正体
2006 / 10 / 13 ( Fri ) <はじめに>
きょうの日記はペットショップの生体販売に絡む話だが、管理人としてはペットショップで犬や猫を買った人を責める意図はまったくない。どこでペットを手に入れようが、一生責任と愛情を持ってきちんと飼うことが何より大事だと考えているからだ。逆に、ペットショップで猫や犬を手に入れた人にこそ、こういう問題をきちんと考えてもらえればとも思っている。なぜなら、現代のペットブームの陰で悲惨な目に遭わされている動物たちは、あなたの愛犬愛猫の親やきょうだいかもしれないからだ。たまたまあなたに出会わなければ、あなたの横で寝ているコたちも、同じ運命を辿っていたかもしれないのだから…… =============================== 今回、犬のテーマパークという場所で事件が起きたことで、巧く隠されてしまっている事実にこそ、目を向けて欲しいなと管理人は思っている。それは、あの場所が犬の動物園であったがゆえに、見過ごされている事実なのだ。 犬の動物園と、ふつうの動物園のちがいって何だろう? 管理人が思う一番のちがいは、ふつうの動物園ではお土産品のコーナーで売られているのは、せいぜい動物の形をしたキーホールダーとか、クッキーとか、写真くらいだという点だ。生まれたばかりのサルや、生後2ヶ月の子象や、乳離れした直後のトラの赤ちゃんを売っている動物園というのは聞いたことがない。 「動物園に行ってゾウをそばで見たら、すごく可愛い目をしててね。いいな、欲しいなって思ったら、帰りに子象を売ってたから、買っちゃった!」 なんてことはありえないのだ。むろん、ゾウはそんじょそこらで売っているものではないし、あまり一般的なペットではないのだが、たとえば犬のテーマパークとどうように「ふれあい」を売りにしているヤギや羊のいる牧場テーマパークでも、子ヤギや子羊を売っていることはないはずだ。 ところが、犬の動物園では帰りに子犬が買えるのだ。ここに大きな落とし穴がある。 人は、ある限られた空間のなかで疑似社会を体験すると、そのなかで起こったことと現実の境目があいまいになる。ドッグパークという犬好きにとっては夢のような空間で、可愛い(と来場者は思いこむ)犬たちとふれあうことで、犬が欲しい、犬を飼いたいという気持ちが募るのだ。そこに、いかがですか? 生まれたばかりのワンちゃんですよ。可愛いですよ。と売り物の子犬がおいてあれば、買っちゃおうか。カードも使えるみたいだし……ということになっても仕方がない。 ディズニーランドに行って多くの人が、ぜったいに今後一生使わないであろうミニーマウスの耳つきカチューシャを買うのと同じ心理だ。 家に帰って「なんでこんなもん買ったんだろう?」と後悔するのは判っていても、とにかくそのときは欲しくてたまらなくなってしまうのだ。 ミニーのカチューシャはべつにいい。ぬいぐるみにでもかぶせて、部屋に飾っておけば邪魔にはならない。いらなければ捨ててしまってもいいのだが、子犬の場合はそうはいかない。ドッグパークへのお出かけで、家族全員が疲れ果てているにもかかわらず、家に着いたとたん餌だウン○だシッコだ、と大騒ぎになる。はじめての環境で、寂し鳴きをするかもしれない。ひどい人だと、買ってきた当日に、こんな犬もういらない、捨てたいと思うかもしれないのだ。 ドッグパークの正体というのは、将来の夢を見せるテーマパークに併設した子犬の販売場だと管理人は考える。そして、あそこにいる多くの犬たちのほんとうの姿は、毎年発情期のたびに交配させられ子犬を産まされる、子犬製造マシンなのだ。 ドッグパークと呼ばれる施設の場合、入場料だけではしょせんビジネスとしては成り立たない。これはテレビで聞いたもののうる覚えだが、広島のケースでは最大の入場者数が2万人程度といっていた。たとえば、これが月の入場者数だとして、一人千円の入場料をかけても、月の売り上げが2千万円にしかならないのだ。数百頭の犬の維持費(餌代、医療費)にその世話をする人件費を足したら、ここからどれだけ利益が出るのか首を傾げたくなるところだ。 最初から商売にならないものをなぜはじめる人がいるのか。それは、それでもじゅうぶんに利益が出るサイドビジネスがあるからなのだ。 これは一部では有名な話だが、関東にある老舗の某ドッグパークは、繁殖所として有名だ。パーク自体で子犬を売っているだけではなく、あちらこちらの大型ペットショップへの卸しもやっている。 繁殖業者にとって、ドッグパークは一石二鳥の美味しいビジネスだ。ふだんは、年に2回の発情期以外は、タダ飯ぐらいの犬たちが、見せ物となって金を運んできてくれるのだから。 だから、今回の一件を、単なるドッグパークの崩壊と捉えるのは、ちょっとちがうと管理人は思うのだ。あそこは、犬と愛犬家の楽園の皮をかぶったペットミルそのものなのだから(ペットミルについて、過去の日記の8/30の記事をご参照あれ)その事実をより多くの人に正しく伝えるべきなのだ。 今回は、たしかに大量の犬が目も当てられない状態で見つかったし、それなりにインパクトも大きかった。だが、あれより数は少なくとも、同じように悲惨な場所はたくさんある(こちらは三重で最近あった繁殖場のレスキューレポート)。こうして取りあげてもらえないケースだって山ほどある。 誰にも知られず、今回の広島の犬たちのように骨と皮の状態になって死んでいく犬はたくさんいるのだ。見ようと思えば見えるのに、みんなが見ない振りをしているのだ。 管理人の周りにも、あんなひどい写真はもう見たくない。可哀想すぎて見ていられないという人はたくさんいる。 無理にすべての写真を見る必要はない。極端なことをいえば、どこの写真もみな同じ現場と見まがうほど酷似しているのだから。だが、せめて、広島の一件がひとりの鬼のような人間の悪行だという幻想を信じるのだけは止めて欲しい。あれは、氷山の一角だということだけは認識して欲しいし、それをしなければ、同じ悲劇がまた繰りかえされる。 ほんらい母親に甘え、きょうだい犬たちと転げ回って遊んでいるべき月齢の赤ちゃん犬が、ひとりぼっちでぽつんとショーケースにいるのって、おかしくないですか? マスコミでとりあげられたとたん、それまで犬種も知られていなかったような犬が、半年も経つとペットショップにいつも並んでいるのって変だと思いませんか? ちょっとでも大きくなると、赤札がついている犬って何なんですか? 売れ残ったら、あのコたちはどこにいってしまうのですか? それが命である以上、欲しいときに、いつでも手に入る便利さって、ほんとうに良いことなんですか? そんなことを、今度ペットショップに行ったとき、考えてみて欲しいのだ。このコたちはどこから来たのか。このコたちの親たちは、いまどこでどうしているのか…… テーマ:【緊急」広島ドッグパークレスキュー450頭 - ジャンル:ペット |
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