喰ってけよ!
2008 / 03 / 21 ( Fri ) 棒ダラ(特大)にはほろ苦い思い出がある。
![]() 2年前の春、我が家で棒ダラ(特大)を初めて購入したとき、見たこともないほど巨大な干し魚に、ツチノコ兄弟は狂喜乱舞した。ディーは魚が大好きだったので、もちろん彼にもさっそくやったのだが、当時、ディーは下痢を頻繁に繰りかえしていた。その原因が体内にできた腫瘍だということに、飼い主もまだ気づいていなかったころの話だ。 大好きな棒ダラをやるたびに、ディーはその後下痢を繰りかえす。原因が判らぬままに、それでもタンパク質の摂りすぎは弱った胃腸に良くないと医者に言われ、けっきょくディーには棒ダラ(特大)を食べさせるのを止めてしまった。 とりあえずお腹が治ればまた食べれるし。また来年買ってやれば良いさ、と飼い主は甘く考えていたのだが、けっきょくディーに来年はなかった。それから2ヶ月も経たないうちに、奴はとっとと虹の橋を渡っていってしまった。 下痢をしようが何だろうが、最後にお腹一杯棒ダラ(特大)を食べさせてやれば良かった、といまになるとつくづく思う。くだらないことだが、逝ってしまった愛犬を思うたびに、そういう後悔がたくさん残るのだ。 ディーはグリーニーズも大好きで、だんだんと痛みが増してきて食餌がなかなか咽を通らなくなっても、グリーニーズとレバーだけはぜったいに断らなかった。痛み止めを飲む回数が増えてきて、食べられるものが極端に減ってきたとき、管理人は一念発起してディーのために特大のグリーニーズジャンボサイズを買ってやった。それも箱入りで。1ヶ月分近くをまとめ買いして、それを全部食べきるまでは生きていて欲しいと願ったのだ。 だが、ようやくジャンボグリーニーズが届いたとき、ディーの病気は、すでに何も食べられないくらいまで悪化していた。目の前で命の光が消える瞬間を目の当たりにしたとき、不思議なことに管理人はまず思ったのだ。 「せっかく買ったんだから、せめて1コぐらいは喰ってけよ、ジャンボグリーニーズ!」 人間、悲劇のどん底に突き落とされた瞬間には、意外なほどに妙なことばかりが頭に浮かぶものなのだ。 けっきょく納得がいかなかった管理人は、せめてもという思いで、ディーを火葬にするときにジャンボグリーニーズを一緒に持たせてやった。お骨を拾う段になり、真っ白なはずのお骨に緑の染みがついていることに気づいた。 グリーニーズをお棺に入れるのは止めておいたほうが良い。お骨にカビが生えたようになって美しくない。 それはさておき、犬猫を見送るたびに、管理人は山ほど後悔してしまうのだ。ああしてやれば良かった、こうしてやれば良かったと後悔のネタには事欠かない。一代目のDukeの時は、ケーキだのせんべいだの、人間と同じものを食べさせたために、腎臓を悪くして死なせてしまったことに後悔が残った。ディーの場合はDukeのときと同じ失敗を繰りかえさないようにと、身体に良いと言われる餌やおやつばかりを選んで与えていたにもかかわらず、やっぱりいまになると山ほど後悔が残るのだ。まだ来年があると思っていたのに、犬にとって来年は人間のそれよりずっと先にある。そこまで行き着けないこともありえるのだ。とくに老犬になるとね。これが最後かも、と思わずにはいられなくなる。 そろそろ桜も咲き始めたことだし、棒ダラ(特大)を持って、Dukeとディーのお墓参りに行くことにしようかね。人は死ぬときあの世に何も持っていけないらしいが、もし何かを携えて三途の川を渡れるのなら、ディーのために、棒ダラ(特大)とジャンボグリーニーズを虹の橋の向こうまで持っていってやりたい。 |
教育ママ飼い主の失敗
2007 / 12 / 17 ( Mon ) 管理人の愛読書はペット用グッズのカタログである。暇さえあれば、カタログを見ながら、新しいタイプの犬猫グッズにこれ欲しいなぁ〜と涎をたらしているのである。むろん、貧乏飼い主の管理人はお犬さまお猫さまのために、あれこれ買ってやる余裕などない。おもちゃや服を買ってやれるのは生活に余裕のあるブルジョア飼い主のやることで、貧乏飼い主はまず犬猫に満足に喰わせてるだけでもいっぱいいっぱいなのである。
だから、犬猫のおもちゃは手作りか、100均で買ったものばかりだし、服はもちろん子供服のバーゲンのリフォームばかりである。 とはいえ、ツチノコ兄弟がパピーだった頃には、管理人も厳しい財政状態のなかあれこれやりくりして色んなおもちゃを買ってやったのだ。とくに、知育玩具と呼ばれる「これを使えばあなたの愛犬の頭が良くなる」みたいなグッズには当然のように飛びついた。 うちのコたちはもちろんこれ以上必要ないほど天才犬に決まっているが、もっと頭が良くなるのに越したことはなかんべ。 この辺りの飼い主バカ心理は、我が子の教育費に数百万円をつぎ込み、かたや親は爪に火をともすような生活を送る親ばか心理と同じようなものだ。これを使えば、愛犬の頭が良くなると言われると買わずにはいられないのだ。むろん、飛びきり頭の良い犬とマヌケな飼い主の組み合わせは悲劇を呼ぶ可能性があることを知るのは、ずっとあとの話である。 ともかく、ツチノコ兄弟がパピーだった頃は、管理人も希望に燃え、明るい未来が目の前でキラキラしていた思いきり脳天気な新米飼い主だったのだ。管理人の予定では、我が家の愛犬たちはみんなが羨むスーパードッグに成長する予定だったし、スーパードッグ道を極めるためには、やはり幼児期から教育費に金をけちっちゃなんねぇ、とこう思っていたわけだ。 ちなみに、どれほどすばらしいスーパードッグ予備軍であっても、飼い主がマヌケな場合にはただの犬にしかならないということに気づくのも、ずっとあとの話である。 で、我が家ではこんなグッズを買ってみた↓ これはね、なかにおやつやフードを入れてやると、なかの螺旋状の通路を通って、そのおやつがコロコロ出てくる仕組みなのだ。ボールを転がす角度や方向によって、たくさん出てきたり、少ししか出てこなかったり、どうやったらたくさん出るかを考えることで、犬の頭が良くなるという話だったのだ。 で、我が家のお坊っちゃまたちは、新しいおもちゃに夢中になり、しばらくは一日中このボールを追っかけてゴロゴロ、ゴロゴロやっていた。ゴロゴロバタバタという音が聞こえるたびに、我が愛犬の脳細胞が10万個ずつ増えるような気がして、教育ママの飼い主としては、いや、けっこう高かったが良い買い物をしたもんだ。これで我が子たちもスーパードッグ道まっしぐらだと満足感に浸っていた。 ところが、このおもちゃには大きな欠点があった。というよりも我が家の世界一賢い愛犬たちの高すぎるIQは、このおもちゃの発案者の予想を遙かに超えていたのである。 ある時、いつもゴロゴロ、ガタガタバタバタという音ではなく、ガキ、ゴリ、ピシっという不安な音が聞こえてきて、なにをしくさっているかとようすを見に行ったところ、DJがおやつが出てくるのとはちがう方の、人間がおやつを詰めるための口をみごとに破壊していた。 いくら転がしても数粒ずつしかフードの出てこないおもちゃに苛立ったディーは、管理人がもう一つの口を開けて、そこから一気におやつを詰めるようすをしっかり観察していたのである。あっちの口はいくらやっても少しずつしかおやつが出てこないが、もう一つの口を開ければいっぺんにぜんぶが食べられるということを、彼は管理人の行動をじっくり観察することでしっかり学習したのである。 まー、どーしましょっ! やっぱりうちのコたちは天才かもしれないわ!? ちなみに、おそらく世界一頭の良い我が家の天才犬たちは、その後、その有り余る才能を飼い主の意図とはまったくちがう方向に開化させ、けっきょくどこに出しても恥ずかしい犬にみごとに成長したのである。 頭が良くなる知育玩具が必要なのは、犬じゃなくて飼い主のほうだ。それを身をもって学習するのが、じつは犬を飼うということなのかもしれない。 ![]() えっ? おもちゃ壊しちゃダメだって? そんなの関係ねぇ〜!! |
思い出話に泣き笑い
2007 / 09 / 26 ( Wed ) デカ犬たちを引き連れてぼーっと散歩していたら、姫がいつものようにクンクン草むらの臭いを嗅ぎだした。いつもより熱心に書き込みを読んでるなぁ〜と、ぼーっと見ていたら、大きな石の下から紙に包んだ何かを目にも止まらぬ速さで引きずり出し、バクッと口に入れようとしたので、管理人の雷が落ちた。
拾い食い、すんじゃねぇ!!! 管理人はもちろん、犬を優しく教え導く陽性強化の信奉者である。管理人がどうぞ、と差しだしたものだけを食べるお行儀の良い犬にすべく、日々お稽古は続けているが、姫が、食べ物を見つけてそれを口に入れる前に、管理人の許可を得るようになるまでには、おそらくあと150年ぐらいはかかるだろう(深いため息) せっかく見つけた食べ物を取りあげられて不満げな姫をよそに、奪い取った紙包みを遠くに投げ捨てながら、ディーがまだ元気だったころに、同じようなことがあったなとふと思いだした。 ある日、夜の散歩で歩いていたとき、3頭が一斉に一本の電信柱に向かって突進していったことがあった。ツチノコ兄弟も姫も、臭いに敏感なセント・ハウンドなので、散歩のときの書き込みチェックは3頭共通の趣味なのだが、興味の対象がちがうせいか、全員が同じ場所に集中することはあまり多くはないのだ。珍しいなっとぼーっと見ていると、わりとすぐにその場を離れ、3頭は元気に歩きだした。 必死な形相で突進したわりには、タイトルだけ読んで諦めるとは、これはまた妙なこと? で、その後も3頭と2人はダラダラと近所の住宅地を歩いていたのだが、何だか犬どものようすがおかしい。具体的にいえば、ディーが挙動不審なのだ。 管理人は、散歩の途中でやたらと犬に話しかける、一般人から見るとかなりイッチャッてる犬飼いである。 「お花がきれいに咲いてるね、もう春だねディーくん」 「ようやく涼しくなったね。良かったね、カイちゃん」 「きょうの夕飯は、何にしようかね、姫さん」 で、昔からの癖なのだが、管理人がやたら話しかけるのは3頭のなかでもディーに対してが一番多かった。「○○だよね、ディーくん」と言うたびに、ふだんならディーは顔を上げて、満面の笑顔でこちらを見るのだ。ところが、なぜかその時は、何を言ってもディーは下を向いたまま。 ん〜何かがおかしい。ぜったいに、変だ。 そこで、ディーのことを呼んでみた。 「ディーくん、こっち向いて」 まるっきり無視。 「ディーくん、可愛いディーくん♪」 それでも無視。 「DJ! こっちを見なさい!」 渋々顔を上げたディーの口には、ナプキンにくるまれたフライドチキンの骨がしっかりくわえられていた。 何くわえとんじゃ、おんどりゃぁ!!! しつこいようだが、管理人は褒めてしつける陽性強化の信奉者である。だが、愛犬が口に生ゴミをくわえているときは、ついつい地が出てしまうものだ。 これが姫なら、骨をゲットしたとたんに一気呑みするところだが、お坊っちゃん育ちのディーは、せっかくだから家に持って帰って、ゆっくり楽しもうと思ったのだろう。だが、見つかったら取りあげられるのがわかっているので、ずっと下を向いて歩いていたにちがいない。まったく、毎日たらふく食わしてやってるのに、何で拾い食いなんかするかなぁ〜 当時は、拾い食いは問題犬の問題行動で、頭が痛い話だったが、ディーを見送って1年以上経つと、そんな騒ぎすら懐かしく思う。顔を上げろと言われて、渋々こちらを向いたときのディーの間抜けな表情を思いだすだけで、思わず泣き笑いしてしまう管理人なのである。 ![]() |
もし……
2007 / 06 / 27 ( Wed ) 数日前、うちの近所でデモがあった。たくさんの人が列をなしてぞろぞろ歩きながら「○○反対!」とか叫んじゃう、あのデモである。
なぜ東京のチベットと呼ばれるこんな地味な場所でデモをしているのかは永遠の謎だ。いくら声の限りに叫んでも、もともと住んでいる人の数が少ないのだからたいした成果は得られないと思うのだが? おまけにデモ隊の集合場所がなぜかうちの隣の公園だった。これまた、なぜよりによって駅から遠く、非常に交通の便の悪いこんなマイナーな場所で集合するのか。まったくもって、わけがわからん。 んでもって散歩に出かけようと門を出ると、うちの前に機動隊がいた。思わず、姫の絶叫があまりにうるさくてついに機動隊突入か!?など様々な妄想が頭をかすめたが、なんのこたぁ〜ない、デモには警備の警官がつく。これがどうやらお約束らしい。 とはいっても、こんな地味な場所でやっている超地味めなデモが暴動に発展するわけもなく、従ってお巡りさんたちは皆さんとても暇そうで、デカ犬2頭に引きずられて現れたオバサン2人に快く道を開けてくださった。警官隊に見送られて散歩にお出かけなんて、人間長く生きてると色々妙な体験をするもんだわさ。 その後、近所を歩きまわって家に戻ると、デモ隊はすでに解散していて、なぜかうちの門の前で携帯を手にあれこれやっているオッサンの集団がいた。それを見て、途端に警戒モードに入るお姫さま。 「ちょっと、ちょっと、ちょっと、あの人たちうちの前で何やってのんかしら? 怪しいわね。注意してやったほうがいい?」 いいから、姫ちゃん。アンタがこの至近距離で叫んだら、オジサンたちビックリして腰を抜かすから。 「そう……なら黙ってるけど。でも……」 いちおう叫びはしなかったが、疑いの目でオジサンたちを睨みつける我が家の番犬。それに対して黒いコの方は、何とかオジサンたちに撫でてもらおうと妹を引きずりながらにじり寄る。 ……ったく(-。-) 決して番犬にはなれないご陽気な黒いあいつ。 とりあえず何ごともなく犬たちを引きずって家に入ったあと、妹とこんな話をして大笑いしてしまった。 「もし、ディーが元気だったら大変なことになってたよねぇ〜」 「ディーだったら、ぜったいあの人たちはオレに会いに来たんだって信じて疑わないだろうし」 「たぶん、一心不乱に家に駆け戻って、ぬいぐるみくわえてオジサンたちに見せに行くよねぇ〜」 ディーがいなくなってしまったことを心底寂しいと思うのは、こんな時だ。でもこうしてディーのことを忘れずにいることで、ディーは管理人たちの中でしっかり生きていくんだよね、きっと。 |
ジンクス
2007 / 02 / 14 ( Wed ) とりあえず、宣伝から……
きみはもうやったか!? コメント欄がね、皆さんのうんPに対する思い入れがひしひしと伝わってきて、かなりおもろいのよ。覗いてみてね、うんPアンケート♪ きょうはバレンタインデーだ、ああめでたいね。 夕方からおめかしして、せっせっと作った手作りチョコを携えて夜は彼氏と夜景の見えるレストランでオサレにディナーなんて…… ♪そんなぁ〜時代もぉ〜あったねとぉ〜♪ (遠い目) みゆき、アンタがTOKIOに作ってやったあの曲、良かったよ。あの、船こぐ歌ね。管理人、気に入ってるのよ。 「おまえが消えて喜ぶものにおまえのオールをまかせるな」 って、あそこがいいよね。泣けるね。アンタもいろいろ苦労したんだね(涙) まっ、そんなことはどうでもいいんだが…… ともかくきょうのバレンタインデー、じつは管理人としては数日前からドキドキだった。ステキな殿方に手作りチョコを渡してコクる予定があったからではもちろんない(断言)。 姫が我が家に来て以来、バレンタインデーに限って毎年惨劇が起こっていたからである。 1年目は犬飼いおなじみの「アレ」にまみれて大掃除(涙) 次の年は、多くの犬飼いを悩ませるこんな事件が勃発。 だから今年も半分覚悟していたのだよ。朝起きたら部屋の真ん中にほかほかのアレが落ちてるんじゃないかなって…… 本日、姫が我が家にやってきて3度目のバレンタインデーになって、ようやく管理人は何ごともなく心静かに朝飯をかっ喰らうことができた。うんPを床からそぎ落とす必要もなく、犬たちが食い散らかした残骸を拾うこともなく、管理人のバレンタインデーは滞りなく始まったのである。 まだ、わからんけどね。(管理人的には)1日はまだ始まったばかりだし。 朝起きて、部屋にうんPが落ちていないのは、ごくごく当たり前のことだと思う。散歩から帰ってきたら食い散らかされた残骸が部屋にないのもふつうのことだ。だが、そんな当たり前のことでも「やった! 今年はオッゲェー!」と喜べるあたり、管理人はやっぱりとてもおめでたい奴だ。同時に、あれこれあったが姫に家庭犬たるものこうあらねばならぬ、としつこくしつこく教えてきて良かったなとも思う。こうして何もないバレンタインデーを毎年迎えられるようになり、数年後には「また何か起こるのでは!?」というジンクスに怯えずにいられるようになれば、と思う。 日本では、バレンタインデーというと女性から男性に告白する日と思われがちだが、欧米では友人や家族にもお菓子(必ずしもチョコとは限らない)や花などを贈ってI Love You(大好きくらいの意味)と伝える日でもある。 せっかくだから、我が愛犬にも心からI Love Youっていってあげようね。いまは遠くに行ってしまったコたちにも…… I Always Love you ![]() |










