってまわる。だが、犬は決して嘘をつかんよ。犬を助けるためにはじめたレスキューならば、それが良い方向に向かっているかそうでないかは、犬たちに訊いてみるのが一番ではないですか?
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地域密着型生活

昼近くに、のんべんだらりと犬たちを連れて散歩をしていたところ、車で道に迷っていたオバサンに話しかけられた。

「この辺に○○さんって家、ありませんか?」

聞いたことのない名前だったので、知らないと答えるとオバサンはとっても困った顔でこういった。

「おかしいわね。ぜったいこの辺りのはずなんだけど……」

ふつう、「○○さんのお宅知りませんか」「知りません」で話は終わるはずなのだ。だが、オバサンは知らないと答えても許してはくれなかった。

「ぜったいこの辺だと思うのよ。来たらわかるって思ったんだけど」

「住所とかわからないんですか?」

「わからないのよ。でも来ればわかるって思っていたから」

「どういううちか、とか何か他にわかることはないんですか?」

「養鶏場やっているんだけど……」

このオバサン、何年前の話をしとるんじゃい!?

犬猫屋敷の周辺は腐っても東京23区である。たしかにいまだに無人野菜販売所があるし、そこここに畑が残っていたりするが、養鶏場があったのはさすがに四半世紀ほど前の話である。バブル以降土地の値段が高騰したせいで、この辺りでも農家はたいてい土地を売って、いまは小ぎれいなマンションや建て売り住宅に変わっている。おそらく道を歩いている人のほとんどは、高級住宅地の名前に騙されてもとの畑に建ったおしゃれな建て売り住宅に引っ越してきた人ばかりだ。このあたりに養鶏所があったことを知っている人などほとんどいないはずなのだ。

「農家で鶏飼ってたのは、もう20年以上前の話ですけど」

「そうそう、それくらい前なのよ」

25年前の記憶をたよりに、行けばわかると信じている時点で、恐ろしくいい根性をしたオバサンである。少なくともこの10年ほどで、この辺りの景色は一変している。20年以上経てば、家も建て替えるということをこのオバサンは知らないのだろうか?

たまたま一軒、近所で昔鶏を飼っていた農家がいまも残っているのを思いだし、とりあえずその場所を教えると、オバサンは、ようやく許してくれた。それが探していた○○さんの家だったかどうかは知らないが、あそこまで曖昧な情報をもとに探している以上、これで見つかればめっけもんといったところだろう。

道に迷ったときに犬連れの人に道を訊くというのは、管理人もよく使う手だ。犬を連れて歩きまわっているということは、地元民である確率が高いし、何より犬飼いというのは、毎日愛犬を伴って無駄に近所を徘徊しているせいでやたらと地元のことに詳しいのだ。住所や名前は知らないことも多いのだが、家の形や色や庭の感じなどはたいてい頭の中に入っている。ついでにゴールデンを飼っている家などの追加情報をもらえれば、管理人なら我が家の近所、半径1km圏内の家ならばたいていそこを言いあてることができる。

ツチノコ兄弟をひきとる前、DUKEが死んでから犬なしだった10年ほどのあいだ、管理人は自分の家の近所のことにまったくもって疎かった。朝会社に行って、夜遅く帰ってくるような暮らしをしていると、家はただ寝に帰るだけの場所になってしまう。子どもも犬もいなければ、休みの日にも近所を歩きまわることなどないし、近所に誰が住んでいるかまったく知らない状態で暮らしていたものだ。

だが、犬を飼うようになってからそんな生活が一変した。ツチノコ兄弟が人間大好き、ちょっとでも目が合うと撫でておくれと積極的に近づいていく愛想のいい犬だったこともあって、犬を飼っている人だけに限らず近所に知りあいがたくさんできた。

犬を飼うと飼い主の生活も変わる。まったく予想していなかった人間関係が広がるのもまた、犬を飼う楽しみのひとつかもしれない。

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テーマ : わんことの生活
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良い犬、悪い犬

良いと悪いの基準って何だろう?

そんなことを思うことがある。たとえば、姿形が美しい、純血種のスタンダードにぴったりと合ったが必ずしも良いかというとそうでもない。管理人のように、そんじょそこらにいるような、ただの雑種ののほうが良いだと思う人だっているはずだ。

一般人のスタンダードからかけ離れた管理人のような変人が、スタンダードそのままの見目麗しい純血種を連れて歩くのは、なんだかちょっと気が引ける。ましてやそれがかつては王室で飼われていたような上品な犬だったりするとますます気恥ずかしい。

管理人は、ビシッと横について歩くような、優等生風の犬はあまり好きではない。どちらかというと、マイペースで頑固な犬が大好きだ。だからマイペースで頑固で自分の意志をしっかり持っているバセット雑種とビーグル雑種のいまの飼い犬たちは、管理人にとってはとても良い犬たちなのだ。

カイと姫を世界一良い犬だと思っているのは、おそらく管理人だけだろう。中には、あんな犬をよく飼えると同情の目でこの日記を読んでいる人もいるかもしれない。だがそれでも管理人はかまわないと思うのだ。飼い主が、自分の飼っている犬を良い犬だと思っている以上、本人たちはとても幸せに暮らしているのだから。

たまたま最近手にした本は、リジェクトされた競技会用の犬が一般家庭にもらわれて、そこで立派なペットとして変身していく話だった。非常に良いブリードの犬で、競技会用にさまざまなコマンドを覚えて、世間の基準から言うと非常に優秀な犬に仕上がっているのだが、同時に山ほど問題行動を抱え、けっきょく飼いきれないと里子に出されたのだ。

新しい飼い主がまず最初にやったのは、おまえは良い犬だ、ぜったいに手放さないからと犬に教え込むことだった。最初はむろん何もかも巧くいっていたわけではないにしろ、飼い主と犬の信頼関係がきちんとできていくのに比例して、問題行動はみるみる減っていったのだ。

その本を読んでいて、姫が我が家に来た当時のことを思いだした。

放棄される犬の多くと同じように、姫も否定されることに慣れっこになっていた。おそらくNo Noと言われ続けて育ったのだろう。ずっとダメな犬だと言われ続け、最後には捨てられる、それは犬にとっても大きな心の傷になる。

褒められたことのない犬は、褒められることに敏感に反応する。褒められることの快感を覚えると、次はどうやったら褒めてもらえるかと犬自身が考えるようになる。そうなったら、こっちのもの。問題行動はやがてなりをひそめていくものだ。

それぞれの飼い主が、良い犬の基準をきちんと持っていて欲しいな、と管理人は思うのだ。それぞれの犬の良いところをきちんと見て、そこを心の底から褒めてやれば、犬はきちんと反応する。逆に口先だけでいくらGoodと言い続けても、犬は人間の本心をちゃんと見抜いてしまうものだ。

多頭飼いをしていると、ついつい犬どうしを比べたくなる。他の家の犬と比較してうちのコは馬鹿だと言いたくなることもある。だが、ほんらい犬の良し悪しなど、他の犬と比べるべきものではないのだよ。人に個性があるように、犬にもそれぞれに長所と短所があるものだ。

自分の飼い犬がサイコーだと思っている飼い主は、決して犬を手放さない。少なくともいまの時点では、そういう飼い主が増えることで、放棄犬の数は減らすことができるのではないかな、そんなふうに思うのだ。

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ぷちぷち

いくつになってもは色んなことをやらかしてくれる。

やんちゃでどうしようもなかったツチノコ兄弟にしても、3歳になったら落ちつくからとみんなに言われ、じっさい3歳を過ぎた頃からパピーの頃の怒髪天を衝くようなぶっ飛びぶりは見られなくなり、やがて5歳を過ぎるとほんとうにおとなしく聞き分けのよい飼いやすいになっていった。

すっかりおとなになった愛を見て、なんとなく物足りないと思うのも、飼い主の妙なところなのだ。いたずらっ子に手を焼いて、いつになったら落ちつくのだろうとため息をついていた頃のことなどすっかり忘れてしまったように、よい子になった我が愛を眺めては、歳をとったなと小さくため息などついてしまう。

だが、落ちついた成になったとはいえ、やっぱりはあれこれやらかす。たとえばけさ、朝のトイレに庭に出し、そろそろ散歩に行くか、と犬たちを門のところに呼び寄せたらば……

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お呼びでしょうか?


あぁ~カイちゃん、アンタったら、また変な草むらに思いっきり顔を突っ込んだのね(涙)

家に帰ったら、管理人さんが、またせっせとそのプチプチとりをやらなきゃならないわけね(滝涙)

いくつになっても、ホントに犬は色んなことをやらかしてくれる。
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雑種を人気犬種にする方法

管理人と越後屋は馬鹿っ話友である。おそらく、他の良識ある常識人の皆さんに聞かれたら、思いっきり軽蔑されそうなお馬鹿話を延々続けて笑い転げていることも多い。で、きのうの議題は「なぜ雑種のもらい手が少ないか」ということだった。成犬と並んで、雑種というのは里親募集市場のなかで、いまひとつ人気がない。純血種だと成犬でもそこそこもらい手はつくのだが、雑種というだけで問い合わせが1件もないなんてこともじつは珍しくないのである。

オリジナリティーという点から言ったら、雑種ほど珍しい犬はいないわけだし、遺伝性の病気を持っている可能性も比較的低く、そのうえ元々日本の風土に合った個体が多いので、丈夫で長生きなコが多いのだが、なぜか現代は雑種不遇の時代なのだ。

「やっぱあれだわね。雑種の良さを一般ピープルはわかってないね」

「もっともっと雑種の良さを世間にアピールしないといかんな」

ちなみに、積極的な雑種愛好家を自認する管理人だが、越後屋に言わせると管理人などは中途半端にMixを飼っているエセ雑種愛好家になるらしい。

「雑種って言ったら、おまえ、うちのポセみたいなコテコテのド雑種じゃないとダメッしょ」

「うちのコたちだってみんな雑種だもん。純血種じゃないんだから雑種だい!」

「でもディーとカイは親の犬種がちゃんとわかってる一代Mixだろうが」

「そーだけど……」

「誕生日もちゃんとわかってるだろうが」

「だって、生まれた家から直接もらったんだもん」

「バリバリの雑種っていうのは、いつ生まれたのかもよくわからなくて、何がどう混じっているか見当もつかないような奴のことを言うのよ」

「そこまで厳しくせんでも……」

「いや、雑種にこだわるならそこまで極めんとな。ついでに言えば、うちのポセは体型も雑種のスタンダードそのものだし」

「雑種にスタンダードなんかあるんかい!?」

「犬は自然に交配を続けていくと、15kg前後の大きさに落ちつくのだよ。だからポセは雑種のスタンダードなわけだな」

どっからそんな訳のわからない豆知識を仕入れてきたのやら。ともかく、越後屋に言わせるとポセのようなコテコテのド雑種こそ、今後大切に保存していかなくてはならない貴重種であって、そんじょそこらのペットショップで買えるような純血種よりはずっと価値が高いということになるのである。

だが、雑種愛好家がここまで雑種を愛しているにもかかわらず、一般的には雑種はタダ、純血種は有料、だから純血種のほうが良い犬というような誤解がはびこっているような気がする。昔から純血種が有償で取引されているのは、もともとブリーディングが貴族の高尚な趣味だった時代の名残であって、交配や育成にかかる費用を犬の値段として転嫁しているだけで、犬ほんらいの価値に差があるわけではないのだが、どうやら一般的には誤解している人が多いように思うのだ。

そのうえ、最近は雑種をMixなどと言い換える輩も多い。雑種というと何か安っぽい感じがするけどMixならOKみたいな感じがして、管理人はMixという言葉はあまり好きではないのだよ。便所というと臭くてトイレならば上品なのかというのと一緒で、ちゃんと日本語にある言葉をわざわざ言い換える必要もないだろう、と管理人などは思うのだ。

だが、Mixと雑種というのはどうやら語感がちがうようなのだ。うちのコたちのように珍しい犬を連れていると(雑種なんだから珍しくてとうぜんだ)「それなんですか?」と非常によく声をかけられるのだが、そこで胸を張って「雑種です!」と答えると、たいていの人は、まるで悪いことを訊いてしまったとでもいうような表情をして「あら、でもかわいいですね」とかもそもそ言いながらその場からそそくさと逃げだしてしまうのだ。これが「Mixです」と言えばわりとスムーズに話が進むのが、何か妙な気がするのだ。

べつに雑種であることは悪いことでも何でもない。管理人などはわざわざ雑種を探して飼っているのだから。8年前、管理人が会社を辞めて、犬を飼おうと決めたとき、ペットショップに行かなかった最大の理由は、現代のペットショップでは雑種を売っていないからだったのだ。金さえ払えばいまはたいていの純血種は手に入る時代だ。だが、雑種、それも管理人のお眼鏡にかなう、スタンダードから外れた20kg以上の大型雑種となると、見つけだすのは、じつは至難の業なのだよ。

それほど苦労して手に入れたデカ犬雑種を、胸を張って見せびらかして何が悪い!

で、ともかく、世間一般には、雑種は価値のないものと思っている人が非常に多い。その理由をつらつら考えてみると、一般的にマスコミを通して紹介される犬の多くが、純血種だからではないかという気がして仕方がない。たとえば、動物番組で「スーパードッグ」として紹介される犬はたいていボーダーコリーやラブやシェパードと相場が決まっている。管理人言わせれば、プロのトレーナーならボーダーやラブやシェパのような訓練性能の高い犬にあの程度のことをやらせるくらい当たり前だろうが、と思うのだが、一般大衆はあれを見て、やっぱりああいう純血種は頭がいいのだ、と大勘違いをしてしまうのだ。

「何だね、積極的雑種愛好家としては、ここはひとつ、うちらんとこの雑種にバチッと芸を仕込んで、雑種のすばらしさを世間一般にアピールするしかないな」

「そりゃ良い考えだ。アンタ、ポセでアジ(アジリティー競技)の世界チャンピオン狙いなさいよ」

「何で、オレが!? だいたいポセはビビリだから無理」

「ビビリだってアジはできるだろうが。ずっとハンドラーと一緒にやる競技なんだから。父ちゃんと一緒なら、ポセは何だってできるようになったじゃん」

「そうだけど……」

「ポセはまだ若いんだから、いまから死ぬ気でやれば5歳ぐらいまでには良い線いくよ。それでチャンピオンになった暁には、インタビューにこう答えるのさ『ポセは野山を駆け回っていた野犬の子孫ですから、温室育ちの純血種とは足腰の造りがちがいます』。そしたら、アンタ、アジ目ざしている犬飼いが、目の色変えて雑種をもらいに来るようになるよ~」

「なんで、オレばっかり頑張らなきゃならんのだ。だったら、おまえも姫で何かの競技やってみろ」

「姫ちゃんはもうお歳だからねぇ~いまからアジは無理があるわ。あれってベイト禁止でしょう? ついでに飼い主のほうも足腰弱ってるから。息子の運動会で走ったり踊ったりできるかたとはちがうから。ほら、ちょっと走ると脚つるし……」

「だったらおまえ姫と一緒にフリースタイルやれ!」

「フリースタイル?!」

K9フリースタイルとは、日本ではまだあまり知られていない競技だが、要は飼い主と犬が音楽に合わせて踊る犬と飼い主のダンス競技みたいなものである(詳しいことが知りたいかたはこちらを)。

「そうそう、フリースタイルならベイト使って良いはずだから、いまからでも姫にやらせられるぞ!」

「ベイトOKなの? だったら絶対無理ではないかも……」

「両手に骨付き鶏のもも肉持って、派手な衣装着て舞え!」

「で、スピン成功したら、もも肉少し囓らせたりすんの?」

「そうそう、1曲踊り終わったら、手には骨だけが残ってんの(爆笑)」

「そうとうおもしろい絵になると思うが……」

「ぜったい応援に行ってやる。そんなおもしろいもの見のがすほうはないからな」

けっきょく、フリースタイルの競技規定をよくよく読むと、やっぱりベイトは禁止なので、この話は夢物語で終わったのだが、ともかく何かの競技で世界チャンピオンにならないまでも、雑種を引き連れてあれこれやる人が多くなれば、きっと雑種の価値も見直されるんだろうな、と管理人は思うのだ。雑種だって純血種だってもとは同じ犬なのだから、飼い主の腕次第でどんなことでもやらせられる。それをうちは雑種だし、この程度でいいかと飼い主のほうが諦めてしまうから、もしかすると雑種はダメみたいな風潮ができてしまったのかもしれない。

そう思うと、我が愛犬たちを見て、ぜひ雑種を飼ってみたいという人を増やすためにここは一発雑種の広告塔を作らねばいかんのだな、とせっせせっせとお稽古に励む管理人なのだ。

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異種格闘技

きょうも成犬譲渡推奨話を書こうと思ったが、仕事の本を片手に気絶しているあいだに、姫が久しぶりにトイレを外した。最近数ヶ月間ノーエラーで来ていたので、管理人はすっかりいい気になっていたのだが、きょうは姫が散歩に行きたいと騒いだときに無視して仕事を続けたせいか久しぶりに嫌がらせシッコをしたようだ。

ったくもう、懲りない奴だとブツブツ言いつつ、管理人は久々に床掃除に勤しむことになったのだ。

ふつう、こういう話はサイトに書いてはいけないのかもしれない。とくに成犬譲渡を推進しようとしているのに、「姫はいまでもシッコもらしです」なんて書くのは論外だと思われるかもしれない。そういえば、以前姫がドアをぶち抜いた話を書いたところ「ああいう問題行動を面白がって書くのはけしからん!」と苦情が来たっけ。べつに管理人としてはかまわないと思うがね。

だってシッコもらしたんだもん。ドアだって思いっきりぶち抜いたんだし。を飼ってりゃいろんなことがある。あっちこっちのサイトに書いてあるようなステキでおしゃれな毎日ばっかりじゃないんだから。テレビの番組でやっているようなカッコイイことばかりじゃないんだし。

の里親探しの記事を見ていて、ときたま、すごぉぉぉぉ~く気になるコというのがいる。

これは単なる管理人の趣味の世界なので、まあ、変な奴というひと言で片づけてもらえばいいのだが、管理人の目を奪うというのは、通常やんちゃで問題行動山積みで、預かりさんが泣き笑いを繰りかえしながら大格闘中みたいなである。

他人事だからおもしろい? いえいえ、そうじゃない。管理人がその手の犬をこよなく愛する理由は、純粋にそういう手のかかる面倒な犬は問題が多ければ多いほど、じつはポテンシャルのある「良い犬」だと考えているからだ。

極端な話、管理人の考えでは、子犬(0歳~3歳くらい)のころに飼い主が頭を抱えない犬など犬じゃない、とまで思っているからだ。まっ、これは管理人の趣味の世界なので、異論がある方は勝手に独りでぶつぶつ言っていてもらえばいいのだが……

で、管理人がなぜいわゆる世間でいう問題犬をこよなく愛しているいるかというと、人間の視点から見た「問題行動」というのは、犬にしてみれば、単なるコミュニケーション手段、いわば飼い主に発するメッセージだと考えているからだ。

たとえば、一番判りやすいのが、お留守番のときの吠え癖や飼い主に振り向いて欲しいときの要求吠えだ。犬にとって、吠えるというのは人間の言葉にあたるコミュニケーションの手段なので、彼らは飼い主に対して「寂しいよ、戻ってきてよ、こっちに来てよ」と叫んでいるわけだ。

家具や物を破壊する、部屋でシッコを垂れる。じゃあ、これもコミュニケーションの手段なんかい? と言いたい方もいるだろうが、管理人はこれも立派なコミュニケーションの手段だと思っている。犬は退屈したとき、自力でおもちゃを探して遊ぶ。それが床に転がっているスリッパだったり、テーブルの角だったりするわけだ。トイレの失敗に関しては、むろんさまざまな要因があるので一概には言えないが、たとえば室内トイレの場所が気にくわない、そこだと落ちついてできない、というメッセージを伝えるために別のある一カ所で失敗を繰りかえすというケースもじっさいある。そう考えるとトイレの失敗だって、立派なコミュニケーション手段なのだ。

そう考えると、問題行動を繰りかえす犬というのは、自分がこうしたいという意志をきちんと持っていて、それを何とか飼い主に伝えようとする、非常に賢く前向きな良い犬なのである。その興味やエネルギーを正しい方向に向けてやることさえできれば、バラ色の犬飼い生活が待っているのだ。

ところが、この国ではいまだに「おとなしくてよい子」というのが犬を計る物差しになっている。非常に奢った言い方をさせてもらうなら、ほんとうに犬を飼う楽しさやおもしろさを最初から放棄してしまっている飼い主さんが多すぎる、と管理人は思う。

犬を飼うほんとうの楽しさは、種の違う犬という動物と人間の異種格闘技なのだ。身体を張って犬と立ち向かう。言葉の通じない動物と意志を通いあわせ、一緒に楽しく暮らしていくためのルールを一緒に決めていく。その過程が、管理人にとっては何よりおもしろい、犬を飼う楽しみなのだ。

「おとなしいよい子」とひとくくりにされる中には、たとえばビビリの犬も含まれる。一見問題行動もなく、飼いやすい犬に見えるビビリの犬も、じっさい怖いものを少なくしてやろうとあれこれやると、それはそれで大変だ。じっさい世間でいう問題犬の更正よりも、多くの時間と労力が必要になる。

暴れん坊将軍みたいなやんちゃな犬でも、逆にケージの中で固まっているようなビビリの犬でも、それぞれに良いところはあるし、同時に苦手な部分があるものだ。良いところは伸ばし、問題があるところは少しずつ矯正して、ふつうの犬に育てていくのは、飼い主の腕次第だし、どの時点で「ふつうの犬」と呼ぶかは、飼い主の考え方しだいなのだと管理人は思っている。

要は、簡単に飼える犬なんてぇ~のは、この世には存在しないのだ。簡単に飼える、楽な犬なんていうものは、マスコミが作りあげた幻想で、じっさいはカッコイイ犬飼い生活を送っているカリスマ犬飼いさんたちだって、陰で血のにじむような努力をしているのだ。だから、数ある犬飼いブログのなかで、ひとりぐらい自分ちの犬の起こした騒動を適確にリポートして笑いをとる変人がいてもいいんじゃないかえ? と管理人としては思っている。

たまたま問題犬と言われる犬であっても、適切な環境で適切なトレーニングをしていけば、なにも問題なく飼えるのみならず、才能あふれるすばらしい犬になるポテンシャルを秘めている。成犬のなかには、そういう飼い主側の事情であっさり捨てられる犬たちも多いのだよ。そう考えると、新しい飼い主を待っている成犬というのは、いわば、宝の宝庫なわけで、そこから自分の家にぴったりのコを選ぶことを管理人がお薦めするのはそういう理由があるからだ。

ポテンシャルのある良い犬たちが、毎日殺処分されていくなんていうのは、やっぱりまちがっている、と管理人は思うのだ。そういう面倒な犬を引き取って、まっとうな犬にしてやろうという異種格闘技好きの変な飼い主が増えていけば、捨てられた犬をどんどん助けてやることもできる。同時に犬を飼うのは面倒なこと。その面倒な部分を楽しめなければ犬は飼えないという当たり前のことが、常識として浸透すれば、捨てられる犬じたいが減っていくはずだと管理人は思っている。

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日本人とトラックバックに関する一考察!?

最近、ちょっとばかり広島関係の最新情報が滞り気味だ。というか、管理人自身ちょっと仕事が忙しくて徘徊を怠っているせいなのだが、まあ公式情報も一段落しているせいか、なんとなく中だるみの感がぬぐえない。

いかんね。このまま忘れ去られたのでは、まだ飼い主が見つからない100頭あまりのコたちに申し訳が立たんよ。

じっさいは、もちろん広島の現場ではいまでも多くのたちとボランティアさんが毎日新しい飼い主さんを待ちながら日々の生活を送っているわけだし、そういうようすをぜひともお知らせしたいのだが(←レポーターか、アンタは?!)とはいえ、毎日広島がらみサイトをすべて徘徊してまわるほどの時間もないし……

なんていっていたら、当初から現地ボランティアに入られていた杉の泊いぬ日記・2さんのところに、先月末時点の現場のようすがアップされていた。を引き取られた方たちからのコメントなんかもあって、ちょっと嬉しい気分になる。あとJun母さんがやっていらっしゃるZionの薫りがんばれ羽虎さんのところとうるちゃむの素さんのところにも、最近のぱーくのようすが!よろしかったら、ご覧あれ! あと広島ドッグぱーく画像BBSには、広島からを引き取った方々の近況報告も載ってるよぉ~

むろん、他にもたくさんボランティアに入っていらっしゃるかたはいるわけで、他のサイトでもきっと最新情報がアップされているとは思うのだが、いかんせん見つけることができなくて(涙)

ちょっとうちでも書いてるから、紹介しなさいよって人がいたら、どうぞTBを貼っていってくださいマシ。ショボイ個人ブログですが、精一杯宣伝させていただきますm(_ _)m

というか、こう、もっとホップステップジャンプ的に広島関係の記事ばかり渡り歩く方法ってないもんなんだろうか? むろん、リンク集など作って公開してくださっている個人ブログはたくさんあるのだが、トップページのリンクだと行ったときにたまたまちがう関係の記事だったりもするし。お互いTBを貼りまくるっていうのが一番良い方法だと思うのだが、いかんせん、日本人ってTB使わないよねぇ~

これがアメリカで起こった騒動だったら、皆さんTB貼りまくりで1件の記事に何十件ものTBがついていてというのがとうぜんだと思うのだが……

きっとTBの奥ゆかしくないところが日本の風土に馴染まないんだわね。ほら、TBって自分の記事を相手に送って、「読め!」みたいな図々しさがあるし。そういうところが日本人にはちょっと抵抗があるのかもしれない。管理人はわりと赤の他人に対してもTBをつけちゃう日本人離れした図々しい人間なのだが、TBだけじゃ済まなくていちおう「はじめましてよろしくお願いします。TBつけさせていただきました」みたいなコメント残してこないと悪いかな、と思うだけで面倒になってつけなくなってしまうのだよ。

ほんらいTBというのは「あっ、うちの記事と関係有り!」と思ったらバンバンつけていいものなのだがね。んでもって、送られたほうが「なんだよ、これ!」って思ったら消せばいいだけで。消されたら「あっ、ちがった? ごめんね」で後腐れなく、そんなものだと管理人は理解しているのだが……

日本人、ほんとにTBつけないよねぇ~

試しに、きょうの記事でリンクを貼った皆さまには、無断でTB貼らしていただきましたが(リンクしましたよぉ~ってお知らせの意味で)見ず知らずの他人が、礼儀知らずめと思われたら、バサッと削除していただいてもぜんぜんOKです。っつうかTBってそういうものだって、管理人は思ってるんで。んでもって、せっかくすべてのブログに標準でついてるこんな便利な機能を使わないってほうはないと思っているわけね。ちなみに猫屋敷はいつでもTB大歓迎ですので(見知らぬ他人からの商用目的とか、ちょっとアンタそりゃちがわんかい?っていうのはばっさり削除しますがね)、よろしかったらどんどん貼りにいらしてね!

ってなぜこんなことをブツブツ言っているかというと、先日とあるかたが、こんなこともありますよって、そっと耳打ちしてくれたからなのだ。

数年前にマスコミでも話題になった、山梨県の多頭飼い崩壊現場の件、覚えている人は何人いるだろうか?

管理人も詳しくは知らないが、なんとなくそんな話があったなぁ~程度には記憶に残っている。一時はネットでもずいぶん騒がれていたが、いつの間にか話題にも登らなくなった。もうすっかり片づいたものと思っていたが、けっきょくいまでも100頭以上のコたちが現場に残されている(現在のようすは
こちらから)。なんで忘れ去られてしまったのか、こちらはまだ新しいサイトで、これまでのいきさつがすべて書いてあるというわけではないのだが、ともかく、一時はマスコミで騒がれて話題になっても、人の関心が薄れるのは驚くほど早いという典型的な話だな、と管理人は思ったのだ。

広島とはちがう。山梨のケースでは雑種ばかりだし、という人もいるかもしれないが、この際種はあまり関係ないような気がするのだ。それより、問題は人が関心を寄せてくれるか、サポートし続けてくれるのか、という点が大きいのだと思う。

正直、レスキューに多少でも関わったことがある人なら、今回の広島の例は特異なケースだというのは判るはずだ。純血種が多いとはいえ、ほとんどが成で300頭あまりの犬に飼い主が見つかるなんてことは通常ありえない。ふつうだったら、300頭の成犬に飼い主を見つけるには3~4年はゆうにかかるはずだ。ところが、1回の譲渡会に数千という人が押しかけた。これ自体、ほんとうに画期的なことなのだよ。

だが、それでもまだ全員に終の棲家が見つかったわけではない。残念ながら返されてきたコたちもちらほらいるし、この先、まだ長い道のりが待っている。だから、中だるんでいる場合じゃないな、と思うのだよ。理想論を言うようだが、最後の1頭に家が見つかるまで、細く長く関心を持ち続けていくことは、ふとした縁でこの件に関わり、何かしたいと思った人たちにとって、一種の務めだと思うのだ。それと同時に、この話を風化させてしまうようでは、日本のレスキューもあまり明るい未来は望めないなんて、そんなふうにも思ってしまう。

犬は決して飼い主を裏切らない。これと決めた人間のそばに最後までいつづける動物だ。親友が裏切っても、恋人に見限られても、それでも犬はあなたのそばを離れない。だから、人間だっていったん関わった犬たちの行く末を、最後まで見守ってやることぐらいはしなくてはいけない、そんなふうに管理人は思っている。

だからさ……みんなでせっせとTB貼りっこしません?(←ってけっきょくそれが言いたいのか!?)
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自由意志

管理人はただの好きの変なオバサンだ。貧乏なので訓練学校にも通ったことはないし、トレーナーさんについて正しいトレーニング方法を学んだこともない。すべて自己流でやってきたので、飼い歴だけはやたらと長いわりに、自慢じゃないが、いまだにコマンドを入れるような正攻法のトレーニングとっても苦手だ。うちのたちは世間の基準に照らしてみると、とてもじゃないがスーパードッグからはほど遠いし、こういう飼い主がしつけ云々について語るのもどうかと思うのだが、世の中には色んなの飼い方があるというのことで、さらっと流していただければさいわいだ。

で、単なる好きの変なオバサンとしては、正攻法のしつけ術など何も知らないくせに、いっちょ前に飼い哲学なんてものを持っている。犬猫屋敷のしつけ法の基本は、犬の自由意志に任せることである。

とはいっても、わがまま放題好き放題にさせるという意味ではなく、強制的に何かをやらせるのではなく、犬がやりたいと思う方向に巧く導いていき、その結果飼い主の意図に沿う行動を犬がしてくれれば万々歳というのが管理人なりの陽性強化トレーニング法の理解なのだ。

ちなみに、管理人がこういう考え方になったのは、姫が我が家にやってきてからだ。以前の記事に書いたように、当初フセどころかオスワリすらぜったいにやらない、と頑張っていた姫をともかくフセさせ座らせるためには、この方法が一番効果的だった。だから、管理人はどうしたら姫がそうしたいと思うか、必死になって考えて、あれこれ工夫してみた結果、いまのやりかたに落ちついた。これでいける、とある程度方針さえ決まってしまえば、あとは繰りかえしのお稽古さえ続けていけば、いつかはきっとできるようになる。これまた姫にいろいろ教えた結果、管理人が実体験として体得した信念なのだ。

たとえば、姫はとにかく人にかまって欲しい犬なので、マテといわれて置いていかれることが何より苦手だ。おまけに分離不安が強いので、管理人が家にいるときはストーカーのように管理人のうしろをついて回る。だが、管理人が姫の入れない2階や茶の間に行かなくてはならないこともある。そういうときは、マテをさせて、きちんと待っていられたらそれ相応の報酬が振る舞われる。逆にそれができなければ、褒めてももらえないし、美味しいものももらい損なう。これを最初は短時間から始めて、少しずつ時間を長くしていくことでマテの練習をさせてきた。

じつは、以前姫にぶち抜かれた犬部屋のトラップドア(なんのこっちゃ、と思われたかたはこちらをどーぞ)を、完全には塞いでいない。いまでも姫は、どうしても部屋から出たければはめている板を押して勝手に出てくることができるのだ。転んでもただでは起きない管理人は、ドアを完全に修復する代わりに、出たければ出られる、でも姫が自分の意志でそこから出ないという訓練のための環境作りに利用しているのだ。

むろん、いまでもマテのトレーニングは継続中なので、20回に1回くらいはバコンと音がして姫が廊下をうろうろしていることはある。どうしても我慢しきれなくなると、姫はいまだに部屋から出て管理人の姿を探しまわるのだ。ただ、マテといわれたのに勝手に部屋から出るのはよろしくないことは姫も重々承知しているので、管理人が戻ってくる足音が聞こえると、慌ててまたトラップドアを抜けて部屋に戻り、何食わぬ顔でオスワリして待っているのがご愛敬だ。

さすがの姫ちゃんも、ぶち抜いたトラップドアを元通りに戻すことはできない。だから、部屋を抜け出したのはバレバレなのに、すました顔で入り口で座っているさまは笑いを誘うものである。

いまは100%できなくとも、いつかはちゃんとできるようになる。なぜなら姫は強制されているわけではなく、自らの意志で部屋のなかで管理人を待つことを選択しているからだ。無理矢理やらされていることは、やらなくてよい状況になれば、やらない方を選択する。これは犬だって人間だってきっと同じだ。逆に犬が自らの自由な意志でやろうと決めた好ましい行動は、どんなことがあっても続けさせることができると管理人は信じている。

むろん、強制的にやらせてしまったほうが、結果は早く見えるのだ。無理矢理ケージのなかなどに閉じこめて、啼いてもわめいても一切無視して諦めるまで置いておくほうが、マテのしつけとしては早く結果が出るだろう。ただ、姫の場合は極端にあきらめの悪い、とてもしつこい性格だったのもあって、この方法では限界があると管理人は判断した。それより、時間がかかっても姫が自ら「動かない」という選択をするほうが、長い目で見ればメリットが大きいと考えた。

それに行きつくまでには、さまざまな試行錯誤があったし、山ほど失敗も繰りかえした。それでも結果よければすべて良し。少なくとも姫と管理人はこの方法が一番適切だったのだ。

飼い主と犬の組み合わせによって、ベストの方法はちがってくる。たくさんのオプションの中でどれを最終的に選択するかは、飼い主の判断にかかっていると管理人は思っている。

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呼ばれて、飛び出て、じゃじゃじゃじゃ~ん♪
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