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4年の歳月

細切れ睡眠のせいで、眠くていまにも気絶してしまいそうな管理人である。

だが本日、日本人の多くのは寝不足でぼーっとしているはずなので、管理人は平均的日本人ということになる。なにせ、今朝方の蹴鞠の試合、視聴率が40%もあったらしいからね。今後、せっせと日本チームが勝ち進んでいった場合、試合の翌日は最初から国民の臨時祝日にしてもらいたいもんである。

だって、頭ぼーっとしてて仕事なんかにならんもん。

その代わり、その週の日曜日はお仕事の日にして良いからさ(-。-) ぼそっ

それにしても日本のサッカー、強くなったよねぇ~。管理人はにわかファンなので、蹴鞠のことはよくわからんが、今回のワールドカップはいままでとはちがうぞと素人でも感じるのだ。選手の技術も上がったし、いまは海外でプレイする人も多いので経験も積んできたのだろうが、何より気合いがちがうって気がする。本番前に散々叩かれて、選手もスタッフもほんとに本気になったんだろうね。

腹をくくると人は強い。その当時も、選手はむろん頑張ってはいたのだろうが、ありゃありゃと言っているうちに予選敗退したドイツ大会の日本チームとは気迫がちがった。

あれからもう4年が経ったのだなとつくづく思う。

ブラジルにどんどんゴールを決められて、なすすべもなく負けていく日本チームを横目に見ながら、病魔に冒されて苦しんでいるディーのお腹を泣きながらさすっていたのは、ちょうど4年前の昨日のことだ。やはり深夜の試合中継を聞きながら、痛みで眠れないディーを必死でなだめ、どうにかして楽にしてやる方法はないものかと絶望的な想いを抱いていたあの晩。

朝になって、ディーは虹の橋を渡っていった。

蹴鞠はとくに好きではないが、ワールドカップに関してだけは異常に思い入れがある理由は、4年ごとに侍ジャパンの青いユニフォームを見るたびに、あの日の出来事がはっきりと蘇ってくるからだ。犬猫と一緒に暮らしていれば、いつか別れの日が来るのはお約束で、奴らを置いて逝くことを考えたら、ちゃんと見送ってやれることは飼い主冥利につきるのだが、それでも、最期に苦しい思いはさせたくないとディーを見送った経験から思うのだ。

痛みを和らげてやりたくても、どうしてやることができなかったあの日の無念さを、なすすべもなく負けていった侍ジャパンの選手たちが感じていただろう無念さに重ね合わせているのかもしれない。

だからね、極端な寝不足に陥っても、やっぱり応援してしまうのだ。

いまさら侍ジャパンが勝ったからといってディーが戻ってくるわけじゃないが、それでも応援に力が入る。次は打倒パラグアイだぜ。この際だもの、この勢いでベスト4まで一気に駆け上って欲しい。

4年の歳月は人を変える。

だが4年経っても忘れられない想いはある。

姫の危篤騒動ですっかり命日が過ぎてしまったが、今年も棒ダラ(特大)を持って、ディーの墓参りに行かなくては。寂しがり屋のディーのことだから、管理人たちが会いに来るのを首を長くして待っているにちがいない。

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ジャンル : ペット

ゴミか思い出か

数年ぶりの大掃除をしていると、びっくりするようなものを発見する。

たとえば、料理本……それもシリーズ一式。誰が買ったのだろうか? っつぅかたぶん管理人が買った物だとは思うのだが……なぜ?

当時は嫁に行こうなどという大それた野望を抱いていたのかもしれない。ちなみに、この料理全集は一度も開かれることなく資源ゴミの運命を辿った。資源になるとはいえ……超がつくほど無駄じゃん?

もっと驚いたのは手芸セット一式だ。これまた謎の所有物。編みかけのセーターが2枚ほど出てきたのだが、それはまあ良いとして(管理人、こう見えても編み物はけっこう得意だったりするのである)どうしても謎だったのはパッチワークを作ろうと試みたと思われるカラフルな布の切れ端集団だ。それが、何枚か接ぎ合わされているものもあったので、たぶんパッチワークなんだとは思う……思うんだが……

ちなみに管理人は裁縫がものすご~く苦手である。ボタンが取れたりスカートの裾が降りてしまっただけで「この服は壊れてる」と廃棄してしまうような人間なのだ。いや、裾上げはたまにやる……セロテープかホチキスで(-。-) ぼそっ 中学時代、家庭科の授業が死ぬほど嫌いで、男子が大工仕事をしているのを見て、ぜったいにあっちがやりたい! とずっと思っていたほどなのだ。そんな管理人がなぜパッチワーク?

当時は、キツネかツルが憑いてたのかもしれない。それとも、よっぽど暇だったか……

ぬいぐるみも、今回100コぐらい出てきた。いまうちにいるコたちは、誰もぬいぐるみに興味を示さないので、とっとと捨ててしまえばよかったのだが、ディーが死んだ直後は、大好きだったぬいぐるみを単なるゴミだとはどうしても思えなかった。

どれも、ガビガビでドロドロで、他人が見たら、どこから見ても単なるゴミなんだけどね(笑)

比較的きれいな物は、他のワンコに使ってもらうことにして、今回、そのほとんどは捨ててしまった。手元に残したのは、ディーが何より大好きだった白い大きな犬のぬいぐるみのP子と、生家からもらわれてきたときから銜えていたカバさんのぬいぐるみだけ。

この二つは、やっぱりどうしても捨てる気になれない。ちゃんと洗って、はみ出している内臓を縫い合わせてやって、どこかに袋に入れてしまっておくことになるだろう。いま思えば、お骨にするときに一緒に持たせてやればよかったのだが、気が動転していたのだろうか? それとも、ディーと一緒にP子やカバさんが消えてしまうのがどうしても嫌だったのかもしれない。ともかく、ディーに持たせてやることができなかった。

けっきょく、P子とカバさんはいまでも管理人の手元に残っている。捨てるわけにもいかず、かといって、他人から見たら単なる汚いぬいぐるみなわけで……

カイや姫を見送るときに、ディーに渡してって持っていってもらおうかな(-。-) ぼそっ

カイはともかく、姫はきっとムッとするだろうが。「なにこれ!? こんな汚いぬいぐるみ、アタシはいらないわよ!」ってぜったい言うと思うけどね(笑)

やがてカイと姫を見送る日が来たら、大好きなおもちゃを持たせてやろうと思っている。カイにはゴムボール、姫にはまつげちゃん。虹の橋の向こうで、退屈せずに遊べるように。ポセは、いまのところ大好きなおもちゃがないけれど、これから何年も一緒に暮らしていくうちに、きっと、これだというものが見つかるだろう。

その時は、哀しすぎて物にさえ執着してしまうけれど、持ち主のいなくなった物など、しょせんはただの物なのだ。それで遊んでいた楽しそうなうちのコたちの表情は、ちゃんと思い出に残るのだから、それで良いとディーを見送って4年経ったいま、ようやく思えるようになってきた。

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お盆の季節

うちの近所はこの季節、お盆である。

ゆえに、道端に迎え火、送り火を焚いた灰の山をあちらこちらで見かける。

それと一緒に落ちているのが、ナスやキュウリに足をつけたお馬さんたちなのだが、散歩の途中でうちの犬どもは、これの臭いを熱心に嗅ぐのだ。

野菜がそれほど好きではないカイや姫にとっては、割り箸のささったナスやキュウリは単なる道端にあるオブジェである。だが、思い起こせば10年前、まだ好奇心旺盛だったツチノコ兄弟が初めてこれを目にした時は、ちょっとした騒ぎが起こったものだ。

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何にでも興味を持ち、この世のものはすべて自分を楽しませるために存在すると信じて疑わないディーが、道端に落ちているこの奇妙な物体を、当たり前のように銜えてとことこ歩きだしたのだ。

ぼーっと散歩をしていた飼い主は、最初、その事実に気づかなかった。

しばらく歩いて、ふと我が愛犬の口元に目をやると……奴はしっかりナスを銜えていた(^_^;)

何やってんの、アンタは!

口からナスを出させて、また元の場所に戻しに行って、それからとくとくと説教をした。あれは、アンタのオモチャじゃないから、勝手に持って来ちゃいけないの!

それから、毎年お盆のたびにナスやキュウリを道端で目にするうちに、犬たちも、あれはああいうものなのだとその光景に馴れたようだ。いまは、いちおう臭いは嗅ぎに行くが、すぐに興味を失って、散歩の先を急ぐようになった。

あれが、犬たちの好きではない野菜だから良いのよね。もしそうじゃなかったら……

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せっかくのお供え物なら、もっと美味しいものを置くべきね。
焼き豚やロースハムの塊に脚をつけるのはどうかしら?

んなもんが落ちていたら、アンタらを引き離すのが大変だ。だいたい、うちが散歩に出るような時間には、すでに先に歩きまわっている他の犬たちに食い荒らされて、割り箸しか残っていないと思うがね(-。-) ぼそっ

お盆になると、遠いところからご先祖さまが帰ってくるのだと言う。

ディーもやっぱりこの時期、家に帰ってくるのかな?

そう思うと、脚つきのナスやキュウリと一緒に、ディーの好きだったぬいぐるみも並べておきたい気分になる。
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一日五千秋

今日はディーの命日だ。

先週末に、大きな棒ダラを持って、ディーの墓参りに行ってきた。もう3年も経つんだな、と先日、岡田ジャパンがワールドカップ出場を決めた試合を見ていて思ったものだ。

ディーが、管理人や仲間たちを置いてとっとと虹の橋を渡っていってしまったのは、前回のドイツ大会でジーコジャパンが大敗したまさにその日だった。だから、前回のワールドカップを管理人はほとんど何も見ていない。ただ、今後も、ワールドカップのたびに、ああ、そう言えばあの時と色々思いだすにちがいない。

生まれた時から、文字通り一緒に育った相棒を失った時まだ7歳だった黒いかたも、今年はもう11歳だ。ずっと健康診断では花丸つきの健康体だったカイザーも、去年の秋辺りから、身体に色々不調が見つかるようになった。とは言っても、大型犬の10歳にしては、まだまだ元気ではあるのだが、それでも、いきなり暑くなってきたこの季節は、散歩に行ってもすぐに疲れてしまう老犬になってしまった我が子を見ながら涙に暮れる飼い主なのだ。

犬の一生ってほんとうに短い。どんなに頑張っても20歳まで生きたら奇跡に近いほどの長寿なのだから。人間に比べると、奴らは5倍のスピードで歳をとっていく。

ついこの間手がかかるパピーだったはずのコたちが、あっという間に老犬フードを食べる歳になってしまうのだ。

犬の寿命は人間よりもずっと短いと頭ではちゃんと理解していても、それを身に染みて感じたのは、やっぱりディーが逝ってしまったあとだった。ディーの病気がわかってからの1ヶ月は、ほんとうに1日の長さが1/5になってしまったように感じたものだ。

あの1ヶ月、管理人にとっては最後にディーと一緒に過ごせる1日1日がほんとうにとても貴重で、大切だった。そして、奴が後ろも振り返らずにとっとと逝ってしまったあとで、どうして、それまでの7年7ヶ月を同じように大切に過ごさなかったのかと死ぬほど後悔したものだ。

その後悔は、いまでもやっぱり残っている。ディーのために、もっとたくさん時間を使ってやらなかったことを、やっぱり管理人は後悔している。たぶん、一生後悔し続ける。

だから、後悔が少しでも少なくなるよう、カイや姫のためにはできる限りのことをしてやりたいと思うのだ。

それでも、やっぱり後悔するとは思うけれど……

もし、タイムマシンが開発されたらディーが元気だったあの頃に戻って、一から全部やりなおしたい。もっともっとディーのためにたくさん時間を使ってやりたい。

もっと、もっと、何度も、何度もディーにGood Boyと言ってやりたい……

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手がかかる犬

ディーの病気がわかって以来、ほぼ一ヶ月、管理人の毎日はディーを中心にまわっていた。
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ディーだけを連れて1日に何度も散歩に行き、検査のために病院に通い、とにかくなにかを食べさせようと、食餌もすべて手からやっていた。それまで一度もやったことがないことばかりだった。最後の1ヶ月間、管理人はディーとこれまでにないくらい濃密な日々を過ごした。

ディーとカイは一緒に我が家にやって来たので、いつも2頭で1頭の扱いだった。その後姫がやって来て、やたらと手がかかる姫に管理人の時間がとられ、比較的手のかからなかったツチノコ兄弟はいつもほったらかしなっていた時期がある。そのことを、何より後悔したのは、ディーの病気が発覚したときだ。手がかからないからと言って、手をかけていなかった自分の愚かさを後悔した。だが、それを挽回しようにも残された日々はそれほど長くはなかった。

管理人とふたりきりで散歩に出かけるディーはほんとうに嬉しそうだった。自分だけが特別で、管理人を独り占めにできることがディーにとってはこの上ない喜びだったのだ。たった1ヶ月のことだったが、それでも最後にそういう時間を過ごせたことを管理人は幸運だと思う。何が悪いのかわからずに、あのままディーが逝ってしまっていたら、きっともっと多くの後悔が残っていたのだと思うのだ。

たとえ手がかからない犬であっても、手をかけてやらなければいけないのだと、期限つきの1ヶ月間のあいだに管理人は思い知った。その後ディーがいなくなり、2頭飼いになっても、次の1頭を迎え入れなかった理由はそこにある。

管理人の技量では3頭飼いは負担が大きいが2頭までならなんとか全員に目配りができる。2頭になったとたん、姫の問題行動が次々姿を消したのもたぶんそれが理由なのだ。自分にはまだ3頭飼いをするキャパはないとつくづく実感せずにはいられなかった。

最近は仕事が忙しいこともあって、我が家の動物たちのために使ってやれる時間には限りがある。たとえばすみれを居候させていたように、無理をすればあと1頭なんとか受け入れることはできるだろうが、そうなると、一番手のかからないカイの世話がお留守になる。今年10歳になるカイと一緒にいられる時間は、残念ながらもうあと数年しか残っていないだろう。それを考えるとやはりいまはこれ以上犬の数を増やすことはできないのだ。

処分を待つ犬たちの姿を見るたびに、自分の力のなさを思い知らされる。

手がかからない犬は、どうしてもほったらかしになってしまう。だが、手がかからない犬でも、意識して手をかけてやらねばならないのだ。手をかけてやらなくても、彼らはおとなしく我慢しているが、でもどんな犬でもちゃんと手をかけてやらねばいけないと、管理人は今は思うのだ。多頭飼いは確かに楽しいが、飼い主の技量を超えてしまったときには、人にも犬にも負担がかかる。

手がかからない犬はたしかにいるが、手をかけなくて良い犬など存在しない。大切な愛犬にきちんと手をかけてやらなかったことを、愚かな飼い主は今もやっぱり後悔している。
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スーパードッグにはほど遠い、おとぼけワンコたちと暮らすフツーの飼い主


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