誤解
2006 / 10 / 12 ( Thu ) きのう、出稼ぎに行く電車のなかで、いつもの通り涎をたらして昼寝をこいていたところ、そばにいたオバサン2人組の会話が耳に入ってきた。
「あの事件、知ってる? ほら広島の?」 「もちろん知ってるわよ。毎日テレビでやってるじゃない。もう可哀想で見てられないわよ、あんなにガリガリに痩せちゃって。ひどいわよね、ほんと。飼うならちゃんと餌をやらなきゃ!」 …………なんか勘違いがあるような…………気がする(涙) たしかに、今回の一件が騒ぎになったのは、餌ももらえずガリガリに痩せた犬たちが大量に発見されたからだ。痩せこけて、糞尿まみれになった犬たちの哀れを誘う映像は、多くの一般人に衝撃を与えたことだろう。だが、どの報道も触れていないのは、これが氷山の一角だという大切な事実なのだ。 だいたい、なぜ一カ所に500頭あまりの犬がいるのか。その不思議さに言及している報道があっただろうか? たくさん犬がいたって当たり前じゃん、だって犬のテーマパークなんだから、と多くの一般人は思うことだろう。誰も犬のテーマパークというものの存在じたいがおかしいとは思わないのだ。 でも、おかしいのだよ。犬のテーマパーク、いわゆる犬の動物園があることじたい。犬はほんらい人間とともに生きるよう作られた動物だ。それが、数十頭に1人いるかいないかの飼育係に世話されて生きていることじたい、非常に不自然なことなのだ。 餌をちゃんとやっているから良いのではない。世話をすればいいのではない。それは最低限やるべきことであって、ほんらい犬が犬としてあるためには、人間と一緒に生きるということが不可欠なのだ。 だからドッグパークなどという犬のテーマパークなど、ほんらい存在することじたいおかしなことなのだ。(ドッグパークについてはLIVING WITH DOGSさんのところにこんな体験報告が載っていた。ぜひご一読ください!) とはいっても、管理人としては、いますぐ日本中にある犬のテーマパークをぶっつぶせ!といっているわけではない。それどころか、この余波で、あちらこちらにあるドッグパークなる施設が次々破綻したらいったいどうなるのか、とすら恐れている。 むろん、そういった施設にいる犬たちそれぞれのことを思えば、犬のテーマパークなどすべて潰れてくれたほうがいいと管理人も思うのだ。だが、じっさいそうなったら、広島の二の舞になるのは目に見えている。そして、それをすべて処理する能力(全頭を無事新しい飼い主に送り届けるということ)がある保護団体はいまのこの国にはおそらく存在しないのだ。ついでに言えば、そういった施設にいるすべての犬たちを引き取れるだけの里親家庭の受け皿もまだ整ってはいない。 だから、いまの時点では、既存のドッグパークを廃業に追い込むのではなく、新規参入でこういったビジネスに手を染めようとしている輩を押しとどめるだけにしておくべきだと思うのだ。 ただ、なぜドッグパークなる施設が、こんなにも花盛りなのか? なぜ人はそこに行くのか? なぜこの国にはドッグパークが必要なのか? そういったことは考えていかねばならないと思う。 上の記事にも書かれているが、ドッグパークが日本でうけた一番の理由は、入場料さえ払えば、好きな犬を思うままにいじれるという安直さなのだろう。犬なんて朝晩の公園に行けばいくらだっているのに、どうして人はわざわざ金を払ってドッグパークなんかに行くんだろう? 管理人もじっさいそう思っていたのだ。だが、友人の話を聞いて、はたと思いたったのだ。 彼は昔からの犬好きで、できれば家で飼いたいのだが、留守も多く、また住まいが集合住宅なので犬を飼うことができないでいる。そこで、ペットショップやドッグパークのような場所に犬をさわりに行くのだという。 「あんたみたいな奴がいるから、ペットショップの生体販売がなくならないんだ! 犬を触りたければ公園に行って散歩中の犬を触らせてもらえばいいでしょうが!!!」 「馬鹿か、おまえは! 変なオヤジが近寄ってきて、犬触らせてくださいっていったって、怖がられて逃げられるだけだろうが!」 たしかに、友人の言うことももっともなのだ。子どもも犬も連れていないただのおっさんが、公園を独りでうろうろしていたら、痴漢か何かと勘違いされて通報されるのがオチなのだ。怪しいオッサンでなくとも、飼い主さんがたくさん集まっている公園に独りで行って、犬を触らせてください、なんていうのは誰にだって勇気がいる。 そういう需要があるからこそ、犬を見せ物にするショップやテーマパークの経営が成り立つのだ。たとえば、どんな公園でも自由に犬を触れる時代になったら、ドッグパークなんて施設はいらなくなる。近所の公園でこと足りるのなら、誰も入場料を払ってわざわざドッグパークになんか行かなくなるのではないだろうか? そういう時代になれば、ドッグパークをはじめようなんて人間はいなくなるのではありませんか? ということで、ここから先は、いつもの「それぞれができること」の話になるが、すべての飼い主さんが「どうぞ、どうぞ、うちのコは撫でられるのが好きですから、どんどんグリグリしてやってください」というだけで、広島で起こったような事件が再発するのを直接的ではないにしろ間接的には防ぐことができるようになる。 べつにわざわざ見知らぬ人に声をかけ「うちの犬を撫でろ」という必要はないのだ。ただ「触ってもいいですか?」と声をかけるのはけっこう勇気がいるものだから、ちらっとこちらを見て「可愛い」とか声を漏らす人がいたら、そのまま無視して通り過ぎるのではなく「よかったら撫でてやってくれませんか?」とちょっと声をかけてみるだけでいいはずなのだ。 「お願いすれば、撫でさせてあげてもいいことよ」 ではなく 「どーぞどーぞ、グリグリっといっちゃってください」 とスタンスを変えるだけで、じつは触りたいけど触れない。仕方がないからドッグパークにでも行きましょうという人の何割かは公園に犬を撫でにやってくるようになる。ついでに言えば、そういう人たちに、犬を飼うということの真の姿を伝えることもできるはずだ。ドッグパークでは、犬の体験お散歩などはやらせてくれるが、その際、糞の処理などはすべて係員がやってくれる。ほんらい、ウン○袋を下げないで散歩など成り立たないと思うのだが、そういう疑似体験パークでは汚いことは一切やらせない。それも管理人は問題だと思うのだ。もひとつおまけに、そうやって一般の人に犬を触ってもらうついでに、正しい犬の撫でかたなども伝授することができるのだ。 いまだに、日本人の多くは犬の頭を撫でようとする。たとえば虐待された経験を持つ犬だと、上から手が伸びてきただけで、恐怖で噛みつくコなどもいる。一番安全で、なおかつ犬にも心地よい撫でかたは、顎の下に手を出して、まずひとしきり臭いを嗅がせてやったあと、ゆっくり顎の下か耳のうしろをかいてやることだというのは、意外に知られていないやりかたなのだ。 そういうことを一般の犬を飼っていない人に教えていくだけでも、長い目で見れば大きな効果があるはずだ。むろん、ひとりふたりがやっただけでは何も変わらないかもしれないが、すべての心ある犬飼いがこういうことを心がけるだけで、おそらく犬をとりまく社会が少しずつでも変わっていく。 (またもや、明日につづきます) テーマ:【緊急」広島ドッグパークレスキュー450頭 - ジャンル:ペット |
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