多忙ゆえ……
2008 / 05 / 11 ( Sun ) 脳天気な愛犬の動画でお茶を濁すなり(^_^;)
すまんねm(_ _)m |
シッコたれ、ふたたび
2008 / 05 / 08 ( Thu ) 近ごろ、管理人はとことん落ち込んでいる。なぜならGW後半にかけて毎日布団を丸洗いする羽目に陥ったからだ。
そう、またあいつのシッコたれ癖が復活したのである。 ![]() シッコたれ男です、こんばんわ あぁ〜何てこと、何てこと(T_T) 去勢手術が終わった瞬間に、もうこれで一生苦しまずに済むと思っていたのに(。_ _) 今回、管理人が哀しいのは、被害に遭っているのが犬部屋の布団だけだということだ。前の時はさ、妹の部屋も同じくらい大きな被害を被っていたので、お互いに傷を嘗めあって慰め合うことができたのだ。だが今回、被害に遭っているのは管理人の布団だけである。 そう、ここがポイントなのね。今回、シッコまみれになっているのは、管理人の布団だけなのだ。手術前にさんざん被害に遭った犬用ベッドにはしていない。なぜなら、近ごろ天ちゃんは巨大な犬用ベッドでのうのうと寝ているからだ。 ![]() 自分の寝床は汚さない。だって、臭くなったら嫌じゃん? 犬も猫もそこら辺は同じなのだ。そして、管理人の布団だけを選んで汚すあたりに、天の心の叫びが反映されている。 要はね、ストレスが溜まっているのだよ。GWの関係で、妹の部屋に遊びに行くスケジュールがずれまくったことや、管理人がとにかく忙しくてぜんぜんかまってやれないのが関係しているのだ。わざわざやっているのがありありとわかる。天がそろそろ寝ようとか、ちょっと遊びたいとか、管理人のそばに来るたびに、忙しくて邪魔だからとどけると、次の瞬間、布団をせっせと引っ掻いているのだ。 うっ、またやられた(。_ _) これで直るかどうかは知らないが、てなわけで、GW明けから天ちゃんのご機嫌とり強化週間に入っている。おやつをたんと差しあげ、夜中にどんなに眠たくてもボール投げにつきあってやり、ついには、毎日破けたストッキングで「とって来い用」のボールをせっせと作ってやっている。幸い、ストッキングボールのおもちゃはそうとう気に入ったようで、いまのところ新たな被害は出ていない。 現代の犬猫飼いの慣例に則って、我が家も最近は猫たちも完全室内飼いにしているのだが、ただ家に置いておけばいいってわけじゃないんだよな、とこういうことがあるとつくづく思う。一時代前の気が向いたらお外に行って、勝手に遊んでくるような猫ならば、ある程度放っておいても、外でいろいろ遊びを覚えて刺激的な1日を過ごして、それで満足していたのだ。だが、完全室内飼いにするということは、色んな刺激や好奇心をそそる楽しいイベントを、飼い主がちゃんと用意してやらないといけないんだよね。とくに好奇心旺盛な体力がありあまっている子猫の場合は、とくにそうだとつくづく思う。 犬の問題行動やら社会化が巧くできなかったなどの話もやはり根っこは同じところにあるのかな、という気がするのだ。ただ室内飼いで、良い餌を食べさせて予防接種をしていればそれでOKなのかというと、やっぱりちょっとちがうのだ。犬や猫の生活環境を完全に変える飼い方をしようと思ったら、外で自由に暮らしていた時代に、当たり前に目の前にあったものを、室内に再現してやるか、それに見合う何かを飼い主が用意してやらねばいけないのだと思う。 それをちゃんとやらないと、管理人のように毎日泣きながら布団を干す羽目に陥る(。_ _) 天は他の猫たちとはぜんぜん遊んでもらえないのだが、その代わり、最近は寮長センセーと少しずつだが遊べるようになってきた。寮長センセーのお力を借りて、あとはとりあえず、がんばってせっせとストッキングボールを製造してみるかね。 その間、これ以上被害が広がらぬように、管理人のベッドは、いまや、寝るとき以外は工事現場で使うような巨大な防水シートに包まれている(^_^;) |
散歩はいったい誰のため?
2008 / 05 / 07 ( Wed ) GWがようやく終わった。
「連休はどうだった? どっか行ったの?」 この季節お約束の挨拶をされるたびに、顔に線が入っている管理人である。今年のGWは天気が悪くてざまーみろだ。Uターン渋滞にはまった連中も、ざまーみろなのである。 はいはい、他人の不幸を喜ぶあたり、管理人は性格ねじまがってますとも。何とでも言ってちょうだい。人間、非人道的な仕事を押しつけられると、悪魔に魂を売った気分になるものだ。 で、天気が悪かったGW前半だが、どこにも行けずに缶詰でも、やはり天気の良し悪しは犬飼いライフに直接響く。だって、何が何でも毎日散歩は行かねばならぬわけで、行楽ならば、天気が悪いからきょうは止めましょってこともできるが、犬どもの散歩はそうはいかない。 で、GW半ばのある日、夜の散歩に行こうとしたら、外はご大層な雨が降っていた。それでも行かぬわけにはいかぬので、犬たちに服を着せて玄関に行った。我が家の(飼い主から見れば)世界一優秀なスーパードッグたちは散歩に行く前に玄関でオスワリをして、首輪とリードをつけてもらうまで待つという芸ができる(←芸か?)。ついでに最近は、OKと言われるまで庭に飛びださないという高級な技まで身につけつつある(←現在進行形なところが哀しい)。その日も、いつものように玄関先にオスワリをさせ、首輪とリードをつけると、管理人はドアを開けて高らかに叫んだ。 「OK、出て良いよ」 し〜ん 誰も、ぴくりとも動かない。 「OKだって、出て良いよ。散歩行きましょ♪」 やっぱり、し〜ん。微動だにしない犬たち。 管理人が独りドアから出て、おいで、と叫んでも誰も動きゃしない。ふだんは、先を争って庭に飛びだそうとするくせに、その完璧なまでのsit stayはどういうこと?! けっきょく、多数決でその日の散歩は中止になった。だって、誰も行きたがってないわけだし、だったら1日ぐらい休みにしたって良いじゃん? ところが、「じゃあ、きょうはお散歩なしね」と服を脱がせて首輪を外したら、犬たちのようすがどうもおかしい。おろおろしながら、恐る恐る人の顔を上目遣いに見ているのだ。つまりあれだね、彼らは管理人に叱られると思っているのだ。 「管理人さんの趣味につきあわなかったから、もしかするとご飯なしかもしれませんよ、姫さん」 「ええぇ〜だってこんな雨の中、誰だって散歩なんて行きたくないじゃない?」 「でもやっぱり、毎日楽しみにしてるみたいだから、嫌でもつきあってやったほうが良かったんじゃないでしょうか?」 「嫌よ。だって雨じゃない。大事なコートが濡れちゃうわぁ〜」 その証拠に、おろおろしている犬たちを無視して、いつものごとく彼らの夕飯の用意を始めたら、とたんにいつもの活気が戻った。 「やったわぁ〜、ご飯よぉ〜ご飯よ、ご飯よ、ご近所の皆さん、うちはこれからご飯よぉぉぉぉ〜♪」(←あいかわらず姫はご飯前に歌ってる(^_^;)) 散歩は、犬たちが楽しみにしているから行くものだと管理人はずっと信じていた。だが、うちの犬たちは飼い主の趣味だから、毎日つきあってやってると信じている。 人と犬が、果たしてほんとうにわかりあえる日は来るのだろうか? ソロモンの指輪が欲しいと思うのはこんなときだ。 |
パンダさま
2008 / 05 / 05 ( Mon ) 上野動物園のパンダが死亡したというニュースを聞いて、管理人がまず思ったこと。やっぱ、あれかね。この時代だし、とうぜんパンダは「亡くなる」んだろうな。
案の定、かなりの数のマスコミが、割とふつうに「パンダが亡くなった」と堂々と報じていた。 やっぱね、パンダは「亡くなる」わけだね。まっ、たしかに国賓待遇だし、パンダぐらいになれば、「亡く」なってもおかしくはないのかもしれないが…… 管理人の祖父母の世代は、明治大正生まれである。ちゃんとした日本語を話すことが当たり前だった時代に生きてきた人たちなので、やはり敬語、丁寧語の類はすばらしかった。いちいち辞書をひかないと自分が正しいことを言っているのか確信が持てない管理人などとは大違いだ。そして、祖父母の話す日本語は美しかったな、といまでも思う。どこがどうという例は出せないが、子供なりに耳に優しい言葉だと思った印象がいまでも残っている。 うちの親より上の世代はおそらく、自分の親に対しても敬語を使わされた世代なのだと思う。だから、子どものころから日常生活のなかで、ふつうのしゃべり方と敬語をちゃんと使い分けていた。つまり自然に敬語が身についてる世代なのだ。いまの時代はそうじゃない。敬語は、就職試験に出るから必死で勉強しなくてはならないもので、いわば英語の単語を暗記するのと同じ要領で、一生懸命覚えなければならないのだ。 だから、いざというとき言葉に詰まって、わけがわからなくなりつつも、失礼になってはいけないと、一瞬丁寧に聞こえる気がする過去形を連発して妙なことになってしまう。 「もしもし、犬猫屋敷さんでよろしかったでしょうか?」 最近、勧誘でかかってくる電話の7割がこのパターンだ。 何がどうよろしかったのか。だいたい、いま電話で話しているのに、なぜ過去形で問いかけられなければならないのか、日本語が不自由な管理人でも、これが変だということぐらいは即座にわかる。 これより少しマシなパターンに 「もしもし、犬猫屋敷さんでございますか?」 という奴もあるのだが、厳密にいえばまちがっていないとはいえ、これも管理人は違和感を覚える。何となく、馬鹿にされているような気がするのだ。「ございます」はやっぱり管理人の印象では自分がへりくだるときに使う言いまわしなのね。 「犬猫屋敷の管理人でございます。どうぞよろしくお願いいたします」 みたいにね。管理人が考える正解は 「もしもし、犬猫屋敷さんのお宅でいらっしゃいますか?」 なのだが、こういう人はめったにいない。「ですか」が「いらっしゃいますか」に変化するという部分を覚えられない人々は、やたらめったら「よろしかったでしょうか」を連発する。 「よろしかった」ってさぁ〜「よろしい」ってその時点で偉そうじゃない、あんた? ファミレスに行っても、やはり「よろしかった」かと再三訊かれる。その挙げ句に 「ご注文の品は、すべてお揃いですか?」 と来たもんだ。ドリアやアイスコーヒーには敬語かい? 「はいはい、皆さんお揃いですよ。お元気そうでいらっしゃいますよ」とついつい答えたくなってしまうのだ。 これは以前も書いたと思うが、迷子の猫を探している業者の人にこんなふうに話しかけられたこともある。 「すみません、この猫、お見かけしませんでしたか?」 まあね、猫はお客さまなわけですし、やはり敬語を使った方が良いのかもしれませんがね。まっ、そう考えるとたしかに国賓級のパンダさまに敬語を使うのはとうぜんなのだろうが、それにしても、やっぱり違和感(^_^;) 祖父母が使っていた敬語や丁寧語がとても美しく思えたのは、それがシンプルで無駄のない言葉だったからだ。恩師がよく「巧い英語は、無駄のない英語」と口癖のように仰っていたが、それは日本語にもあてはまると管理人は思うのだ。「言う」は「仰る」、「来る」は「いらっしゃる」、そういう動詞の変化形がちゃんと頭に入っていれば、「○○させていただいてもよろしかったでしょうか?」みたいな無駄に長いセンテンスを組み立てる必要もなくなる。ただ、そういう活用形って覚えるのが面倒なんだろうね。だから、何にでも「よろしかったでしょうか」をつけてお茶を濁したくなる。 まあ、あと半世紀もすれば、パンダが「亡くなる」ことに違和感を覚える日本人はおそらく死に絶えるので、それはそれで良いのかもしれないが…… 100年後の世界では、きちんとした日本語がわかるのは、ちゃんと日本語教育を受けた外国人と、ワープロソフトだけになるのだろう。それもまた一興かもしれないがね。ただ、小学校から英語教育なんかする時間があるなら、もう少し日本人に日本語教えてみても良いんじゃないかなと、管理人としては思うわけだ。 |
犬になりたひ(-。-) ぼそっ
2008 / 05 / 03 ( Sat ) この時期、人に会うとお約束のように訊かれることがある。
「ゴールデンウィークはどうするの? お仕事はカレンダーどおり?」 仕事が来ているときは、自営業者にはゴールデンウィーク、お盆も正月もない(←断言)。カレンダーどおりならば少なくとも週に1日は休みがあるはずだが、管理人は梅雨があけるころまで、おそらく1日も休みはないのだ。だが、仕事が入っていないときは、あくせく働く世間を尻目に、異常に長くぼーっと暮らしていることもあるわけだし、まっ、年間通して見れば、たぶんチャラなのだろうと自分を慰める。とはいえ、GWに浮かれ騒いで、渋滞にはまっている一般ピープルの姿をニュースなどで観るたびに、ほんの少しざまあみろと思ってしまうのは人間の性だろう。 去年のGWは何をしてたかな、とふと考えてみると、そういえばGW直前にいきなり居候がやってきて、大騒ぎだったことを思いだした。 ![]() すみれが、忽然と管理人の人生に登場して、早1年が経ってしまった。時が経つのは早いね。奴は最近どうしているか、と思っていたら、以心伝心ですみれをもらってくださったKさんから近況報告が届いた。 ======================= もうすぐすみれが我が家にやって来て一年ですね。 最近はそんなにイタズラもしなくなりましたし、純太とも相変わらず仲良しこよしでこれからの時期は暑苦しいくらいです。 暇ができては、ご飯を食べては純太とじゃれ合い、テンションが上がれば寝ている純太にタックルをかまし、時にはそこから飛ぶのかという程の距離から頭突きをかまし。すみれは今日も元気です。笑 ======================= そんなに……ということは、まだあいかわらずやってるわけだな(^_^;) まっ、元気でやってるというのが何よりだ。ほんとうは、春先にBBQでもしましょうね、と企画だけはしていたのだが、暖かくなってきたとたん姫のヒートが始まり、それが終わったらこんどは管理人が忙しくて缶詰で、けっきょく実現できずに今日に至っている。 この仕事が片づくころには、暑くてとても犬連れでは出かけられない気温になってるんだろうな(-。-) ため息 ![]() 脳天気に寝てるアンタの姿を見ると、管理人は羨ましくなるよ。あぁ〜管理人も犬になりたひ(-。-) ぼそっ |


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